西尾正道・北海道がんセンター名誉院長を講師に迎え、2014年7月12日、一橋大学社会学部主催による「人間環境論」公開講演会 「放射線健康被害を含めた日本人の健康をどう守るか」が開催された。
39年間、がんの放射線治療に携わってきた西尾氏は、冒頭、放射線の「光の世界」を追って長年仕事をしてきたが、福島原発事故後の3年前からは、放射線の「陰の世界」の勉強を始めることになった、と振り返った。
(IWJ・高橋香菜子)
西尾正道・北海道がんセンター名誉院長を講師に迎え、2014年7月12日、一橋大学社会学部主催による「人間環境論」公開講演会 「放射線健康被害を含めた日本人の健康をどう守るか」が開催された。
39年間、がんの放射線治療に携わってきた西尾氏は、冒頭、放射線の「光の世界」を追って長年仕事をしてきたが、福島原発事故後の3年前からは、放射線の「陰の世界」の勉強を始めることになった、と振り返った。
記事目次
■ハイライト
放射線防護に関して勧告を行っているICRP(国際放射線防護委員会)の基準は、日本でも採用されている。そのICRPについて、西尾氏は、あたかも放射線防護の権威のようにふるまっているが、「公的機関ではなく、民間団体」であることを強調。原子力推進機関に支持されて作成する勧告書は、「科学的ではない」ものだが、医師、看護師、技師たちは、それを基準にした教科書で学んでいるため、ICRPの考えに取り込まれているのが現状だと指摘した。
ICRPの問題は多岐にわたる。
西尾氏は問題の一つとして、原爆投下後の広島でのABCC(現在の放射線影響研究所)の調査データを使用していることを挙げた。この調査は、爆心地から2km以内で年間約100mSvの放射線を浴びた「被爆者」を対象とした調査であり、2km以遠の調査はしていない。つまり、年間100mSv以下の被曝については「調査データがない」ことから、「わからない」としなければならないはずだ。ところが、それを「発がんはない」としてしまっているのだ。
加えて、ICRPは「年間100mSv以下の被曝では胎児に異常は起きない」と主張しているが、チェルノブイリでは、原発事故直後に年間5mSv以下の被曝でダウン症が増加したと、西尾氏は指摘。傷ついた遺伝子形態は引き継がれることから、チェルノブイリ事故以降のヨーロッパでは、ダウン症発生率が2割増加する傾向が継続しているという。
ICRPによると、今後50年間の過剰発がんは、6,158人だと予測されている。これは、内部被曝をほとんど考慮せず、急性被曝と外部被曝だけで健康被害のモデルをつくっているという問題があると、西尾氏は指摘する。
一方、1997年にヨーロッパの研究者がチェルノブイリ事故を受けて設立したECRR(欧州放射線リスク委員会)は、慢性被曝や内部被曝を考慮していることから、過剰発がんは42万人にのぼると予測しており、両者の差は桁違いである。現状では、ECRRの情報がほとんど伝えられていないことから、西尾氏は、ICRPの情報だけを知らせるのは「フェアじゃない」と、憤った。
さらに、「ICRPのトリックで最大の犯罪」だと西尾氏が断じるのは、外部被曝と内部被曝の線量計算を同じにしていることである。
ICRPは、放射線を内部に取り込んだ場合、均等に細胞に当たると主張しているが、西尾氏によれば、均等ではなく、取り込んだ先のわずか近辺の細胞にしか影響しないという。一部に集中して当たることで、その細胞ががん化・障害化することが考えられるのだと、西尾氏は自身の放射線治療の実例をまじえて解説した。
登場人物が鼻血を出すなどの描写で論争が巻き起こった漫画「美味しんぼ問題」を受けて、5月20日、長瀧重信(ながたき・しげのぶ)氏を座長とする「原子力発電所事故に伴う住民の健康管理のあり方に関する専門家会議」では、「鼻血は放射線の影響によるものではない」という結論を出している。
これを根拠として、政府は「低線量被曝による鼻血はない」と、騒動の収束を図った。鼻血はストレスによるものだとする意見もあったが、ストレスで鼻血が出ることは「医学的にはない」、と西尾氏は反論する。
「福島の子どもたちを守る法律家ネットワーク(SAFLAN)」が2012年11月、滋賀県長浜市木之本町の住民を基準として、福島県双葉町・宮城県丸森町の住民の健康状態の調査を行なった結果、鼻血、身体のだるさ、頭痛などの症状の訴えが3.8倍出現したという。
これについて西尾氏は、放出されたセシウムなどの放射線物質が塵と付着してできる放射性微粒子が、「鼻血」の背景にあると指摘した。
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