【岩上安身の「ニュースのトリセツ」】田母神俊雄氏、61万票獲得の「衝撃」 その「核武装論」を徹底検証する(「IWJウィークリー38号」より) 2014.2.17

記事公開日:2014.2.17 テキスト動画
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 2月9日(日)、前日の大雪が歩道にまだ残るなか、東京都知事選の投開票が行われました。投票が締め切られた午後8時ちょうど、NHKが舛添要一氏の当確を報道。最終的に、自民・公明・連合東京の支援を受けた舛添氏が組織票を固め、211万票余りを獲得して当選しました。2位の宇都宮健児氏に130万票の差をつける圧勝でした。

 IWJは、舛添要一氏、宇都宮健児氏、細川護熙氏、田母神俊雄氏の主要4候補の開票センターの模様を中継。開票結果を受けた候補者や支援者の様子を、現場からダイレクトにお伝えしました。

 前日に振った雪の影響もあってか、46.14%(前回比:マイナス16.46ポイント)と、今回の投票率は過去3番目の低さとなりました。しかし、細川護熙氏・小泉純一郎氏という2人の元総理が表舞台に立ったこと、しかも2人が「脱原発」というシングル・イシューを掲げたこと、さらには細川陣営と宇都宮陣営とを一本化させようとする動きが、両候補の意志とは関係のないところで「文化人」を中心に広まったこと、そして「原発推進」のみならず、公然と「NPTを脱退して核武装せよ」と唱える田母神候補が61万票を獲得して4位につけるなど、考えるべきテーマが数多く生まれた選挙戦でした。

 IWJでは、この選挙期間中、各候補の街頭演説や記者会見を可能な限り公平に中継するとともに、都政に抱える様々な課題――拡がる貧困、住宅問題、ブラック企業問題、若者に重くのしかかる「有利子奨学金」という名の借金、10人に1人がパチンコ依存症の上にカジノ特区を作るという構想等――をピックアップし、舛添要一氏と細川護熙氏が共通して政策として掲げていた「国家戦略特区」の危険性について、さらには、原発の問題が、エネルギーだけではなく、「核燃料サイクル」とプルトニウムの蓄積に絡む外交・安全保障の問題でもあることについて注意を払うように、取材を重ね、メルマガやブログなどのかたちでお伝えしてきました。

 選挙が終わって一週間が経とうとしていますが、主要4候補の「その後」は、それぞれ対照的です。

 新知事となった舛添氏は、2度の会見(2月12日と14日)をこなし、ひたすら低姿勢に務めています。宇都宮氏サイドは、本人も支援者も「東京デモクラシー」を始動させるなどして、マイペースにマル・チイシューの市民運動を継続させている一方、泡雪のように速やかにフェイド・アウトしつつあるのが、細川氏と小泉氏です。両者とも「選挙活動はもうしない」とそれぞれに表明し、小泉氏はTwitterを終了させ、細川氏ももうつぶやいていません。ネット上の情報発信も休止のようです。

 他方、新しい政治勢力として目が離せなくなってきたのが、田母神氏です。

田母神氏、61万票獲得の衝撃

 今回の選挙結果を受けて、とりわけ注目しなければならないのが、当初は「泡沫候補」とも見られていた元航空幕僚長の田母神俊雄氏が、デビュー戦にして61万票余りの票を得たことです。田母神氏の得票率は、12.55%にものぼります。2012年末に行われた前回の都知事選で、日本共産党、社民党、日本未来の党の支援を受けて2位となった宇都宮健児氏の得票率が14.58%だったことを考えると、組織票がなかった田母神氏のこの得票数・得票率は、驚くべきものであると言えます。

 田母神氏を支持したのは、主に20代を中心とした若者であると言われます。朝日新聞が、都内180ヶ所の投票所で実施した出口調査によると、20代では、36%の舛添氏に次いで、田母神氏が24%で2位。30代でも、17%で3位と、若年層を中心に、広範な支持を得ていたことが分かります。

 この点は、もっと真剣な関心が寄せられなくてはなりません。若年層ほど支持が高いということは、今後、時代を経るにつれ、支持者が増えこそすれ、減らない可能性がある、ということを暗示します。日本は自滅的な「下からのファシズム」に侵食されつつあるという自覚を持つべきです。この傾向に、楽観は禁物です。

 田母神氏は、落選が决まったその日の会見で、「新しい保守の政党を立ちあげたい」と明言。「中国派でもアメリカ派でもない、真の日本派の政党を作りたい」と語り、今回の都知事選で得た支持を背景に、政治勢力のさらなる拡大を意図していることを鮮明にしました。(2014年2月9日 朝日新聞 舛添氏、高齢層から圧倒的な支持 都知事選出口調査分析)

 田母神氏は選挙期間中、街頭演説で「放射能で死んだ人はひとりもいない」という耳を疑うような発言を連発した他、「日本は戦勝国の歴史認識を強制されてきた」などと述べるなど、日本政府が受諾したポツダム宣言や、日本が国際社会への復帰を果たしたサンフランシスコ講和条約を真っ向から否定する歴史認識を示しました。

 こうした歪んだ歴史認識を示す者が社会の片隅にいる、というのであれば、目くじらを立てることもありません。しかし、田母神氏はもはや泡沫候補とはいえず、しかも、日本の支配的な権力層の中に支持者がいること、何よりも権力の頂点に立つ安倍総理と、その姿勢において呼応しあっていることに、深刻な危機感を覚えずにはいられません。

 このように問題発言が多く、極めて「タカ派」的な歴史認識を持つ田母神氏の支持が拡大していることについて、海外のメディアは早くも厳しいまなざしを投げかけています。

 雑誌「TIME」は、”This is the Extreme Right Wing Japanese Politician Who Has a Lot of People Worried”(多くの人々が懸念する極右の日本人政治家――田母神俊雄は東京都知事選で敗れたが、彼が力強く登場したことが日本のウルトラ・ナショナリズムを活気づけた)という見出しで、田母神氏について次のように報じました。

Japan’s emerging nationalist movement has 611,000 reasons to be happy this week. That’s the number of votes an ultra-conservative candidate for Tokyo governor received in Sunday’s election.

And that’s enough for everyone else to worry.

Toshio Tamogami finished fourth of 16 candidates, gaining a surprising 12 percent of the vote. That’s nearly a third as many as the winning candidate, Yoichi Masuzoe, who was backed by Prime Minister Shinzo Abe’s ruling Liberal Democratic Party. The rightist’s relatively strong showing is certain to embolden those pushing a whitewashed version of Japan’s wartime history and advocating a stronger and more assertive military.

It is also certain to further fray relations with China and South Korea ? and perhaps even the United States.

“The election result is another indication that the rise of the right wing in Japan is real ? it’s not just propaganda from China. It is a very worrisome trend,” says Yu Tiejun, deputy director of the Center for International and Strategic Studies, at Peking University, in Beijing, and a guest lecturer at the National Graduate Institute for Policy Studies in Tokyo.”

 東京都知事選で超保守派の候補が611,000票を獲得した。人々を懸念させるには十分な数字だ。田母神俊雄は12%の得票で、舛添氏の3分の1の票を獲得。この右派の登場は、日本の戦時中の歴史を上塗りしようとする勢力や、軍事力強化を擁護する動きに拍車をかける。

 このことは、中国や韓国との関係、そしておそらくはアメリカとの関係までをも緊張を引き起こさせる。

 「この選挙の結果は、日本における右翼の台頭が現実のものとなったことを示している。これは中国によるプロパガンダだけではない。非常に憂慮すべき傾向だ」と北京大学のYuTiejun氏は述べる。[抄訳]

Tamogami has since emerged as the poster boy for the restive nationalist movement. He founded an organization, Ganbare Nippon, that has pushed a raft of conservative and nationalist causes, including limiting immigration and denying voting rights in local elections for foreign residents. It has also sponsored regular demonstrations outside the national Diet building where foreigners and Japanese citizens of Korean and Chinese descent have been singled out for vilification and abuse.

“It is going to get worse,” predicts Michael Cucek, a Tokyo-based political analyst and research associate with the MIT Center for International Studies. “This election was a fundraising and membership drive for Tamogami. We should expect that his rallies, which were merely attracting thousands, will now attract tens of thousands.”

 田母神はナショナリズム運動の広告塔となった。「がんばれニッポン」という団体を作り、移民の制限や在日外国人の投票権の否定など、保守的なナショナリズムを推し進めている。

 MITのリサーチ・アソシエイトの Michael Cucek氏は、「この選挙は、田母神の資金調達運動であり、人を集めるための運動だった。彼の盛り返しが何万もの人を引きつけることになるだろう」と述べる。[抄訳]

 このように指摘したうえで、「TIME」の記事は、田母神氏と安倍政権の関係について、次のように分析しています。

Tamogami ran a savvy campaign that relied heavily on the Internet and social media. At campaign appearances, he was often accompanied by celebrities and attractive young women clad in white. According to exit polls by the Asahi Shimbun, nearly one in four voters in their 20s voted for Tamogami; of those, nearly three out of four were men.

Probably, my policies are the closest or have the highest affinity to the Abe administration’s,” Tamogami said at a press conference prior to the election. “In regard to how we view history, how we view the nation, I believe that fundamentally we share the same idea, which is that Japan is not such a terrible or demonic country compared to other nations of the world. Indeed, one of Tamogami’s most vocal supporters was noted writer Naoki Hyakuta, a close friend and supporter of Abe.

 田母神は街頭演説のなかで、慰安婦や戦時中の暴挙は戦勝国のでっちあげだと何度も主張していた。

 田母神は『私の政策は安倍政権にもっとも近いだろう。歴史や国家についての考えにおいて、同じ意見だと思う。日本は、他の国と比較して、それほどひどい国でも残忍な国でもない』と述べた。実際、田母神の応援演説をした作家・百田尚樹は、安倍支持者かつ親しい友人である。[抄訳]

米大使館が百田尚樹氏を非難

 ここで「TIME」が名前を上げている、『永遠の0』の作者であり、NHK経営委員の百田尚樹氏は、2月3日に行われた田母神氏の街頭演説で、他の候補者について「中国・韓国の顔色を見ながら政治をする人は不必要。彼らは売国奴」などと罵倒したうえで、「人間のクズみたいなやつ」と吐き捨てました。

 さらに、百田氏は歴史認識についても持論を展開。東条英機元首相らA級戦犯を裁いた東京裁判について、「東京大空襲や原爆投下をごまかすための裁判だった」とし、南京大虐殺についても、「1938年に蒋介石がやたらと宣伝したが、世界の国は無視した。そんなことはなかったからだ」などと、史実にもとづいているとはとうてい言えない独善的な発言を繰り返しました。

■全編動画

 百田氏のこの発言に対し、非難の声を上げたのは、中国と韓国だけではありません。同盟国である米国からも強い非難の声があがっています。2月8日、在日米国大使館は、米政府公式の統一見解として、百田氏の発言は「非常識だ」と批判。さらに、NHKがキャロライン・ケネディ駐日大使の取材を米国大使館に申し込んだところ、百田氏の発言を理由に、大使館側から難色を示されていたことが分かりました。(2014年2月8日 時事通信 百田氏発言「非常識」=米大使館/2014年2月15日 共同通信 百田氏発言、報道に波及 NHKの取材 米大使館難色)

 日本のマスメディアを通してだと、米国の強い懸念と非難は希釈され、薄ぼんやりしたものになってしまいますが、「TIME」誌の記事を読めば、よりストレートに伝わってきます。

Hyakuta, who was recently appointed by Abe to the governing board of the national broadcaster, NHK, provoked a sharp rebuke from the U.S. embassy in Tokyo when he declared during campaign speeches on behalf of Tamogami that Americans fabricated war crimes charges against Japanese leaders during World War II in order to cover up American atrocities.

“These suggestions are preposterous. We hope that people in positions of responsibility in Japan and elsewhere would seek to avoid comments that inflame tensions in the region,” an embassy spokesman told TIME last week.

Although Abe is a strong supporter of the U.S.-Japan alliance, the Obama administration has grown increasingly frustrated with his revisionist agenda. In December, the State Department publicly criticized Abe’s decision to visit the war-linked Yasukuni Shrine.

 百田は、応援演説で、第二次世界大戦中の日本の指導者たちを戦犯に仕立てたのはアメリカ人であり、それはアメリカが行った残虐行為を覆い隠すためだと発言した。この発言に対して、アメリカ大使館は強い非難をした。

 アメリカ大使館のスポークスマンは、「このような発言はばかげている。日本の責任のある立場にいる人は、この地域に緊張を引き起こすようなコメントは避けるようにするべきだ」とタイム誌に語った。

 安倍は日米同盟を強く擁護しているが、オバマ政権は安倍の修正主義的政策にますます不満を抱くようになっている。12月の安倍の靖国参拝について、アメリカは正式に批判を行った。[抄訳]

 このように、百田氏の発言は、一私人の「失言」程度ではなく、アジアに深刻な緊張をもたらす公人の危険な政治的発言として警戒され、抗議を受けていることが分かります。そして、田母神氏を応援した百田氏、その百田氏をNHKの経営委員にすえた安倍総理が、人間関係の上でも、政治思想的にも地続きであるとみなされていることも、手に取るように分かります。

 このように世界規模で波紋を呼んでいる百田氏の発言について、当日、百田氏の隣でその演説を聞いていた田母神氏はどのように感じたのでしょうか。2月9日、開票センターで行われた記者会見でIWJが質問すると、田母神氏は次のように答えました。

 「選挙なんだから、そういうこともある。それをことさら問題視して、相手の発言をさせないようにしよう、相手の自由な発言を封じようという、左翼特有のやり方ではないか。ちょっとぐらい言い過ぎても、『ああ、ごめんね』でいい。それをいつまでもネチネチ言うのは、言論の不自由な社会を作るだけだと思う」

■全編動画 東京都知事選 田母神俊雄候補 街頭演説 応援:百田尚樹氏

 米国大使館が、米国政府の統一見解として声明を発表している以上、これは紛れもなく外交問題です。しかし田母神氏は、百田氏の発言のうち「人間のくず」と他候補を罵倒した点について、「ああ、ごめんね」で済む話であり、ネチネチと批判するのは「左翼特有のやり方」であると一蹴しています。田母神氏にとって、米国政府も「左翼」なのでしょうか。理解に苦しみます。

右傾化するNHK

 百田氏に限らず、ここのところ、NHKの上層部からは「タカ派」的な発言が相次いでいます。

 新しくNHKの会長に就任した籾井(もみい)勝人氏(日本ユニシス前社長)は、1月25日の就任会見で、旧日本軍の従軍慰安婦について、「戦争をしているどこの国にもあった」と発言。「なぜオランダにまだ飾り窓(売春街)があるんですか」などと述べ、売春婦はどこにでも存在する例として、オランダを持ち出しました。(2014年1月26日 朝日新聞 NHK籾井新会長「従軍慰安婦、どこの国にもあった」)

 しかし、平時における自発意志での売春と、戦時における暴力的な売春の強要は、まったく別のものです。そもそもオランダは、日本軍占領中のインドネシアで、日本人がオランダ人女性に対して監禁・強姦を行ったことが国際的に問題視されており、従軍慰安婦問題には非常に敏感な国の一つです。籾井氏は売春の実例をあげたつもりでしょうが、政治的に最悪の例示をしたことになります。政治センスも見識もゼロです。

 さらに2月5日、NHKの経営委員である長谷川三千子氏(埼玉大学名誉教授)が、新右翼の活動家で、朝日新聞東京本社で拳銃自殺した野村秋介氏について、「神にその死をささげた」などと称賛する追悼文を寄稿していたことが報じられました。(2014年2月5日 朝日新聞 長谷川三千子氏、政治団体代表の拳銃自殺を称賛)

 自殺とはいえ、言論機関である新聞社に押しかけ、拳銃を発砲する野村氏の行為は、言論に対する威嚇行為であると批判されても仕方のないものです。しかし長谷川氏は、野村氏の拳銃自殺について、「彼がそこに呼び出したのは、日本の神々の遠い子孫であられると同時に、自らも現御神(あきつみかみ)であられる天皇陛下であつた」などと、天皇を持ちだしてその行為を正当化し、さらには、この機に乗じて、天皇の再神格化に乗り出しています。

 籾井氏、百田氏、長谷川氏の3人は、いずれも安倍総理と極めて親しい間柄であり、安倍総理の直々の指名でNHKの経営委員に指名されたいきさつがあります。問題は、彼らの極右的な発言を、安倍政権がとがめることなく放置し、不問に付す姿勢を明確に示していることです。

 籾井氏の「慰安婦発言」について菅義偉官房長官は、1月27日の記者会見で「籾井会長が個人として発言した。社会的使命を担う公共放送のトップとして、放送法に基づいて職務を果たしていただきたい」と、責任を問うことなく、NHK会長の座にとどまることを容認。長谷川氏についても、菅官房長官は「我が国を代表する哲学者、評論家として活躍している。我が国の文化にも精通している」と擁護し、問題視しない姿勢を示しました。(2014年1月27日 東京新聞 NHK会長 慰安婦発言 官房長官「問題ない」/2014年2月5日 毎日新聞 官房長官:長谷川氏追悼文問題なし、NHK経営委員に適任)

 百田氏の「人間のクズ」発言に関しては、安倍総理自らが「私なら気にしない」と、はっきりと擁護。「ある夕刊紙は私のことをほぼ毎日のように人間のくずと報道しているが、私は別に気にしませんけどね」などと語りました。(2014年2月12日 毎日新聞 安倍首相:私なら気にしない…百田氏「人間のくず」発言)

 安倍氏の指す「夕刊紙」とは日刊ゲンダイだと思われますが、同紙はさっそく、「本紙は首相のことを『ボンクラ』『嘘つき』とは表現したが、一度も『くず』とは報じていない」「細心の注意で熟読していただきたい」と反論しました。(2014年2月13日 日刊ゲンダイ 「ある夕刊紙は…」愛読者の安倍首相、日刊ゲンダイを批判?)

 今回の都知事選で、自民党は舛添要一氏を支援しました。安倍総理も、2月2日に銀座で行われた街頭演説に参加し、舛添氏への投票を呼びかけています。しかし、舛添氏の対立候補であるはずの田母神氏は、繰り返し安倍総理と自らの政治的立場が近いことをアピールし、安倍総理の「お友達」である百田氏は舛添氏ではなく田母神氏を応援しました。そして、その百田氏の発言が問題視されると、安倍総理は懸命にかばおうとするのです。

 今回の田母神氏の立候補は、まさに安倍政権の「別働隊」としての行動であり、安倍総理の外交・安全保障政策と歴史認識の「本音」を、政治勢力として実体化してみせたといえます。

田母神氏の核武装論

 したがって、田母神氏の主張を検証することは、そのまま、現在の安倍政権の政策の「本音」を検証することにつながります。田母神氏は、時に道化的にふるまいますが、元航空幕僚長という、航空自衛隊制服組のトップを務めた人物です。歴史観のデタラメさはともかく、田母神氏の主張する外交・安全保障政策まで、単なる「トンデモだ」と一蹴する訳にはいきません。

 安全保障における田母神氏の主張の柱となっているのが、日本の核武装です。以前、私は、田母神氏が主張する米国との「ニュークリア・シェアリング」(核兵器の共有)が、チェイニーやマケインといった米国の「ネオコン」の構想を忠実になぞったものであり、中国や北朝鮮との緊張関係を高め、東アジアにおける「限定核戦争」につながりかねないものであることを指摘しました。

 しかし、田母神氏はそうした米国との「ニュークリア・シェアリング」にとどまらず、日本独自の核武装を公然と主張し、表看板に掲げるようになっています。

 2013年9月10日に刊行された田母神氏の著書、『日本核武装計画~真の平和と独立のために』(祥伝社、2013年9月10日)には、次のように記されています。

 核武装を論じることは日本で長くタブー視されてきた。アメリカに依存し、自虐史観に染まってきた戦後の日本人は、国際標準の軍事常識を持ちあわせていない。さらに感情が先行して視野が狭くなり、核武装の正しい意味を理解してこなかった

 この先、何が起ころうとアメリカ頼みでやっていける保証はない。私たちは早くアメリカから親離れをし、自立した大人の国にならなければならない。アメリカと親子の縁を切るわけではなく、むしろ育ての親アメリカを助けるくらいの力を持たなければならない。

 そのためにはまずは自主防衛、そして核武装へと道を切り開いていくことが不可欠であることを一人でも多くの人にわかっていただきたい。

 田母神氏がここで言う「核武装の正しい意味」とは何か。本書によれば、それは核兵器による「相互確証破壊」という概念を指します。

 「相互確証破壊」とは、核保有国同士が核兵器を使えば、お互いに壊滅的な打撃を被ることが明らかであるため、決して核兵器が使用されることはない、という考え方のことです。実際、冷戦期には、この「相互確証破壊」による「核の均衡」が保たれてきました。

 田母神氏は、日本も核武装をすることでこの「核の均衡」に入るべきだと主張します。互いに壊滅的な被害を生む核兵器は、決して使用されることはない。であるならば、核武装をし、均衡状態を作り出すことこそが、最大の抑止力として働く。これが、田母神氏の「核武装論」です。

 「言うまでもなく、日本が核武装をする場合も核兵器によって外国を脅すためではない。持っていても決して使うことはないのだから、核兵器は攻撃用兵器ではなく、あくまでも防御用兵器なのである。そして、核保有国同士の戦争を強力に抑止するという意味では、最強の防御用兵器であるのだ。逆説的に言えば、その抑止力によって通常兵器しかない世界ならば起ったはずの戦争や紛争を防いできたという点で、ある意味核は世界各国の安全保障にもっとも貢献した兵器である、とも言えよう」。

 しかし、ここで田母神氏に欠けているのは、「システムとしての核保有」という視点です。田母神氏は、「核を一発でも持てば大丈夫だ」と主張します。しかし、一発でも核を持った途端、仮想的から先制核攻撃を受ける危険性がかえって高まります。核攻撃の誘発を防ぐためには、国が滅んでも必ず報復する「第2撃」を確保しなくてはなりません。

 具体的には、何十隻もの原子力潜水艦に核ミサイルを搭載し、海中深く沈めておかなければなりません。仮想敵が中国のように、日本の国土、人口の十倍なら、核報復能力を持っていなくては、「核の均衡」は成り立ちません。

 田母神氏の核武装論には、こうした「核の均衡」のリアリティがまったく欠如しています。防衛省の元キャリアで、核武装の現実的な可能性をかつて防衛研究所でシミュレーションしたことがあり、不可能だという結論に達したと、私のインタビューで明らかにした柳澤協二氏とは、まったく正反対です。

むき出しになる核武装の欲望

 「IWJウィークリー」36号の「ニュースのトリセツ」でも指摘しましたが、岸信介元総理や佐藤栄作元総理の発言からも分かるように、歴代の自民党政権は、核武装を常に模索してきました。1955年に日米原子力協定を結んで原発を導入したのも、「原子力の平和利用」という大義名分を盾に、原発から出るプルトニウムによって、「核技術抑止能力」を持つためでした。

 かつての自民党政権は、「原子力の平和利用」をコインの表とし、「核技術抑止」をコインの裏として、どちらが日本の本音なのかを明らかにはしないまま核技術を導入し、プルトニウムを蓄積するという、「あいまいな中庸路線」を取ってきました。しかし、田母神氏においては、こうした「中庸路線」はまったく顧みられていません。「原子力の平和利用」という建前のもとに、「核保有」という下心を隠すことはもはやなく、あからさまに、むきだしに「核武装論」を唱えているのです。

 田母神氏は著書の中で、米国、ロシア、イギリス、フランス、中国の5カ国以外の核兵器保有を禁止したNPT(核不拡散防止条約)から日本は脱退し、核を保有すべきだ、と主張しています。

 しかし、はたしてそのようなことが可能なのでしょうか。

 外務省科学審議官として、1988年の日米原子力協定改定の実務に携わった遠藤哲也氏は、外務官僚として対米外交に深くかかわり、同時に原子力委員会委員長代理も務め、原子力行政の中枢を担ってきた人物です。対米外交と原子力行政の2つを知り尽くす人物が、2月12日に私のインタビューに応じ、NPT(核拡散防止条約)の真の目的について説明しました。

 1968年に署名されたNPTを日本が批 准したのは、1976年6月のことです。NPTとは、元来、核の世界的な拡散を防ぐと同時に、とりわけ敗戦国である日本とドイツの核武装を防ぐことに、その主要な狙いがあったのだと遠藤氏は解き明かします。そのため、日米安保とのかねあいから、日本はNPTに加盟する以外の選択肢を持ちようがありませんでした。

 「NPTの目的とは、英米仏ソ中の5カ国で核保有を独占し、日本とドイツに核を持たせないというもの。駐在していたウィーンで実際に見聞きしたことだが、米ソは核に関してはトップが密につながっていて、二国で独占的に管理しようとしていました」。

■ハイライト

 米ソの冷戦とは、「ガチンコ」の東西対決のように思われてきました。実際、人やモノやカネの行き来は、「鉄のカーテン」によってさえぎられて、厳しく制限されてきましたが、核については、米ソ2大国によって独占的に管理されているのが現実であったと、IAEA(国際原子力機関)の理事会議長としての経験ももつ遠藤氏は、その実態を赤裸々に告白しました。核保有国としての特権をお互いに守る「核の談合」が米ソによって行われていたのが、冷戦体制の「現実」だったのです。

 まして、米中の関係は、米ソの関係とは異なり、経済の相互依存も深く、利害を共有しています。安倍総理が唱えるような「中国包囲網の構築」など、たやすく同意が得られるわけがありません。日本が核保有しようとするとき、同盟国であるからといって、米国が甘い顔をして見過ごすと考えるのは、勘違いもはなはだしいと言わなくてはなりません。

 日本政府は、かつて極秘に核武装について検討を行っています。

 1967年から約2年半にわたり、当時の佐藤栄作内閣は、日本の核武装の是非について、政治学者や科学者を集めて秘密研究を行っていました。その報告書「日本の核政策に関する基礎的研究」によると、この研究会は「独立核戦略創設の可能性」を検討した結果、技術的には核武装が可能としながらも、NPTの存在を理由に、政治的条件から、核武装の可能性を否定する内容となっています。

 以下、結論部分を引用します。

結論:日本の安全保障が高まるという保証があるとすれば、核武装は1つの政治的選択として考慮する価値があろう。しかし、これまでの分析を通じて、日本の安全保障が核武装によって高まるという結論は出てこない。日本は、技術的、戦略的、外交的、政治的拘束によって核兵器を持つことができないのであるが、そのことは日本の安全保障にとって決してマイナスとはならないだろう。核保有国となることによって、たとえ国威を宣揚し、ナショナリズムを満足させることができたとしても、その効果は決して長続きすることができないばかりでなく、かえって新しいより困難な拘束条件を作り出してしまうからである。核兵器の所有が大国の条件であると考えうる時代はすでに去った。核時代における新しい大国としての日本は、国家の安全保障の問題を伝統的な戦略観念からではなく、全く新しい観点から多角的に解決して行かねばならぬよう運命づけられているのである。

雲散霧消する「あいまい路線」

 日本の核開発の歴史は、第2次大戦のまっただ中、1940年代初頭にさかのぼります。

 東条英機首相の肝いりで行われた、理化学研究所の仁科芳雄博士をリーダーとする「二号研究」は、国産の核兵器開発を目指しましたが、実現することなく、米国に先を越されて、広島、長崎に核爆弾を投下され、敗戦に追い込まれました。

 占領軍によって、日本の核開発研究は禁じられますが、ソ連が1949年に核実験に成功すると、核をめぐる冷戦が本格化し、朝鮮戦争の始まりとともに、米国は日本を極東における「反共の砦」とすべく、再軍備、旧支配層の公職追放解除を始めます。いわゆる「逆コース」です。

 そうした米軍の事実上の管理下において、日本は通常兵器による再軍備だけでなく、原発を導入して、ひそかに核兵器使用のための技術をたくわえてきたわけです。

 ひたすら米国に従順にふるまい、「はしの上げ下ろし」まで個別に許可を求めなくてはならない状態から、一定の「フリーハンド」を得る日米原子力協定(包括協定)が結ばれたのは、1988年のこと。この包括協定のもとで、日本派「核燃料サイクル」を推進してきましたが、周知の通り、高速増殖炉「もんじゅ」は技術的に行き詰まり、立ち往生しているのが現実です。日本は、蓄積したプルトニウムの持って行き場がありません。

 歴代の自民党政権は、佐藤政権まではともかく、70年代以降は、核兵器保有への意志を表にあらわすことは控え、「あいまい路線」を取ることによって、米国や近隣国の警戒を招かないように用心深くふるまってきました。NPTに加盟したのも、「非核三原則」を維持してきたのも、日本は「原子力の平和利用に徹する」という「建前」のアピールのためです。

 ところがここにきて、「あいまい路線」が雲散霧消し、核武装に向けた野望が露呈してきています。これは、見逃すことのできない兆候です。「あいまいな中庸」路線は、「あいまいさ」があってこそ機能するのであって、それが失われれば、日本は核保有へ向かうのか、核保有を完全に断念するか、そのどちらか、二者択一しかありません。

 田母神氏が主張するように、仮に日本がNPTを脱退して独自の核武装に踏み切れば、国際的に孤立することは目に見えています。かつて日本が国際連盟から脱退し、戦争に突き進んだという歴史を、田母神氏らは繰り返そうとしているかに見えます。

「立憲主義」を否定した安倍総理

 田母神説の重要なもうひとつの欠陥は、NPTを脱退しても日本は孤立しない、と言い切っていることです。田母神氏は2009年8月に刊行されたブックレット『サルでもわかる日本核武装論』(飛鳥新社)の中で、次のように記しています。

 北朝鮮という国は、侵略的無法体質を持ち、日本を最大の仮想敵国とする国です。日本にとって、北の核保有は、由々しき事態であり、危機であることに変わりはありません。

 今回の北の核実験は、日本が核武装の準備を始める絶好のチャンスでした。しかし、政治家も、外交評論家や軍事評論家と称する人たちも、保守系メディアですら、議論さえ始めなかったのです。

 元総理大臣補佐官の岡本行夫氏や拓殖大学大学院教授の森本敏氏、同志社大学教授の村田晃嗣氏等、保守派の論客といわれる人たちですら『日米関係を緊密にすることが何より重要で、NPT(核拡散防止条約)を脱退するような議論や行動をしたら世界で孤立する』と主張します。

 しかし、これも変な話です。国際条約というものは、国家が主体的に約束し、加盟したもので、不都合だと主体的に判断すれば、いつでも抜けられるものなのです。

 日本は北朝鮮のような独裁国家ではありません。核武装を良しとする世論を形成しなければなりません。そのためには、国のリーダーの断固とした決意と世論を熟成させるねばり強い説得が必要となります。何よりも日本社会に蔓延する感情的な”核アレルギー”を払拭しなければならないでしょう。

 将来、NPTを脱退することがあるかもしれないと考えれば、国際世論への対応も必要です。しかし、これは、日本が世界で唯一の被爆国であること、現在、核武装をした国々に囲まれ、放置しておけば三度目の被爆を受けかねない危機に瀕している、と主張すれば説得可能でしょう。唯一の被爆国であるから核を持たない、というのは論理のすりかえです。被爆国であるからこそ、三度目の被爆を避けるために核武装する、というのが正しい論理的思考です。

 これに対し、原子力行政と外交の交点に立ってきた遠藤氏は、「NPTを脱退して孤立すれば、国際的に日本は立ちゆかなくなる」と危機感をあらわにします。原発を推進し、核燃料サイクルを続けるべき、という推進派の論者でも、「NPT脱退も辞せず」という田母神氏の言い分は受け入れがたい、ということになります。

 一般的に見れば、このような田母神氏の主張が、政治的に現実味を欠いたものであることは、言うまでもありません。しかし、そのような現実味を欠いた政治的主張が、若者を中心に一定の支持を得てしまった、ということも、また「現実」です。また、田母神氏と安倍総理がその考え方の根底において通底していることも、看過するわけにはいきません。

 私は、田母神氏は安倍政権の「別働隊」である、と指摘しました。安倍総理は、このような田母神氏の主張が実現するよう、一歩一歩、外堀を埋めつつあるかのように見えます。

 安倍総理は2月12日の衆議院予算委員会で、集団的自衛権の行使を容認するための解釈改憲について、「(政府の)最高責任者は私だ。政府の答弁に私が責任を持って、その上で選挙で審判を受ける」と驚くべき発言を口にしました。(2014年2月13日 東京新聞 解釈改憲「最高責任者は私」)

 この安倍総理の発言は、従来からの持論である、解釈改憲による集団的自衛権の行使容認に改めて前向きな姿勢を示したものですが、問題はそれだけではありません。重要なのは、安倍総理のこの発言が、「立憲主義」の否定につながる、ということです。

 「立憲主義」とは、国民を国家に奉仕させるのではなく、国民の権利と尊厳を守るため、便宜的に国家を立て、その国家権力の暴走に歯止めをかけるためにこそ、憲法が存在する、という考え方のことです。国家権力は、憲法を通じて、国民からの制限を受ける。これが「立憲主義」です。

 行政府の長である内閣総理大臣は、憲法によって国民から制限を受ける側の存在です。その総理が、解釈改憲について、「最高責任者は私だ」と発言することは、「立憲主義」に対する挑戦以外の何ものでもありません。「最高責任者」とは、言い換えるなら主権者のことであり、つまりは安倍総理ではない。言うまでもなく、国民こそが主権者です。

 私は、澤藤統一郎弁護士、梓澤和幸弁護士とともに、安倍政権の本音があらわになった自民党改憲草案を計12回、のべ40時間にわたって読み解き、『前夜~日本国憲法と自民党改憲案を読み解く』としてまとめました。そこで明らかになったのは、自民党が「立憲主義」を確信犯的に否定しようとしている、という事実です。

■ハイライト

(2月14日の出版記念イベントは、大雪のため延期になりました)

※梓澤和幸・澤藤統一郎・岩上安身『前夜~日本国憲法と自民党改憲案を読み解く』(現代書館、2013年12月)

 特定秘密保護法の強行採決、日本版NSCの設置、そして解釈改憲による集団的自衛権の行使容認。安倍総理は、国民不在のまま、日本を「戦争のできる国」に作り変えるべく、邁進しています。そして、「戦争のできる国」へと制度や法律が作りかえられた時、田母神氏的が先行して唱えている「核武装」という「本音」が、表面へと一気に湧き出すことになるでしょう。

 この「本音」の内実について、IWJはこれからも、取材を重ねながら、検証を加えていきたいと思います。

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「【岩上安身の「ニュースのトリセツ」】田母神俊雄氏、61万票獲得の「衝撃」 その「核武装論」を徹底検証する(「IWJウィークリー38号」より)」への2件のフィードバック

  1. 居残り佐平次 より:

     様々なニュースやIWJのインタビューなどが有機的につながる中味で、読みごたえありでした。
     あの程度の認識の人間が幕僚長として組織のトップに立った航空自衛隊は大丈夫なんでしょうか?NHK経営委員の長谷川さんの論文は…いわゆる歴史的仮名使いで書いてありましたね。正直なところ、怖さを感じました。
     一方、自民党の支援を受けて当選した舛添さんは知事就任早々、自民党改憲草案を「立憲主義をわかっていない」と批判しました。じゃあ、なぜ自民党から支援を受けたのでしょう?今度は自民党はぜひ舛添さんと「絶交」を考えてみてはどうでしょう。

  2. 高浜 光博 より:

     自衛官です。我々の先祖、ひいては祖国を悪だと認識したまま、国防の任にはとても就けません。田母神幕僚長の歴史認識が正しいか否かは検証する余地があるでしょうが、かの懸賞論文によって我々の多くが愛国意識と国防意識が高揚したのは事実です。中韓も国力が増してきた最近になってから、日本に対して強硬な姿勢をとるようになったと思います。核武装の是非は別にして、国際社会での発言力を高めるには、軍事力を含めた国力の増強が必要だと感じています。
     先の大戦の戦勝国と敗戦国であるフランスとドイツが、現在友好関係を構築できた理由について問われた在日フランス大使とドイツ大使は、「お互いに成熟した大人の国同士だから友好関係が構築できるのだ。」と答えました。では日中、日韓関係は?と問われ、「日本は中韓が成熟した大人の国になるまで待つしかない。」と答えました。非常に分かりやすい例えだと思いました。

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