「農協改革が農業所得の増加にどうしてつながっていくのか、説明が足りていない状況です」
5月に予定されている、日米首脳会談前に政府が狙う環太平洋連携協定(TPP)の合意。TPPへの反対を主張する全国農業協同組合中央会(JA全中)の影響力を削ぐ農協改革が進んでいる。2月9日には、安倍政権が提示した体制を見直す改革案を受け入れたJA全中は、各都道府県にある中央会を存続させるなどの妥協点を残すことには成功したものの、事実上の組織解体が始まったことになる。
これまで集票の盤石として改革の手が及ばなかったJA。今回の改革は、小泉純一郎内閣時代から続くアメリカの念願であり、当時、郵政改革の次に手をつけられることが期待されていた。安倍政権は、アメリカによる「年次改革要望書」のシナリオに沿う形で、この改革を10年ぶりに進めようとしている。
2月12日(木) 16時より、日本外国特派員協会にて、万歳章JA会長、ポーリン・グリーンICA(国際協同組合同盟)会長、シャン・ルイ・バンセルICA委員による記者会見が行なわれた。
地域農協に自由裁量を与えることによって、農家の所得増につなげるという政府の説明には、確かな道すじが示されておらず、農業者の高齢化や後継者不足、耕作放棄地の拡大など、日本の農業が抱えるさまざまな問題の前で真実味を帯びていない。万歳氏は、JA全中を一般社団法人に転換させることや、監査法人による会計士監査の導入などが盛り込まれた政府与党の農協改革案を受け入れることを表明しながらも、政府の示す方針の不透明さに不満を見せた。
93カ国の249団体が加盟し、傘下の組合員は10億人を超える世界有数の規模のNGO・ICAは、協同組合の育成と運動の推進について、日本政府、JAに提言し、協力することを表明した。「協同組合があってこそ、農業が発展する」と語るグリーン氏は、JAの株式会社化を牽制し、あくまで農家の所得を倍増するという理念に基づく協同組合運動の推進のために助言する姿勢を示した。
※以下、発言要旨を掲載します
政府案容認の現実と農業改革の理想――「農業所得の増大、地域活性化、農業の成長産業化」へ
万歳章氏(以下、万歳・敬称略)「日本の農業、農村は、高齢化や就農人口の減少、構造的な問題などを抱えておりますが、JAはこれまで組合員の多様なニーズに応えて、地域での重要な役割を果たしてきたと考えています。
ところが昨年2014年5月、政府の諮問機関である規制改革会議が中央会制度の廃止や、准組合員の事業利用制限を含むJAの制度の見直しを図りました。その後、与党での検討を経て、6月末に発表した規制改革実施計画において、農業者の所得向上に向けたJA自らの改革を進めることを決めました。現場や組合員、外部の有識者からの声を取り入れ、自己改革案を取りまとめ、実行に取り組んでいます。
そんななか、政府から、全中の社団法人化、監査法人による会計士監査の導入、そしてJA特有の准組合員の事業利用制限など、これまで経験したことのない大転換が提案されました。この問題について、現場から大きな不安の声が寄せられましたが、政府与党とも協議を行い、組織内の議論を積み重ね、准組合員の事業利用制限の見送りを含む、政府案の容認という大きな一歩を踏み出す、重い決断をしました。
私は、あくまで、農業所得の増大と、地域の活性化、農業の成長産業化を目的とする自己改革にしっかり取り組むべきであると考えています。これは、政府与党の考え方と同じであります。
JAグループは今年の秋に、JA全国大会を開催し、3年間の活動方針を決定いたします。JAは食と農を基軸として、地域に根ざした協同組合として、農業者、地域の皆様の付託に応えてまいりたいと思います。今回の自己改革には、総力を挙げて取り組みたいと考えております」
国内外への広報――日本の食と農への理解へ向けて
万歳「世界の食料問題をテーマとするミラノの国際博覧会が5月から10月まで開催されます。また、日本の和食が世界文化遺産に登録されるなど、食と農の関心が世界的に高まっております。ミラノ万博のメインスポンサーとして、JAはイベント、ジャパンデーの開催などで、農業の素晴らしさを発信していきます。また、ジャパンデーの開催中、ICAの皆さんと一緒に、FAO(国際連合食糧農業機関)や、イタリアの協同組合と共催で、世界の食料確保と、持続可能な農業づくりに貢献する協同組合の役割を発信するシンポジウムを開催します。こうした取り組みを通じ、日本の食と農への国民の理解を図っていきたいと考えております」
東日本大震災での組合員による相互支援、復興への助け合い
万歳「続いて、東日本大震災からの復旧、復興へのJAの取り組みについてであります。来月(3月)には、震災発生から4年を迎えますが、被災地では、営農の再建が立たない方や、原発事故による風評被害に苦しんでおられる方が多くいらっしゃいます。被災地の厳しい環境のもとで、組合員の助け合い、全国からの支援など、大変感銘を受けました。あらためて、JAが食料の安定供給だけでなく、地域の暮らしなどに大きな役割を果たしていることを感じ、そして誇りに思っております。
来月にかけて、東日本大震災の教訓が風化しないよう、メディアの皆様のお力をお借りし、広報活動、復興に向けて、被災地の目線に立った取り組みをしていこうと考えています」
TPP交渉における政府への要望――「重要品目についての国会決議の遵守を」
万歳「最後にTPPに関してであります。1月末から、ニューヨークで、主席交渉官会合が行われ、その後ワシントンで日米二国間協議が行われたと承知しております。一方で、米国では議会が大統領に交渉権限を付与する法律、すなわちTPA(Trade Promotion Authority、貿易促進権限)がまだ成立されていない事情もあるようです。
全国の農業者は交渉の行方について、大変不安に思っておりますので、きちんとした情報開示をお願いするとともに、交渉の節目節目に国民各層の意見を聞く場を設定して欲しいと思います。また、あらためて言うまでもありませんけれど、米、麦、牛肉、豚肉、乳製品、紙資源など、重要品目について、国会決議の遵守をなんとしてでもお願いしたいと考えております。
最後になりますが、引き続き、JAグループへのご理解を賜りますように、お願いしたいと思います」
ICAからの提言――「世界で農業を頑張っているところには、必ず農業協同組合がある」
ポーリン・グリーン氏「この問題が日本で動き始めたのは、昨年2014年6月でしたが、ICAとして、日本の動きを真剣に注目していました。連携調査団を作りまして、ICAグローバル理事のシャン・ルイ・バンセルらとともに調査団となって日本での動きを調査しておりました。
ICAは10億人の会員を擁しており、最近の統計では、世界で2億5千万人の生活を支えていると言われております。世界には250万の協同組合があると言われ、規模で上位300の協同組合の売上高を足し合わせると、2.2兆ドルになると言われております。これは、世界7位のGDPを持つ英国に相当します。
我々はビッグビジネス、大きな事業を展開しています。世界の指導者は雇用に躍起となっていますが、私達の共済保険部門は4年間で12万の新しい雇用を生み出しております。こういうことを申し上げますのも、協同組合事業は、世界の上場企業と対等に、あるいは、それ以上に競争している、ということをお伝えしたかったからであります。世界の実体経済に積極的に関与しており、一般企業とは違い、社会的な貢献、民主的な貢献、コミュニティの結束を高め、成長させる、ということをも含むさまざまな活動を行っております。
ここに来ておりますのは、決して日本政府に干渉しようというのではありません。日本をどうするのか、というのは国内の議論の対象ですが、ただひとつ申し上げたいのは、世界で農業を頑張っているところには、必ず農業協同組合がある、ということは事実であり、フランス、カナダ、アメリカ、デンマーク、ニュージーランド、韓国も、協同組合があってこそ、農業が発展するということです。
協同組合運動について、規制改革が行われ、本来意図していた結果が生まれるということが、世界で経験されています。これから数ヶ月、JA、全中、政府がさらに協議を進め、最後を詰められていくことになりますが、意図しないような、例えば株式会社化という結果にならないようにお願いしたいと思います。それは協同組合にとって良きことではなく、組合運動を阻害するという結果が世界中で報告されています」
シャン・ルイ・バンセル氏(以下、バンセル・敬称略)「協同組合も、組合員も、非常にプラグマティック(実際的)な人々であります。私どもの協同組合の原則というものがありますが、過去200年余り、この原則が各国で実践されてきました。原則を守るということが、各協同組合にユニークな運動を生み出し、成功を生み出してきました。
ICAは、日本の仲間のために協力し、日本の国会、政府に知識がお役に立てれば、と期待しております。農家の所得を増やす、というのは良きスタートです。そのためにどういう道すじを通るのが良いのでしょう。法律、経済的側面も考えての所得倍増でなくてはなりません」
(取材:IWJ・佐々木隼也)
不透明な政府の説明――「農協改革が、農業所得の増加にどうしてつながっていくのか」