昨年2014年、世界の注目を最も集めたのが、ユーロマイダンでの騒擾からロシアによるクリミア併合、東ウクライナでは激しい戦闘へと続いた一連のウクライナ危機と、イスラエルによるパレスチナのガザ地区に対する激しい攻撃だった。
両者に共通するのが、「ユダヤ」というファクターである。イスラエルによるガザ侵攻はもちろん、ウクライナでも、「反ユダヤ主義」を掲げる右派セクターが暗躍した。世界中を震撼させた、この2つの事件の本質を理解するためには、欧米における「ユダヤ」の立ち位置、とりわけ「シオニズム」について理解する必要がある。
モントリオール大学教授のヤコブ・M・ラブキン氏は、『トーラーの名において~シオニズムに対するユダヤ教の抵抗の歴史』『イスラエルとは何か』などの著書において、シオニズムと本来のユダヤ教の思想とを腑分けすることを試みる。ラブキン氏によれば、ユダヤ教は、本来的には「絶対平和主義」の思想を持ち、イスラエルにおいて体現されているような、軍事国家としての姿とは、相容れないというのである。
私は、2014年7月23日と8月5日の2回にわたり、来日したラブキン氏に対してインタビューを行った。本メルマガは、その2回のインタビューの模様をテキスト化し、詳細な注釈を付したものである。第1回目のインタビューでは、主にウクライナ情勢について、第2回目のインタビューでは、イスラエルによるガザ侵攻について、お聞きした。
日本のメディアはほとんど報じなくなってしまったが、ウクライナ東部では、停戦合意後も親ロシア派とキエフ政権側との間に、激しい戦闘が展開されている。イスラエルをめぐる中東情勢も、イスラム国の台頭と、1月20日に発生した日本人人質殺害予告事件などに見られるように、沈静化する気配を見せない。
解釈改憲により、集団的自衛権の行使を容認することは、米国に唯々諾々とつき従い、ウクライナや中東へ、自衛隊を派遣することにつながりかねない。ラブキン氏はインタビューの中で、世界の中で唯一、米国とイスラエルにだけ「免責性」が付与されていると述べ、その構造を分析した。
歴史学と思想史の分野から、ウクライナと中東を中心として緊迫する世界情勢に対し、どのようにアプローチすることが可能か。必読のインタビューである。
米国が主張するマレーシア航空機のロシア撃墜説には根拠がない
▲ヤコブ・M・ラブキン氏
岩上安身「みなさんこんばんは。ジャーナリストの岩上安身です。本日は、大変重要かつタイミングぴったりのお客様をお迎えいたしました。
以前に私がインタビューさせていただき、『トーラーの名において シオニズムに対するユダヤ教の抵抗の歴史』(※1)という大変印象深い本をお書きになっている、モントリオール大学教授のヤコブ・M・ラブキンさんです。
ラブキンさんは、ロシアのレニングラードでお生まれになったユダヤ人です。そのため、ユダヤ人でありながらロシア人でもあり、ロシアやウクライナのことはもちろん、ユダヤ、イスラエルのことにも通じていらっしゃいます。現在はカナダのモントリオールに住まわれており、カナダ、アメリカ、ヨーロッパのことについてもご存じです。また、親日家でもいらっしゃいます。
そのラブキンさんに、現在ウクライナで起きている悲劇、ウクライナとロシアの対立と、ウクライナに肩入れしている米国との関係、7月17日に起きたマレーシア航空機の墜落事故(※2)。そして同日、イスラエル、パレスチナの地で、イスラエル軍が空爆から地上軍を侵攻させ、たくさんの子供、女性、老人、一般の市民が殺されたガザ侵攻(※3)。地理的には離れていますが、互いに深く関連する一連の出来事を中心に、今世界で一体何が起きているのか、我々はこのような問題にどのように向き合っていけばいいのか、一緒に考えていきたいと思います。よろしくお願いいたします。
なお、本日の通訳は、慶應義塾大学商学部専任講師の渡名喜 庸哲(となき・ようてつ)さんです。よろしくお願いいたします」
渡名喜氏(以下、敬称略)「よろしくお願いいたします 」
ヤコブ・ラブキン氏(以下、敬称略)「小さいほうの本もご存知ですか?」
岩上「『イスラエルとは何か』(※4)ですか。もちろんです」
ラブキン「そちらのほうがより主張が明解です」
岩上「まずは、ウクライナで起きた出来事について、ラブキンさんがどういうふうに見ていらっしゃるのかをお聞きしたいと思います。
まず、マレーシア航空機の事故です。これは事故であるはずなのに、メディアでは最初から撃墜と言われてきました。事故なのか撃墜なのか、この件についてラブキンさんはどのようにお考えでしょうか」
ラブキン氏「まず、きわめて驚くべきことは、今撃墜とおっしゃいましたが、状況がまだ十分明らかになっていないにも関わらず、この飛行機の一件がすでに非常に政治問題化しているという事です。各国の政府やメディアは、堰を切ったようにロシアを批判しています。
一部明らかになっていることとしては、ロシアの防衛省がEUに対して、すでに自国のデータ、情報を伝えているということ。ところがそれに対してアメリカのほうでは、伝えているものは何もありません。
ですから、今回の一件は、ほかの飛行機事故などとは違い、非常に特異な状況にあります。ウクライナ政府は録音した音声を公開しました(※5)。この音声は、東南部の反対勢力が飛行機を撃ち落した証拠というふれこみでしたが、ねつ造されたものと言われています。証拠がねつ造である場合、何か隠していることがある。
多くのアメリカのメディアでは、ロシアへ経済制裁すべきだという主張が盛んになされていますが、一つ言えることは、その主張を裏付ける十分な証拠が全くないということです。本当に起こったことがどういうことなのかが未だに明らかにされないまま、一方的な情報が流されている。
一方のロシアは、比較的控えめです。今後は飛行機のブラックボックス(※6)などの解読をしていく必要がありますが、その場合にも、西洋のメディアが出してくる情報が果たして信用できるものなのか否か、注視していく必要があるでしょう。
イラク戦争前のアメリカのメディアの状況(※7)にきわめてよく似ていると思います。愛国主義的な言説が増えている点でもそうですね。しかし、そこでは告発はなされてはいますが、問いが提示されていません。つまりメディアがメディアとしての役割を、なすべきことをしていない。例えば、ロシアがマレーシアの飛行機を撃墜して何の得があるのでしょうか。そうした問いがなされていない。
私がそこで感じているのは、西洋のメディアにはある種のいらだちがある。いわば自分たちの特権を認めない勢力があることに対するいらだちがあるのです」
岩上「なるほど。ところで親露派のドネツク人民共和国(※8)は、墜落現場で発見したフライトレコーダーをマレーシア側に引き渡しました(※9)。これは賢明な選択だと思われますか? つまりEUでもアメリカでもなく、ウクライナでもなく、マレーシアという国に引き渡した点について、どのようにお考えになりますか」
ラブキン「マレーシアに引き渡したのは、単純に墜落したのがマレーシアの飛行機だからだと思います。マレーシアはオランダに渡し、結局オランダはイギリスに渡すことになりました。その前に一点だけよろしいでしょうか。今『親露派』という用語がでましたが、その用語自体が西洋的です。親露派、親西洋派というような用語ですよね。
つまり、西洋メディアの言説が、岩上さんのような、問題の本質が何かをよく理解されている方にも影響を及ぼしている」
岩上「伝染している(笑)」
ラブキン「カウボーイとインディアンの対立のように、親露派、親西洋派という形で言葉を使うのは、やはり西洋的なメディアの見方だということです」
岩上「なるほど。ラブキンさんならどのような言葉を使われますか?」
ラブキン「キエフ(※10)の体制に反対する、反対派」
岩上「反対派? 反体制派ということでしょうか」
ラブキン「そうですね。まずウクライナでクーデター(※11)があったということが重要で、ウクライナのほうは、ロシア語を非公用語化(※12)するなどしていた。対してクリミアの場合、ある種の小さいクーデターのような形でロシアに併合することを望んだ(※13)わけです。ウクライナから離れ独立することを望んでいるけれども、ロシアに併合されるということを望んでいたわけではない。それを『親露派の分離独立派』と呼ぶのは、適切ではないのではないかということです」
岩上「単純に『分離独立派』と呼ぶのはどうですか?」
ラブキン「もちろん、彼らを『分離独立派』と呼ぶことには問題がないと思います。ただ彼らが望んでいるのは、自分たちの仕事を今の状態のまま続けたいということであり、言語や民族性の問題についてもそのように望んでいるというのではないと思います。
(※1)ヤコヴ・M.ラブキン著 菅野賢治訳『トーラーの名において シオニズムに対するユダヤ教の抵抗の歴史』(平凡社、2010年4月)紹介文:イスラエルにおいて、ユダヤ教の立場からなされる、シオニズム批判を取り上げた一冊。パレスチナ問題と反ユダヤ主義の歴史を理解する最適の書(【URL】http://amzn.to/1zKAPTs)。
(※2)マレーシア航空機墜落事故:2014年7月17日、ウクライナ東部ドネツク州のロシア国境付近で、オランダ・スキポール空港からマレーシア・クアラルンプール国際空港に向かっていたマレーシア航空の定期便、ボーイング777型旅客機が墜落。乗客・乗員合わせて295人が死亡した。現場ではウクライナ政府軍と親ロシア派武装勢力による激しい戦闘が続いており、同機が撃墜されたとの見方も出ているが、真相はわかっていない(朝日新聞、2014年7月18日【URL】http://bit.ly/15FkswA)。
(※3)ガザ侵攻:2014年7月17日、パレスチナ自治区ガザ地区を実効支配しているイスラム原理主義組織ハマスによるロケット攻撃を鎮圧することを目的とし、イスラエル軍が同区への地上侵攻を開始。本記事の取材後、8月26日に両者が停戦に合意し、いったん終結したものの、その後、戦闘が再開され、停戦合意はなし崩しとなる(AFPBB News、2014年7月18日【URL】http://bit.ly/1svCue5)。
(※4)ヤコヴ・M.ラブキン著 菅野賢治訳『イスラエルとは何か』(平凡社、2012年6月)紹介文:欧米主導で形成された虚構の歴史を読み解いている。前著である前著『トーラーの名においてーシオニズムに対するユダヤ教の抵抗の歴史』(2010年平凡社)の内容を圧縮し、新たに書き加えられた一冊。近代国家主義の権化たるシオニズムによって建国されたイスラエルは、正統的なユダヤ教徒たちの国ではないとしている(【URL】http://amzn.to/1xfrhw1)。
(※5)ウクライナ政府による音声の公開:欧米とウクライナ政府は、録音したロシア軍の司令官と親露派勢力との会話を各国の言語に訳してYoutubeにアップロードし、航空機撃墜はロシアの仕業であると主張した。
しかしロシア語訳版のビデオを調査すると、ビデオの作成日が7月16日になっており、撃墜事件が起こる1日前の日付となっていた。このため、アップロードされた動画はねつ造された可能性が高く、撃墜をロシアの仕業とするために前もって作成されたものではないかと言われている(AFPBB News、2014年7月18日【URL】http://bit.ly/1tYbu8F)。
(※6)ブラックボックス:航空機のフライトレコーダーやボイスレコーダー、また、そのような装置を保管するための、耐震・耐熱性のある箱(参考:デジタル大辞泉【URL】http://bit.ly/1CtGAqX)。
(※7)イラク戦争前のアメリカメディア:2001年9月11日のアメリカ同時多発テロ事件の発生後、10月11日のホワイトハウスでの記者会見で,「イラクの指導者は悪者だ。自国民を毒ガスで殺し,大量破壊兵器を開発している」と発言し、「フセイン政権とアルカイダの結びつき」がイラク戦争の「大義」とされた。
以後、イラク侵攻が国家的課題であるかのような報道がアメリカのメディアでなされていたが、結果的にはイラクと同時多発テロの関連を裏付ける証拠はほとんどなかったことが明らかになっている(参考:放送研究と調査 2008年5月【URL】http://bit.ly/15E8nYZ)。
(※8)ドネツク人民共和国:ウクライナの東部の都市ドネツィク(ロシア語名ドネツク)でロシア連邦への編入を求める分離・独立派が独立を宣言した地域。2014年7月7日、ウクライナ東部の主要都市ドネツクで、政府の建物などを占拠した親ロシア派勢力がドネツク人民共和国の創設を宣言した(参照:Wikipedia【URL】http://bit.ly/1vdk3YM)(ロイター、2014年4月8日【URL】http://bit.ly/18mWNDh)。
(※9)フライトレコーダーのマレーシア側への引き渡し:2014年7月22日、親ロシア派はマレーシア航空機の墜落現場でフライトレコーダーを回収し、マレーシア側に引き渡した(時事ドットコム、2014年7月22日【URL】http://bit.ly/1zmjMtS)。
(※10)キエフ:ウクライナの首都。ドニプロ川の中流に位置する。同国最大の都市で、政治・経済・社会・学術・交通の中心地である(参照:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典【URL】http://bit.ly/1AJyesc)(参照:Wikipedia【URL】http://bit.ly/1v8onrm)。
(※11)ウクライナのクーデター:2014年2月23日、ウクライナの最高会議はオレクサンドル・トゥルチノフ議長を大統領代行に選出。先に大統領の職を解任されたビクトル・ヤヌコヴィチは、首都キエフを脱出した(AFPBB News、2014年2月24日【URL】http://bit.ly/15FlSHw)。
(※12)ウクライナにおけるロシア語の非公用語化:ウクライナ新政府がウクライナ語以外の言語を公用語として認める法律を、2月23日に撤廃した。この措置によって、ウクライナではロシア語を公用語として使用することが許されなくなった(【URL】【IWJブログ】「クーデター」か「高潔な革命」なのか~ウクライナ政変にロシアの軍事介入が及ぼす影響 2014.3.6)。
(※13)ロシアによるクリミア併合:ロシアのプーチン大統領は、ロシアへの編入が承認された2014年3月16日の住民投票を受けた措置として、同17日ウクライナからの分離・独立を決めたクリミアを、独立国として承認する大統領令に署名。親露派のクリミア自治共和国議会は同日、編入の国際法上の正統性を得るため、いったんウクライナから独立し、ロシアと統合する条約を結ぶ方針を決定していた(日本経済新聞、2014年3月18日【URL】http://s.nikkei.com/1z4e8tl)。