「保守と左翼は同じことを言ってるんですよ。『米軍に依存せよ』と。これがくだらないと思ってるんですよ、わしは」——。
安倍政権が成立を急ぐ安保法制に反対を掲げる漫画家の小林よしのり氏が、日本の保守と左翼を一刀両断した。
これまでも「右から左までヘタレばっかりである」と、自らを本物の保守だと主張してきた小林氏が2015年8月10日、外国特派員協会で会見を開いた。米国依存から脱却した「本当の独立国を築く」と豪語した小林氏は、「わしのエネルギーは十分に充実している。日本人を覚醒させようと思っています」と笑ってみせた。
「ただひたすらアメリカについていけという奴がどこが保守なんですか」
小林氏は、大量破壊兵器がなかったにも関わらず攻撃を行ったイラク戦争を、「間違った」戦争だったと認めない保守層や安倍総理を批判。「アメリカについて行くことだけが安倍政権の最大の目的」と話し、米国追従のまま集団的自衛権を行使した場合、米国主導の新たな侵略戦争に巻き込まれることは避けられないと断言する。
さらに、軍隊ではない自衛隊が派兵先で人を殺した場合、日本国内で裁かれ、殺人罪が課されてしまう可能性に言及。「自衛隊員を守るため、日本という国が二度と侵略戦争に巻き込まれないため、安保法制には反対しなければいけない」と訴えた。
一方で、「憲法9条を守るんだったら日米同盟を認めないといけない」と、米軍依存から脱却できない9条護憲の反対論は「陳腐な平和主義者」だとも揶揄し、「日本の自衛隊を軍隊にして自国は自国の軍隊で守る」と米軍基地撤退論を展開した。
「立憲主義と中国の脅威。この二つを天秤にかけた時、立憲主義を崩壊させなければいけないほど、中国の脅威は迫っているでしょうか」
小林氏はさらに、尖閣諸島や日中中間線のガス田開発の問題で中国脅威論を挙げる安保法制賛成派を牽制。真っ正面から憲法改正を国民に問うべきだと訴え、解釈で憲法を変えてしまうのは権力の暴走だと批判した。
アメリカについて行く保守と自分は違う
小林よしのり氏(以下、小林・敬称略)「小林よしのりです。
私は日本語を世界の公用語にしたいと思っているので、英語は喋りませんので一流の通訳の方にお任せします。
日本の保守派の中で小林よしのりが今回の安保法制で方向転換したというのは実は間違っておりまして、私は保守というのは日本のアイデンティティを保守しなければいけないと思っています。
だから、基本的に憲法を改正して日本の自衛隊は軍隊にするべきだと思っています。ところが、日本の保守派と言われている人たちは、ほとんど全てアメリカについて行くことを保守しているわけです。
だから、かつてイラク戦争が始まった時に、この戦争は侵略戦争だ、大量破壊兵器はないということを主張したのは、保守派の中では、わしと西部進という男の二人だけ。あとは全部アメリカについて行け、イラク戦争を支持するという話でした。
イラク戦争に反対したために、わしは、保守派から徹底的にバッシングを受けました。そして今、イラク戦争は間違いなく侵略戦争だったということが明確になりました。これはアメリカでもイギリスでもそういう総括はされているはずです。
ところが、日本の保守派は、このイラク戦争に関して間違っていたということを認めません。安倍首相も認めません。安倍首相、自民党、これらはアメリカがまた次の侵略戦争を始めた時に、ついて行かなければいけないからです。
日本人が独自の判断ができるのならば、この戦争は防衛戦争としてやらなければいけない。だが、この戦争は侵略戦争だからダメだとはっきり言えなければいけません。だから、憲法改正の理念そのものが、わしと他の、アメリカについて行くだけの保守の人々とは違っています。
日本は今後も侵略戦争はやりません。過去、侵略戦争をやったことはある。だがもう、侵略戦争はやりません。専守防衛に徹するべきです」
「アラブの人たちを敵にしてはなりません」
「アメリカは今後も必ず侵略戦争をやります。ベトナム戦争しかり、アフガン、イラクの侵略戦争、しかもなおかつ、世界を破壊しておいて、『スクラップ&ビルド』のビルドの方ができません。必ず撤退します。
だから日本というのは、かつての反省をするのならば、侵略戦争を絶対にしない、これは、憲法を改正しても条文の中に入れなければいけません。
それで、日本は専守防衛に徹する。アメリカとは個々に特別法的なものを結んでいくというやり方で、安全保障の体系を組み立てなければいけないと思っています。
日本の保守派が今言っているのは、尖閣諸島の問題。日中中間線のガス田開発の問題。それからスプラトリー諸島。中国の覇権が押し寄せて来ているから恐い。これが恐いから集団的自衛権が必要だという論理の組み立て方になっています。
尖閣諸島が危ないというのならば、だったら尖閣諸島に日本の軍港を作ればいい。ガス田開発しているものと対決すればいい。でもおそらく軍港を作るとなったら、それを反対するのはアメリカでしょう。
アメリカは絶対に中国とは戦争しません。そうなると、日本は完全に利用されるだけ。それこそ、将来には中東の戦争に出て行かなければいけなくなるでしょう。
アラブの人たちは、日本が日露戦争を戦ったことに対して敬意を表してくれています。アラブの人たちを敵にしてはなりません」
立憲主義を崩壊させるほど、中国の脅威は迫っているのか!?
「そこでもう一つ問題点があります。憲法の問題です。わしは憲法9条を守れということは言いません。ただ、立憲主義は守ってもらわなければならない。
立憲主義というのは国民が権力を縛るためのものです。戦前日本は、軍部が暴走しました。軍部という権力を抑える規律が明治憲法の中になかった。
戦後の日本国憲法はアメリカから押し付けられたものであるにせよ、シビリアンコントロールはあります。だが、シビリアンコントロールの『シビリアン』の方が暴走するとどうにもなりません。
さて、ここで立憲主義と中国の脅威、この二つを天秤にかけたときに、今現在、憲法の方を解釈改憲で立憲主義を崩壊させなければいけないほど、中国の脅威は迫っているでしょうか。
憲法改正するには1年か2年あれば足りる。この1年か2年の間に中国が侵略してくるでしょうか。真っ正面から憲法改正を国民に問えばいいのです。これをやらない。やらないのは何故か。アメリカについて行くことだけが安倍政権の最大の目的だからです」
なぜ、安保法制に反対するのか
「今回の安倍政権の解釈改憲のやり方で、国民はつくづく警戒してしまいました。このままで行くと、憲法改正そのものを発議しても国民投票で勝てません。
この犠牲になるのは自衛隊です。自衛隊というのはポジティブリストでしか戦えない。普通、軍隊というのは国際法だけを守ればいい。ネガティブリストなんです。
これならやってもいい。これならやってもいい。これならやってもいいというポジティブリストばかりで縛られた自衛隊が、国際法に縛られていること以外だったら何でもやれるという、米軍と一体になって行くというのは非常に危険です。
自衛隊には軍法会議もありません。軍隊だったら軍法会議がなければいけない。軍法会議がないということはどうなるかといったら、戦場で起こっていることに対処してもし、人を殺めたら国内法で裁かれる。殺人罪として刑務所に入らなければいけない。
自衛隊員を守るため、そして日本という国が二度と侵略戦争に巻き込まれないため、安保法制には反対しなければいけないという議論なんです」
「ただひたすらアメリカについて行けという奴がどこが保守なんですか」
「アメリカは今はイラク戦争で懲りているから、今後10年の間に軍縮して行って、軍縮した部分を日本の戦力で賄おうと、補填しようとしているわけです。
アメリカという国は、また必ず戦争しますよ。軍産複合体の問題もあって、古くなった兵器は在庫一斉セールをしなければいけない。だから、必ず戦争します。こんな危険な国はないんですよ。
したがって、わしが言っている安保法制反対というのは陳腐な平和主義者とは違うんです。
わしはフランスとかドイツが羨ましいですよ。アメリカのイラク戦争の時に堂々と反対ができる。フランスは随分アメリカからバッシングされてましたよね。けれども間違ってなかった。正しかったわけですよ。日本がそのように行動できるかどうかっていうのは、今の安倍首相がイラク戦争は間違っていたと認めることから始めるしかないんです。
本来、日本で保守というのなら、みんなわしのような考え方しなきゃおかしいんです。ただひたすらアメリカについて行けという奴がどこが保守なんですか。
こういうことを、わしのような漫画家が言っているということ自体が、もう世の中すべてギャグですよ。わしが言いたいことの核心はこのくらいです」
ナチス・ドイツを真似る権力は最大限に警戒せよ
記者「安倍首相は『70年談話』で何を言うべきだと思いますか」
小林「まず、戦争というのは相手があってやることなんですよ。アメリカの戦争観に合わせる必要はない。アメリカは常に自分の国が正義、戦う方が悪と規定して戦います。戦争が終わった後には、相手の国を全て悪にするというやり方にしますね。これは間違っています。
もし、戦争を裁く裁判を作るとすると、被告席にアメリカも座らなければいけません。アメリカの戦争犯罪もきちんと裁かなければいけない。原爆とかね。当然、日本の悪も裁いていいんですよ。
そういう視点から『戦後70年談話』を語ることができるのかどうか。完全にアメリカの戦争主観に染まった談話だったら、わしは批判します。
ただし、わしの考えはですね。日本軍が中国に入っていったこと。これは、侵略的な要素が強いと言わざるを得ない。韓国、満州までは、その当時、帝国主義の国際法にはかなっています。
ただし、韓国を日本に併合した、これは国際法にかなっていて、どこの国も賛成した。けれども、それでも、隣の文化的にも非常に交流のある国を植民地的な位置に置いたことは、彼らの中にコンプレックスを育ててしまう。これは政策としては失敗だったなと思っています。
欧米は植民地を作るときに間接統治する。自分とかなり離れたところを植民地にして、直接統治しない。日本はすぐ隣の国を直接統治してしまった。これは本当に大きな失敗だったなと思います。
そういう意味では、韓国の人たちにも申し訳なかったなという気持ちが日本人の中にあっていい。こういう分析をきちんとした上で、どのようにそれを表現するかというのが問題ですが、とても今の安倍政権ではそういう思考回路は難しい」
記者「解釈で変更することには反対だが、憲法改正は実現したいと。日本の軍人、自衛隊が海外で戦いに行けることについては、反対ではないということか」
小林「侵略戦争はダメだと言っている。アメリカについて行って侵略戦争に巻き込まれることはダメだということ。自衛のための戦争はやりますよ。北朝鮮が暴発した場合は、これはやらなければいけません。
麻生太郎さんが憲法改正そのものをどうも諦めたような雰囲気があって、『ワイマール憲法を形骸化させる手もある』とか言いましたよね。あの時、わしは警戒したんですよ。あ、やる気だなと。
つまり、ナチス・ドイツはワイマール憲法を形骸化してしまって、全権委任法を作って独裁に持っていってしまった。このやり方をやるつもりだなと。
カール・シュミットという法学者が、彼の著述の中で主権者とは例外状況に置いて決断を下すものであるという風に書いているんですよ。
実際これがナチス・ドイツが、これは学説を利用して独裁に持っていくんですけどね、国民主権と言うけれども、本当の主権者というのは法の外にある、例外状況の時に誰が決断を下すか、というところにあると、これが本当の主権だとカール・シュミットは言うんですね。
今が果たして例外状況なのかということなんですね。中国が今にも攻めてくるという例外状況ならば、今の憲法は役に立ちませんから。その時は、本文の主権者たる統治者が自由な解釈でやっても仕方がないわけですよ。けれども、今、そういう例外状況ではないということ。
ナチス・ドイツを真似て法を形骸化させようという権力は、最大限に警戒しなければいけません」
「わしが多くの日本人を覚醒させる!」
記者「日米関係について。かなり米国に対して批判的なコメントをされているが、日本は米国への依存度を下げ、もっと独立した方がいいと思うのか。もし、そうであれば、日本の安全保障体制はどうあるべきだとお考えか。また、日本の米軍をどうすればいいか」
小林「沖縄に米軍基地が異様なほど集中している。この辺野古移設というのをどう解決すればいいのかと言ったときに、基本的に自分の国土に他国の軍事基地が置いてあって、そこに、なおかつ思いやり予算と言ってお金をどんどんつけていく。
そういう国は日本とクウェートと韓国くらいかな。他は米軍基地はあるけれども、その土地の主権は、その国の人間が持っている。
日本は治外法権があって、米兵がレイプした時に米軍基地に逃げ込めばいい、そしたら逃げられるわけですよ。これは完全な不平等条約ですから、何とかしなければいけない。
基本的には米軍基地には出ていってもらって、日本の自衛隊を軍隊にして自国は自国の軍隊で守る。こう言うとたいがい、『経済的に不可能だ』とか言い始めるんですよね。けど、一国の独立はお金の問題ですかね。お金がかかるから独立したくない。こんな馬鹿な国じゃどうしようもないですよ。
日本の今の憲法9条というのは、これは日米安全保障条約と張り合わせの一枚のコインなんですよ。憲法9条と日米安保が張り合わせになっている。だから、憲法9条を守れという勢力、リベラル、左翼勢力は、実は9条を守るんだったら結局、日米同盟を認めないといけない。
だから同じなんですよ。保守と左翼は同じことを言ってるんですよ。『米軍に依存せよ』と。右から左まで。これがくだらないと思っているんですよ。
今の日本人は独立心を失ってしまっています。わしは少数派ですけども、これから分かりませんよ。わしが多くの日本人を覚醒させて、本当の独立国を築く。わしまだ元気でしょう?
62になりますよ、今年ね。安倍首相と1歳違い。
わしは十分エネルギーは充実している。だから、日本人を覚醒させようと思っています」
安保法制に反対する学生団体「SEALDs」と面会した小林氏