「核と人類は共存できない。核には、きれいな核も、汚い核もない」 ~岩上安身によるインタビュー 第328回 ゲスト 谷口稜曄(すみてる)長崎原爆被災者協議会会長 2013.8.9

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 「気がつけば、左手は、肩から指先まで皮膚がべろりとはがれ、垂れ下がっていた」──。 

 2013年8月9日(金)14時から、長崎県内で岩上安身のインタビューに応じた谷口稜曄(すみてる)氏は、こう語った。1945年8月9日、米空軍が投下した原子爆弾の閃光と熱波を16歳の背中に浴びた直後の様子だ。谷口氏はこの日、自分の体が記憶する「被爆の怖さ」を伝え、さらにまた、「原爆のみならず、原発にも反対する」と強調した。


68回目の原爆の日、田上市長が日本政府を厳しく批判 ~長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典 2013.8.9

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 長崎市は9日、68回目の原爆の日を迎えた。長崎市の田上富久(たうえ・とみひさ)市長は、平和宣言の中で、「日本政府に、被爆国としての原点に返ることを求めます」と二度繰り返し、核兵器に対する政府の姿勢を厳しく批判した。(※記事の下段に、田上富久市長の平和宣言・全文を記載しています)


68年前の8月6日の3日後、広島の街に辿り着くと、まさに『べっしゃんこ』だった 〜「100年後の8月6日で伝える1時間、今から作る。」 奥田豊治氏講話 2013.8.6

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 2013年8月6日(火)、東京都江戸川区・もっとい不動 密蔵院にて、現在83歳で、東京都江戸川区原爆被害者の会(親江会)の会長を務める奥田豊治さんが、広島原爆と被爆体験について語る講話会が開催された。

 68年前、当時15歳だった奥田さんは、山口県の中学校に通い、中学4年生だった(※当時中学5年制度)。農村の働き手のほとんどが兵隊に行き、中学生だった奥田さんは農作業の手伝いに行き、中学3年になると、下関の工場で働きに行き、結局、学校に通ったのは僅か1年程度だったという。

 中学3年生の終わり頃に、陸軍学校の受験をし、一次試験を通ることになった。その後、『憲兵』という軍隊の警察が家に付き、身元調査がおこなわれることになる。家族、両親だけに留まらず、親戚もその対象となり、主に、思想関係をずっと調査されたという。その憲兵から広島原爆投下の8月6日の日に、「新型爆弾が投下された」と知らされ、下関から広島に行くことになった。奥田さんは、広島原爆が投下された3日後に何とか列車に乗り継ぎ、広島の街に辿り着いた。広島に着くと、街はまさに「べっしゃんこ」だったという。


「米軍機が上空から撒いたビラに日本地図が描かれ、広島のところに『?』マークが…」 ~竹本成德氏講演「『被爆の実相』~ヒロシマを今、私自身のことばで~」 2013.8.4

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 「1945年のある日、米軍機が上空から撒いた宣伝ビラを拾った。ビラには日本地図が描かれ、なぜか広島のところに『?』マークが記されていた。あれは原爆投下の予告だったのかもしれない」―。

 2013年8月4日(日)14時、神戸市東灘区の東灘区民センターにおいて、「『被爆の実相』~ヒロシマを今、私自身のことばで~」と題する講演会が開かれた。講師(語りべ)を務めた竹本成德氏(コープこうべ元理事長・日本生協連元会長)は、14歳のときに広島市内で被爆した実体験をもとに、原爆投下後の阿鼻叫喚(あびきょうかん)の実相(真実)を聴講者に語った。


映画『ひろしま』東海村上映会の講演部分(講演:肥田舜太郎氏、堀潤氏、小林一平氏ほか) 2013.7.5

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 2013年7月5日(金)12時より、茨城県那珂郡東海村の東海文化センターで、映画『ひろしま』の上映会と、肥田舜太郎氏、堀潤氏、小林一平氏、東海村住民(村上達也東海村村長が欠席のため)による講演会が開かれた。医師の肥田舜太郎氏は、広島の原爆で被爆しながらも、96歳の今なお健在であり、その長生きの秘訣を語った。また、広島の被ばく者を多く診てきた経験から、「福島の被害は、まだ序の口だ」と警告した。後半は、ジャーナリストの堀潤氏が、自身が体験した、アメリカのサンオノフレ原発(廃炉決定)に関するパブリックミーティングの様子や、これからの脱原発運動の課題などを語った。


「流通している食品の中には産地偽装され、放射能検査をしていないケースも」 ~「市民と科学者の内部被曝問題研究会」研究報告会 1日目 2013.6.15

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 2013年6月15日(土)16時20分より、東京千代田区にある日比谷図書文化館で、「市民と科学者の内部被曝問題研究会」研究報告会の1日目が開催された。この研究報告会は、6月15日、16日の2日間で行なわれる。1日目の特別講演では、宗教学者の島薗進氏が「福島は5重苦と言われている。地震、津波、原発、風評被害、離散・分断被害。とくに離散・分断被害は、科学者に責任がある」として、現在の放射能防護体制や御用学者を実例を挙げて批判した。


ノーモア・ヒバクシャ近畿訴訟の全面勝利をめざす支援の集い 2013.6.1

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 2013年6月1日(土)14時より、大阪市北区の大阪グリーン会館で「ノーモア・ヒバクシャ近畿訴訟の全面勝利をめざす支援の集い」が行われた。現在、近畿で原爆症認定申請却下の取り消しを求め、32人の原告が提訴中だ。8月2日に大阪地裁で、そのうち9名に対して判決が下される。ノーベル平和賞受賞団体でもある核戦争防止国際医師会議ノルウェー会議の報告や、原爆症認定にかかる認定基準の変遷と問題、活動の経緯などを、訴訟弁護団の弁護士が報告した。


岩上安身クロストーク 「市民と科学者の内部被曝問題研究会」メンバー 沢田昭二氏×松崎道幸氏×矢ヶ崎克馬氏×生井兵治氏 2013.3.11

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 2013年3月11日(月)11時30分、東京都内において、「市民と科学者の内部被曝問題研究会」のメンバーに、岩上安身がインタビューを行った。インタビューには、同研究会の代表で名古屋大学名誉教授の沢田昭二氏(物理学者)のほか、深川市立病院内科部長の松崎道幸氏(医学博士)、琉球大学名誉教授の矢ヶ崎克馬氏(物理学者)、筑波大学名誉教授の生井兵治氏(農林学者)が出席し、内部被曝に関して、それぞれの見解を述べた。


フクシマ・アクション・プロジェクト結成集会 2012.11.24

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 2012年11月24日(土)13時30分より、福島市のコラッセふくしまにおいて、「フクシマ・アクション・プロジェクト結成集会」が行われた。IAEAは福島県の要請に応じて、福島県立医大と共に、除染と健康管理の共同研究を行うという。

 このような状況に危機感を感じ、「自分たちの暮らしと命、子供たちの未来は、自分たちの手で守らねばならない」と考える人々が、フクシマ・アクション・プロジェクトを立ち上げ、総会を開催した。


広島平和記念公園内 原爆の子の像の前での絵本『さだ子と千羽づる』の朗読 2012.8.6

記事公開日:2012.8.7取材地: 動画

 2012年8月6日(月)、広島平和記念公園で、「広島平和記念公園内 原爆の子の像の前での絵本『さだ子と千羽づる』の朗読」が行われた。


世界ヒバクシャ展写真展とトークイベント 「アレクセイと泉」の世界 2012.8.5

記事公開日:2012.8.5取材地: 動画

 2012年8月5日(日)、東京都中野区space&cafeポレポレ坐で、「世界ヒバクシャ展写真展とトークイベント 「アレクセイと泉」の世界」が行われた。


原水爆禁止2012年世界大会-広島 『高校生参加企画 世界のヒバクシャと語ろう』 2012.8.5

記事公開日:2012.8.5取材地: 動画

 2012年8月5日(日)、広島市広島国際学院大学中野キャンパスで、「原水爆禁止2012年世界大会-広島 『高校生参加企画 世界のヒバクシャと語ろう』」が行われた。


世界ヒバクシャ展写真展とトークイベント あなたは知っていますか? 韓国・朝鮮人被爆者&海洋の放射能汚染 2012.7.28

記事公開日:2012.7.28取材地: 動画

 2012年7月28日(土)、space&cafe ポレポレ坐で、「世界ヒバクシャ展写真展とトークイベント あなたは知っていますか? 韓国・朝鮮人被爆者&海洋の放射能汚染」が行われた。
出展した写真家は伊藤孝司、桐生広人、豊崎博光、本橋成一、森住卓、森下一徹の6名。


グローバルヒバクシャとつながろう 〜脱原発世界会議 2012.1.15

記事公開日:2012.1.15取材地: 動画

 2012年1月15日(日)、パシフィコ横浜にて開催された、脱原発世界会議の模様。

 こちらは会議室411+412にて14:30より行われた「グローバルヒバクシャとつながろう」。


世界ヒバクシャ展 緊急フォーラム 2011.12.7

記事公開日:2011.12.7取材地: 動画

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 2011年12月7日に行われた、世界ヒバクシャ展 緊急フォーラムの模様です。


「ノーモア・ヒバクシャ・ノーモア・原発」記者会見~肥田舜太郎氏(医師)、大石又七氏(元第五福竜丸船員)、 梅田隆亮氏(元原発労働者) 2011.11.15

記事公開日:2011.11.15取材地: テキスト動画

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 2011年11月15日(火)、日本外国特派員協会で行われた、「ノーモア・ヒバクシャ・ノーモア・原発」記者会見の模様。


自らの体験をもとに欧米三十数カ国で被爆の実相を語り、核兵器廃絶を訴える~岩上安身によるインタビュー 第160回 ゲスト 被爆医師・肥田舜太郎氏 2011.10.6

記事公開日:2011.10.6 テキスト動画独自

 2011年10月6日(木)、岩上安身は、被爆者であり医師の肥田舜太郎氏にインタビューを行った。

 肥田氏は、1917年生まれの医師。1943年日本大学専門部医学科卒業、1944年陸軍軍医学校卒業、広島陸軍病院に赴任中の1945年8月6日原爆に被爆、直後から被爆者救援・治療にあたった。全日本民医連理事、日本原水爆被害者団体協議会原爆被爆者中央相談所理事長などを歴任。1975年~被爆医師として欧米三十数カ国で被爆の実相を語り、核兵器廃絶を訴えている。主な著書に、『広島の消えた日:被爆軍医の証言』、『ヒロシマ・ナガサキを世界へ』、『ヒロシマを生きのびて』、訳書『放射線の衝撃 : 低線量放射線の人間への影響(被曝者医療の手引き) 』など多数ある。