「作業員への物理的支援だけではなく、心の支援が大事」 ~岩上安身によるインタビュー 第122回 ゲスト 福島原発暴発阻止行動プロジェクト(シニア決死隊)発起人、山田恭暉氏と賛同人 2011.5.6

記事公開日:2011.5.6取材地: テキスト動画独自
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(IWJ・原佑介)

2014年6月17日、午後10時33分、福島原発暴発阻止行動プロジェクト(シニア決死隊)発起人で、福島原発行動隊・前理事長の山田恭暉氏が食道がんのためご逝去されました。ご冥福をお祈りいたします。

 2011年5月6日岩上安身が、福島原発暴発阻止行動プロジェクトの発起人である山田恭暉(やすてる)氏の自宅に伺い、インタビューを行った。

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 シニア決死隊とも呼ばれるこのプロジェクトの発起人である山田氏は、東京大学工学部冶金学科を卒業した、元住友金属工業の技術者である。山田氏は、原発の現場には従事していなかったが、今回の事故を受けて、原発の勉強をしたという。

 山田氏は事故後、技術仲間と連絡を取り合い、若い人が現地で作業をすると人体に影響が出るとの懸念から、高齢者で、かつ技術を持っているベテランが作業をしなければならないとの結論を出した。

 その後、いろいろな人に声をかけて、「福島原発暴発阻止行動プロジェクト」を立ち上げた。

 山田氏は「軽い気持ちで始めたことが、大きな機会を生んだ。声を上げ、議論したい。このプロジェクトは個人でなく、国家規模でなければならない」と語った。

 また同時に、プロジェクトを応援してくれる人も募集したが、「応援するということが、どういうことかわかるから、辛い」という声もあるという。それは、誰も踏み込めないような危険な場所に、踏み込ませるために背中を押すことになるからだ。

 「頑張って」という気持ちだけでは、応援することもままならない、それほど重みのある深刻なプロジェクトだ。

 このプロジェクトは、特攻隊と並べて語られることもあるが、山田氏は「特攻隊に心を揺り動かされたりはしない。私は人に命を捧げる生き方はできない。技術屋は、『利』でなく『理』のためにある。当然のことを当然のようにやるだけ。

 もちろん、若い時にできたとは言わない。ようやく今、そう言えるようになったのは、私の成長ではないでしょうか」と語った。

 さらに、山田氏は「今の現場には支えがない。見守られているということは、一番大事なこと。物理的支援だけではなく、心の支援が大事。『支えてくれている人たちがこれだけいる』という気持ちが力になる」と語った。

※2011年7月8日に行われたインタビュー第二弾はこちら →岩上安身によるインタビュー 第148回 ゲスト 福島第一原発暴発阻止行動プロジェクト山田恭暉氏 2011.7.18

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