「金融とは健全な未来を作ること」拝金主義に陥った現代社会の問題や脱原発への想いを語る~岩上安身による城南信用金庫・吉原毅理事長インタビュー 2013.2.7

記事公開日:2013.2.7取材地: テキスト動画独自
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(IWJテキストスタッフ・富山/奥松)

※2015年3月3日テキストを更新しました。

 東日本大震災、福島第一原発事故後に「脱原発」を広く訴え、社内での節電や被災地への寄付などを行なっている城南信用金庫の吉原毅理事長に、2013年2月7日、東京都品川区の城南信用金庫本店で、岩上安身がインタビューを行なった。吉原氏は、城南信用金庫の歴史や、脱原発に踏み切るまでの経緯、拝金主義に陥ってしまった現代社会の問題点などについて語った。

■ハイライト

■イントロ

  • 日時 2013年2月7日(木)
  • 場所 城南信用金庫本店(東京都品川区)

信用金庫は、地域のため、公共的使命を背負っている

 最初に吉原氏は、自らの個人史と城南信用金庫のルーツを振り返りながら、城南信用金庫第三代理事長、小原鐵五郎氏の「信用金庫は、地域のために公共的な使命を持っており、銀行に成り下がってはいけない」という発言の意味を考える中で、金融の歴史に興味を持つようになった経緯を語った。

 吉原氏は、大企業を育成する一方で、貧富の差を生み出す銀行に対抗する形で、イギリスで発生した共同組合運動の概要を解説。初期の資本主義社会においても、公共性や、良識のある企業形態を目指す活動が行われていた歴史に触れた。

 一方で、東京電力の株主総会を例に挙げ、「株式会社の形態は、お金を介して、人々が結びついているにすぎないので、株主や経営者は、どうしても短期的な視点でしか物事を考えなくなる。アダム・スミスの時代から、株式会社はいかがわしい組織であると指摘されており、所有と経営を分離しすぎると、社会にとって望ましくないことが起きる」と述べた。

過去の思想家たちを見直す必要性について

 続いて、ケインズやプルードンを引用しながら、さまざまな思想家たちを見直す必要性を説いた。また、明治時代の日本でも、政治家の品川弥二郎など、一部の人間の間で、基本自治を信用組合に置くドイツを参考に、産業組合を導入しようとする動きがあった事を紹介。

 富国強兵の時代において、小規模企業が国の根幹になる必要性を説き、小さな資本で地域経済を育てていこうとした歴史があった点を解説した。吉原氏は、「当時、品川弥二郎は『自由主義の弊害を是正する』と発言している。貧富の格差などの、産業革命の弊害を是正していこうとする活動が、日本にもあった。独立自尊のための地方自治、自由民権の考え方と重なり合いながら、地域の自立を目指す、協同組合運動が発生したのだと思う」と語り、中産階級育成の重要性を指摘した。

 「金融とは、現在と未来を交換し、健全な未来を作ることである」と話す吉原氏は、道徳と倫理観を基に、お金をコントロールすることが銀行家の役割であり、プライドを持って企業に接し、健全な判断によるお金の融通が、戦後しばらくは続いていた、と説明。そして、「お金の暴走を防ぐ。中産階級を育成する。このような目的意識をもった金融哲学を基本にして、信金業界を指導してきた人がいた。物事は、長期的な観点から、判断しなければいけない」と語った。

アメリカによって推進された金融自由化をきっかけに混迷する日本

 1984年、アメリカによって推進された金融自由化をきっかけに、大手の金融資本と国家戦略が結託し、日本がお金の面でコントロールされてきた経緯について、吉原氏は「お金がすべて、という価値観が社会に浸透した。企業の成果主義など、お金による支配が進み、日本はどんどん活力を失っている。金融の面から見ると、国と国との国家戦略の中で翻弄され、お金中心の社会になったことが、日本の混迷を招いてきた」と指摘した。

 「戦後の日本は、利他と自利の気持ちのバランスの中で、発展してきた」と説明する吉原氏は、安倍政権の推進する新自由主義的発想について、「お金は麻薬であり、意識すればするほど、自己中心的になっていき、社会は分断されていく。現在、自由な個人として、競争を激化させた方が経済は発展するという経営学は、どこにもない。国家も同じである。人との絆と、倫理観や道徳観を持って、はじめてエネルギーは生まれる。新自由主義は極めて間違ったイデオロギーであり、お金は人間の生んだ便利なものである一方、非常に厄介なものである。そのことを人類は認識していかなければいけない」と訴えた。

現代の日本人は「拝金教」に捕われている

 「人類の歴史は、お金との闘いの歴史である」と吉原氏は表現し、自由主義、個人主義の裏に、お金というエゴイズムが潜み、人々の自意識の肥大化と結びついている現代社会を問題視した。その上で、各国の宗教が、富の再分配によるコミュニティの維持の役割を担っている点に話がおよび、「宗教は、一種の世界観のことを指す。日本社会は、宗教を怪しいものとしてとらえる風潮があるが、現代の日本人は、拝金教に捕われていることに気付いていない。既存宗教の持っている意味に耳を傾け、バランスを取らないと、大変なことになる」と述べた。

いまだアメリカに従属させられている日本の現実

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“「金融とは健全な未来を作ること」拝金主義に陥った現代社会の問題や脱原発への想いを語る~岩上安身による城南信用金庫・吉原毅理事長インタビュー” への 5 件のフィードバック

  1. 向坂 より:

    兎にも角にも、偉大なお方である。

  2. 匿名 より:

    経済人類学からすると、古代には限定された目的の貨幣しか存在しない。古代貨幣が近代以降の市場交換経済によって登場した全目的貨幣のはじまりというのは現在を過去に投影した誤りである。古代文明が拡張と征服を目的化した傾向はあるが、それと貨幣や金の信仰はまったく別のことである。また商業民も存在するが、固定レートの取引であって儲けの概念は頭に無い。近代の商品交換経済は互酬・再分配のネットの破れからもたらされたもので、そこにおいても精神的な共同性としての互酬・再分配は存在している。

  3. 匿名より より:

    上記では、経済人類学を権威にして、古代貨幣と近代貨幣は区別すべきであると主張しているが疑問である。すでに古代メソポタミアからギリシアなどの古代社会において、特定の対象物に限定されない活発な市場経済、交換経済が行われていた。むしろ現代よりも交換が限定されていなかった面もある。例えば人間を奴隷として市場取引の対象にしたり、現代の最先端とされる先物取引やオプション取引さえギリシアでは行われていた。このような都市文明と交換経済の発達は自己肥大化しあらゆるものを市場に飲み込み商品化していく。同様に多くの人間の自意識を肥大させ共同体内外にコンフリクトが多発化していったのは歴史的事実。古代文明が拡張と征服を目的化したのは貨幣経済、市場の拡大と決して無関係ではない。その意味で上記の批判はあたらない。また近代の商品交換にも互酬と再分配が存在しているというのは、近代社会では共同体は弱体化しているとはいっても、人間社会には共同体の要素が不可欠であること。共同体(人間関係)の中では、貨幣メディアが貨幣でないメディアに派生して多義的なメディア(原始社会の貨幣など)に転換していくということである。近代経済学に対する経済人類学としての主張の価値と意味は、実はそこの指摘にある。

  4. 10mi8o健作 より:

    拝金主義社会を危惧し「金融とは健全な未来を創ることである」と語る吉原氏。脱原発へ踏み切った思想や金融のルーツ等、とても刺激的なインタビュー。必見です!

  5. コスモス より:

    IWJの皆様

    いつも有意義なインタビューを配信して下さってありがとうございます。

    先日の城南信用金庫の吉原毅理事長のインタビューはとても素晴らしかったです。
    海外から現在の日本の状況を見るにつけ、私たちが今までこちらの人たちに語って来た日本的な良さとは何だったのか、という脱力感にも似た思いを抱いておりました。

    バブルの前に日本を出ておりますので、日本の社会にはまだ吉原さんが語られたような倫理観があった時代で、それをこちらの人たちに伝えていくこと、そして、それを西洋の良さと融合して行くことが世の中を良くすることへ繋がるのではないかと考えていました。

    こちらの人達がなぜ日本に惹かれて好意的に見てくれているのかというと、まさに日本には吉原さんが話されたような社会・経済の倫理観があったからです。それが、小泉竹中政権以降、日本社会にも米国流の弱肉強食の思想があからさまに受け入れられるようになっていったようですね。

    逆に言えば、それは海外の人たちに取っては、日本の魅力が半減していくことなのだと思います。こちらの人にとっては、思いやりやおもてなし、利己的な成功を良しとしない、和を重んずる人々の心こそが日本の魅力なのですから。

    TPP加入の問題はそこにもあることを忘れてはならないと思います。
    日本社会が本質的に変わってしまうということです。

    欧米に追随することはその亜流になることでしかなく、本家が亜流に尊敬の念を持つことなどあり得ません。西洋社会で長年暮らしている目からは、今の日本の政治経済の動きは、自ら自分たちのセールスポイントを捨てて行くもののように見えます。

    日本の国内でも、若い世代の人々は、吉原さんの語られたような日本があったということもわからなくなってきているかもしれません。

    こういったインタビュー集をDVD化して、本屋さん等で販売と同時にIWJと書店の共催で講演会など開催できればいいのでは、などと思ってしまいました。あるいは大学の学園祭とか。販売ルートやオーガナイズの問題もあるでしょうから、素人考えかもしれませんが。ただ、こういった素晴らしい対談がインターネットの世界だけに限られるのはもったいないように思いましたので。一般聴衆と対面の場合は、そこからまた会員も広がるのではないかと。

    IWJは、マスメディアの劣化が著しいと言われる日本の中で、貴重な存在だと思います。スタッフの皆様の益々のご活躍をお祈りいたします。お忙しい岩上さんには、くれぐれもご自愛を願います。どうぞよろしくお伝えください。

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