2025年11月20日に福島県福島市で開催された、第57回県民健康調査検討委員会では、過剰診断問題で議論が白熱した。
甲状腺の専門家として、日本甲状腺学会・日本内分泌外科学会から推薦された委員からは、「過剰診断は一部の意見であり、学会全体としては否定的である」と述べられていた。
そのような中、2025年11月27〜29日の会期で、福島県立医大の志村浩己教授会長のもと、福島県郡山市で第68回日本甲状腺学会学術集会が開催された。
プログラムの中には、11月28日に「福島セッション」というものがあり、学会内で「過剰診断問題に関する議論があるのでは?」と注目されていた。
「福島セッション」では、放射線医学県民健康管理センター長の安村誠司氏、横谷進氏、鈴木聡氏から、過剰診断を否定した上で、放射線影響に関しても否定する内容の講演があった。
しかし、講演内で「ここで話す内容は、個人の見解である」と何度も繰り返されていた。
プログラムには、3名とも、上記センター所属と記載されていたにも関わらず、「福島セッション」と銘打たれた中で、「個人の見解」というのは、すっきりしない話である。
さらに、講演の中で過剰診断を訴える医師達にも、この場で話すようオファーしたが、断られたため、この3名が話すことになったということも、会場内の学会員に伝えられた。
一方、過剰診断を強く訴える一部の医師達は、会場である「ホテルはまつ」の道路を挟んで真向かいにある、「セルフミーティングルーム虎丸」というレンタル会議場で、11月29日に過剰診断に対し警鐘を鳴らす企画展を開催していた。
過剰診断に関しては、県民健康調査検討委員会でも常に議論になっており、今回再任となった重富秀一座長(双葉郡医師会副会長)も「学会内で徹底的な議論が望ましい」と発言していたこともあり、この学会で議論がなされなかったことは残念であった。
ポスター発表の分類のひとつである「一般ポスター18(健診)」は、県民健康調査甲状腺検査を意味しており、14年前の東京電力福島第一原子力発電所事故の最大の被災地である福島での開催ということもあり、福島セッションと同様に注目されていた。
朝8時半から貼られたポスターの前には、多くの参加者が立ち止まり、熱心に見入る姿が見られた。その中には、福島県立医大関係者も、多く認められた。
14時50分から開始された発表も、わずか4分間の報告時間にも関わらず、多くの参加者が聞き入っていた。
全6題のポスターの中で、1題目は福島県立医大臨床検査医学講座の小橋友理江氏からの報告の予定であったが、体調不良により、県民健康管理センター長の安村誠司氏が代わって報告を行った。この異例の展開には、今回の学会事務局である福島県立医大側の緊張感と関心の高さを感じた。
また、学会長である志村浩己氏(福島県立医大 臨床検査医学講座 主任教授)、放射線医学県民健康管理センター教授の鈴木悟氏も、ポスター発表の様子を見守っていた。
他のポスター発表が同時間帯で並行して行われる中でも、「一般ポスター18(健診)」の前には、異様なほど多くの人だかりができ、研究者・医療者だけでなく、市民関係者もその行方を見守った。
2題目以降では、小児甲状腺がんの多発が、過剰診断・早期発見だけでは説明がつかないことを、具体的なデータを示し、さまざまな方向から指摘していた。
2題目では、桑野協立病院の種市靖行氏が、県民健康調査のデータを独自解析して、県内外のデータ比較から、過剰診断も早期発見も否定的であること、精密検査実施時期に、14歳以下の症例が検査5回目で倍増したことなどを報告した。
3題目ではNPO法人「3.11甲状腺がん子ども基金」の崎山比早子氏が、県内外の手術症例を比較した結果、県民健康調査甲状腺検査の有効性と、過剰診断に否定的であることを報告した。
4題目では、医学者ではなく、慶應大学商学部教授で、科学社会学を専門とする濱岡豊氏が、甲状腺結節が放射線被曝により増加すること、検査2回目以降は、市町村別の受診率・発見率等が公開されなくなったことなど、データ公開の不備を報告した。
濱岡教授は、福島核災害に関連する放射線疫学関連データの再分析を研究しており、『講演録:福島第一原発事故と市民の健康──放射線疫学を読み解くためのデータ分析入門』(原子力市民委員会、2021年)という著書もある。
5題目では高エネルギー加速器研究機構名誉教授の黒川眞一氏が、UNSCEAR2020/2021報告書が依拠する寺田2020論文では、中通りを高濃度のプルームが襲った3月14・15日の第1プルームが無視されている理由を、独自の理論に実測値による検証を加えて報告した。
6題目では、さがみ生協眼科内科の牛山元美氏が、実際の患者9名の本人家族からの聞き取り調査から、患者・家族の行政・医療への不信感や、さまざまな問題点を指摘した。
これらの指摘に対し、安村氏が懸命に反論する姿があったが、あまり的を射た反論とは思えなかった。
これらの指摘はすべて、行政・福島県立医大主導の「甲状腺がん多発は、放射線影響ではなく、早期発見か過剰診断」という従来の評価とは相容れない指摘であり、注目に値する。
県民健康管理センターの対応として、より多くのデータ開示と、指摘された部分に対してより多くのデータを元にした検証を示すことが期待される。
福島県立医科大学・県民健康調査課を中心とした行政側は、事故の健康影響について「放射線の影響は考えにくい」「過剰診断または早期発見」という立場を取り続けている。
そのため、今回のように、研究者がそれを否定するデータを提示する場面は、学会事務局としては歓迎されるものではなかったと推測される。
しかし、だからこそ、今回の発表は極めて重要であり、「議論の土台は本来、データと事実である」という学術本来の姿勢を取り戻す一歩となりうる。
原発事故後の小児甲状腺がん増加について、「問題はない」と結論づけるには、あまりにも説明・公開されていないデータが多すぎる。
今回の日本甲状腺学会「一般ポスター18(健診)」で提示された論点は、まさにその核心を突くものであった。
「影響なし」とする圧倒的な空気の中でも、データにもとづき誠実に問題を指摘する専門家の示した姿勢は、科学者としての基本的姿勢であると同時に、被災地福島に生きる人々への知的責任を感じさせるものであった。





































