【特別寄稿】カナダ在住のジャーナリスト・社会学者小笠原みどり氏による北米レポート「ロックダウンからプロテストへ――世界中が『息ができない』と叫んでいる理由」 2020.6.14

記事公開日:2020.6.14 テキスト
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(ジャーナリスト・社会学者 小笠原みどり)

 元朝日新聞記者で、カナダ・クイーンズ大学大学院で社会学博士号を取得した、ジャーナリスト・社会学者の小笠原みどり氏から、IWJに寄稿が届いた。

 小笠原氏は現在、カナダ・オンタリオ州キングストン在住。

 日本の緊急事態宣言とは異なる、北米でのロックダウン下の生活、アフリカ系やアジア系住民への白人からの差別的な態度。そしてそんな最中に起きた、米国ミネソタ州ミネアポリスでのジョージ・フロイドさん事件。日本では一見別々の出来事のようにとらわれる、コロナ禍と人種差別、格差社会の問題について、小笠原氏が詳しく考察している。

 これまで「カナダにはアメリカと違って人種差別はない」とされてきたが、それは見えにくかっただけだと小笠原氏は書いている。

 カナダでは6月4日、先住民の女性が「健康チェック」に訪れた警察官に5発の銃弾で撃ち殺された。カナダでもアフリカ系と先住民の多くの人々が警察によって殺されているのだ。

 そして、こうしたコロナと人種差別の問題については、日本も無縁ではない。緊急事態宣言下で、奴隷のように扱われてきたアジアの技能実習生たちに行き場はあったのだろうか、と懸念する小笠原氏は、「日本政府は、日本に制度的レイシズムがあることを認めているだろうか」と、問いかけている。

 日本でも、大阪・釜ヶ崎の路上生活者に対し、大阪市が国の特別定額給付金10万円の支払いを拒んでいる。コロナ禍による営業自粛で、仕事を失い、住む場所も奪われる、本来なら最初に手を差し伸べなければならない社会の中で最も弱い人々を、行政は差別する。

 一方で「制度的レイシズム」に気づき、声を上げる人々も現れている。

 岩上安身による小笠原みどり氏インタビューは、以下のURLよりご覧いただきたい。

(前文:IWJ編集部)


ロックダウンからプロテストへ――世界中が「息ができない」と叫んでいる理由

 

 目の前で、人々が握手し、肩を叩き合い、ハグをする。そんな光景を久しぶりに見た。新鮮で、懐かしい人間同士の交流。

 声を掛け合い、体に触れ合うことが、人の内側からあふれてくる励ましと、優しさと、連帯の表現なのだと、初めて確信を持って感じたのは、この3カ月「Physical Distancing」(またはSocial distancing、人と物理的に距離を取ること)で、他人に近づくことを禁じられていたから――いや、いまでも禁じられているのだけれど、そんな制約を突き破るほどの苦しみが3カ月の間に降り積もり、体の底から変化を求めているから。

 いま世界中で、人種差別に怒る人たちのデモが広がっている。

 アメリカ・ミネソタ州ミネアポリスで5月25日、白人警察官によって殺されたアフリカ系市民、ジョージ・フロイドさんの悲劇に、多くの人たちが警察官の処罰と、同じような事件を繰り返さないために警察の暴力を解体するよう求めている。

 アメリカ全土140カ所以上に瞬く間に広がった抗議は、1960年代の公民権運動以来の規模といわれ、国境を越えてヨーロッパでも、アフリカでも、アジアでも、私がいるカナダでも巻き起こっている。

▲警察の人種差別的な暴力に抗議する反レイシズム集会で、殺害されたジョージ・フロイド氏の顔を描いたプラカードを掲げる参加者=2020年6月、カナダ・キングストンで(本記事の写真撮影すべて溝越賢)

 私が暮らしているオンタリオ州キングストンは人口13万人ほどの中規模市で、ミネアポリスとは五大湖をはさんで反対側の東に位置する。黒人差別といえばアメリカ南部をまず想像するが、ミネアポリスは意外に北にある。地図で見ると、緯度ではキングストンよりも北なのだ。

 人種差別は南部だけではなくて、白人がつくった国家の隅々にまで土台を築いている。それが、過去数百年の世界史を貫いてきた白人至上主義(White supremacy)なのだが、空気のように扱われてきた。

 キングストンも圧倒的にヨーロッパからの移民とその子孫が多い街で、私のようなアジア系も少ないが、アフリカ系の人に会うことはもっと稀だ。そんな街でも6月6日、フロイドさんの理不尽な死に触発された反レイシズム集会が開かれた。

 新型コロナウィルスによる「緊急事態」をオンタリオ州知事が宣言してから3カ月、5人以上の集まりが未だ禁止されているなか、1000人近くが市役所前の公園を埋めた。フロイドさんを襲った残酷な暴力に抗議する人々は、同時に、制度的な差別のなかで生きる自らの苦しみを重ねている。

 正義を求めて発言し、拳を上げ、ハグする参加者たち――なぜ世界中の人々がいま、警察官の膝で圧殺されたフロイドさんの最期の言葉「息ができない」(I can’t breathe)を叫んでいるのか、どうしてそれがコロナ危機のいま起きているのかを、ロックダウンからプロテストへの流れをたどって、日本の読者に伝えたい。

記事目次

北米のロックダウンの現実

 まず、北米のロックダウン下の生活がどんなものか、日本の自粛とはかなり違うと思うので、振り返っておこう。

 ロックダウン生活は、よく言われるような単なる「我慢」ではなくて、一人ひとりがすでに直面している困難が倍増して降りかかってくるような状況を産み出す。私も経験してみてやっとわかったので、他の人の苦しみとは必ずしも同じではないことをお断りしておく。もっとずっと過酷な状況に置かれる人がいることに、注意して読んでほしい。

▲新型コロナでオンタリオ州が緊急事態を宣言すると、大学は1週間の休校を決め、授業をオンラインに切り替えた。人影が消えたクイーンズ大学のキャンパス=2020年4月、カナダ・キングストン市で

 私のロックダウンは3月16日に始まった。

 カナダのトゥルードー首相が「とにかく家にいるように」と突然、人々に呼びかけ、ほとんどの州知事が翌日以降、次々に「緊急事態」を宣言した。

 新型コロナの拡大は中国で起きていた1月からメディアで報じられていたが、3月に入ってイタリアで死者が急増すると、同じ「白人」中心社会に起きた恐怖が身に迫ってきたようだ。

 国境は閉じられ、学校は休みになり、店は閉まり、とにかく感染者が急増して医療機関が対応しきれなくなる状態を回避するために、「家にいる」「手を洗う」「人と物理的距離を取る」ことが、テレビでラジオで新聞で繰り返し警告された(当初の劇的な変化について、詳しくはこちらこちらを読んでほしい)。

 私の生活も様変わりした。大学のキャンパスも閉鎖され、同僚や友人たちに会えなくなり、レストランや喫茶店も閉まったので、食料の買い出しに週に一度、出る以外は行き先がなくなった。

 アパートに家族と閉じ込められるのは息が詰まるので、夕方は散歩に出るようになった。出ると、同じような散歩人に出くわすが、いつもは知らない者同士でも「Hi」(こんにちは)と声を掛け合うカナディアンが、口を真一文字に結んで緊張した面持ちで、道の反対側に渡ったり、2メートル迂回したりして、通り過ぎていく。

▲閉店したレストラン

 カナダではもともと、マスクは病気の人が周りにうつさないためにするものという考えが一般的で、マスクをする人は初めほとんど見かけなかった。

 私は10年以上前に花粉症でマスクをして歩いているとき、路上の学生から「病原菌!」と大声で呼ばれ、からかわれたことがある。よく知っている人でも怪訝そうな顔をするので、マスクはあまりしなくなった。

 今回、数年ぶりに私がマスクをして歩いていると、通行人はやはり不審そうな目つきで見つめ、警戒するように遠回りした。

 その頃、すでにアメリカでは、中国出身者や見た目が同じアジア系(日本や韓国)の人々が「ウィルスを持ち込んだ」と言われて殴られたり、唾を吐かれたり、店に嫌がらせをされたりする事件が報じられていたので、私は一人で散歩には出ないようにした。

 身体的な攻撃は受けなかったが、入場制限や新しい買い物ルールが毎週のように導入される食料品店で、店員が居丈高に私に指示するときには、否応なく他の「白人」客とは異なる扱いを感じた。

 初め3月いっぱいの予定だった緊急事態は延長、再延長、再々延長されて、休業対象の業種は拡大し、学校は無期休校に突入。メディアは盛んに「ウィルスとの戦争」という表現を使うようになった。私は今度こそ、身の危険を感じた。

 これは誰に対してけしかけられている戦争なのか。記事の書き手は気づいていないかもしれないが、実際にはアジア系への攻撃を正当化しかねない。それ以外の暴力も肯定するような「ウィルスとの戦いがすべてに優先する」という論調を、みんなが閉じ込められて逃げ場のないときに、主要メディアが軽々しくまき散らさないでほしい、と心から思ったので、カナダの全国紙に「戦争の比喩は使うべきでない。ウィルスはすでに国内に入っているのだから、もしこれが戦争なら、内戦になる」と投書して、掲載された。

ロックダウンは本当にあるべき感染症対策なのか?

 ちょうどその頃、日本では欧米の後を追って、初めての「緊急事態宣言」が検討され始めたので、やはりいてもたってもいられない思いで「緊急事態宣言は魔法の杖ではない」という文章を書いた。

 新型コロナウィルス が危険で、感染を防がなくてはならないのはわかる。けれど、強権の発動や外出制限が問題を短期間で解決すると考えるのは幻想だと、日本の読者に知らせたかった。

 緊急事態は、すでにカナダで起きていたように、新たな問題を引き起こす。失業者が急増し、家に閉じ込められる人々が別の危険にさらされ、もともとあった格差がさらに広がり、すでに崖っぷちで生きている人々を崖下へ蹴落とす可能性があることに、注意をうながしたかった。

 ちょうど安倍首相が緊急事態を宣言した日に発表された文章は、多くの人に読まれた。が、不平等の拡大を防ぐのには役立たなかった。失業者の急増はもちろん、女性と子どもに対する家庭内暴力も、カナダでも日本でも世界中で深刻化した。

 そんな状況なのに、安倍政権は困窮する人々への生活支援をなかなか決めず、やっと一律1人10万円を決めても、住民登録上の「世帯主」に配るのだと知って驚いた。いまは封建時代だろうか。世帯内の「主」を決めさせる住民登録自体が平等といえないが、「主」はたいてい男性だから、家族分まで現金を受け取る男性と、受け取れない女性の格差はますます開く。

 もともとある差別が輪をかけて、行き場のなくなった弱者を襲う。そのことを日本政府が気にかける風はない。

 私は長引くロックダウンが、本当にあるべき感染症対策なのか、ずっと納得できずにいた(その間、日本では政府の無策に対して、逆に「徹底した隔離」を求める声が強まっていった)。

 中国政府が武漢で取った厳しい都市封鎖に、欧米諸国が続いたのも意外だったし、効果があるのかも証明されていない強硬手段に、民主主義国が雪崩を打ったのにも疑問がわいた。どうしてもっと多様な議論が起きないのか、政治の想像力が枯渇しているのではないか、と。

 ロックダウンの緩め方にしても、学校はビジネスよりも先に少しずつでも再開してほしかったし、授業も仕事もオンラインに移行すればいいというものではない、むしろ子どもも大人もコンピュータ漬けになり、プライバシー上も多くの問題がある、と思った(私の専門分野がデジタル監視技術だということも関係している。コロナ下の新しい監視については、ロックダウンの渦中にこちらに書いてきた)。

 けれど、メールやビデオ会議で時々言葉を交わす同僚や友人たちに、この違和感を伝えても、ピンと来ていないようだった。そのことが、私をさらに孤独にした。

「いのちVSカネ」の二項対立で見落とされた不平等が生み出す貧困と差別

 やがて気づいた。

 アメリカのトランプ大統領がコロナ対策に遅れをとり、外出制限にも否定的で、経済活動を優先する姿勢であるため、カナダでは専ら「ロックダウンvs経済活動」「いのちvsカネ」という二項対立で、物事が考えられているのだ。つまり、いのちを大切にする側はロックダウンを支持し、経済活動を再開したい人たちはカネを優先している、というわけだ。

 私の周囲の大学関係者たちは「いのち」を優先して、ロックダウンに協力している。そこで私が、早く外出制限を解いて学校を再開してほしい、と言えば、「カネ」を優先する側についているように聞こえる。けれど、それは私の意図ではない。この二者択一に収まらない、何かが見落とされている。それが、不平等の問題ではないか、と気づいたのだ。

 いまにしてみれば、ロックダウンによって人々の移動を抑制し、物理的な距離を取ることが、急激な感染増の回避にある程度の効果を上げたことはわかる。けれど、どの手段がどこまで効果があったのか、個別には検証されていない。そして、全体として最も悲惨な感染拡大シナリオを回避できたことは、一人ひとりが最も悲惨な生活のシナリオを回避できたことを意味しない。

 ロックダウンで生活がよくなったという人はまずいないだろうが、一人ひとりの不幸の度合いには大きな開きがある。それが、不平等の問題なのだ。

 不平等は、ロックダウンのなかで拡大し続けた。

(…会員ページにつづく)

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「【特別寄稿】カナダ在住のジャーナリスト・社会学者小笠原みどり氏による北米レポート「ロックダウンからプロテストへ――世界中が『息ができない』と叫んでいる理由」」への1件のフィードバック

  1. @55kurosukeさん(ツイッターのご意見) より:

    カナダ在住のジャーナリスト・社会学者小笠原みどり氏による北米レポート「ロックダウンからプロテストへ――世界中が『息ができない』と叫んでいる理由」 https://iwj.co.jp/wj/open/archives/476343
    @iwakamiyasumi
    隠されてきた不平等と格差が露わになりつつある。世界をより良くするために考えるべきテーマだ。
    https://twitter.com/55kurosuke/status/1272300399140061184

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