北海道でアイヌ民族の話を聞いた2日後(2013年8月8日)、長崎でオリバー・ストーンの話を聞く。考古学や古代史や言語学や形質人類学の本を読んだ直後に『もうひとつのアメリカ史』(オリバー・ストーン&ピーター カズニック共著)を読む。まったく異なるジャンル、と思いきや、通底しているものがある。
米国は、どう美しい理想を掲げても、「帝国」なのだ、という事実を、『もうひとつのアメリカ史』は序章から徹底的に繰り返す。国内の経済の矛盾を外部の市場を獲得し、収奪することで克服しようとする「帝国」のひとつなのだと。
8日の長崎のシンポジウムにおいて、オリバー・ストーン監督は、場内の市民に対して、「なぜ、皆さん日本人は素晴らしい人たちなのに、中国人、朝鮮人に対しては残酷なことをしてきたんです?」と問いかけた。その答えは、実のところ彼自身の本の中に書かれている。日本もまた、「帝国」だからである。
正確に言えば、「帝国」であろうとして無理を重ねてきた国、ということになる。「帝国」の本質は収奪である。戦争はそのための手段に過ぎない。「帝国」として最も冒険主義的な拡張を図ったとき、即ち明治維新直後から1945年までの時期、朝鮮、台湾、満州、中国まで支配の爪を伸ばした。
しかし実は、日本(畿内を中心とする大和朝廷)は、近代の帝国主義のはるか昔、古代の時代から、「帝国」であろうとし続けてきた。
征服のために最も時間がかかったのは、東日本。「日本書紀」「続日本紀」に描かれた、先住民の蝦夷(エミシ)を追い詰めてゆく様は、北米大陸で先住民を駆逐し、土地を奪ってゆく過程と様相が重なり合う。
近世まで日本人(和人)の征服事業が届かなかった蝦夷地に住んでいたのがアイヌ。そのアイヌを一気に日本という国家に編入してしまったのは、明治以後のことだ。米国の白人が200年かけて行った征服事業を日本という「帝国」は、2000年あまりの時をかけて行なってきたのだ。
- 「アイヌは交易を重要視し、市場依存型の社会を形成していた」 ~岩上安身によるインタビュー 第325回 ゲスト 旭川市博物館 主幹 瀬川拓郎氏 2013.8.4
- 「アイヌ差別は、北海道開拓移民の存在意義の裏返し」 〜岩上安身によるインタビュー 第326回 ゲスト 北海道アイヌ協会 竹内渉氏 2013.8.5
- 「新千歳空港に降りたら『先住民族の土地だ』と思ってほしい」 〜岩上安身によるインタビュー 第327回 ゲスト アイヌ民族博物館 野本正博館長 2013.8.6
- 「天は人の下に人を造る」 元祖「ヘイトスピーカー」で元祖「新自由主義者」の福沢諭吉の実像に迫る ~岩上安身によるインタビュー 第521回 ゲスト 帯広畜産大学教授・杉田聡氏 2015.3.29
- 「万端を差図せられた事実がある」 朝鮮国内のクーデターを実際に支援していた福沢諭吉~岩上安身によるインタビュー 第545回 ゲスト 帯広畜産大学教授・杉田聡氏インタビュー第2弾 2015.5.23
征服事業があまりに長期に渡ったせいで、大方の日本人は、収奪するものと収奪されるものが、画然と存在するという事実がわからなくなってしまっている。「なぜ日本人は残酷な振る舞いをしたか?」というストーン監督の問いは、米軍がフィリピンでどんな残酷な虐殺や拷問をしたかについて、ストーン監督自身が書いているように、それが「帝国」の本質なのだ。
今や、自分たちのコロニーや自治区もなく、言葉や文化の伝承もおぼつかなくなっている先住民アイヌの姿は、米国内の先住民ネイティブの似姿でもある。米国では他民族を征服し、土地を奪い、領土を拡張してゆくことを、「自明の運命(マニフェスト・デスティニー)」と呼び、正当化した。この特権意識こそ、「帝国」の意識のコアをなす。
米国の中には「帝国」であろうとするベクトルと、民主的であろうとする勢力や理念がせめぎ合ってきた。事情は日本も同様だが、日本の場合、後者の勢いが非常に弱い。もともと弱いところにもってきてますます弱体化が進んでしまった。
周辺民族を見下し、過剰に侮辱し、ことさらに威丈高になるのは、「帝国」意識の産物である。 その「帝国」意識は、外地だけでなく内地にあっても発動され、様々な差別や収奪の発生源となっている。
「帝国」の中核をなす特権層に見受けられる差別意識がはっきり指弾され相対化され、「帝国」の支配層の特権意識と搾取の構造への批判が高まらないと、この残酷さを本当の意味で相対化し、反省して乗り越えることは困難であろうと思う。日本は今また、極東の「小帝国」であろうとする欲望と、その実現を図る具体的な勢力が頭をもたげてきている。
米国という「大帝国」が自国だけで版図の経営をまかないきれなくなり、リバランシングの名の下に、肩代わりをつとめろと迫る、こんな時こそ、極東の地域限定「小帝国」として、周囲に対して再びブイブイ言わせるチャンスだと、日本国内の帝国主義者たちは思っているはずだ。
だがおかしいのは、敵基地攻撃論まで掲げて、外征も行えるようにして、ミサイルや下手すれば核保有まで視野に収めている、というその拡張主義者は、いったい何を得ようとしているのか。その目的と狙いがまったく見えない。今さら周辺諸国を併合しようなどというのは夢物語である。いったい彼らは何をしたいのか。
「小帝国」日本にとっては、何らの獲得物もなく、米国という、上位のグローバル「大帝国」の鉄砲玉にされて、さらにTPPという軍事経済ブロックにより、富は根こそぎ、という、実に実に痛い結末に終わるのではないか、と思えてならないのだ。廃墟にこだまするのはヘイトスピーチのみ、とか。
明治維新後、まず日本が手に入れたのは、アイヌ民族の土地(北海道)だけでなく、琉球王国の土地(沖縄)もね。