「政府の行為により再び戦争の惨禍が起こらないようにすることを決意し、主権が国民に存することを、もう一度、宣言します」学生、学者、市民の共同集会、溢れる安保法案反対の声 2015.7.31

記事公開日:2015.8.3取材地: テキスト動画
このエントリーをはてなブックマークに追加

(IWJ・石川優)

※8月3日テキストを追加しました!

 安全保障関連法案に反対する学者の会と学生団体SEALDsは2015年7月31日、東京永田町の砂防会館で共同集会を行なった。集会は2部構成で開催され、それぞれの集会後には、学者・学生・市民による国会請願デモが行なわれた。

 会場となった砂防会館には約4000人ほどが集まり、学者と学生がそれぞれスピーチした。2部の集会でスピーチした学者と学生のスピーチは以下の通り。

■ハイライト

  • 17:00〜 第1部 集会(砂防会館)
  • 17:40〜 第1部 国会請願デモ 砂防会館 → 議員会館前(国会議事堂裏) → 日比谷公園
  • 18:10〜 第2部 集会(砂防会館)
    • 司会 神宮司博基氏(SEALDs、立教大学大学院)×大澤眞理氏(学者の会呼びかけ人、東京大学教授)
    • スピーチ 桑島みくに氏(SEALDs、横浜市立大学)/高山佳奈子氏(学者の会呼びかけ人、京都大学教授)/千葉泰真氏(SEALDs、明治大学大学院)/中野晃一氏(上智大学教授)
    • メッセージ 坂本龍一氏(ミュージシャン)/集会アピール
  • 18:40〜 国会請願デモ 砂防会館 → 議員会館 → 日比谷公園
  • 19:30〜 戦争法案に反対する国会前抗議行動

SEALDsメンバー横浜市立大学3年・桑島みくにさん「剣を取るものは剣で滅びます。政治家の皆さん、平和憲法を守って言葉による外交で平和を実現してください」

 「『戦争のつくりかた』(マガジンハウス)という絵本をご存知の方は多いと思います。戦争する国になるためには、平和のために自衛隊が武器を持って海外に出て行く。報道が政府の意向に従う。学校はいい国民になることを教える。味方の国の戦争にお金を出す。そして、私たちの国が戦争に参加できると憲法を書き換える、または読み替えるとかって事態が国内で起こりますよって書いてある本です。

 以前は、ふーんという感じで読んでいましたが、こないだ読んだら、ぞっとしました。戦争への準備が着々とこの日本で進められていることが、手に取るようにわかるからです。

 そして、戦後70年のこの夏、極めつけのように戦争法案といえる安全保障関連法案が成立されようとしています。70年前、この国によってどれだけ多くの自由と権利、生きる権利さえ奪われてきたか。その反省のうえにたつ憲法であり、民主主義国家であり、この70年ではなかったのではないでしょうか。

 憲法とは、国民の権利・自由を守るために国家権力を縛るものです。それを国家権力自身が解釈を変えていい、無視していいなんてことになったら、私たちの自由や権利を守るものって、一体どこに存在するんですか。法案に賛成・反対関係なく、まず立憲主義という国の基本が根本から覆されようとしていることへの危機感を持つべきです。

 独裁政治を一度許すと、民主主義を勝ち取るためにどれだけの命が流されてきたか、歴史を見てください。国民の権利・自由が守れなくなるということは、政治の問題以前に、私たちの普通の生活に関わる問題です。国内で深刻化している社会保障とか就労問題が悪化するだけじゃなくて、自分の何気ない日常さえ、あらゆる方法で奪われることに簡単に繋がってしまうという事態なんです。

 そして、この法案は国民を守るものでも平和を実現するものでも断じてありません。

 誰かを傷つけて殺してまで勝ち取った平和なんて求めません。剣を取るものは皆、剣で滅びます。政治家の皆さん、その知性を活かして、また、平和憲法を守って言葉による外交で平和を実現してください。

 そして税金や時間を戦争できるように使うんじゃなくて、国民の権利・自由のために使ってください。

 沖縄の基地、福島の原発事故、失業問題、格差、貧困、その現場で苦しんでいる人達の痛みが見えていますか。私たちの世代は、不景気や政治不信を常に感じて社会に対する希望を具体的に描けない時代に生きていると思います。基地はいらない、原発いらない、秘密保護法はいらないと叫んできても、結局、国が何食わぬ顔で進めていく。どうせ、言っても変わらないことで一喜一憂するよりも、周りや社会に調子を合わせていたほうが楽だと感じ、平和のために祈ることさえ止めてしまう自分もいました。

 でも、今、学生が諦めずに立ち上がって、学者の方々が立ち上がって、ハッとしました。学生として学ぶことの意味って、希望ある社会を創造するためではなかったのか。

 私たちの行動の原動力は、はじめは憤りから来るものかもしれません。でも、わたしたちが向かっている未来は、絶望ではなく希望です。必ず変わる平和な社会を作るという希望です。

 だから、私は希望に向かって祈り続けるし、行動し続けます。私たちはこの戦争法案を何としてでも廃案にします。でも、廃案が終わりじゃない。その先にどういう社会を作っていくのか、どういう社会を作っていきたいのか考えながら、活動を続けていきたいと思います。

 安倍さんや国会議員の皆さんが、正しい判断をできるように祈っています。連休だろうとテスト期間だろうと夏休みだろうと、私たちは、あなたたちをいつも見ています。

 おかしいと思っている自民党・公明党の議員さんたち、おかしいってことはおかしいって言おう。私たちが支えます。

 2015年7月31日、私は戦争法案に反対します。ありがとうございました」

京都大学法科大学院・高山佳奈子教授 「大学の研究教育予算は大幅に削減され、軍事研究に補助金を出す予算編成に移行しつつあります。もう既に始まっています」

 「私は今日、この場にいない方々にも呼びかけたいと思います。今回の安全保障関連法案には賛成している人もかなり多くいらっしゃいます。その方々にも呼びかけたいと思います。憲法を読んだことがありますか。実は日本国は武力による威嚇、または武力の行使は国際紛争を解決する手段としては放棄しているのです。

 さらにご存知なかったかもしれませんが、日本国では交戦権そのものが認められていません。そして、憲法98条では、日本国憲法に違反する法律は無効であるとされています。従いまして、日本国が戦争に参加することに賛成であるという場合であっても、まず憲法改正することが必要なのです。

 それに基づいた法律でなければ効力を有しないというのが大原則です。今回の安保法案に賛成している方々の中には、日本国憲法そのものが無効であるとか、憲法の明文の規定を無視してよいといった意見の方も多数いらっしゃいますが、憲法の効力を否定することは、日本が法治国家であることを否定することであり、そのようなならず者国家へと日本を逆戻りさせることは、国際法秩序の中では到底認められません。

 また、今回の安保法案に賛成している方々の中には、個別的自衛権と集団的自衛権とを区別せずに意見を述べていらっしゃる方が非常に多く見受けられるように思います。

 中国が日本を攻めてきたらどうするんだ! という意見がよく見られますが、それは個別的自衛権の話でありますし、今、そのことが問題になっているのではありません。

 また、砂川判決が集団的自衛権の根拠にならないということは、先程もスピーチの中で言及されたとおりであります。

 先日、内閣官房長官は国家は憲法で禁止されていないことは、何をやってもよいという趣旨の発言をなさったようですが、これはまさしく立憲主義を真正面から否定する考えです。

 公明党に謝れば済むという問題ではありません。立憲主義の大原則の反対、国家権力は憲法で認められたこと以外はしてはならないというのが原則なのです。官房長官も首相も法的安定性が重要そうだということは、お認めになったようであります。それならば、集団的自衛権の行使が憲法違反であるということのそれを前提として、これまで数十年にわたって動いてきた法秩序を転覆させるような行為が、どうしてできるのでしょうか。集団的自衛権の法的安定性はどこへ行ってしまったのでしょうか。

 そもそも隣国が日本を攻めてきても、実効的な支配は不可能だと言わざるを得ませんから、その現実的な危険は現在ないと言わざるを得ません。報道の中には、中国では反日感情が高まっているといったことを書いているものもありますけれども、なぜ、反日感情が高まるのか。誰が反日感情を高めているんでしょうか。当然のことながら、ファシストが台頭すれば諸外国において反日感情が高まるのは当然のことと言えます。

 皆さん、私たちは今、相互に依存した国際社会の中に生きております。中国産のものを全く使わないで生活ができるでしょうか。東京や京都の街を御覧ください。たくさんの外国からの観光客がおられます。そして、京都大学や東京大学をはじめとするトップレベルの大学では、多数のアジアからの留学生の方が学んでいます。

 これらの来日者の人々は、日本が素晴らしいということをあとで国に持ち帰って、周囲の方々に広めるという大事な役割を担ってくれている人たちです。米中関係も米イラン関係も良くなる一方であります。経済的・学術的・文化的な協力関係を広げていくことこそ、積極的平和主義の真の意味だと考えます。

 日本はこれまで武力行使をしない国として国際的な威信を保持してきており、だからこそ、紛争地域のボランティアやジャーナリストの方々が比較的安全に活動することができておりました。これをやめてしまうことは、国際社会における日本の信頼を傷つけるばかりでなく、現地で苦しんでいる人々も同時に、傷つける結果になってしまいます。

 最近では読売新聞の世論調査でも内閣を支持しない人の率が支持する人の率を上回っております。どの調査が信憑性があるのかということは、いろいろメディアがありますので、慎重に判断しなければなりません。現在、残念なことに国民の知る権利というのは、かなり制限された状態になっており、表現の自由もだんだん侵食されているという状況になってきます。しかし、これに負けずに私たちは闘って、民主主義を勝ち取っていかなければなりません。

 今の政権が進もうとしている方向は、軍事産業だけが儲かる経済の仕組みになっています。若い人が真面目にコツコツと働けば幸せな人生を送れるという社会は、一体どこへ行ってしまったのでしょうか。日本は本来、知的財産立国を目指していたはずなのに、大学の研究教育予算は大幅に削減され、既に軍事研究には補助金を出すという予算編成に移行しつつあります。もう既に始まっています。

 お金のない人は大学にも行けない。こんな絶望的な世の中で、若い方々が自分は戦争で死んでもいいや、と思ってしまうというのは、これは現実に起こっていることです。

 実際、死刑になりたいために殺人を犯すという人が何人も出てきている世の中ですから、それは非現実的なことではありません。

 今、問題になっているのは日本が近代国家としての核(物事の中心の意)を備えるのか、それともこれを捨てて自らを独裁国家に貶めてしまうかという分かれ目です。

 いくら総理大臣が天才的知能を持っていて、我々学者1万人を集めたよりも賢くて、私が総理大臣だから、言っていることが正しいとお考えなんだとしても、人間が神様ではありませんから、全知全能の判断を下すことはできません。人間は神様ではありません。だからこそ、立憲主義があるわけです。これを否定することは断じて許せません。

 日本は素晴らしい国です、日本人は素晴らしい国民です。私の専門にしております裁判員制度のような複雑で難しい制度をくじで選ばれた市民が立派にやっていけるという、こういう素晴らしい国は日本以外にはないと思っているわけです。本当に皆が力を合わせれば、真の意味での民主主義が築けるし、若い人たちが希望を持って進める日本になることができるようになると思います。皆さん、一緒に頑張っていきましょう、ありがとうございます」

明治大学大学院生・千葉泰真さん「僕は国会前に立つとき、いつも、かつて戦争に短い生涯を散らした先人たちが近くにいて、頑張れと背中を押してくれている気がするんです」

 「昔、ナポレオン軍を打ち破った英のウェリントンはこう言いました。本当に勝ったのは、戦いをしない国だと。彼は幾多の戦場を経験し、人間と人間が殺し合うことの悲惨さ、そしてそれは何も生み出さないということ。戦争に参加しないということがどれほど尊い選択なのかを悟ったのでしょう。

 戦争に勝ってわかるもの、戦争に負けてわかるもの、その思考の出発点は違えど、このウェリントンの感覚に似たものが、この国にもあります。それはかつて敗戦によって、悲しみの底に投げ出された日本人だからこそ持てる感性、二度と戦争をしないと誓った日本国憲法第9条にあらわされた非戦の感性です。大きな犠牲を経て培ったこの類まれな感性を、軽薄に投げ捨てるということは、あの悲惨な戦争で犠牲になった数多な先人たちに対し、あまりに冒涜的ではないでしょうか。

 ここで先日、朝日新聞に寄せられた投稿を読みたいと思います。この方は86歳のおじいちゃんで、昔、特攻隊員として招集されていた方の投稿を読みたいと思います。

 『安保法案が衆院を通過し耐えられない思いでいる。だが、学生さんたちが反対のデモを始めたと知った時、特攻隊を目指す元予科練だった私は、嬉しくて涙を流した。体の芯から燃える熱い熱で涙が湯になるようだった。おーい、特攻で死んでいった先輩、同胞たち。今こそ、俺達は生き返ったぞ、むせびしながら泣いた。

 天皇を神とする軍国で貧しい思考力しかないまま、死ねと命じられ爆弾もろとも敵隊に突っ込んでいった特攻隊員たち。人生には心からの笑いがあり、友情と恋が溢れ咲いていることすら知らず、五体爆裂し肉片となって恨み死にした。16歳18歳20歳。若かった我々が、生まれ変わってデモ隊となって立ち並んでいるように感じた。学生さん達に心から感謝する。今のあなた方のようにこそ、我々は生きていたかったのだ』。

 このような投稿が朝日新聞に載っていた。この記事を読んだあと、僕は国会前に立つとき、いつも、かつて戦争に短い生涯を散らした先人たちが近くにいて、頑張れと背中を押してくれている気がするんです。もう一度言いたいと思います。大きな犠牲を経て、この類まれな感性を軽薄に投げ捨てるということは、あの悲惨な戦争で犠牲になった数多の先人たちに対し、あまりに冒涜的なのではないでしょうか。

 安倍内閣総理大臣、僕もあなたも戦争を知らない戦後生まれです。でも、僕とあなたは違います。僕とあなたをわかつ決定的な違い。それは権力の大きさでも家柄でもありません。それは知性で色付けられた想像力です。あなたは戦争という全ての人権を否定する人類の行ないで最も愚かな行為に対する想像力が、また、その結果生じる死への想像力が圧倒的に欠如しています。

 戦場と呼ばれる状況は、ハリウッドのいかなる悲惨な絵、戦争映画の何倍もの悲劇に満ちているものです。戦争で死ぬというのはどういうことでしょうか。体中に銃弾を浴び激痛に悶えながら生き途絶える兵士。爆弾で爆撃に未来を奪われる子どもたち。敵国の兵士に暴行される女性。戦時下という異常事態のもとでは、人間を縛るものはありません。ありとあらゆる蛮行がそこには存在し、人道や倫理といった言葉はそこには存在しません。戦争で死ぬということは、それが正当化される大量殺人であるという点において、他のあらゆる使途は明確な違いを持つのです。

 安倍内閣総理大臣、あなたはこのような戦争に日本が巻き込まれるという話が出ると、大袈裟だと思い込み、時にはそれを口に出し、まるで聞く耳を持たない態度を示しますね。いったい何が大袈裟なのでしょうか。先日、先制攻撃の可能性まで口にした政府のリーダーとして、無垢な罪のない人間の死に、日本が関与するという十分に起こりうる予測に対し、大袈裟だと一蹴するあなたの態度は、あまりにも不誠実です。

 今、世界中が日本に注目しています。この立憲主義を否定する反民主主義の政権に対し、日本の市民、メディア、そしてアカデミズムはどう反応し、この国難を乗り切るのかを注目しています。声を上げづらくなった時に行動せずにはいられなくなった時、民主主義は始まっているのです。今こそ、世界中に日本の民主主義を示す時です。

 どこかのお茶のCMで言っていましたけど、日本人の味覚は一番優れていると言っていました。世界一鋭い味覚を持っているよりも、70年100年戦争しない国、世界で一番民主主義が根づいた国の方が、遥かに美しい国だと思います。僕は誇り高い国民になりたいです。

 不条理を通そうとする政治に対し、悪性の烙印を押し、声をあげることで、抵抗の意思を指し示すことは私たちの権利であるとともに、義務であります。誠実な知性を用いて、矛盾と向き合い続けることは、学問という知性を生業とするものの義務なのです。悪性の前に学問が無力である時代は、僕達の手で終わりにしましょう。

 人類が子々孫々に紡いできた学問という叡智の名のもとにおいて、今日、ここで政府の行為によって、ふたたび戦争の惨禍が起こることのないようにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを、もう一度、宣言します。そして、学生と学者、市民は世代を超え団結し、この安保関連法案に反対します。必ず必ず廃案にします。声をあげ続けましょう。負けません、ありがとうございました」

上智大学国際教養学部・中野晃一教授「憲法守れ! 立憲主義守れ! って、恥ずかしいですよね。だって、今、2015年ですよ」

(…会員ページにつづく)

アーカイブの全編は、下記会員ページまたは単品購入よりご覧になれます。

一般・サポート 新規会員登録単品購入 330円 (会員以外)

関連記事

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です