【第193~199号】岩上安身のIWJ特報!欧米中心主義を超えて ウクライナ、ガザ、マレーシア…世界の「つながり」を解きほぐす 東京大学名誉教授・板垣雄三氏インタビュー 第2弾 2015.3.3

記事公開日:2015.3.3 テキスト独自
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(岩上安身)

特集 中東

 前回お送りした「東京大学名誉教授・板垣雄三氏インタビュー」第1弾では、イスラエルによるガザ侵攻とウクライナ危機との間に引かれた、隠された線分について取り上げた。中東を超えて、イスラエル国家の影が伸びていたのである。

 第2弾となる今回、話は、マレーシアという、日本人にとっては意外な存在から展開する。板垣氏によれば、マレーシアのナジーブ首相が、2013年1月23日にガザ地区を訪問したことが、すべてのきっかけだったのだという。

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▲マレーシアのナジーブ・ラザク首相

 パレスチナは、ガザ地区に基盤を持つハマースと、ヨルダン川西岸地区に基盤を持つファタハとの間で、事実上の分裂状態にあった。この分裂状態を解消し、「ウンマ」と呼ばれる世界のイスラム共同体の結束と連帯のためにも、パレスチナ人が分裂状態を解消して統一を達成するよう呼びかけたのが、ナジーブ首相だったのである。

 その意味で、パレスチナおよびイスラム世界の分裂状態を継続させたいイスラエルにとって、マレーシアは煙たい存在なのである。このような視点から、板垣氏は、マレーシア航空機撃墜に、イスラエルが無関係ではない可能性を示唆した。

 一見、無関係に見える事象も、目を凝らして見ると、細部でつながりあっている。板垣氏は、様々な事例を引用しながらそのことを例証し、そのうえで、「欧米中心主義」を超える、「ポスト・モダン」ならぬ「スーパー・モダン」という考え方を提唱する。

 ウクライナ危機、ガザ侵攻、米国による「テロ戦争」の泥沼化、日本の軍事国家化…。板垣氏は、世界の隅々で垣間見えるこうした「ひずみ」を「欧米中心主義の断末魔」として捉え、それを乗り越えるための考え方を唱える。イスラム国の台頭により、世界情勢が激変する今、必読のインタビューである。

記事目次

  • ユダヤ人の内部から起きるシオニズム批判
  • キエフ・ユーロマイダンでの元イスラエル軍人青ヘル隊の役割
  • マレーシア・ナジーブ首相のガザ公式訪問でパレスチナは統一政権へ
  • ナジブ首相ガザ訪問の余波―スールー王国軍を名乗る謎の武装集団がマレーシアを襲う
  • クリミア危機の絶頂期にマレーシア航空行方不明事件が起こる
  • マレーシア航空17便墜落で見えたシンガポール-イスラエル関係
  • アメリカとイスラエルの関係の実態はバラバラ
  • ウクライナ東部に派兵を示唆する強硬派オーストラリアの狙いとは
  • イスラエル、米大統領就任式前日というタイミングでガザ侵攻停止
  • 震災下、南三陸町でのイスラエル軍医療隊の人道援助活動はガザ作戦と同日程
  • アメリカ大統領選に直結していたグルジア問題
  • 倫理的な応答と、知的な理解とが同時に必要なパレスチナ問題
  • イスラエルはすでにアメリカを見捨てようとしている!?
  • リーマン・ショックも政治・軍事・外交問題と深く関わっていることを知れ
  • パレスチナ人に犠牲をしわ寄せするのは、反ユダヤ主義が同時に反イスラムだから
  • 「反テロ」戦争とは、欧米が「自己破産」を成り立たせるためのプロジェクト
  • 西方キリスト教が、反ユダヤ主義を生み、そしてイスラエルを作った
  • パレスチナ人の抗議運動(インティファーダ)は、「自己破産」プロジェクトに抗する新しい市民(ムワーティン)革命の始まり
  • 「自己破産」プロジェクトの看板である「民主化」は何をもたらしたのか
  • 「アラブの春」とはムワーティン革命を「民主化」にすり替え潰す欺瞞の言葉
  • ヨーロッパ近代は、イスラム文明の中に胚胎されていた
  • イスラム「タウヒード」と華厳哲学は「スーパー・モダニティ(超近代性)」の源流
  • 欧米中心主義の「優等生」=日本社会知性欠如と油断と内弁慶に警告
  • アメリカ合衆国は本来のアメリカ化に向かう
  • 欧米中心主義の断末魔の中、雑種社会である日本をどう新しく建設するか
  • 実践運動のこと、イスラエルボイコット運動のこと
  • 長生きの秘訣、敗戦時の体験、中東を識るクリスチャンとしてキリスト教を
  • 迫られる日本の敗戦への自己批判と対話―欧米中心主義を超えて

ユダヤ人の内部から起きるシオニズム批判

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▲板垣雄三氏

岩上安身(以下、岩上)「みなさん、こんにちは。ジャーナリストの岩上安身です。本日は、昨日に引き続き、東大名誉教授、板垣雄三先生のインタビューを皆様にお届けいたします。

 板垣先生、二日続けてとなりましたが、よろしくお願いいたします。昨日は、本当に内容の濃いお話で、予定時間ではちょっと収まらない内容だったものですから、甘えさせていただいて、じっくり時間をかけてお話をうかがわせていただきました」

板垣雄三教授(以下、敬称略)「いや、した話になってしまいましたが」

岩上「いえいえ、とんでもないです。引き続き、今日もよろしくお願いいたします。

 昨日、お持ちいただいたパワーポイント資料を拝見しながらお話をうかがいました。まず最初、クリミア戦争の話から入って、こちらのスライドの『共滅』の話になり、この『繋がりあう世界、不思議な構造的連結』に続きました。そこで、その後のヨーロッパへの大きな影響を及ぼしたシャブタイ・ツヴィ(※1)という偽メシアの終末論的思想運動の話があり、これがさらに100年後のシャブタイ派運動につながり、なんとそれはイギリスの清教徒にまでつながっていくんだという歴史について、お話いただきました。

 そして、このシュロモー・サンドの『ユダヤ人の起源』(※2)という本にお触れになった。昨日ちょっと実物を紹介できなかったので、これ、先生のお持ちのご本ですが、ちょっとアップにして下さい。これが『ユダヤ人の起源』ですね」

板垣「この『ユダヤ人の起源』というのは、日本語版の題名で、この副題のほうが原書の題名に近いものなんですね」

岩上「『歴史はどのように創作されたのか』ですね。つまり、聖書時代から現代にいたるユダヤ人の歴史は、どこかで捏造された部分があるんだと。ユダヤ人というのは有史以来、変わらない一貫した血統を持って、パレスチナの地にいて、離散して、その人々が再び集まったんだとされている歴史が、実は真実ではないと、本当の話ではないということでしたよね」

板垣「はい、そうです」

岩上「それが、昨日の話にありました、アーサー・ケストラー『ユダヤ人とは誰か:カザル王国の謎』(※3)という本や、あるいはイブン・ファドラーン『ヴォルガ・ブルガール旅行記』(※4)といったものに出てくるハザルという王国、チュルク系、つまりトルコ系の民族の王様が改宗して、必ずしも全員が改宗したというわけじゃないでしょうけども、その王国の人々が、ユダヤ人ということになっていく。そして、地理的に言っても、東欧が近かったので、その東欧一帯に集住していった、ということでした」

板垣「世界のユダヤ人が集中して住んでいる場所というものができあがったわけです。ですから、それは、パレスチナからローマに追われていたユダヤ人が東欧の方にたくさん寄っていったという、そういった話とはぜんぜん違うということですね」

岩上「これは、非常に論争を呼ぶようなお話だと思うんですけれども、これについての議論は、やはり、イスラエル内外で、いろいろとあるのでしょうか?」

板垣「このシュロモ・サンドさんの本というのは、そういう考えが、前から色々とあって議論されてきたことを、彼の立場でまとめて、イスラエルにおいて出版したということです。

 それで、イスラエルの人々はみな眼の色を変えて、この本を買って読みました。ベストセラーになっています。ですから、イスラエルの社会のなかでも、この問題というのは今や非常にホットな話題として取り上げられるようになってきているわけです」

岩上「せっかくですので、引き続き、手元にあるこの本をちょっとご紹介したいと思います。モントリオール大学の教授、ヤコブ・M・ラブキンさんの『イスラエルとは何か』そして『トーラーの名において』(※5)という本です。実は、ラブキンさんは、私が先日インタビューし、またこの5日にもインタビューすることになっている方なんですが、先生も、ラブキンさんをご存知とのことですが」

板垣「はい。私が、この本の推薦者なんです」

岩上「あ、それは失礼いたしました(笑)。見落としておりました。なんと、『<ユダヤ人国家イスラエル>という虚構』という題の推薦文がここにあります。『政治的公正の風向きの変化で危うさが目立つ国。シオニズムのユダヤ教僭称/キリスト教のシオニズム化/そのかげで道義的検証を免れてきた軍事パワー。これを神への反逆と告発するユダヤ教思想。その諸潮流を照らしだす必読書』と。これを書かれていたのは板垣先生でした。すいません、先生。

 そうしましたら、ラブキンさんとのお付き合いはもう長いんですね」

板垣「もう前からの知り合いです」

岩上「ああ、そうなんですか。私はたまたまこの本『イスラエルとは何か』を読んで、それでこの訳をされた菅野賢治先生に連絡をとってインタビューしたんです。そうしましたら、著者のラブキンさん、来られますよということでした。

 そういうつながりでお会いすることになったんですが、こういうふうに、イスラエルの外に住んでいらっしゃる方ですけれども、ユダヤ人であり、ユダヤ教徒であり、外にいながら、イスラエルという国のあり方、シオニズムに対して、批判的であるユダヤ人というのは、今やたくさんいるのですね」

板垣「そうですね」

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(※1)シャブタイ・ツヴィ:近代ユダヤ民族史にもっとも影響を及ぼした偽メシアとして知られるユダヤ人である。彼を救世主と信じた集団は「シャブタイ派」と呼ばれ、急進的なメシアニズム(救世主待望論)を掲げて17世紀半ばのユダヤ人社会を熱狂の渦に巻き込んだ。

衰退後の18世紀においてもツヴィの信奉者は継続的に一定の勢力を保ち、後に誕生したハシディズムに影響を与えた( 参照:ウィキペディア【URL】http://ul.lc/5555)。

(※2)シュロモー・サンド『ユダヤ人の起源』(武田ランダムハウスジャパン、2010年3月):聖書時代から現代まで、世界の常識を根底から覆す歴史的大作として、世界15ヵ国で翻訳され、欧米で衝撃のベストセラーとなる。サブタイトルは「歴史はどのように創作されたのか」。

 本書は、「ユダヤ人」「ユダヤ民族」にまつわる「真実」とされている事柄への疑問―ユダヤ人がかつての住処であった「イスラエルの地」を追われ、2000年もの間世界中を放浪したという「神話」はどこまで本当なのか、どうして、今のイスラエル歴史学は、イエメン、カスピ海沿岸に、かつてユダヤ教を国教とする王国が存在していた事実を無視したがるのか、そして、民族としての「ユダヤ人」「ユダヤ民族」なるものは、本当に存在するのか―、これらに根本的な問題を提起している。

 著者は、1948年にオーストリアのリンツで生まれた。両親のイスラエル移住にともない、イスラエルで長じ、教育を受けた。テレアビブ大学ではじめた歴史の高等教育をパリの社会科学高等研究所で終えた。1984年以降、テレアビブ大学で現代ヨーロッパ史を教える。専門領域は近代社会における知識人の思想および地位、歴史と映画の関係に及ぶ。本書の原著は、パリのフェイヤー社から2008年に刊行された。原題は、『ユダヤ人はどのようにしてつくりだされたか――聖書からシオニズムまで』である(参照:Amazon【URL】http://ul.lc/54y5)。

(※3)アーサー・ケストラー『ユダヤ人とは誰か』:アーサー・ケストラーは、ハンガリー出身のユダヤ人作家。著書『ユダヤ人とは誰か―第十三支族・カザール王国の謎』(三交社、1990年4月)のなかで、アシュケナジの起源はユダヤ教に改宗したハザル人であるとの説を提唱した( 参照:Amazon【URL】http://ul.lc/556c)。

(※4) イブン・ファドラーン『ヴォルガブルガール旅行記』(家島 彦一 (訳)、平凡社東洋文庫、2009年9月):10世紀、ヴォルガ・ブルガール王国に派遣されたアッバース朝の使者イブン・ファドラーンが残した、北西ユーラシア民族の風俗・習慣を活写した第一級のイスラーム地理書。40年余の研究を踏まえた校訂・訳注を付した決定訳( 参照:Amazon【URL】http://ul.lc/555k)。

(※5)ヤコブ・ラブキン『イスラエルとは何か』(菅野 賢治 /編集、平凡社新書、2012年6月) :近代国家主義の権化たるシオニズムによって建国されたイスラエルは、正統的なユダヤ教徒たちの国ではない。欧米主導で形成された虚構の歴史を、歴史学者が明快に説く。

 同『トーラーの名において―シオニズムに対するユダヤ教の抵抗の歴史 』(菅野 賢治/訳、平凡社、2010年4月):シオニズム運動とイスラエル建国がいかにユダヤの教義トーラーに反すると考えられてきたかを歴史的に辿る。パレスチナ問題と反ユダヤ主義の歴史の冷静な理解に不可欠の書。

(参照:Amazon【URL】http://ul.lc/5a4g および、http://ul.lc/5a4f

 著者ヤコブ・ラブキンは、1945年、旧ソ連・レニングラード(現サンクト=ペテルブルグ)生まれ。レニングラード大学で化学を専攻、モスクワ科学アカデミーで科学史を学ぶ。73年以来、カナダ・ケベック州モンレアル(モントリオール)大学で歴史学を講じる(現在、同大学教授)。科学史(とりわけSTS「社会における科学と技術」の観点から)、ロシア史、ユダヤ史を専門とする。

 岩上安身は、2013年10月23日、2014年7月23日、8月5日の3回にわたり、ラブキン氏へのインタビューを行ない、パレスチナ情勢の今後の展開などについて話をうかがった( 【URL】http://bit.ly/1uKVWl1)。また、2014年に行われた2回のインタビューは、詳細な注釈を付したうえでテキスト化し、メルマガ「岩上安身のIWJ特報!」として発行した。「IWJ特報」は、「まぐまぐ」と「ブロマガ」にて購読が可能(【URL】http://bit.ly/1bRZgTa)。

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