育てられない赤ちゃんを預けることができる、「赤ちゃんポスト」――。
さまざまな事情を抱えた親が、匿名で我が子を預けることができる「こうのとりのゆりかご」(通称「赤ちゃんポスト」)は、2007年5月に熊本県で誕生した。運営するのは、熊本市内にある慈恵病院。開設時、当時の安倍首相は、「匿名で子どもを置いていけるものを作るのには大変抵抗を感じる」と慎重論を唱え、設立の是非は全国で物議をかもした。
- 2007年2月23日、日テレNEWS24 安倍首相 赤ちゃんポストに不快感示す
開設から7年と6ヶ月。これまで、「こうのとりのゆりかご」(以下、「ゆりかご」)に預けられた赤ちゃんは100人を超えた。遺棄される子どもが後を絶たない中、公的機関に代わって事情を抱えた親たちの駆け込み寺の役割を担ってきた。
国連が制定した「世界子どもの日」にあたる11月20日、東京の日本財団では、「すべての赤ちゃんが『家庭』で育つ社会をめざして」と題したシンポジウムが開かれ、慈恵病院の看護部長、田尻由貴子氏が講演し、「ゆりかご」の取り組みと、そこから見えてくる社会的課題について問題提起した。実際に里子として育ってきた当事者や、血縁関係にない子どもを里親として迎えた母親などもスピーチし、3時間以上に渡るシンポジウムは200名の参加者で満員となり、注目の高さがうかがえた。
- 総合司会:サヘル・ローズ氏(女優、タレント)
- 第一部:今、赤ちゃんがおかれた現状を知る
- 基調講演1:「『こうのとりのゆりかご』と全国妊娠相談SOSから見える課題」 田尻由貴子氏(医療法人聖粒会慈恵病院 元看護部長、現相談役)
- 基調講演2:「社会的養護についての実証研究及び脱施設化の動きについて ~施設養育が子どもの発達に与える影響に触れながら~」 上鹿渡和宏氏(長野大学准教授、児童精神科医)
- 第二部:明日に向かって! ~赤ちゃんのため、私たちがすべきこと~
- 関係者によるスピーチ
- 「三重県の目指すもの~知事として父として~」 鈴木英敬氏(三重県知事)
- 「少子化対策・日本経済へのメリット」 竹内洋氏(東京大学客員教授)
- 「乳幼児の里親を増やすために」 青葉紘宇氏(里親、NPO法人 東京養育家庭の会 理事長)
- 「今後に向けた論点整理」 高橋恵里子氏(日本財団福祉特別事業チームリーダー)
- その他、元里子・養親・里親など当事者の声
- パネルディスカッション:赤ちゃんの養子縁組・里親委託に向けて~改善すべき実務と制度とは? 現在の問題点とあるべき未来像から探る
- モデレーター:土井香苗氏(ヒューマン・ライツ・ウォッチ日本代表、弁護士)
- 立法の視点:国会議員
- 児童相談所からの視点:藤林武史氏(福岡市こども総合相談センター所長)
- 民間支援の視点:渡邊守氏(NPO法人キーアセット ディレクター)
- 専門家の視点:上鹿渡和宏氏(長野大学准教授、児童精神科医)
- 里親の視点:吉成麻子氏(千葉県の養育里親)
- 閉会の挨拶:松本大氏(マネックスグループ株式会社代表執行役社長CEO、ヒューマン・ライツ・ウォッチ国際理事)
相談機能が主な目的、「ゆりかごを作ったけれど、使って欲しくはない」
「赤ちゃんを預けようとしているお母さんへ。赤ちゃんの幸せのために、預ける前にチャイムを鳴らしてご相談ください」
「ゆりかご」には、赤ちゃんを預けにきたお母さんに向けて、このようなメッセージが書かれている、と田尻氏は説明する。赤ちゃんを預けることが目的と誤解されがちだが、「ゆりかご」はもともと、赤ちゃんとお母さんの将来を相談することが第一目的で設置された。親に対して相談をうながす理由はそのためである。
- SOS赤ちゃんとお母さんの妊娠相談HPより こうのとりのゆりかごとは
「『ゆりかご』を作ったけれど、使って欲しくない。ここに来たら助かるんだというシンボルであって欲しい」。これは、同病院の理事長、蓮田太二氏の口癖だという。
専門部会、カメラの設置を要求
しかし、朝日新聞によれば、設置から現在まで「ゆりかご」が預け入れた101人の子どものうち、親と連絡が取れたのはたった12人(※)。預ける理由の多くが、「生活困窮」、「未婚」、「不倫」など。田尻氏は、「我が国のありようを表している」と訴えた。
接触が図れない残りの約9割は、子どもが、親が誰なのかを知ることはできず、これについては人権問題だと指摘する声もある。定期的に、ゆりかごの運営実態を調査する専門部会は、今年2014年9月に公表した検証報告書の中で、「預けた人との接触に最大限の努力を払うべきだ」と指摘。子どもの親を知る権利の重要性を訴え、「ゆりかご」にカメラを設置するなどの対策を求めた。
慈恵病院側はこれに対し、設立の理念でもある「匿名」を今後も貫く姿勢を見せている。
24時間365日体制の電話相談
しかし、同病院の対策はポストの設置だけに留まらない。他にも、24時間365日体制で、電話やEメールによる窓口相談も提供している。スタートした2007年から2013年で受けた相談総数は5200件以上にのぼる。
「赤ちゃんとお母さんの幸せのために、妊娠中から相談を受けることの重要性を感じている」と話す田尻氏は、相談の中には中学1年生も含まれ、「性意識の低下」「性行為の低年齢化」「社会的育児支援の貧困」「家族の絆の薄弱」といった社会的問題が背景にあると指摘する。