「生活保護基準引き下げは、低所得者を狙った増税だ」 〜どうなるか?生活保護「改革」 講師 稲葉剛氏 2014.2.1

記事公開日:2014.2.1取材地: テキスト動画
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(IWJテキストスタッフ・関根/奥松)

 「2008年9月のリーマン・ショック以降、相談件数が3倍に。最近2~3年は、直接面談は年間900~1000件ほどに減少したが、うち3割が30代以下だ」──。

 生活困窮者を支援してきた稲葉剛氏は、ワーキングプアの現状を語り、「脱法ハウスとは、いろいろな規制を逃れるために、倉庫や事務所などを改装した狭小アパート。ただし、東京での家賃はひと月5万5000円と、決して安くない。この現象をハウジング・プアと呼ぶ」と述べて、負の連鎖を指摘した。

 2014年2月1日、札幌市の札幌教育文化会館で、自立生活サポートセンター・もやいの稲葉剛氏を講師に迎え、学習会「どうなるか?生活保護『改革』-白石姉妹孤立死から2年─」が行われた。また、 稲葉剛氏と松本伊智朗氏が、対談の形で補足説明をした。低所得者層の実態と、生活保護受給を減らそうとする国の対応に、警鐘を鳴らした。

■全編動画

  • 講演 稲葉剛氏(自立生活サポートセンター・もやい理事長)
  • 質疑応答とトーク 稲葉剛氏×松本伊智朗氏(北海道大学教授、反貧困ネット北海道代表)

1994年から、急に路上生活者と餓死者が増えた日本

 はじめに、反貧困ネット北海道事務局長で、北星学園大学准教授の木下武徳氏があいさつに立ち、「札幌市白石区では、昨年と今年、生活保護を受けられずに亡くなった姉妹や、親子の孤立死が起こった。今回、生活保護受給を難しくする改正案が、4月から施行される」と、生活困窮者を巡る状況が、さらに悪化する懸念を述べた。

 稲葉剛氏が登壇し、「私は1994年から、新宿の路上生活者の救援活動を始めた。路上でバタバタと人が死んでいる現実に驚かされた。あるマスコミの記者は『家を持っている人が餓死するとニュースになるが、ホームレスが餓死してもニュースにならない』などと言っていた」と、活動を始めた頃の体験から話し始めた。

 「貧困の拡大スピードは日々、増している。現在、孤独死以外に、複数で亡くなってしまう『孤立死』と言う言葉も生まれた」と述べ、1994年から急に路上生活者と餓死者が増えたことを示すグラフを映した。「ちなみに、餓死者が一番多かったのは2003年。その後、救援活動や生活保護申請も増えたため、減少した」。 

ネットカフェから脱法ハウスへ

 「2003年、メールで窮状を訴える相談が来たことに驚き、新しい貧困層『ネットカフェ難民』を知った。2007年にはテレビにも紹介され、流行語になった」。

 「2008年9月のリーマン・ショック以降、相談件数が3倍になり、1日50件も受けたが、最近の2〜3年間は、直接面談は年間900~1000件ほどに減少。そのうち3割が、30代以下だ。なかには、18〜19歳でホームレスになる若者たちもいて、そのほとんどが児童養護施設出身者。また、夫婦や親子のホームレスもいる」と貧困の実態を語った。

 「昨年あたりから、脱法ハウスが問題になってきた。これは、いろいろな規制を逃れるために、倉庫や事務所などを改装した狭小アパート。ただし、東京での家賃はひと月5万5000円と安くない。この現象を、ハウジング・プアと呼ぶ」。

 さらに稲葉氏は、ワーキング・プアとハウジング・プアの連動について語り、最低賃金が安く、年収200万円以下が1000万人以上にのぼり、貧困問題がさらに広がっていることを訴えた。

刑務所が、生き延びるためのセーフティーネットに

 「事実上、生活保護しかセーフティーネットがない。失業手当のカバー率も2割に低下。国民健康保険の未納者も増加している。公的住宅も全体の6%しかなく、セーフティーネットとして機能しない。さまざまな支援策があるようで、まったく役には立っていない」と、現状を憂いた稲葉氏は、次のようなショッキングな事実を語った。

 「セーフティーネットにもかからない人たちは、路上生活、餓死、凍死、自殺に行きつく。また、刑務所は、高齢者と知的障害者で満杯だ。なぜなら、刑務所が、セーフティーネットになってしまっているからだ」。

 「マスコミは、生活保護について(不正受給などを)悪く書きたてるが、生活保護受給者数の人口あたりの利用率1.8%は、先進国の中で最低だ。ドイツ、イギリスは10%近い」。

 「日本の生活保護制度はよくできているが、資産要件が欠点」と言い、生活保護水準以下の低所得者1194万人(推計)のうち、215万人は生活保護受給者だが、受給資格があるのに受けられない低所得者が倍以上いる。現状、3人に1人しか受けられていない」と続けた。

 稲葉氏は、その受給漏れが最大の問題だとし、マスコミは不正受給者を批判するが、それは全体支給額の0.5%以下にすぎないと、公的扶助利用率の実態を語った。

役所が嘘を言い、困窮者を追い返す「水際作戦」とは

 そして、稲葉氏は「400万人以上の受給漏れが起こる理由は、役所の職員が虚偽説明をする『水際作戦』があるからだ」と話す。生活保護の相談に行った人に対して、「職員は、あなたは働けるから、家族がいるから、住まいがあるから、実家があるから、住まいがないから、ダメだと追い返す。それらは、みんな嘘だ」と指摘した。

 稲葉氏は、役所から追い返され、生活保護が受けられなかった人が起こした、さまざまな事件を示した上で、偏見とスティグマ(烙印)について説明した。「スティグマとは、『生活保護は、人生の落伍者』というイメージを植え付けること」だという。

 「芸能人の親族の生活保護受給がニュースになった時、ある国会議員は『日本人が、生活保護を受けることを、恥だと思わなくなったのが問題だ』と繰り返した。つまり、生活保護は恥だと思え、ということ。この議員の発言のほうが大問題だ」。

 その上で、「生活保護の理念は、『どのような人であっても、無差別平等に健康で文化的な最低限度の生活を保障する。無差別平等とは、生活困窮の理由を問わない。親族による扶養は要件ではなく優先』」と力を込めた。

低所得者をターゲットにした増税、生活保護法改正案

 1946年、旧生活保護法が施行。1950年に改正されて、勤労意志のないもの、素行不良、扶養義務者が扶養をなし得る者、という、すべての欠格条項を削除した。「ところが、この削除された欠格条項は、今、行政やマスコミが、受給者を非難する理由になっている」と稲葉氏は憤る。

 さらに、特定秘密保護法と同日に可決された、生活保護法改正案ついて、「申請書と添付書類提出の明記、扶養義務の事実上の要件化(マイナンバー制度の利用)」などの問題点を指摘。行政の暴走を阻止するための方策と、今後の活動方針を述べた。

 最後に稲葉氏は、「生活保護基準引き下げの問題は、低所得者全体に負担が増大することであり、この基準引き下げは、低所得者をターゲットにした増税と同じだ」と言い切った。

 「貧困問題とは、自分たちが、どういう視線で貧困を捉えるか、を問うものでもある。可哀想だという考えで貧困問題に取り組むと、可哀想に見えなければ助けなくていい、となってしまう」と述べて、講演を終えた。

扶養義務の一律強化は「きずな原理主義」に

 松本伊智朗氏と稲葉氏のディスカッションに移った。松本氏が、稲葉氏に、「扶養義務強化が福祉現場に与える影響と、生活困窮者の自立支援法の問題点について」の意見を訊いた。

 稲葉氏は「扶養義務について、民法学者の見解では、夫婦や、親と未成熟の子は生活保持義務にあたり、一方、成人した子と老いた親、兄弟姉妹などは、弱い扶養義務にあたる」と述べ、これらが一律に強化された時の弊害について、DV被害者や生活保護家庭で育った子どもを例に挙げて、一律化の欠点をあぶり出した。

 続けて、「自分は、扶養義務の一律強化は『きずな原理主義』と批判している。自民党改憲草案でも、家族はお互いに助け合わなければならない、とわざわざ明記した。また、消費税増税の影に隠れて、3党合意で決まった社会保障制度改革推進法。今後の社会保障は、家族相互、国民相互で助け合ってください、という趣旨で、国の責任はどんどん減らしている」と警鐘を鳴らした。

政府の言う「きずな」は外からの強制

 松本氏は「一般の人たちは、家族で助け合うのは当たり前だと思っているはず。きずなを破壊する『きずな原理主義』とは何か」と説明を求めると、稲葉氏は「きずなは、内側から自発的に生まれるもの。政府の考え方は、外からの強制だ。また、殺人事件の半数は親族家族間で起こっている。児童虐待、DVも増加の一途。つまり、家族に、貧困、介護などを押し付けて疲弊した結果だ」と説明した。

 続いて、公私二分法の弊害について訊ねられると、稲葉氏は「公とプライベートな領域を2つに分け、家庭内に公的な意見は差し挟まない、という慣習が、DVなどを野放しにしてきたのではないか」と説明した。

 生活困窮者自立支援法案については、「生活保護になる手前で支えていく法律。中身について賛否両論あるが、所得保障がなければ支えられない。唯一あるのは、住宅支援給付。それも3ヶ月間で、審査が厳しすぎる」などと問題点を指摘した。

 そして、会場から意見や質疑応答を受け付けた。質疑の中で、稲葉氏は「各地方の福祉事務所に警察官OBを配置すると、厚労省が補助金を出す、という動きもある」などと語った。最後に、生活保護制度を良くする会共同代表の肘井博行弁護士が、閉会のあいさつをした。

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「「生活保護基準引き下げは、低所得者を狙った増税だ」 〜どうなるか?生活保護「改革」 講師 稲葉剛氏」への1件のフィードバック

  1. @55kurosukeさん(ツイッターのご意見) より:

    「生活保護基準引き下げは、低所得者を狙った増税だ」 〜どうなるか?生活保護「改革」 講師 稲葉剛氏 http://iwj.co.jp/wj/open/archives/123078 … @iwakamiyasumi
    貧困の拡大スピードは日々、増している。この負の連鎖に向き合わない貧困対策に意味はない。
    https://twitter.com/55kurosuke/status/925845217906794497

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