第四原発の凍結を実現した台湾市民運動の軌跡と社会現象化した福島原発事故がもたらした影響 2014.9.22

記事公開日:2014.9.23取材地: テキスト動画
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(IWJ・薊一郎)

 映画『こんにちは貢寮』の監督で、台湾・緑色公民行動連盟事務局長のチェ・スーシン氏が来日し、福島原発事故以降の台湾の反原発運動について講演を行った。同講演は、ノーニュークス・アジア・フォーラムジャパンの主催で行われ、立ち見が出るほどの盛況ぶりとなった。

 チェ氏は、今年の立法院占拠行動と連動して『不核作運動』(非協力運動)を主導し、台湾第四原発の建設凍結を実現するまでの運動の軌跡を生々しく語った。

記事目次

■ハイライト

台湾の反原発運動

 チェ氏によると、現在台湾では、第一から第三原発までが稼働中で、第四原発が建設中。第四原発は現在90%以上完成しているが、まだ稼働はしていないという。第四原発の建設地は人口稠密地帯で、断層の存在も明らかになっている。

 第一から第三原発までの原子炉は全て米国製だが、第四は三菱重工や東芝など日本企業も参画しているという。

 台湾では、1980年から30年以上、反原発運動が続いている。この間、2000年に民主進歩党(民進党)への政権交代があり、脱原発路線に一時は傾いたものの、たった3ヶ月で原発推進に逆戻りするなど、反原発運動は約10年の衰退期に入った。

 こうした状況下で、緑色公民行動連盟が2000年6月に結成。エネルギー問題に取り組む20から30代の若者が中心となって、粘り強く活動を続けてきたという。

2011年の福島原発事故

 2011年、福島で原発事故が発生したことについてチェ氏は、「2011年は教育の一年だった」と振り返る。

 「福島原発事故は、3年以上経っても台湾で注目され続けていて、大きな影響を与えている。反原発運動だけでなく、原発推進勢力も日本の原発推進派と連携を強めているなどの影響がある」という。

 「台湾の人々が福島原発事故に注目するのは、原発事故発生時の影響範囲の広さに比べて、台湾がいかに狭いかを台湾の人々が理解したからだ」

 こう話すチェ氏は、ある人が福島原発事故の放射性物質の飛散範囲を、台湾の地図に重ねてインターネットに投稿したところ、一気に注目が集ったことを紹介した。

 福島原発事故以降、台湾政府は原発事故の緊急避難地域を半径5kmから8kmに拡大した。「なぜ8kmなのか。福島原発事故では20km圏内も避難地区となったのに」と政府に聞くと、「20kmだと台北市にかかってしまうので、避難は無理だ」というあきれた回答だったという。

 台湾では、福島原発事故後、初めて全国規模の1万人デモが起こった。2012年には、第四原発工事にトラブルが多発し、メディアに批判されるも、政府は追加予算を計上するなど、推進路線を変更することはなかった。

「私は人であり、私は原発に反対する」

 チェ氏は、福島原発事故後に台湾で起きた社会現象を紹介した。「今まで皆無だった原発関連の出版物が、2011年からたくさん出版されるようになってきた。中には、日本在住台湾人女性の書いた本もあった」という。

 影響は出版界だけにとどまらず、映画人も動き出した。彼らは「私は人であり、私は原発に反対する」というメッセージを掲げ、総統府前で『人』の文字をかたどった人々の映像を公開するなど、台湾の歴史上、初めての行動を起こし始めた。この様子は、Facebookに掲載され、たくさんの人がこの人文字をアップしたという。行動する映画人たちにはベテランの映画監督が多く、後輩たちへの影響力も大きかったと、チェ氏は解説した。

 一般の人々も行動を起こした。ある喫茶店の店主が作った『反核』の旗は、同業者へ広まり、約1000枚も作られたという。これは喫茶店のみならず、レストラン、書店などにも広まり、10月10日の建国記念日には、ネットでの呼びかけによって、この旗を掲揚する行動が全国に広まった。

 著名な俳優、イラスト作家、音楽界などの文化界にも反原発運動は広がっているという。

 そんな中、2013年3月、20万人が参加する史上最大のデモが行われ、3000人による人文字が作られた。

 反原発世論の高まりを政府は無視できなくなり、国民党は「国民投票を実施して決めよう」と言い出した。

 ところが、この一見民主的に見えた国民投票は、功名な世論封じ込めの手段だったことがわかると、市民らは国民投票に反対する運動を展開。結局、この国民投票は中止となった。

 2014年、政府は第四原発の安全審査を実施した上で、燃料棒の投下を行うと表明。これに対し、市民らは直ちに原発を止めるよう行動し、政府に圧力をかけるため、道路の占拠を計画した。

 『不核作運動』(非協力運動)と呼ばれるこの行動で、市民らは交差点を占拠して30分間ダイインを行い、「燃料棒を投下するならば、さらに大規模な行動を実施する」と政府に警告した。交差点占拠は違法行為であるため、懲役3年から7年の実刑がくだされかねないが、それも覚悟した上での行動だったという。

立法院占拠との連動、第四原発凍結を勝ち取る

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