「今の検診が過剰診断や過剰診療につながると、子どもに手術の傷、心の傷を残す。もしかしたら、必要のない治療もあるのではないか」──。
2014年6月10日、福島市杉妻町の杉妻会館で「福島県『県民健康調査』検討委員会 第3回『甲状腺検査評価部会』」が開催された。東京大学教授の渋谷健司氏と、福島県立医科大教授の鈴木眞一氏との間で、スクリーニング効果による過剰診断の可能性について、激論が交わされた。
鈴木氏は「手術で取らなくてもいいものまで、取っているわけではない。リンパ節転移があるなど、治療が必要な人だけに処置している」と述べたが、リンパ節転移の数を尋ねられると、「ここでは公表しない」とだけ答えた。
- 議事 (1)甲状腺検査の進捗状況について (2)その他
- 日時 2014年6月10日(火)13:30~
- 場所 杉妻会館3階「百合」(福岡県福島市)
受診者29万5511名中、悪性ないし悪性疑い90人
冒頭で、4月に福島県保健福祉部長に着任した鈴木淳一氏が挨拶し、「甲状腺検査は3月で一巡目が完了し、新たなステップに入った。甲状腺がんへの県民の関心は非常に高く、この部会からの情報発信は重要と考えている」と述べた。清水一雄部会長(日本医科大学名誉教授)が議長を務めて、第3回「甲状腺検査評価部会」が始まり、まず、福島県立医大関係者より「甲状腺検査」の実施状況について報告があった。
「平成25年度の1次検査を、34市町村(約15万8000人)に実施。平成23年10月からの、全体の受診率は80.2%(対象者36万8651人)。なお、受診者29万5511名(県外8845人)のうち、28万7056人(97.1%)については検査結果が確定、結果通知を発送した」。
そして、「平成23年度から25年度の合計で、A1判定14万8182人(51.6%)、A2判定13万6804人(47.7%)。2次検査対象者でB判定は2069人(0.7%)、C判定は1人。結節・のう胞確定数の合計28万7056人のうち、結節5.1ミリ以上が2051人(0.7%)、5.0ミリ以下は1578人(0.5%)、のう胞20.1ミリ以上12人、20.0ミリ以下は13万7077人(47.8%)」という結果が発表された。
3県調査では、4365人のうち甲状腺がん1名
また、「平成26年3月末までの、2次検査の進捗状況および穿刺吸引細胞診等結果概要では、平成23年度から25年度合計で、悪性ないし悪性疑い90人(うち51人を手術。結果は良性結節1人、乳頭がん49人、低分化がんの疑い1人)。男女比は、男32人・女58人。平均年齢16.9±2.7歳(8〜21歳)、震災当時年齢14.7±2.7歳(6〜18歳)。そのうち21人(61.8%)の初期被曝は1ミリシーベルト未満、13人は2.5ミリシーベルト未満、と基本調査問診票から推定した」と述べた。
続けて、市町村別検査結果、確定者の年齢及び性別、結節の有無及び大きさが報告され、平成26年4月2日より、本格検査として2回目の検査を開始したことも付け加えられた。
さらに、平成24年度に、青森県弘前市、山梨県甲府市、長崎県長崎市の3歳から18歳の4365人に行った「甲状腺結節性疾患有所見率等調査事業」(3県調査)で、56.5%がA2判定となり、B判定(5.1ミリ以上の結節、20.1ミリ以上ののう胞)44名のうち、調査に同意した31名について、「細胞診を2名に実施。甲状腺がん1名」との発表があり、引続き追跡調査をする方針が示された。
過剰診断を巡る議論が再燃
福島県立医大の鈴木眞一教授は「2次検査の細胞診をしなかった人たちは、エコー検査で診断できるので検査の必要がなかった。エコー検査による発見率は高くなったが、福島という特殊な環境を見極めながら、今まで通りの検診、診療を継続し、子どもたちを長く見守る」と話した。
日本学術会議副会長の春日文子氏は「ある段階から(甲状腺検査が)通常診療になってしまった。患者のデータの守秘義務、費用負担、検体の所有権などの議論を、もっと詰めるべきだ」とコメントした。
そして、渋谷教授と鈴木教授の間で過剰診断の議論になった。渋谷教授は、自覚症状のない多くの子どもが一斉に検査対象になったことから、この甲状腺検査の結果は、スクリーニング効果による過剰診断の可能性があることを、前回の部会から指摘している。この日も渋谷教授は、「福島の状況は理解しているが、やはり数が多い。過剰診断の可能性は否定できないのでは」と問いかけた。
鈴木教授は「5ミリの結節までは安全なこともあるが、5~10ミリの結節、のう胞はケースバイケースだ。手術で取らなくてもいいものまで、取っているわけではない。声がかすれたり、リンパ節転移があるなど、治療が必要な人だけに処置している」という主張を繰り返し、ここで清水部会長が「この件はあとで」と中断を告げた。
ベセスダ分類で、甲状腺がんの90%以上が乳頭がん
加藤良平副部会長(山梨大学教授)より、「病理診断・ベセスダシステムについて」の報告があった。ベセスダ(Bethesda)システムとは、2007年、アメリカのメリーランド州ベセスダにある、アメリカ国立がん研究所主催の甲状腺穿刺吸引細胞診学術カンファレンスで取りまとめた成果である。福島の検診では、このベセスダ診断カテゴリーを採用している。
加藤副部会長は、まず、甲状腺ホルモンや、がんができる仕組みを説明し、「日本人はヨウ素の摂取量が欧米人の10倍も多く、食習慣の違いが結果に影響している」と述べた。
続いて、「甲状腺疾患には、がん以外にも奇形、炎症、過形成、腫瘍があり、甲状腺(結節)腫瘍は濾胞上皮(ろほうじょうひ)、C細胞、その他、に分けられる。濾胞上皮由来の悪性高分化がんが、濾胞(ろほう)がん、乳頭がん。そして、この乳頭がんが、甲状腺がんの90~95%を占め(成人)、年齢性別による発症差がある」と説明した。
検診方法には、超音波検査と穿刺吸引細胞診の2通りがあるが、「濾胞がんの細胞診は、かなり難しい」と述べ、その診断方法と判断基準の複雑さに言及した。そして、「福島の検診で言う『悪性の疑い』とは、ほとんど乳頭がんを指す。ベセスダシステムの問題点は、濾胞がんが含まれないことだ」と述べた。
加藤副部会長は「現在、組織診断ではWHO分類が一般的で、共通分類使用の必要性として、診断基準の共有、診断用語の共有、施設間のデータ比較が可能なことが挙げられる。日本の甲状腺がん取扱い規約は10年目で古くなり、ベセスダシステム導入も考慮して基準を改訂中だ」と述べた。アメリカでは研究論文の77%がベセスダ分類を採用しており、国際的コンセンサスになりつつあるという。
過剰診断があるとすれば、胸の痛む思いだ
ベセスダ分類における「悪性」の定義についての質疑を経て、渋谷教授が「現在、ベセスダ分類を基準にして厳密に検査が行われているのは承知しているが、過剰診断と擬陽性で混同されている印象がある」と述べ、過剰診断の定義に触れた。
その上で、「今の検診が、過剰診断や過剰診療につながると、子どもに手術の傷とともに心の傷も残す。術後のホルモン治療にコストもかかる。もしかしたら、必要のない治療もあるのではないか」と発言し、再び過剰診断の議論になった。
これ対して鈴木教授は、「本当に過剰診断があるとすれば、非常に問題。胸の痛む思いだ。今回、こういう事象(原発事故)があった場合の検査基準について、議論をしてコンセンサスも得た。生存率の優位性だけで『がんを取らなくてもいい』とはならない。不安を煽って見つけたものを取るということがないように、基準を設けている」と説明した。
清水部会長が「外科医の立場で話すと、小さくても発症場所によっては手術を勧める場合もある。予後がよいと言われるがんでも、どうなっていくかは予測できない。悪化する可能性もあるので、検査の続行は必要」と述べた。
鈴木教授は「治療しなくていい場合、いわゆる剖検例での甲状腺乳頭がんのほとんどは5ミリ以下だ。5〜10ミリだと、取るべきものと取らなくていいもののグレーゾーンだが、明らかに悪性度の高いものは選んで細胞診をして、手術に至る場合もある」とした。
「リンパ節転移は多いのか?」「ここでは公表しない」
渋谷教授が「検診したことによって、発見数が増えた事実は、どう解釈するのか」と問いかけると、鈴木教授は「臨床データを見せていないのに、なぜ過剰診断だと断定できるのか。取らなくていいものを、われわれが手術した事実はない」と反論した。
渋谷教授は「では、データを公表してほしい。リンパ節転移の数は、けっこうあるのか?」と重ねて質問。鈴木教授は「ここでは公表しない」とし、渋谷教授は「それじゃ、わからないですよ」と応じて、やりとりは平行線を辿った。
その後、春日氏からも「なぜ、リンパ節転移の数を公表できないのか疑問に感じる。また、2次検査以降のデータも、個人情報に配慮した上で公表するべきではないか」という意見があった。鈴木教授は「自分は、データ公表の是非を決める立場にいない。2次検査で通常診療になることや、データの管理体制について、自分の立場ではどうにもできないが、皆さんの主張は今後につながると思う」と述べるに留まった。
西氏からは「検体の保存は、将来的にとても重要だ」という意見があり、鈴木教授は「それは当然だが、福島県立医大以外の施設での状況は把握できない」と答えた。その点について春日氏から、「1次データからきちんと保管することを、医療施設だけでなく、国(環境省)や県にも可能な限りお願いしたい」という要望が出た。
最後に、清水部会長が「UNSCEAR(原子放射線の影響に関する国連科学委員会)から、『福島では、チェルノブイリのような甲状腺がんのパンデミックにはならない』との報告がある。しかし、本当に甲状腺がん発症までに4年もかかるのか。ヨウ素剤の使用とその効果、初期の内部被曝線量の推計についても、今後、議論していきたい」とまとめて、部会は終了した。
放射線との因果関係、見解発表は7月以降に
続いて、記者会見に移った。ある記者が過剰診断の議論に関連して、「現実に50人が発症したのだから、福島県は小児甲状腺がんが多いことになる。過剰診断ではないというなら、全国的な小児甲状腺検査が必要ではないか」と尋ねた。
清水部会長は「私も同意見だ」と前置きして、次のように述べた。「私の印象では、小児甲状腺がんのリンパ節転移は大人より多い。また、アグレッシブに周囲に浸潤していく。肺や骨などに遠隔転移する確率も高い。今回の50人の患者さんがどうなっているのか知りたいし、知る義務もある」。
さらに、「非被曝地域との比較という点で、全国レベルの調査が必要だと考えているが、マイナス面も考慮しなくてはいけない。非被曝地域でB判定となった子どもや保護者に、不必要な不安を与える懸念がある。また、物理的、人数的な検査態勢の問題もある」と話した。
渋谷教授は「放射線の影響がない県で甲状腺検査を行うのは、過剰診断の観点からも反対だ。福島は特殊な状況。甲状腺がんと放射線との因果関係については、福島県内で線量の高い地域と低い地域とを比較するしかない」という見解を示した。
別の記者から「今後、データの公表や放射線との因果関係について、どのような対応をするのか」と尋ねられると、福島県の担当者が「リンパ節転移のデータ公表に関しては、親部会の検討委員会で議論して決める。また、放射線量と甲状腺がんの因果関係については、2次検査の結果が7月以降に出揃ってから検討し、見解を出すことになる」と答えた。