2014年2月15日、札幌市北区の札幌エルプラザで、さっぽろ自由学校「遊」・北海道食の自給ネットワーク・TPPを考える市民の会主催によるシンポジウム、「私たちを不幸にする世界の食料システム~つくられた肥満と飢餓」が開かれた。
集会は2部構成で、前半は、アジア太平洋資料センターの佐久間智子氏による講演。日本人の食生活は、すでに「輸入」に大幅に依存中で、しかも食料市場には投機マネーが流れ込んでいるため、価格が高騰しやすいことが指摘された。
そして、そんな状況であるにもかかわらず、昨年秋に「赤字」に転落した日本の経常収支は、その後も赤字の額を増やし続けており、佐久間氏からは、日本が外貨不足に根ざした食料輸入難に見舞われる可能性、つまりは日本の「飢餓国化」への懸念は、決して小さなものではないことも訴えられた。
後半では、アジア太平洋資料センターの内田聖子氏もマイクを握り、司会者から「今、TPP(環太平洋経済連携協定)交渉の実情に、もっとも詳しい日本人」と紹介された。内田氏も佐久間氏も、日本の食料自給面強化の必要性を、異口同音に力説した。
- 講演 佐久間智子氏 世界の食のしくみと未来への提言~この現状を変えるために~
- 対談 佐久間智子氏×内田聖子氏 TPPでどうなる? 私たちの食糧事情
- 日時 2014年2月15日(土) 13:45~
- 場所 札幌エルプラザ(札幌市男女共同参画センター)3Fホール(北海道札幌市)
- 主催 さっぽろ自由学校「遊」、北海道食の自給ネットワーク、TPPを考える市民の会
「もはや、日本人の食生活は世界とのつながりなしには成り立たない。われわれの日々の食事は、飢餓に苦しむ人たちの上に成り立っているのかもしれない」──。冒頭であいさつに立った、主催者「遊」の代表者はこう述べ、すでに世界では「食料の争奪戦」が始まっており、そこでは、発展途上国の人々が不利な立場に置かれやすいことを指摘した。
これを受け登壇した佐久間氏は、開口一番、「今日は、日本人の食料を巡る消費行動が、世界の貧しい国々にどんな影響を与えているのかにも触れようと思う」と宣言し、講演をスタートさせた。
米国産トウモロコシは、もはや生命線
佐久間氏は、世界の食品貿易収支の図をスクリーンに映し出し、日本は輸入超過であること、中東や北アフリカなどにも同じ傾向が見られること、そして、北米や南米のアルゼンチンやブラジルなどが輸出超過であることなどを説明した。
その上で、「世界の食料事情を見ていく上で、まず重要なのは、カロリーベースの視点で各国の穀物生産に着目すること」とし、次に穀物の輸出量のデータを提示。「もっとも多いのが米国で、世界で貿易されている穀物の13パーセントを占める」と強調した。
「世界でトウモロコシをもっとも輸入している国は、日本だ」とも語った佐久間氏は、「輸入したトウモロコシの4分の3は家畜のエサに回る。それ以外は、缶飲料に入っているデキストリン(甘味料)などに使われる」と説明した。「日本人が国内で使うトウモロコシの量は、年間で1500万トンを超える。主食であるコメの約2倍だ」。
日本が輸入するトウモロコシの約9割は米国から、とのこと。佐久間氏は「米国が、日本へのトウモロコシの輸出を停止したら、日本の家畜の大半は死滅し、われわれ日本人は肉を食べられなくなる」と力を込めた。
米国以外の国からもトウモロコシを買う選択肢については、「トウモロコシに限らず、大豆や小麦などを見ても、輸出余力がある国は世界で数ヵ国に限られる」とし、日本人の食生活は、非常に偏った貿易構造の上に存在していることを訴えた。
日本は穀物自給で「世界最貧」に分類される
佐久間氏は、世界の国々を、食料の「貿易形態」で次のように4つに分類してみせ、「世界の食料問題を考える上では、非常に重要」と強調した。
1. 「熱帯であり、そこには住みたくない欧州の人たちが、現地の人を駆り出し、自国で栽培が無理な香辛料や果物を収穫し、安価に輸入することを狙った大規模農業経営を実施したタイプ。よって、その熱帯の国では、現地の人の主食用農作物が生産低下し、食料輸入に頼る構造が生まれた。世界最貧70ヵ国が、このタイプに入る」。
2. 「同じ大規模農業経営でも、温帯である、米国、カナダ、オーストラリア、アルゼンチンなどは、欧州からの入植者が現地で経営しており、このタイプは農業貿易で黒字を維持している」。
3. 「欧州の国々は、米国などからの輸入寸断のリスクに配慮し、政府が補助金を出す形で農業を生き延びさせ、農作物の輸出にも力を入れている」。
4. 「日本は、これから人口減少が本格化するが、現時点では中国やインドなどと同様の、経済発展と巨大人口を背景にした輸入超過型と言える」。
そして、佐久間氏は「日本は、世界一の人口を抱えているわけでもないのに、穀物全体で見ても、世界でもっとも大量に輸入している国だ」と指摘。これは、米国と欧州の、圧倒的な農業生産力に圧迫されているからだと理由を話し、「日本は『農業生産』という点では、世界最貧70ヵ国と同類だ」と訴えた。
国際収支の動きに着目せよ
「日本人の間には、外国から食品を輸入するのは当たり前という意識が根づいているが、海外では『主食をはじめとする基礎的な食料は国内生産し、余った分を輸出に回す』という価値観が一般的だ」。
こう話す佐久間氏は、「世界で生産される穀物のうち、貿易に回る量は10パーセント余りだ」とし、この数字が意味するところを、次のように説明した。
「日本人が、国際市場から買える穀物の量は、限定的であるということ。つまり、国内が不作だったからといって、海外から大量の穀物を無理に輸入しようとすると、価格が急騰してしまう。もっとも、今の日本は金持ちの国だから、それでも買えるが、その影響で、セネガルなど、貧しい上に食料輸入に頼っている国には価格急騰が重くのしかかり、そこに飢餓が生まれる」。
一方で佐久間氏は、日本に貿易赤字が続いている現状と、それに由来する「経常収支」の悪化に強い危惧を示した。
経常収支は、貿易収支にサービス収支や所得収支などを加えたもので、昨秋に「赤字」へと転落。その後も毎月、赤字幅が拡大しており、赤字の状態がこのまま続けば、やがて外貨不足で輸入ができなくなる。
経常収支の柱である貿易収支の「赤字」については、原油の輸入価格の値上がりが要因に指摘されがちだが、工場の海外移転の進展が大きく響いており、エコノミストらの間には、「国内での『モノづくりの復活』という精神論ではなく、法人税の実効税率の引き下げなど、複合的な施策を講じないと、経常赤字から抜け出すことは難しい」との声も上がっている。
佐久間氏は「今後、国際市場で食品価格が高騰すれば、日本が食料を輸入できなくなる恐れがある」と警鐘を鳴らし、「今の日本は、途上国に飢餓をもたらす嫌な国だが、その日本が、海外から穀物が買えずに飢餓に苦しむ国になる可能性は低くない」と訴えた。
貧乏人は日本基準の「食」から切り離される
さらに、佐久間氏は「国際的な投機筋が、食料をもターゲットにして買い占めてしまう」と述べた。食料は、人類に絶対に必要とされるため、世界中にじゃぶじゃぶに溢れた投機マネーは、その食料に向かいやすいことを指摘し、「食料の国際市場の価格は、エネルギー市場同様、常に吊り上げられる傾向がある」と強調した。
それと同時に、世界が豊かになるにつれ、食肉の消費量が増え、それに連動する形で、家畜の餌となる穀物の消費量が増えること、さらにまた、世界に顕著な異常気象による農作物被害の可能性なども話題にした。「日本は『自分たちの目の届く範囲で食料を作っていくことが、安心につながる』という食の鉄則を、もう一度学び直す必要がある」と力を込めた佐久間氏は、輸入に依存し過ぎた、今の日本の食のあり方を重ねて批判した。
短い休憩を挟み、シンポジウムの後半は内田氏が加わって、TPPが日本人の食生活にどんな影響を与えるか、について議論された。
「あらゆるモノやサービスを、むき出しの市場競争の世界に放り込むもの」──。内田氏は、TPPをこう語った。そして、「そんなTPPで儲けるのは、産業界全体の中では少数派である多国籍企業で、その中には、日本の、グローバル展開している大手企業も含まれる」と指摘し、「(日本が交渉に参加しているTPPが妥結すれば)日本の農業や食品の分野は、間違いなく悪影響を受ける」と力を込めた。
日本社会に、「食」をもキーワードにした格差拡大が始まる、というのである。内田氏からは、「TPPがスタートすれば、海外からの安い農業輸入品による攻勢のみならず、たとえば、残留農薬を巡る安全基準が、商売の障壁と見なされ、米国並みの緩い水準に引き下げられることが十分考えられる」との言及があり、TPP妥結後は、日本の低所得者層は、従来の日本の安全基準から外れた食品を、買わざるを得なくなる恐れがあることが伝えられた。
高付加価値「輸出推奨」は間違っている
TPP妥結後の、日本の農業の生き残り策のひとつに、「輸出への舵を切ること」が言われている。常識では考えられない手間暇をかけて作った、高品質の農作物を海外の富裕層に売り、安価な野菜や果物を売る海外勢との棲み分けを図るというものだが、これについて、内田氏は「商売の軸足を、国内から海外へ簡単に移すことができる農家は、ごく少数に限られる」とした上で、次のような批判を口にした。
「食の基本は、やはり国内自給であり、日本人に向けて、農作物を生産できる力を持つ農家に対し、国が『付加価値のあるものを作って、海外の富裕層に高く売ればいい』と提言することが、そもそもおかしい」。
佐久間氏も同意見だった。「普通では考えられないような、特殊な生産方法を導入して作られた、1個1000円ぐらいのリンゴが、中国で贈答用によく売れているといった話を聞くが、そういう(国内消費者を見捨てるような)やり方で成果を挙げている日本の農家は、それでプライドを持てるのか」。
TPP交渉の行方について、内田氏は「米国は、昨年末の妥協を目指して頑張ったが、実現しなかった。日本との関税交渉が平行線のままだったのに加え、マレーシアやチリといった、米国への抵抗勢力が態度を崩していないことなどが大きかった」としつつも、「今月22日には、シンガポールで主席間交渉会合や閣僚会合が始まり、それが山場になるだろう。米国では、今秋に中間選挙が控えているだけに、オバマ政権は、是が非でも妥結に持ち込みたいはずだ」と述べた。
ただし、内田氏からは「ここまで3年以上も交渉を続けてきたのに、妥結していない事実は重い」との発言もあり、TPP交渉に、難渋疲れによる「妥結断念」とのオチがつく可能性があることが、暗に示された。