「福島の除染を完了するには、少なくとも50兆円かかる」──。NRC元委員長のグレゴリー・ヤツコ氏は語った。
2013年9月21日、四国電力の伊方原発に近い、愛媛県八幡浜市のセンチュリーホテル・イトーで「『カリフォルニア5』八幡浜ワークショップ ー南予とエネルギーの未来像ー」が開かれた。「カリフォルニア5」とは、この6月5日(現地4日)に米カリフォルニア州サンディエゴで行われた、サンオノフレ原発の廃炉を求める公開討論会に出席した5人のこと。八幡浜市での勉強会には、そのうちの3人、菅直人元首相、NRC(米原子力規制委員会)元委員長のグレゴリー・ヤツコ氏、地元サンオノフレで脱原発運動を進めたトーガン・ジョンソン氏(建築家)が登壇者として招かれた。
- 開会の挨拶 伊方大漁旗紹介/八幡浜盆踊り
- ゲスト講演
菅直人氏(元内閣総理大臣、衆議院議員)
グレゴリー・ヤツコ氏(Dr. Gregory B. Jaczko, 元米原子力規制委員会 [NRC] 委員長)
トーガン・ジョンソン氏(Mr. Torgen Johnson, カリフォルニア草の根市民代表、建築家)
- ゲスト・参加者の意見交換
- 記者会見
- 日時 2013年9月21日(土)
- 場所 センチュリーホテル・イトー(愛媛県八幡浜市)
- 主催 カリフォルニア5実行委員会
「最初に入ってきた報告は『無事にすべての原発が停止した』。私は、ほっとした」「1時間ほど経つと、今度は『すべての電源が喪失した』という」「さらには『すべての冷却機能が失われた』とも……」「冷やし続けることが不可能となれば、大変な事態に発展する(=メルトダウンが起きる)と考えた」。菅直人氏は、東京電力から入る断続的な連絡を受けて、自身の背筋が寒くなっていった当時の様子を振り返った。首相在任中に体験した、福島第一原発事故である。
東京の避難区域入りは十分あり得た
そして東電が、実際にメルトダウンが起きた福島第一原発からの「全員撤退」の意向を示したことに話が及ぶと、「それを知った時、ここで『制御』を放棄したら、日本が国として機能しなくなる。ここは、ぎりぎりまで頑張る以外に道はないと考えた」。菅氏は、首相としてもっとも重い決断を下した折の心境をこう明かし、「首相官邸から車で10分もかからない場所にある東京・新橋の東電本店に出向き、幹部たちに面と向かって力説した。『こういう場合は、60歳を超えた私たち世代が率先して現場に飛び、それから若い世代にも協力を求めるのが筋だ』」と語った。
「その後の東電の頑張りで、事故の拡大が抑えられた」とつけ足した菅氏は、「当時、想定した(放射性物資の放出が大規模化する)最悪のシナリオは、東京や新潟も避難対象区域に入るもので、約5000万人が逃げなければならない内容だった」とし、5000万という数字の大きさを強調しながら、「被害規模がこれに匹敵するのは戦争しかない。福島第一原発の事故は、ほんの紙一重のところで最悪シナリオを回避できたに過ぎないのだ」と述べた。
その上で、「約5000万人が避難対象になることを覚悟してでも、原発を使い続けねばならない理由が、どこにあるのか」と訴え、「原発事故をゼロにできると言い切れる専門家はひとりもいない。つまり、事故ゼロを実現する方法は唯一、原発を使うのを止めることしかない」と力を込めた。
続いてマイクに向かったのは、グレゴリー・ヤツコ氏。福島の原発事故の深刻さを直視するヤツコ氏は、米国の原子力行政の規制強化を訴え、NRC内で孤立状態になったとされ、昨年5月に委員長を辞めている。この日は「原発事故を収束させるのは、とても難しい作業」と指摘。「福島で除染をやり終えるには、少なくとも50兆円の費用がかかるとする試算もある。それに要する歳月も何十年という長さであり、その間、被曝が続くことになる」と話した。
脱原発への住民力、日本より米国が上?
そして、「原発事故は起こらないという考え方は、絶対に認められない」と主張したヤツコ氏は、「海外では、福島の原発事故を他人事のように見ている節がある。しかし、原発事故は起こるものなのだ」と重ねて強調。「原発を抱える国は、安全基準を引き上げねばならない。今後も原発の運転を続けていくのなら、フクシマショックのような事故が起こっても、近隣に住む市民が避難せずに済むぐらいの十二分な対応力を、今のうち確立しておくことが不可欠だ。だが、それは不可能な話だと思う」とし、「 原発周辺に暮らす住民の力が、その国の原発行政に影響を与える」「そして、同住民が原発を止めることができる」という2点を力説した。さらには、「(日本は)停止中の原発の再稼動に、貴重なお金を使うべきではない」と提言した。
トーガン・ジョンソン氏は、米サンディエゴで繰り広げられた、原発を廃炉に導く住民運動で中心的役割を果たした人物。「当時、首相の立場で福島の原発事故に対応した菅さんを、米カリフォルニア州にあるサンオノフレ原発の廃炉を求める、地元住民が参加する公開討論会に招いた」と語り、その3日後に、サンオノフレ原発の廃炉を電力会社が決めた旨を報告した。全原発が廃炉となるドイツのみならず、米国でも、フクシマショックが引き金の「脱原発」への取り組みが進んでいることが示された形だ。
安全基準の強化がコスト増を招く
第2部の意見交換会では、参加者から福島第一原発の「汚染水問題」に関する質問が相次いだ。ヤツコ氏は「短時間で組み立てられた、あの保存用のタンクは、次なる地震に耐えられるのか」と危惧を口にした。
菅氏は、福島第一原発では今も冷却水の循環が不完全で、汚染水の増加に歯止めがかかっていない実態などに触れ、「安倍首相は、先日の五輪招致のプレゼンで『完全にコントロールできている』とアピールしたが、東電の担当者は『そうは言えない』と言明している」と指摘。「汚染水問題は極めて重大な事案だ。原子力規制庁が中心になり、海外の専門知も動員しながら対策を取りまとめるべきだ」と主張した。
参加者の「ここ八幡浜でも、伊方原発を巡る再稼動反対の住民運動が起こっているが、表立って『脱原発』を叫びにくい雰囲気が存在する」との声には、ジョンソン氏が応じた。「カリフォルニアも状況は同じだった」とし、地元の議員などへ、どう働きかけたかを丁寧に説明。菅氏も「住民が、特定の政治家に照準を絞って、粘り強く自分たちの思いを伝えること。これが案外有効だ」と助言した。
さらに菅氏は、「すでに世界の流れは、原発を減らす方向だ。背景には福島の事故があるが、安全基準を引き上げればコスト増になる点も大きい」とも述べ、廃炉が決まったサンオノフレ原発では、2012年に三菱重工製の蒸気発生器に放射能漏れが見つかっていることを紹介。「その運営電力会社(サザン・カリフォルニア・エジソン)は、三菱重工にかなりの額の賠償金を要求している」として、原発関連機器を輸出する日本メーカーにも、ある種の逆風が吹き始めている、との認識を示した。