先日トルコから帰国された同志社大学大学院教授・内藤正典氏に25日、岩上安身がインタビューを行い、トルコ騒乱の背景やシリア内戦の動向、イランやイスラエル、米国などを含む周辺諸国の国際情勢について、幅広くお話をうかがった。
内藤氏は、エルドアン政権が新自由主義経済政策を採っていると言われていることについて、「エルドアン政権が新自由主義的な政策を採ったかと言えば、それは当たっていない。ここ10年ぐらい、国営企業の民営化を外資に買収するケースも多く、新自由主義っぽく捉えられがちだが、トルコは伝統的に保護主義的で不採算な分野が多々あり、財政赤字がひどかった。エルドアン首相は、その借金を返さなければならないと思っているだけ。新自由主義のシンパシーは持っていない。弱肉強食の論理はイスラム的な道徳に反する」と分析。
トルコにおける財政赤字のピークは2001年で、IMFの管理下に置かれたことから、「IMF、世銀が牛耳ってやってきたことは新自由主義経済の一躍を担ってきた。それを止めたいからこそ借金を返した」とし、それを打開するために民営化を行い、市場における競争原理を働かせ、経済が健全な状態になる政策を行ったという。それ以前は、タバコ銀行、サトウ銀行など、各分野ごとに銀行があるなど、競争が生じず、財閥が広い分野のシェアを持つなど、「健全な状態でないことは明らかだった」とした。自助努力で借金を返済したトルコは、今ではIMFに50億ドル融資をすると言うほどに回復したという。
さらに内藤氏は、トルコが最近20年ぐらいで財閥系の伝統的な銀行から、イスラム系の金融機関も参入するようになったことに触れ、「イスラム銀行の特色は利子を取らないこと。また、透明性、ディスクロージャーを徹底し、投資について、『これで損をするかもしれない』という書面にサインする。何に使われるかがはっきりしていて、合意の上でやる」と解説した。そのため、現在ではイスラム系の金融機関と、一般の銀行とがあり、財閥からは「イスラム系金融機関への反発があったと思う」と持論を述べた。
エルドアン政権の福祉政策については、トルコは沿岸部に富裕層、内陸部に貧困層が住んでおり、内陸から沿岸の都市部に人口が流出。「ゲジェコンドゥ」というスラムのような、他人の私有地や公有地に許可を得ないまま建てられた住宅が形成されたと説明。内藤氏は、「エルドアン政権が、そこにモダンな住宅を建設し、こうした公共政策により、既得権益を持つ者とは違うものを育てた」と、自由主義経済で拡大する格差と闘い、安定的な支持を得てきたエルドアン政権を評価した。しかし、その一方で公共事業の発注など、「やり過ぎれば自分の取り巻きに与えることになる」と、財閥系が反発している背景を語った。
今回の騒乱は、こうした財閥からの反発や、その他にも、あらゆる反対派からの反発があった背景を内藤氏は紹介した。アルコールなどの規制には、世俗主義派が「イスラム的な規範を押し付けている」として反発。エルドアン首相が「女性に向かって『一生のうちに子どもを3人産め』と言った」ことを例に出し、「個人の家庭の内部にまで口を出す」ことに対し、敬虔なイスラム教徒も「騒乱の表には出てこないが、声なき声による反発があった」という。
また、エルドアン政権が、PKK(クルディスタン労働者党)と和平交渉に入ったことを、極右の民族主義者たちは許せないという。「30年間、血で血を洗うような攻防を繰り返してきたテロ組織と和解することは『国民に対する裏切りだ』と言っている」と解説した。しかし、「クルド分離派にも、和平交渉を面白く無いと思っている者がいる」と内藤氏は指摘。各国のクルド人の状況に関する岩上の質問には、トルコ政府側は、トルコのクルド人が、北イラクのクルド人、シリアのクルドと合体し、シリア内戦の影響がトルコに波及するのを避けるためにPKKと和平交渉に入ったと説明。それが、公園の再開発における4人のデモから、大きな混乱に陥ったことを受け、「偶発的な事が重なっただけだと思うが、(政府側は)陰謀のように思っているのではないか」と感想を述べた。
トルコの左派については、その実態があるのかどうかを内藤氏は疑問視。「イスラム教徒の社会は、神様を捨てろというのは無理。社会主義・共産主義の思想に共鳴したのは、都市部のほんの一握りのエリート」であると解説した。また、先日トルコから帰国したばかりの内藤氏は、デモが行われているイスタンブールのタクシム広場にも出向き、デモに参加していたのが「ものすごく育ちのいいアッパークラスの若者たちばかり」で、「演説もどこかの演劇のプロみたい」であったと報告。「(政権側に)暴力的・挑発的な行動をとっていた人たちは誰か分からないが、少なくとも最初に公園の再開発に反対した無抵抗な市民や、格差社会への抵抗の声をあげた人でもないことは確か」だと語った。
そして、それらに対しエルドアン政権は、「あまりに傲慢な態度だった。特にエルドアン首相自身の言動に問題がある。自分に対する批判に非常に感情的に反発し、批判を許さない」状況があると内藤氏は指摘。抗議行動の当初は、環境保護運動家4人の抗議であったが、権力側が強権的にそれを排除しようとして民衆が集まったという。内藤氏は今回の騒乱を、「もともとエルドアン政権に対して敵意を持っていた人たちが個別やろうとしたがうまくいかなかった。たまたま今回、『公園の木を切らないで』と言った人たちに群がった」と、極右、極左、資本家、クルドの分離派などのエルドアン政権に対する抵抗勢力の反発が、偶発的に重なりあって拡大したものだとまとめた。
トルコと米国・イスラエルの関係性については、アフガン戦争時、トルコはNATOの一員として派兵したが、イラク戦争では米国に協力しないという批判的な面を見せたという。しかし、それ以外での米国との協調体制は強く、米国がトルコの位置を甘く見られないことを読んで行動するといった、バランス感覚が優れていると内藤氏は語る。ガザに支援船を送った件についても、9名のトルコ人が亡くなったことに関して、「イスラエル非難の国連決議を採択するという外交上の大勝利を収めたとし、最も抑圧されたガザの人々に勇気を与え、イスラム的なジャスティスにより、アラブ諸国に大きなインパクトを与えた」と解説。今年3月には、イスラエルのネタニアフ首相がエルドアン首相に謝罪。「歴史上、パレスチナ問題でイスラエルに謝らせた国はない」とエルドアン首相への評価を示した。
こうした盤石なトルコの国家体制を、「シリア・イラン・イラクなどは、おもしろいと思っているはずがない」と内藤氏は主張。その意味では、今回の騒乱に関し、「どの国にもトルコを不安定化させるに足る充分な動機があった」と分析した。