9月29日の午後6時から岸田文雄新総裁の記者会見が行われた。
なんと、最初の記者会見はたったの30分。「私の特技は人の話を聞くこと」と自己アピールをしてきた人の行動がこれだろうか。しょっぱなから、選挙キャンペーンで厚塗りしてきた化粧が落ちてきたようである。
記者会見は冒頭、岸田新総裁のスピーチから始まった。この中で、岸田氏は、3つのキーワードを語った。「民主主義の危機」「コロナ国難」「新しい資本主義―『成長なくして分配なし、分配なくして成長なし』」である。
しかし、そのどれもが空疎で本気でこれらの危機と取り組む姿勢はまったく感じられない。
そもそも、「民主主義の危機」は、安倍前総理の引き起こしたモリ・カケ・サクラ問題に端を発したのであった。
朝日新聞の記者が、森友問題について質問した。
朝日新聞記者「岸田総裁の政治的姿勢をおうかがいします。さきほど、森友問題で、最終的には政治的な立場から説明しなければいけないとおっしゃいました。再調査をせずしてどういう納得ができる説明ができるのでしょうか」
この質問に対する岸田総裁の答えは、まるきりの形式論。
岸田氏「行政において調査が行われ、しっかりと報告がなされていると認識しています。司法においても、強制捜査権を持つ検察が捜査を行い、裁判が行われ、さらには民事でも裁判が行われています。
国の捜査権を持つ組織が捜査して、司法判断が下されるということは重たいと思っています。
そうした行政・司法の取り組みを国民の皆さんに寄り添いながら説明が必要なら説明させていただきたい」
行政も検察も裁判所も、そのトップに対する人事権を通じて官邸に支配される一方、自らの出世しか考えない官僚たちは「忖度」でこの官邸支配に対し、倫理も道理も法律をも曲げて、自ら安倍官邸の権力に自発的に隷従してきた。この膿こそが、問題にしなければならない「民主主義の危機」なのだ。体内に安倍・菅と続く「膿」をまるまる抱えている岸田氏に大きな期待はできそうにない。何しろ、その「膿」によって、総裁に選ばれたのだから。これから「膿」を出すのではなく、後生大事に守ることだろう。
岸田総裁は、この官邸による「操作」から目をそらしたままである。
日経新聞の記者が、経済政策について質問した。
日経新聞記者「経済政策についておうかがいします。新しい資本主義を掲げて分配政策の強化に取り組むと述べられています。分配政策の具体策としてなにをいつ実行するのか、その財源はなにか、お尋ねします」
岸田氏「一部の人間に成長の果実が集中していては経済の好循環が生まれません。成長の果実をできるだけ幅広いみなさんに享受してもらうのが大事です。大企業と中小企業の格差、所得においても、高所得者層と中低所得者層の格差、大都市と地方の格差を埋めていかねばならない。
分配をどうやってやるのか。まずは民間において、大企業と下請けとの関係の見直しや従業員のみなさんに成長の果実が行き渡っているのかどうか考えてもらう。
それに加えて公的な分配の努力も大事です。税制ですとか、中間層が大きな負担になっている教育費、住居費への支援ですとか。総裁選で特に訴えたのは、公的価格の見直しです。コロナ禍でも苦労されている看護師の方、介護士の方、保育士の方の給与は国が決めることができますので、国が適正価格に引き上げます。
従来からこうした仕事は、その大変さに比べて、低いという指摘があります。国が適正価格に引き上げることで民間の給与引き上げの呼び水にもなります。
財源は『成長なくして分配なし』ですから、経済成長が財源です」
このように岸田新総裁は述べた。
注目したいのは、1. 格差の見直しが民間企業への丸投げであること。2. 公的な分配努力が大事としながら、その分配の本質である税制には、具体的にまったく触れていないこと。3. 唯一出てきた具体策が、看護師や介護士、保育士の給与という公的価格の引き上げであること。4. 財源が経済成長であること。
これのどこが、「新しい資本主義」なのか。
新しさは何ひとつない。唯一、具体性のあった、3のエッセンシャルワーカーの待遇改善は、もっと前から行うべきだったことで、何を今さら、という話だ。
要するに、税制自体には手をつけないのだから、自民党に献金と集票で支えてきた経団連大企業に有利な、消費税はそのままにし、莫大な内部留保にも手をつけず、そのままにして、何の新しい政策なしに、口だけで経済成長をめざします、という話である。
もちろん、教育費・住居費の支援と公的価格の引き上げを行い、『分配なくして成長なし』についても、アリバイ程度に行われることだろう。その点は期待したいところだ。しかしそれも、岸田氏のロジックにしたがえば、経済成長がなければ、「分配はなし」ということになりかねない。
では、この経済成長はどのように達成するつもりなのだろうか。
岸田氏は、冒頭にコロナ禍を「国難」と述べた。これに対処するために、年内に数十兆円規模の経済対策を策定すると明言した。
しかし、その経済対策の具体的な内容はこれまたまったく不明で、これまでのように、検査と隔離という公衆衛生の基本中の基本をないがしろにしてきたことや、コロナ禍の経済対策で政権に近いパソナや電通が「中抜き」して大儲けした事実への反省もない。
この経済対策が、検査・隔離・医療提供体制の確立と、国民生活の維持に使われなければ、これまで通りの、新自由主義的な格差拡大を前提にした政策の延長しか行われないだろう。
官製相場による株高などで潤った「上級国民」のための政治は続いても、その間、中流は下流に、下流は下の下流に突き落とされ、搾取される構図を変えるつもりは全くないようだ。一般国民(下級国民)から金を巻き上げて、食べていけないようにするのは、タコが足を食いつぶしてゆくようなもので、結局、個人消費が冷え込み、子どもも持てなくなり、少子高齢化と人口減少で労働力も消費市場も縮まり、GDPは下がり、日本経済の先行きに明るい未来は見えてこない。