【祝・安田純平氏 無事生還記念!】サウジによるカショギ氏殺害を世界に印象づけた後の安田純平氏解放の発表!タイミングはトルコ・カタール間で決められていた?イスラム思想研究者・飯山陽(あかり)氏にIWJが取材! 2018.10.27

記事公開日:2018.10.29取材地: テキスト動画独自
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(取材・文 上杉英世)

特集 安田純平氏|特集 中東
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 10月の上旬、サウジアラビアのジャーナリスト、ジャマール・カショギ氏がトルコ、イスタンブールのサウジアラビア総領事館内で、サウジアラビア当局の明らかな関与により殺害された。一方、10月の下旬には、シリアの武装勢力に3年4ヶ月もの長期間、拘束され続けた日本のジャーナリスト、安田純平氏が、カタールとトルコの関与の元で解放された。

 一人は殺害され、一人は解放され、ふたりのジャーナリストの運命は明暗が分かれた。その背景にある、「アラブの盟主」のサウジアラビアと同国に対抗して中東で存在感を増しつつあるトルコ、カタールのせめぎあいについて、そして国レベルのせめぎ合いとは別に、2000年以降イスラム社会で起こっている急激な変化について、IWJは10月27日午後5時に広島市内で、上智大学アジア文化研究所客員所員であるイスラム思想研究者・飯山陽(あかり)氏に取材した。

▲飯山陽氏(2018年10月27日 IWJ撮影)

■ハイライト

  • タイトル IWJ記者によるイスラム思想研究者・飯山陽氏インタビュー
  • 日時 2018年10月27日(土)17:00頃〜
  • 場所 広島市内

安田純平氏はなぜトルコで解放されたのか? 果たしてカタールが身代金を払ったのか?

 IWJ「『イギリスを拠点とするNGOシリア人権監視団が、トルコとカタールとの密約にもとづいて、身代金と引き換えに安田氏が解放されたと伝えている』とのことですが、トルコとカタールの間で、どのような密約があったのか、ご存知でしょうか?」

 飯山氏「シリア人権監視団というのは、各地のシリア人情報員から集めた情報をイギリスでまとめて世界中に配信する、そういう役割を果たしてるんです。今回のことも、特定の情報ソースは明かさないですけど、安田さんに何が起こったかを直接的・間接的に知っている人たちから上がってくる情報をまとめて、ここが発表してるんです。ですから、その情報は、強い筋からの情報と言われてるんですね。

 その強い筋の情報によると、『カタールが金を払った』と。そこには、『カタールとトルコの約束がある』と言われています。密約と私は訳しましたけど。明らかにはされてない、という意味では密約ですよね。

 安田さんがずっと拘束されてたと言われてる地域は、シリア北西部、トルコと接してるイドリブです。今、そこはトルコの実質的な支配下にあるだけじゃなくて、シリアの反体制派武装勢力などもたくさんいるんですね。トルコが不法占拠してるわけですから、シリア政府としては、トルコと反体制派などのテロ組織を、まとめて全部やっつけたいんです。

 でも一方、トルコはそこに自分たちの影響力を残したい。そこでトルコは、シリア政府の後ろ盾になってるロシアと話をつけて、イドリブに非武装地帯を設けて、『シリア軍が総攻撃するのを止めて欲しい』という約束をしたんです。その代わりにトルコが自ら『イドリブにいるアルカイダとか武装組織をどうにかします』と約束したとみられてるんです」

 IWJ「どうにかする、と言うのは掃討するということですか?」

 飯山氏「トルコとうまくいってる組織もいれば、全然トルコの手に負えない組織もいる。それを今トルコは、選別したり、整理してるところなんですね。トルコがそういった作業をイドリブ内でおこなってる時に、何らかの事情で安田さんを見つけたんじゃないかと思うんです。それが、解放に結びついたのかなと」

 IWJ「カタールがお金を出した裏には、何があるんでしょうか?」

 飯山氏「一番考えやすいのは、お金を武装組織に渡すきっかけを、カタールが探していたということですね。元をただせば911事件のころから、カタールはテロ組織を支援してると言われています。ほぼ間違いなく、様々なルートを使って何らかの支援をおこなってるということは、非常に強く疑われています」

 IWJ「人道的という名目で、武装組織への資金供与をおこなっていると?」

 飯山氏「2014年にシリアで非常に多くの外国人が拘束されました。その時、カタールは人質解放への関与を堂々と発表してたんですね。今みたいに、何となく関与をほのめかすんじゃなくて。その後『人質を助けるフリをして、テロ組織にお金を渡してるだけだ』と、いろいろ非難されるようになったんです。今回もカタールは決して、『お金渡してます』と正々堂々と言ってません。あくまでも筋の情報です」

 IWJ「サウジ人ジャーナリストのジャマール・カショギ氏が、イスタンブールのサウジアラビア領事館内で殺害された事件が世界に衝撃を与え、世界中からサウジアラビアへの疑惑に注意が向いている時に、安田氏の解放が発表されました。このタイミングで安田氏が解放されたのは、何か理由があるとお考えですか?」

 飯山氏「シリア人権監視団のリーダーの話では『安田さんが見つかったらしい』という一報が日本に伝わる、その4日前に安田さんはすでに解放されてたんです。

 ところが、サウジの経済サミットと、それに合わせてトルコのエルドアン大統領が、カショギ氏の事件について真実を話すと約束していた日があったんです。だから『その後に、安田さん解放を発表しよう』という取り決めがトルコとカタールの間にあった、と言ってるんですね。

 ということはやはり、タイミングを計ってたと見るのが妥当ですよね。カショギ氏を殺したのはやっぱりサウジだったと世界に印象づけた後で、トルコとカタールによる日本人ジャーナリストを発表する。その並びが重要と考えていたと」

 トルコという国が現在どういう状況なのかについても、話を聞いた。

 IWJ「トルコというのは、2016年にクーデターをおこなった反対派を徹底的に弾圧し、ジャーナリストもたくさん拘束してる国ですよね。『外国の人質を解放した』と、表向きはいい顔をしつつ、国内でやってることは変わってないんでしょうか?」

飯山氏「トルコというのは、非常に強い思想的な縛りがある国なんです。エルドアンの悪口、揶揄とかすると、ただちに逮捕されるのが当たり前なんですね。トルコの人権状況をウォッチしてる団体なんかは、そう言ってます。特に、クーデターの後は、すごいですね。

 エルドアン大統領は、ギュレン派というイスラムの団体がクーデターを企てたと信じてます。ギュレン派に属してる人って、トルコにものすごい数いるんですね。クーデターからもう2年半ぐらい経ってますけど、でもずーっと、ギュレン派の人たちを逮捕し続けてるというのが現実です。体制に刃向かう人たちを徹底的に排除するという姿勢は、エルドアンに関しては一貫してますね」

サウジアラビアのムハンマド・ビン・サルマーン皇太子、「改革の旗手」の化けの皮が剥がれた!?

 カショギ殺害を決行したサウジアラビア、そして、事件の関与が強く疑われるムハンマド・ビン・サルマーン皇太子が見せる「改革の旗手」としての姿の実相についてうかがった。

 IWJ「ムハンマド・ビン・サルマーン氏は、皇太子となって以降、女性の自動車運転を解禁したり、映画上映も解禁するとか、『厳格なイスラムの国』からの『解放政策』を次々と繰り出したり、脱石油社会を目指す大規模経済改革・ビジョン2030を推進するなど改革の旗手としての顔を持ってますよね?」

 飯山氏:「そうですね。そういうアピールをしてますね。でも、本当の姿がバレてきたというのが現状なんじゃないでしょうか。

 まず、厳格なる国の定義とはなんぞや、ということなんですが、『厳格なイスラムを採用している国でありたい』というふうにサウジ王家が考えれば厳格になるし、逆に『ちょっと緩めたい』と思ったらいくらでもゆるめられる。サウジ王家はイスラム教なんてものは、いかようにもコントロールできるわけです。

 だから、今回の問題はイスラムの厳格さとか一切関係ないんです。むしろ重要なのは、どの程度近代化されたかという話なんです。だからムハンマド皇太子が女性に運転を許した時、『来た!人権だ。女性の解放だ』と、みんな期待したわけですね」

 IWJ「皆というのは、西洋諸国や、日本を含めた外側ですね」

 飯山氏「だからどっかの国の誰かさんとかが、投資とかたくさんしたわけですよね。ムハンマド皇太子と一緒に大きなプロジェクト立ち上げたりとか。日本でもやってる人いますよね。

 ところがカショギさんの事件が起こり『これ、近代国家と言えない。やばいよね』ということに気がついた。女性の運転解禁や、映画やエンタテインメントの解放や、観光ビザ発給など、そういう様々なことで、勘違いしてた事にみんな気がついた。それが今、サウジが置かれてる状況ですね」

 IWJ「具体的には、首都リヤドで23日から25日まで開催された未来投資イニシアチブで、多くの企業が参加を取りやめたことですね?」

 飯山氏「そうです。『自分の国に都合の悪い人を、しかも自分の国の領事館で殺すような国に、お金を投資してビジネスしていいわけないよね』と。ただ、あの会議に表立って参加はしなかったけど、契約は生かしているという企業もいるようです」

カショギ氏は反体制ジャーナリストという理由だけで殺害されたのか!?

 IWJ「カショギ氏はアメリカのワシントンポストにコラムを持って、サウジの体制批判をしていたんですね。単純に、反体制だから消されたのでしょうか? もともと、サウジの権力中枢の人たちにつながりがあったとも言われていますが」

 飯山氏「いろんな話があるんです。ひとつは、カショギ氏がムハンマド皇太子に、自分をアドバイザーにつけろと提言して、皇太子が激怒したという話があります。

 あと、彼はワシントンに住んでたわけですが、普通にリベラルに話ができるアラブ人インテリとして、割ともてはやされていた。アメリカの政治の中枢に、自分と反対の立場のサウジアラビア人が、別のコミュニティを作り始めてることに皇太子が激怒したという話もあります。

 それと、カショギ氏は非常に強いムスリム同胞団のシンパだったんです。ムスリム同胞団というのは、20世紀のはじめにエジプトでできた、イスラム教の新興宗教です。武装闘争ではなく、民主主義のルールにのっとって、選挙でイスラム化を勝ち取ろういう勢力です。エジプトでは一度政権を取っています」

 IWJ「アラブの春の後の話ですね?」

 飯山氏「そうです。その時の大統領はモルシっていう人なんですけど、ムスリム同胞団独裁体制を敷いたんです。それでエジプトの人達は怒って、反同胞団デモが始まったんですが、軍がそれを後ろ盾した。今度は同胞団員が、武器を持って立ち上がったんです。で、これ幸いと軍はそれを弾圧して、『はい、同胞団はテロ組織』となったんです。

 トルコのエルドアン大統領の政党「AKP(公正発展党)」もムスリム同胞団と、非常に近い関係にあるんです。路線とかイデオロギーは、ほぼ同じなんです。カタールも、同胞団を非常に応援している」

 IWJ「カタールの国内にも多いんですか?」

 飯山氏「アルジャジーラは、ほぼ、同胞団チャンネルです」

 IWJ「中東のメディアというのは、だいたいどこかに肩入れしているんでしょうか?」

 飯山氏「お金を出してるのは、もっぱら国なので。その国の政策に沿った報道するのが、当たり前なんですね」

トルコは真綿で首を絞めるようにサウジを追いつめている?

 IWJ「トルコのエルドアン大統領もムスリム同胞団に非常に近いとおっしゃいました。カショギ氏も、ムスリム同胞団の支持者であったと。このことと、トルコがカショギ氏の殺害を積極的に暴露したことは、関係ありますか?」

 飯山氏「サウジは、特にムハンマド皇太子は、エルドアン大統領にとっては、どうにかしてつぶしたい存在です。仲間が敵に殺されたのをきっかけに、敵を追い落とそうと考えてるのは、当然ですよね。ドーンと行くんじゃなくて、じわじわ真綿で首を絞めるかのように、サウジを追いつめてる感じですね」

 IWJ「カショギ氏は、トルコの中でも活動していたんですか?」

 飯山氏「トルコではしてなかったんじゃないですかね。でもカショギさんという人は、ものすごく有名な人で、アルジャジーラにももちろん出ていましたし、中東の人だったら誰でも知ってる人です。もちろんトルコでも名の知れた存在でした」

 IWJ「サウジは、皇太子の関与に関しては認めてないですよね? そのことに関して、トルコは何か言ってるんですか?」

 飯山氏「具体的に、ムハンマドがやったとは言ってないかもしれないですけど、『ムハンマド皇太子の関与なしに、このミッションが遂行されたはずがない』といった論調ですね」

一部の知的エリートがイスラム教の知識を独占し民衆をコントロールしてきたこれまでのイスラムのあり方が崩れ、コーランやハディースをネットで読み、その教義に忠実であろうとするイスラム2.0が誕生!?

 IWJ「トルコ、サウジ、カタールなど、国の思惑が複雑にからみあっているということをお聞きしましたが、飯山先生は昨日、広島大学での講演会で、国レベルの動きとは別の、もっと深いところで、イスラムの社会自体が大きな変化を遂げているというお話をされていました。

 預言者ムハンマドが神の啓示を受けたのが西暦610年、それから2000年ぐらいまでの、イスラム1.0と、IT革命が進んだ2000年ごろをきっけに、現在に至るまではイスラム2.0という段階に入ったと。イスラムの歴史が大きく二つに分けられるとおっしゃっていますね?」

 飯山氏「イスラム教は、西暦2000年を前後にすごく変わったと思うんです。かつては、イスラム教はどういう宗教なのかを判断できるのは非常に限られた知的エリート、特別な訓練を積んだイスラム法学者だけでした。だからその人たちは、ある程度自分たちの思うようにイスラムを解釈することができたんですね。政権を支え社会を安定的に保つことを、イスラム教の知識人たちは重視してきた。社会が混乱すると、イスラム法が適用できなくなるからです。

 でも、インターネットが普及したことで、イスラム教の膨大なテキスト(コーランや、ハディース)が全部ネットで読めるようになっちゃった。そしてカチャカチャ検索すると、『イスラム的にこれが合ってます』『間違ってます』という判断が、ネット上でバーッと出てくるようになった。イスラム教徒がみんな、プチ知識人みたいになったんです。一部の知的エリートがコントロールしたイスラムからの、革命的な変化が起こりました。

 IWJ「今まで、知識人がぎゅっと独占してきたものが、インターネット上で、誰でもアクセスできるようになったんですね」

 飯山氏「アクセスだけじゃなく、自分たちで議論できるようになったんです。一般の人たちが、何が正しいイスラムなのかを語り、実践を始めたんですね。実践のひとつが、ジハードですね。伝統的にイスラム教の世界では、ジハードというのは、異教徒との戦いなんです。

 それに変化が生じたのは、イスラム諸国が近代化してからです。オスマン朝が滅びた後に、エジプトなどが近代国家としてデビューする過程で『ジハードとか、このままだと近代国家としてやばいよね』という話になりました。そこで、『真のジハードは自分の弱い心との戦いである』ということを知識人達が広げ始めたんです。

 だけど、ネットの普及によって、これまで言われてきたジハードには、イスラム啓典での根拠がないということに多くの人が気づきました。『だって、コーランに異教徒を殺せって書いてあるよね』と言って実践し始めたのがイスラム国だったり、アルカイダだったりするんですね」

 IWJ「イスラム教徒というのはもちろんアラブの人たちだけじゃなく、全世界にいますよね。年齢層も、イスラム2.0に目覚めた人には、若い人がたくさんいますよね」

 飯山氏「若い人の方が多いと言われてます。若い人達はさらにSNSで議論し、互いを確認しあって、世界中にネットワークが生まれています。

 もちろん、テロなどの行為に走る人はほんの一部ですが、イスラム教徒はどんどん増えてるので、いずれ人口パワーで圧倒されます。日本は世界で最も急速に人口が減少してる国です。世界から見たら日本人なんて、超少数、しかも絶滅危惧種ですよね。

 自分たちが絶滅危惧種なんだということを認識して、自分達と全然違う価値観を持った人達がやがて世界の大多数を占めるという事に、想像力を働かせることが必要なんじゃないでしょうか」

 2000年前後を境に、急激な変化を遂げたイスラム教についての、飯山氏の講演は、下記記事をご覧いただきたい。

 10月下旬に解放されたジャーナリスト、安田純平氏については下記記事をぜひご覧いただきたい。

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