東日本大震災の教訓は活かされているのか――。
2016年11月22日午前6時頃、福島県いわき市などで最大震度5弱を観測するマグニチュード(M)7.4と推定される地震が発生した。震源地は福島県沖で、震源の深さは25キロ。宮城県仙台港で1.4メートル、福島県相馬市で90センチの津波が観測された。福島県や宮城県などで重軽傷者が複数出たが、不幸中の幸いというべきか、死者が出るほどの甚大な被害には結びつかなかった。
福島県いわき市の市議会議員、佐藤和良氏はIWJの取材に、「3.11を彷彿とされる激しい揺れ」で家具がズレたり、玄関の花瓶が落ちて割れるなど、家の中は散乱したと語った。5年8ヶ月前の東日本大震災によって、今も壁に多くのひび割れが残っており、「家が潰れるかと思った」という。
▲佐藤和良・いわき市議会議員
地震発生から3分後の6時2分、いわき市沿岸部には津波警報が発せられ、大々的に避難が呼びかけられた。地元の市議として避難状況を確認して歩いた佐藤市議は、「3.11がトラウマになっているので、皆さん、避難は迅速でしたよ」と振り返る。
海に近い豊間(とよま)地区では、約100人の住民が30分もたたない間に高台への避難を完了させていたという。東日本大震災の教訓が確かに活きていることがわかる。
しかし、朝6時過ぎに津波警報が発令されてから、高台や避難所を目指す車両で沿岸部の道路は渋滞が相次いだ。午前6時半から、約1時間にわたって1キロ近い車列ができたのだ。佐藤市議いわく、出勤時間と重なったこともあって道路に車が溢れたのだという。
渋滞に巻き込まれることは危険地帯に「とどまる」ことを意味し、命の危険に直結する。22日午後2時頃、いわき市危機管理課の担当者はIWJの取材に対し、次のように話した。
「渋滞が発生したことは聞いていますが、詳細はまだ把握できていません。市としては避難時の渋滞を避けるため、一貫して『徒歩』での避難を呼びかけているのですが…」
危機管理課は渋滞で避難がままならなかった5年前を振り返り、「避難に関してはいまだ課題が残る」と認めた。
一方、佐藤市議は「徒歩による避難は現実的ではない」という見解を示す。
「避難先がよっぽど近くない限り、皆さん車を使いますよ。高台に登るのも徒歩では大変ですから。3.11の時は、置いてきた車が津波にやられた。だから車を持って逃げるわけです。あとは原発事故の経験からガソリンを入れようと、ガソリンスタンドに向かったりね。皆さん、3.11を学んでるんですよ」
それでも、渋滞が発生したら、避難どころではなくなるのも事実だ。佐藤市議も、「渋滞にはまらないように早く逃げようとするのが人間。でも、結局、渋滞にはまっちゃうんですけどね」と認めざるを得ない。
危機管理課担当者と佐藤市議の見解にはズレがあるが、「渋滞は避けがたい」という点では一致しており、いまだに完璧な避難計画など存在しないことを浮き彫りにした。宮城県石巻市でも車で高台に避難する人で一時渋滞が起きたという。
では、未曾有の東日本大震災を経験した被災県でさえ未だに避難計画に課題が残る状況で、他の自治体はどうか。
IWJは今回の地震と津波を受け、改めて原発立地県に、有事の際の避難体制が整っているのか確かめてみた。とりわけ、同じような地震の危険がある原発ということで、南海トラフ地震などが懸念されている伊方原発の対策について調べてみた。
っとも“危険な”原発のひとつ愛媛県伊方原発!県の避難計画は「非現実的で、机上の空論に等しい」
▲内閣府「伊方地域の緊急時対応(全体版)」より引用
伊方原発は、愛媛県の北、瀬戸内海に面する全長約50kmの細長い佐田岬半島の、そのつけねの部分に位置する。
日本一細長い半島といわれる佐田岬半島は、日本最大の断層・中央構造線の南縁付近に位置し、南海トラフ巨大地震の震源域上にもあり、近年、大地震や津波が懸念されるようになった。
伊方原発が「日本でもっとも危険な原発」であるとの見方もある。半島ゆえの独特の地理条件・自然条件などが避難を阻み、人と環境に甚大な被害を与えることが予測されるため、特に再稼働してはいけない原発のひとつであることは疑いようがない。しかし、今年8月12日、市民らの反対運動をよそに3号基が再稼働された。IWJは現地から抗議行動の模様を報じている。
▲福島をはじめ全国各地から集まり、抗議の声をあげる市民
また、立命館大学教授で地震学者の高橋学氏は、今年5月16日、岩上安身によるインタビューの中で、「中央構造線上の佐田岬には伊方原発があり、津波による非常用電源喪失が一番の懸念です」と語っている。
県は避難計画書を作成、避難訓練なども催して、安全性をアピールしているが、その有効性には疑問符がつく。
避難計画書はホームページ上でも閲覧することができる。広域避難計画書では、いつかの事例を想定して、具体的な避難経路などを示している。
たとえば、「放射性物質放出まで時間的猶予があり、陸路が使用可能な場合は、陸路による避難(を行う)」。
また、「放射性物質放出まで時間的猶予があり、陸路による避難が一部できないが、港湾が使用可能であり船舶が確保できる場合」「放射性物質放出まで時間的猶予があるものの、道路及び港湾等が使用できない場合」などを想定した避難計画が示されている。
一見、詳細に見えるが、「原発さよなら四国ネットワーク」の大野恭子氏らに言わせれば、「非現実的で、机上の空論に等しい」ものだという。
具体的に見てみよう。
まず原発方面へ向かう陸路の避難経路!半島のつけねに位置する伊方原発の恐怖
愛媛県広域避難計画の中にある、「ケース1」を示す上の図は、「放射性物質放出まで時間的猶予があり、陸路が使用可能な場合」を想定した避難路である。
「陸路が使用可能な場合」であるが、佐田岬半島は地のりが悪くて地すべり、土砂崩れなどが起きやすい。地震など自然災害が起きた場合、まず地元住民が懸念するのは、「地すべりなどで道路が遮断されたり橋が陥落したりしていないか」だという。
佐田岬半島では、東西に片側1車線の国道197号と、そこから派生した狭い道が通っているだけだが、県の砂防課の試算では、「伊方町には豪雨や地震で土砂災害を起こす恐れがある警戒区域が計206カ所ある」という。
さらに、「そのうち15カ所が、半島を東西につなぐ国道197号上にある」という。原発事故をともなう自然災害が起きた場合に、国道が平時と同じように通行できると考える方が不自然なのだ。
繰り返しになるが、伊方原発は佐田岬半島のつけねに位置する。
▲人工衛星から撮影した佐田岬半島とその周辺
「ケース1」は、半島の住民らが本島方向に国道を使って避難する経路だが、半島に住む市民らは、本島方向に避難する際、いわば原発の前をわざわざ横切るようにして避難しなければならないのだ。だからこそ、この「ケース1」は、「陸路が可能で」「放射線放出までに時間の余裕がある場合」という想定なのだが、果たして、どれほどの時間的余裕があるのだろうか。
この「時間の余裕」の目安は計画には示されていない。約50kmの半島の道のりを、災害時に、渋滞もなく進めるものなのだろうか。
原発周辺を横切っている間に放射性物質の放出が始まってしまえば、避難などせず、屋内待機していた方がマシだったということになりかねない。