刑事訴訟法改正案の参院審議がヤマ場をむかえようとしている。
冤罪事件を防止するどころか、さらに増やす可能性がある「取り調べの一部可視化」や盗聴法の拡大、司法取引制度の導入など、国民の人権に関わる問題を数多くふくんだこの改正案。今年は参議院が改選されるため、会期末(6月1日)までに法案が参議院で可決・成立しなければ法案は「廃案」となる。法案を成立させたい与党側は、早ければ5月19日(木)にも参院法務委員会で採決・可決させたいと目論んでいる。
2016年5月10日、参議院議員会館で、刑訴法改定案の廃案を求める市民らが「市民・法律家・刑事法研究者8団体共催 刑事訴訟法等の改悪を許さない緊急集会」を開催。講堂には約300名もの市民が集まり(主催者発表)、市民らは法案の廃案を求めて反対運動をさらに拡大すると誓った。
- 特別報告 「今市事件と部分可視化法案」 一木明氏(今市事件弁護人)
- 冤罪被害者の訴え 「自白場面だけの録画は怖い!」 青木恵子氏(東住吉再審事件被告人)、桜井昌司氏(布川事件元被告人、衆参法務委員会参考人)
- 発言予定 国会議員、宇都宮健児氏(元日弁連会長)、海渡雄一氏(盗聴法廃止ネット、社文センター)、新倉修氏(青山学院大学教授、国法協)、新崎盛吾氏(新聞労連委員長)、足立昌勝氏(関東学院大学名誉教授)、弓仲忠昭氏(自由法曹団)、ほか多数
「幻想を振りまくことで立法化されたが、この法案は冤罪防止とは無縁」司法界でもドサクサドクトリン!
今回の刑訴法改定案は、大阪地検特捜部による証拠改竄事件(郵政不正事件)を受けて設置された法制審議会「新時代の刑事司法制度特別部会」で、約3年にわたる議論を経て、取りまとめられた。
捜査機関による「自白強要」などの不正を防ぐべく、警察や検事に被疑者取り調べの可視化(録音・録画)を義務づけようとする議論からスタートしたが、取りまとめられた法案は結局、冤罪防止に役立たないどころか、盗聴法の拡大や司法取引の導入のなど、捜査機関を「焼け太り」させる内容となってしまった。政界だけでなく、司法界でもドサクサドクトリンが横行している。
法案が定める取り調べの可視化対象は、殺人罪や強盗致死傷罪、放火罪など、「裁判員裁判事件」などの対象になる事件に限られている。裁判員裁判事件は事件全体の2~3%に過ぎず、全取調べ事件で言えば0.8%程度に過ぎないといわれている。にも関わらず、日弁連が組織としてこの法案に「賛成」の意を示したこともあり、法案の問題点は広く認知されていない。
▲自由法曹団の弓仲忠昭弁護士
10日の集会で登壇した、自由法曹団の弓仲忠昭弁護士は「取り調べの可視化という幻想を振りまくことで立法化されたが、この法案は冤罪防止とは無縁。議論の過程で日弁連が賛成し、世の中の人は『日弁連が賛成しているんだからそんなに問題はないだろう』と思ってしまっている」と危機感を示した。
「日弁連がなぜ賛同しているのか、全然わからない」と宇都宮・日弁連元会長が憤る!「日弁連は冤罪被害者とともにある。そういう日弁連に立ち返ってもらいたい」
▲宇都宮健児・日弁連元会長
集会には宇都宮健児・日弁連元会長も登壇し、「部分的な可視化ではなく、全事件、そして任意の取り調べも可視化しなければ意味がないし、検察官の手持ち証拠を全面開示するようにも義務づけないといけない」と指摘。
さらに、「冤罪が生まれないような制度になっているかどうかが評価の基準だが、法案はまったく、そうはなっていない」と批判。「日弁連がなぜ賛同しているのか、私は全然わからない」と断じ、次のように語った。
「日弁連は布川事件、足利事件、袴田事件など、冤罪支援をやってきたのだから、この法案の不十分さがわかるはずだ。一番重要なのは冤罪当事者が立ち上がって、二度と冤罪被害者が生まれないようにすること。当事者の気持ちを受け止められる執行部になってほしい。日弁連は市民とともにある。冤罪被害者とともにある。そういう日弁連に立ち返ってもらいたい」
海渡弁護士「『日弁連は賛成したわけではない』という意見を死に物狂いでまとめて言ってみせろ」
▲海渡雄一弁護士
宇都宮健児氏が会長時代の日弁連で事務総長を務めていた海渡雄一弁護士も集会に登壇。「盗聴や司法取引を認めることに日弁連は同意したのか。当初は一部可視化に賛成した日弁連の弁護士たちも、『いくらなんでもそこまで認めない』と動揺していると聞いている。だったら今、言ってほしい。『日弁連は賛成したわけではない』という意見を死に物狂いでまとめて言ってみせろ」と訴えた。
日弁連が賛成に回ったのは、この法案によって、長年求め続けてきた取り調べの可視化が、初めて法律で義務づけられるからで、もし盗聴法の拡大が「通信傍受法改正案」として出されていれば反対した可能性が高い。今回は「一括法」となっているため、「可視化の義務化」を優先して妥協した、という経緯のようだ。
盗聴法の問題に長年取り組んでいる山下幸夫弁護士はIWJの取材に対し、「日弁連でも法案の内容に反対する声は多くあった。しかし最終的には理事会で、僅差で『賛成』する方針が決まってしまった」と、日弁連内部での論議の経過を明かした。
盗聴法が成立した1999年には、大きな反対運動が国会の内外で展開された。結果、法案に様々な修正が施され、捜査当局にとって「使い勝手が悪い」法案となったが、法の成立から16年経った今、「当初よりも酷い盗聴法になろうとしている」。
山下弁護士は「現在、弁護士からも日弁連会長宛に(反対に回るよう)申し入れ書が提出されているが、どうなるかはわからない」と述べた。採決日とみられる5月19日の前日18日には、法案に反対する市民らによる日弁連への抗議行動も予定されている。IWJとしては、他のメディアがほとんど顧みないこのテーマにフォーカスをあて、可能な限りお伝えし続ける。抗議活動が行われるようであれば、中継も行うし、その前に事前の告知も行う予定である。
「第2の足利事件・今市事件」のようなことがまた起こるという差し迫った不安
5月10日の集会では、「今市事件」の弁護人・一木明氏弁護士が特別報告として講演した。
※今市事件…2005年に栃木県の今市市(現・日光市)で、当時、小学1年生だった女の子が下校途中に連れ去られて殺害された事件で、警察は2014年、別の事件で逮捕起訴された栃木県鹿沼市に住む勝又拓哉氏(33歳)が事件に関わった疑いがあるとして殺人容疑で逮捕。今年4月8日、宇都宮地裁は勝又拓哉被告に対し、求刑通り無期懲役の判決を言い渡した。
しかし、様々な不明点が指摘されている。今年3月の公判では、殺害された女児の司法解剖を担当した筑波大の本田克也教授が弁護側の証人として出廷し、「遺体に付着した粘着テープに、誰のものか説明できないDNA型がある」と証言。「第2の足利事件」として冤罪を指摘する声があがっている。
▲「今市事件」の弁護人・一木明氏弁護士
冒頭、「本来、無罪の事件で有罪判決にしてしまったのは申し訳ない」と謝罪した一木弁護士は、「今の法案がこのまま可決されると、今市事件のようなことがまた起こるという差し迫った不安がある」と明かした。
犯人とされた勝又さんは台湾生まれで、小学校6年生の頃に、日本語教育も受けずに台湾人の母と今市市にやってきたという。地元の小学校に通うも授業についていけず、いじめをうけた。中学を出てホテルに就職したが、10日で退職。コンビニでのアルバイトも数ヶ月しか続かず、その後は実家で引きこもる生活を続けた。土日には母の仕事を手伝ったが、母が偽ブランド品を商品として扱っていたことから、勝又さんが商標法違反罪で逮捕されることとなった。
一木弁護士によると、商標法違反による勝又さんの逮捕は、今市事件の犯人が勝又さんであると考えた警察による別件逮捕である可能性があるという。勝又さん逮捕・勾留直後に殺人罪に関する取り調べが行われた。ここで女児の殺害を「自白」したとされているが、「商標法違反罪」による逮捕・勾留だったことから、重大事件であるにも関わらず取り調べの録音・録画は行われておらず、「自白シーン」は証拠として残っていない。勝又さんは公判で、自白について「警察が強要した」と述べ、容疑を否定している。
一木弁護士は、「ずっと進展がなかった事件の容疑者に対する一回目の取り調べの重要性は理解できているはずだ」と警察による恣意的な“部分可視化”を疑問視する。
「警察は録画されていない取り調べの中で、『このままだと死刑になるぞ。自白すれば20年で済むぞ』と利益誘導を行う。本人は動揺してやっていないのに『自白』するが、録画はその後に行われる」と指摘し、「違法で不当な捜査を監視するための法案が、『自白が正しい』ということを証明することに使われてしまう」と懸念を示した。
共産党・清水議員「法案が採決されるとすれば5月19日。絶対に採決させていけない」
▲日本共産党の清水忠史議員
集会後、IWJのインタビューにこたえた日本共産党の清水忠史議員(衆議院法務委員会委員)は、「刑訴法改定案は警察権力、検察の捜査権限を拡大する非常に危険なものだ。可視化は全過程をやって初めて効力を発する。今のままでは、新たな冤罪を生み出すだけだ」と批判した。
さらに、「現時点の盗聴法でさえ、憲法21条(検閲の禁止、通信の秘密)に違反する。今回の法案で盗聴法が拡大すれば、窃盗や万引きなどでも盗聴捜査ができる、盗聴天国になってしまう」と懸念を示した。清水議員は、「盗聴大国」といわれるイタリアでローマ検察庁を視察し、その問題点を報告している。
「熊本大地震でも『緊急事態条項が必要だ』という官僚がいた。三権分立の破壊行為は進んでいて、自分たちに都合の悪いことは秘密保護法で隠し、知りたいことはマイナンバー法や盗聴で知ろうとする」
清水議員は、「法案が採決されるとすれば、5月19日(木)は(刑訴法改定案が審議される)法務委員会の定例日なので、ひとつのポイントとなる。これを過ぎると、会期末との日程調整があるので難しくなってくる。この日、絶対に採決させていけない」と訴えた。