「少女の時に体験した戦争の恐怖がフラッシュバックしてきた」――。
こう話すのは子どもの権利のための国連NGO(DCI)日本支部副代表で臨床心理学・教育学者の横湯園子氏(75)。特定秘密保護法の成立、集団的自衛権行使容認の閣議決定を経て、自ら経験した戦争の恐怖が蘇ってきたという。
「戦争法案」の成立が危ぶまれている今、日本が再び戦争をする国にならないためには、「まず女性が立ち上がることではないか」と、女性による「国会ヒューマンチェーン」への思いを語った。
2015年1月、安倍政権による集団的自衛権の行使容認に対する抗議行動が行われ、コートや帽子、マフラーなど赤い衣類を身につけた女性たち約7000人が国会を包囲した。
今回再び「女の平和6.20国会ヒューマンチェーン」を行い、安倍政権が今国会中に成立を目指す「戦争法案」に反対の声を上げようと、呼びかけ人による記者会見が6月4日に参議院会館で行われた。
会見には、横湯氏のほか、弁護士の杉浦ひとみ氏、作家で活動家の雨宮処凛氏、明日の自由を守る若手弁護士の会共同代表の黒澤いつき氏、詩人の浅見洋子氏、そして作詞家で音楽評論家の湯川れい子氏が出席した。
「怒りの赤、平和への情熱の赤で国会を取り囲もう」というかけ声の下、前回を超える人々が集まるようにと呼びかけた。
「焼死体の中、母親を探して歩く少年の姿が今でも目に浮かぶ」――フラッシュバックする戦争の恐怖
女性が赤いものを身につけて抗議を行う。これは、女性の地位向上を訴えたアイスランドの「レッド・ストッキング運動」(※)から着想を得たと、横湯氏は説明する。
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(※)レッド・ストッキング運動:
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1975年、アイスランドの女性たちの90%がレッド・ストッキングを身につけて古い因習を破ろうとして立ち上がり、大統領府前の中央広場を埋め尽くすという歴史的な大集会があった。この運動は、その後の80年に民選による初の女性大統領(ビィグディス)の誕生へと繋がる。86年には同大統領の主宰により、レーガン大統領とゴルバチョフ首相の直接平和会談が首都レイキャビークでもたれ、これが冷戦終結の始まりと言われている。
横湯氏は、忘れることができないという自らの戦争体験を語った。
「私の父は太平洋戦争の時に、労働運動に関わり戦争に反対した人間。治安維持法で何回か逮捕され、獄中で肺結核、腸結核を含めて7箇所の結核に冒されて仮保釈。その後しばらくして亡くなった。父は29歳、私は1歳1カ月の時だった。
母は活動家ではなかったが、思想犯の未亡人として職を追われた。自家は没落し、父が死亡したことによって婚家を追い出されてしまう。母は私を抱えて、職もなく60数回家を変えたそうだ。
沼津大空襲(1945年7月17日)で98%以上焼け野原になる。私は生き延びるが、累々とした焼死体の並んでいるあの光景を忘れることができない。焼死体の中、母親を探して歩く少年の姿が今でも目に浮かぶ。
終戦になったからといって、日本は即幸せになったわけではない。食べるものがなかった。食料難の中で飢えて栄養失調になっていく。母は死ぬ直前で、女学校時代の人達に助けられて生き延びた」
横湯氏は、「このようなことを私たちは二度と経験したくない。日本人か経験したくないというだけでなく、他国にそのようなことをしてはいけないと思う。再び戦争をさせない。日本だけでなく地球を守りたいと思い、この年令をおしてでも、頑張り抜かなければいけない」と語り、6月20日の国会ヒューマンチェーン開催に込めた思いを語った。
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