「客観的な歴史の検証本にとどめるべきか、今の日本の政治情勢と関連させる書き方にすべきか。そこで迷った」──。
2015年5月29日、東京都内の書店で行われた『日米開戦の正体』(祥伝社)刊行記念の講演で、著者の孫崎享氏(元外務省国際情報局長)は執筆前の心境を、こう振り返った。
「今の日本では、安倍政権を支持する国民の声に勢いがあるので、後者を選べば、かなりの読者層を失うとも思ったが」と孫崎氏は語り、今後の日本のあり方を考えるために歴史を学ぶという自身の信条に従った結果、この本が生まれたと説明した。
その上で、原発再稼働、憲法改正、集団的自衛権行使、TPP(環太平洋経済連携協定)が、まるで時代の要請であるかのように叫ばれている今の日本には、日米開戦前夜の日本と重なる部分が多々ある、と訴えた。
日本はなぜ、勝てる見込みのない日米開戦を仕掛けたのか。これを解き明かしているのが同書で、この日の講演でも、「第二次世界大戦へと突き進む日本において、戦争回避につながる局面がいくつかあった」との持論が展開された。
「安重根による伊藤博文暗殺」も、そのひとつに位置づけられている。孫崎氏は、日露戦争後の軍部の暴走に歯止めをかけられる伊藤博文を失ったことが、勝ち目のない日米開戦へと日本を向かわせる遠因になった、との見解を示した。
- 講演 孫崎享氏(元ウズベキスタン・イラン大使、元外務省国際情報局長、元防衛大学校教授)
- 日時 2015年5月29日(金)19:00~
- 場所 八重洲ブックセンター本店(東京都中央区)
- 主催 八重洲ブックセンター(詳細)
われわれは、なぜ「歴史」を学ぶのか
「歴史の専門家ではない私の意識と、歴史学者の人たちの意識とでは、かなり開きがあると思う」。開口一番、孫崎氏はこのように発言した。その意識とは、歴史を学ぶ意義をどう捉えているか、である。
「日本の歴史学者の多くは、あくまでも事実を検証することが自分たちの役割である、という立場だろう。しかし、米国の歴史学者の言葉を借りれば、『歴史は、人間や社会がどう動くかを知る材料の宝庫。人間の行動は実験できるものではなく、歴史こそが実験室だ』となる。また、1915年に外務大臣に就任した石井菊次郎氏は、『歴史は外交の指南書だ』と指摘している」
こう続けた孫崎氏は、今の政治や世相を読み解く有力な手がかりを得るために、さらには、今後の日本のあり方を考えるために、歴史を学ぶのだと口調を強める。上梓した『日米開戦の正体』は、自身のそういった信条が色濃く反映されているとし、次のように話した。
「現在、原発の再稼働、憲法改正、TPPなどが、まるで時代の要請であるかのように叫ばれている。そして、集団的自衛権行使を可能にする動きが強まっており、日米開戦の前夜のように、今の日本は向かってはいけない方向へと向かっている。しかし、そんな中で、天皇陛下は明確に警告を発している」
これは、2013年12月23日の今上天皇80歳の誕生日に発表された「お言葉」を指している。孫崎氏はそのスピーチの重要な部分を、「戦後、連合国軍の占領下にあった日本は、平和と民主主義を、守るべき大切なものとして、日本国憲法を作り、」と読み上げた。
もの言わぬメディアと天皇陛下の「警告」
今上天皇の「お言葉」の、この重要部分をNHKは伝えなかった、と孫崎氏は怒りをにじませる。このNHKの対応については、当時も「改憲への地ならしではないか」との非難の声が多方面から上がっていた。
日本を第二次世界大戦へと突き動かした大きな要因には、やはりメディアの「ていたらく」がある、と指摘する孫崎氏は、今再び、日本のマスコミが危うい状態になっていると警鐘を鳴らす。
「そういう中で、すべての日本人に言葉が届く存在である天皇陛下が、(メディアの本来の役割を代行するかのごとく)あのようなスピーチを行ったことは、実に意味がある」
さらに、今上天皇は2015年の新年にあたって、「この機会に、満州事変に始まるこの戦争の歴史を十分に学び、今後の日本のあり方を考えていくことが、今、極めて大切なことだと思っています」という感想を述べていることも、孫崎氏はひときわ口調を強めて紹介した。
「日米開戦の前夜のように、今の日本は向かってはいけない方向へと向かっている」――孫崎享氏、『日米開戦の正体』刊行記念講演で戦争に突き進んだ原因を徹底解説 http://iwj.co.jp/wj/open/archives/247179 … @iwakamiyasumi
歴史を学ぶのは、今後の日本のあり方を考えるため。
https://twitter.com/55kurosuke/status/606547665862561792