「生命の源、水を営利企業にゆだねてええの?」──。このような副題が付いた緊急集会が、大阪市内で行われた。
2014年5月17日、大阪市中央区のエル・おおさかで開かれた「緊急学習会 大阪市水道事業民営化を考える 〜5/30締切パブリックコメントに向けて〜」では、大阪市が2015年度からの実施をめざす水道事業の民営化で、市民からの意見募集制度(パブリックコメント、以下パブコメ)が実行されていることを受け、水政策研究所理事長の中村寿夫氏と、前大阪市長で公共政策ラボ代表の平松邦夫氏がレクチャーを担当。橋下徹大阪市長が掲げている「水道民営化」構想の問題点を平易に語り、会場に集まった市民らにパブコメの活用を促した。
中村氏は「4月9日に大阪市の戦略会議が発表した、民営化の基本方針案の内容については、まだ、市議会で議論されていない」と指摘しつつ、期限が5月30日とされるパブコメの活用意義を説いた。「この件でのパブコメ募集は、今回の1回限りになるようだ。市民から吸い上げられた多くの意見が重視される形で、市議会で議論が重ねられることが望まれる」。
なお、このパブコメの送り先は大阪市水道局だが、大阪市民でなくても意見を寄せることができるという。
「水道事業の民営化に向けて、大阪市がパブコメを実施中であることを知っているか」。最初にマイクを握った中村氏は、客席に向かってこう質問した。そして、上がった手の数を目視で確認すると、「こういう集会に足を運ぶ皆さんをもってしても、多いとは言い難い水準だ」と述べ、ひとりでも多くの大阪市民がパブコメを活用できるよう、これから大阪市の水道事業について解説する、と話し始めた。
中村氏はまず、大阪市の水道事業を、「給水開始は1895年のこと」「今の給水人口は夜間は約268万人、昼間は約360万人」「2000年3月からは、市内全域で高度浄水処理水の供給を行っている」などと、発展の歴史と質の向上の視点から話した。
ただし、「大阪市の水需要は、1973年夏の異常渇水と石油ショックを契機に減少基調へと転じ、現在は、公称の供給能力の半分程度しか生かされていない」とも語り、「大阪市の水需要は、今後も人口減を主たる要因にしながら、縮小傾向をたどると予測される」とした。
- 講演 中村寿夫氏(水政策研究所理事長)/平松邦夫氏(公共政策ラボ代表、前大阪市長)
- パネルディスカッション/質疑応答
- 日時 2014年5月17日(土)18:30~
- 場所 エル・おおさか(大阪府大阪市)
- 主催 水政策研究所/大阪水道民営化を考える会
上下分離方式で行う民営化
水需要の縮小を受け、大阪市の水道事業の給水収益は減り続けている。中村氏は、市水道局が抱える企業債の残高が約2300億円に膨らんでいることを指摘。「市の水道事業を取り巻く環境は、非常に厳しいものである」としつつも、「2012年度の決算は、リストラ(人件費削減)が奏功し、最終的には103億円の黒字を達成している」と強調した。ただし、今後については、「震災対策を含むインフラの更新を進めていかねばならず、そのための費用負担が発生するため、経営環境は手厳しいものになる」と話した。
大阪市は、こうした事情を背景にした「経営合理化」の急務性が、水道民営化の最大の理由だと強調しており、抜本的な経営改革では「民営化」が最も威力を発揮する、との立場に立っている。
市の戦略会議は、昨年11月に、水道民営化の検討素案を発表済み。そこでは、インフラは市が持ち、運営は民間が担う「上下分離方式」を採用することで、当該する民間会社が経営破綻した場合の事業継続性という「公益性」を確保する、と謳われている。しかし、中村氏は「素案には、経営改革は『民間企業』でなければ不可能、と決めつけている記述が目立つ」と顔をしかめた。
また、素案では、当初は市が100%出資するが、5年目以降を目処に民間の出資を受け入れるとされており、中村氏は「外資が出資に名乗りを上げる可能性があり、これで、日本政府が環太平洋経済連携協定(TPP)交渉で妥結に至れば、その内容次第では、日本の水道事業が海外の水道会社の食い物にされる恐れも出てくる」と指摘。昨年11月の市議会の交通水道委員会では、提出された素案に対し、維新の会を除く会派からは「水道事業は、自治体経営が原則である」「海外先進諸国では、水道は再公営化されている」といった否定的な発言が相次いだことを報告した。
「橋下さんに裏切られた」
大阪市の水道事業民営化には、ある意味で前段的ともいえる動きがあった。大阪府の水道事業を手掛けてきた大阪広域水道企業団との間で検討された「事業統合」への動きがそれだ。
しかし、最終的には昨年5月、「水道料金の値上げにつながる恐れがあるなど、市民にメリットがない」という市議会の判断により、統合協議は中止されている。
統合の話が持ち上がった当時、大阪府知事だった橋下徹氏を相手に、大阪市長としてこの件で協議を重ねたのが、次なる登壇者の平松氏である。
平松氏は「私が市長になる前の大阪市の水は(水源の悪さが響き)非常にまずかった。それが、2000年3月の高度浄化処理システムの導入によって、美味しい水を安く供給できる体制が実現した。ISO22000という国際認証を公営の事業組織で初めて取得した」とし、その良質の水道事業を、大阪府全体に広めない手はないとの着想から生まれた話が、市水道事業の「広域化」の話だったと強調した。
平松氏は、2009年9月に橋下府知事と平松市長の連名で、大阪の市町村へ配水している府の水道事業を、市が受託するコンセッション方式への移行で合意したことを示す覚書を取り交わしたことに触れ、「その後、橋下さんからは一切連絡が入ってこなくなった」と当時を振り返った。「私としては、大阪市以外の42市町村の首長を、橋下さんと一緒に訪ね歩き、大阪市の水道事業を広める意義を啓蒙するつもりでいたが、そうならなかった」。
平松氏は、橋下氏は府知事として統合の話をまとめようとしたものの、市町村から得られる手ごたえが今一歩だったため、「大阪市には信用力がない」とのメディアを通じた発言で、市への責任転嫁を図ったとみている。「私は今でも、橋下さんに裏切られたと思っている」。
市の事業経営力は本当に劣るのか
そして平松氏は、水道事業は代替不可能なライフラインである、と強く訴え、そういう分野には「民営化」という手法は馴染まないとの認識を改めて表明した。「大災害時のライフラインの復旧という部分でも、公営は国からの支援が得られるが、民営の場合は、必ずしもそれが実現するわけではない」。上下分離方式というやり方についても、「インフラの部分を、いつまでも市が保有し続ける保障はない」と指摘した。
会場に訪れた一般市民からの「民営化されても、市が51%以上の株式を保有すれば、市民や市長の意見が経営に反映されるのではないか」との意見に、平松氏は「その通りだ」と同意を示しつつも、「市が発表した素案などには、そのことに関する記述が一切ない」とし、「(民営化が避けられないのなら)何としてでも、市に51%以上の株式を持たせねばならない」と力説。「市民は、上下分離方式が示されたことに安心してはならない。市による51%以上の株式保有も、見落とせない重要項目である」と付言した。
「中村さんの指摘にもあるとおり、大阪市の水道事業は縮小傾向にあるが、2012年度で103億円の利益を上げている」とした平松氏は、少なくとも現時点で大阪市の水道事業には、「公営だから経営手腕が劣る、との見方は当該しない」と言明。約2300億円にまで積み上がった長期債務については、「これは(個人や民間企業の借金とは異なり)長い歳月をかけて返済していけばいい性格のものだ」とした。
「水道民営化」は大阪固有の問題にあらず
その後、麻生太郎副総理が昨年4月、米国での講演で、日本の水道事業の民営について発言したことに話が及ぶと、平松氏は「市民の暮らしを近くで見ている各地方自治体の首長らは、『それをやられたら、市民の暮らしを担保できない』というぐらいのことを、麻生氏に言っていいと思う」と力を込めた。「今の私は、前市長という立場上、市の水道事業の内実がどうなっているかについては、詳しいことはわからない。だが、市民にとって大事なものは守らねばならない」。
司会者が「大阪市の水道民営化は、広く日本国民に関心を持ってもらいたいテーマだと思える」と水を向けると、平松氏は「政府は、手始めに大阪市で水道民営化の『実験』を行うつもりなのだろう」と発言。大阪市の水道事業で政府が成果を実感したら、ほかの自治体にも順次「民営化」が適用される、というのが平松氏の見立てである。
そして、「(5月30日が締め切りの)パブコメで、市民の意見がどれだけ集まるかは未知数だが、さすがに今回は、それをゴミ箱に捨てるような真似はしないだろう」と述べた平松氏は、「幸いなことに、今の大阪市議会では大阪維新の会が過半数に届いていない」と言葉を重ね、市民を守ろうという気概を持っている議員らが、どれだけ頑張れるかに、大阪市の水道事業の未来はかかっている──との見解を示した。