2022年7月13日、福島第一原発事故をめぐる東電株主代表訴訟で、東京地裁は被告である東京電力元役員4人の責任を認め、13兆3210億円の支払いを命じた。これに対して双方が控訴した。
控訴審を前にした2023年3月10日、東京都千代田区の衆議院第二議員会館で、原告らによる集会が開催され、原告弁護団の海渡雄一弁護士と甫守一樹弁護士による講演が行われた。
東電株主代表訴訟とは、福島第一原発事故が起きたのは東京電力が必要な津波対策を怠ったからだとして、株主が会社に代わって元役員5人の個人的な過失責任を追及し、会社への損害賠償の支払いを求めた民事訴訟である。
2012年3月5日に提訴され、被告は事故当時東電役員だった、勝俣恒久元会長、清水正孝元社長、武藤栄元副社長、武黒一郎元副社長、小森明生元常務の5人。2022年7月13日の東京地裁判決で朝倉佳秀裁判長は、小森氏を除く4人の責任を認め、連帯して東電へ損害賠償を支払うよう命じた。
原告側の資料によると、2002年7月に政府の地震調査研究推進本部(推本)は、三陸沖から房総沖の日本海溝沿いでマグニチュード8クラスの地震が起き得るとの長期評価を公表した。東電は2008年1月に、この推本の長期評価にもとづいた津波の高さの計算を、子会社である東電設計に発注した。
東電設計は2008年3月に、福島第一原発の敷地に最大15.7mの津波が到達するとの計算結果を東電に納入した。東電の設備管理部は2008年6月に、この津波の高さに対する対策工事の概要を武藤氏に報告した。
しかし、武藤氏は2008年7月に、時間をかけて土木学会に津波の検討を依頼するという方針を示し、その間対策を実施しない方針を指示した。
こうして、津波対策が実施されないまま、2011年3月11日の東日本大震災で、福島第一原発は津波に襲われ、全電源が喪失し、原発事故が発生した。
裁判で認定された、東電元役員の任務懈怠(にんむけたい:過酷事故が起こるおそれを認識していながら必要な措置を講じなかったこと)について、海渡雄一弁護士は、判決要旨から次のような一節を紹介し、「原子力ムラの悪事を暴いてくれた」と評価した。
「本件の経緯をつぶさに見ると、東京電力においては、本件事故前、(中略)ほぼ一貫して、規制当局である保安院等との関係で、自らが得ている情報を明らかにすることなく(中略)いかにできるだけ現状維持できるか、そのために、有識者の意見のうち都合の良い部分をいかにして利用し、また、都合の悪い部分をいかにして無視ないし顕在化しないようにするかということに腐心してきたことが浮き彫りとなる」(判決要旨31頁、32頁)
海渡弁護士は「7月13日の株主代表訴訟の東京地裁判決によって、福島原発事故は東電役員による安全意識、責任感が根本的に欠如していた、そのために起きたということがはっきりわかった」と指摘し、「我々は東電や国の責任を否定する、被害を否定する、こういうきわめて悪辣な工作が行われている中で、それと戦う決定的に重要な武器を手にしたと言えるんじゃないか」と強調した。
他方で、この株主代表訴訟と同じ証拠を用いているにもかかわらず、勝俣氏、武藤氏、武黒氏の3人の東電元役員に対する刑事裁判では、2023年1月18日、東京高裁が無罪判決を言い渡した。この刑事訴訟は、指定弁護士が上告している。
こうした一連の裁判について、海渡弁護士は、次のように語った。
「とても重要なことは、最高裁で(3対1で国の責任を認めなかった判決で、反対意見を書いた三浦守裁判官の)三浦意見というのは、一人で書いたものでは絶対ないです。あれは、最高裁の調査官と三浦さんとの合作だと思うんです。ということは、最高裁の事務方に、『国の責任を認めるべきだ』という意見がある。
そして、多数意見を構成した3人の裁判官は、みんな大手の法律事務所に関連している。菅野博之裁判長はもともと生え抜きの裁判官ですけど、彼はこの事件が終わった直後に、長島・大野・常松法律事務所というところに顧問として入っているんです。長島・大野っていうのは、東電の株主代表訴訟の補助参加人・東京電力の代理人の事務所です。去年の最高裁の判決の裁判長は、あの判決を手土産にして、株主代表訴訟で東京電力の代理人をやっている事務所に天下ったわけですよ。それを許していいのかなと、僕は思っているのです。
それで、ということは、東電の事件も最高裁で見直される可能性が十分あると思うんです。最高裁の中に我々の味方がいると思っています」
その上で海渡弁護士は、「被害などなかった」「避難するのが間違いだった」という東電側の主張について、東電、その(元)役員個人を含めて、国の明確な過失責任を司法的に確定すること、さらに放射線被害の存在を「子ども甲状腺がん訴訟」など司法の場で確定させていくことを通じてこうしたとんでもない主張の根拠をなくしていくことが重要だと訴えた。