東シナ海ガス田開発と南沙諸島埋め立て問題「日中間の摩擦は外交で解決すべし」――「中国脅威論」を煽り安保法制を進める安倍政権の狙いとは~岩上安身によるインタビュー 第564回 ゲスト 矢吹晋氏 2015.7.29

記事公開日:2015.7.30取材地: テキスト動画独自
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(IWJテキストスタッフ関根寛二、IWJ平山茂樹)

※8月22日テキストを追加しました!

 「中国を仮想敵国にする安保法制は、とんでもない時代錯誤だ」――。

 参議院で審議が安全保障関連法案。この安保法案をなんとしても今国会で通したい政府・与党は、軍事力・経済力ともに急成長を遂げている中国の脅威を強調し、法案の必要性を訴えている。

 その一環として政府が示したのが、東シナ海で中国がガス田を開発しているとされる証拠写真だ。2008年に日中両政府で発表した共同開発の基本合意を中国が反故にして一方的に資源開発を進めたことや、ガス田開発に使う海洋プラットフォームが軍事拠点として活用される恐れがあることから、政府は公表に踏み切ったという。

 『チャイメリカ~米中結託と日本の進路』『尖閣問題の核心~日中関係はどうなる』などの著書があり、中国の事情に詳しい横浜市立大学名誉教授の矢吹晋氏は、「日本は冷静に交渉しなくてはならない」と日本側の対応に釘を刺す。

 そもそも、日中関係が現在のように冷え込んだ原因には、尖閣諸島の領有権をめぐる日中間の対立がある。2012年4月16日、当時東京都知事だった石原慎太郎氏が米国の保守系シンクタンク「ヘリテージ財団」で東京都による尖閣諸島の購入を表明した後、当時の民主党・野田佳彦政権が国有化に踏み切ったことで、中国の対日感情は急激に悪化してしまった。

 日中間による尖閣諸島の領有権をめぐる対立に関して、米国は「特定の立場は取らない」という姿勢を維持している。これは、米国の世界戦略「オフショア・バランシング戦略」の一環であるとされる。「オフショア・バランシング」とは、自らは外側に引きながら二国を対立させることで、漁夫の利を得るという戦略のことだ。自衛隊の海幹校論文や外務省が刊行する雑誌『外交』では、この「オフショア・バランシング戦略」が正面切って議論されている。

 日本は今後、中国に対してどのように接していけばよいのか。そして、米国の世界戦略とはいかなるものか。7月29日、岩上安身が矢吹氏に話を聞いた。

■イントロ

  • 日時 2015年7月29日(水) 17:00~
  • 場所 IWJ事務所(東京都港区)

中国の危険性を煽り、安保法案を無理やり通そうとしている安倍政権

岩上安身(以下、岩上)「矢吹先生には前回も、中国を巡る諸問題をお話いただきましたが、今また、安保法案の審議で中国の脅威が強調されています。今日は、まず、東シナ海のガス田開発や南シナ海の問題からうかがいたいと思います」

矢吹晋氏(以下、矢吹・敬称略)「今の国会は不愉快ですね。中国を仮想敵国にする安保法制は、とんでもない時代錯誤です。私は1991年12月にソ連が解体した時、ソ連を対象に作った日米安保は不要になったと考えています。

 だが、日本は安保族に飯を食わせるため、北朝鮮の核実験や台湾海峡の危機を煽りました。逆にドイツは、東西統一して戦後の問題を解決しました。しかし日本は、北朝鮮との国交正常化もできず、韓国、中国を仮想敵国にして安保の必要性を主張しています」

岩上「日本は周辺国とうまくやれず、アメリカに依存する病的な状態です」

矢吹「今のアメリカは借金だらけで弱体化しました。また、IMFや世界銀行も途上国の需要に応えていません。世界経済の一部を支配しているだけです」

岩上「リーマンショック後の世界を支えたのは、G20の成長力でした。現在の米国や日本の実体経済はバブルです。それを戦争でチャラにしようとすれば、悲惨な結末しかありません。今、議論している安保法制は非常に愚かしいものです。

 安倍総理は参議院の安保法制の審議で、あえて中国を名指し、南シナ海の埋立てと東シナ海のガス田を批判しました。そのガス田の写真公表について、『安保法案の必要性を訴えるためか』と問われた菅官房長官は、これを否定しませんでした。

 発端は、7月6日の産経新聞です。櫻井よしこ氏が『中国、ガス田開発を急加速、12基新設し軍事転用が可能』と煽りました。しかし、プラットホームがあるのは中国側の海域です。軍事転用説も、軍事的知識がまったくない指摘でした」

矢吹「狭い海域では、お互いの200海里が重なるので中を取るのが常識です。そもそも200カイリは南米諸国が漁場確保のために主張した距離で、先進国は軍艦の砲弾が届く距離の3海里を主張していました。

 国連で200海里が決まると、次に地下資源を目当てに大陸棚という概念や350海里まで延長可能という話が出てきました。中国は東シナ海でそれを主張しています。日本は冷静に交渉をしなくてはいけないが、できていないのが現状です」

岩上「政府と産経新聞の連携プレーは続き、中谷防衛大臣が海洋プラットホームに中国がレーダーを配備する可能性に言及すると、櫻井氏は再び、『そこに弾道ミサイルが設置されれば沖縄や南西諸島が射程に入る』と、また煽るのです」

矢吹「(爆笑して)元々、中国のミサイルはアメリカまで届くんですよ。当然、沖縄にも届くから米軍はグアムに移るんです。防衛大臣まで何を言っているんでしょう」

岩上「ここまで嘘を書いたら、もうジャーナリズムではないですよね。さらに自民党は中国の脅威を強調するため、閣議で了承されていた防衛白書を書き換えさせていました。国防部会で佐藤正久部会長がねじ込んだのです」

矢吹「防衛白書のガイド冊子も煽動的でひどい表現をしていますよ」

岩上「こんな調子で憲法違反の法律が通ってしまいかねない。日本は大変な岐路に立っています。そして、中国の反発と米国の傍観。中国は『開発は正当かつ合法』と主張し、ガス田共同開発は日本のせいで中断された、と反論しました」

矢吹「中国は海域の中間線を認めていない立場で、これからきちんと交渉しようということなのに、日本は中間線が決まった前提でものを言っている。これがおかしい。2010年、尖閣で中国船船長逮捕。2012年、野田総理の尖閣国有化発言。この2つが今の日中関係の緊張を生み出した。明らかに日本が挑発した。きっかけを作ったのは当時の石原都知事。アメリカの手先そのものですね」

官邸により骨抜きにされている日本のメディア

岩上「石原都知事に『尖閣を買う』と言わせたヘリテージ財団のクリングナー氏は、『日本の対中ナショナリズムは、アメリカにとって絶好の政治的チャンス』というレポートを出しました。漁父の利を得られる、ということです。

 米国は、『特定の立場はとらない』と常に傍観します。だが、日本のマスメディアは米国が日本の味方のように報道するから、国民は信じてしまう。オバマ大統領が安倍首相に『Take no position』と言っているのに」

矢吹「官邸は不都合な部分は翻訳しません。原文を読むと確かにそう言っています。以前、ヒラリー・クリントンがサービスで日本贔屓の発言をした時も、あとから米国務省が『傍観者の立場は変わらない』と訂正しました」

岩上「日本政府は、メディアの情報操作とアメリカの虎の威を借りて、反中感情を高めて威丈高になっていきます。その延長線上に集団的自衛権の武力行使があるのだと思います。そのような中でAP通信は、安保法制の正当化のため、中国の脅威を強調した、と喝破しました。

 ブルームバーグは『安倍政権は安保法制の必要性を信じ込ませるため公衆の不安を生じさせる』とのジェフリー・キングストン教授のコメントを掲載しました。公衆の不安を駆り立てるのは、ナチスのプロパガンダの手法そのものです。

 ナチスのヘルマン・ゲーリングは、『国民を戦争に参加させるのは簡単だ。攻撃されつつあると言い、平和主義者を愛国心に欠けていると非難し、国を危険にさらしていると主張する以外、何もする必要がない』と言っています。これは、今の日本そのものではないでしょうか」

矢吹「日本のマスメディアは、幹部が安倍総理と食事をして骨抜きにされ、NHKは会長があんな状態です。海外メディアは『日本のマスメディアは大政翼賛会になった』と見ています。NHKは、人民日報と変わりません」

岩上「国際法が専門の高山佳奈子京都大教授は、安倍首相と大手マスコミ幹部の会食は贈収賄にあたり、刑事罰の対象になる可能性を示唆しました」

東シナ海における日本側の主張~大陸棚の自然延長は認めない

岩上「では、ここから『東シナ海における資源開発に関する我が国の法的立場』についてお聞きします」

矢吹「これは胡錦濤前国家主席と福田康夫元首相との会談後、外務省が説明したもので、『重なりあう領域は中間線をもって画定することが公平な解決』としました。ただ、中国は大陸棚の自然延長を踏まえ、沖縄トラフまでを主張しています」

岩上「日本の主張は、過去の国際法の判例から400海里未満に水域が隣り合う国同士に大陸棚の自然延長は認めないというもの。また、沖縄トラフの海底地形に法的な意味はない。近いからこそ揉め事が起こる。早く解決すべきです。

 日本は、中間線がまだ決まっていないから、権限を放棄したわけではなく、200海里までの排他的経済水域および大陸棚の権限を有していると主張する。お互い様だと。だが、どこかで折り合いをつけなくてはなりません。

 2008年6月18日、『日中間の東シナ海における共同開発についての了解』を決めて、二国間合意の締結までこぎ着けた。ここで自民党の支持率が下がって麻生政権になり、その後、民主党政権になって漁船事件が起こりました。白樺油ガス田開発ついての了解(2008年6月18日)では、日本法人が共同開発に参加するとしました」

矢吹「ここが中間線に一番近く象徴的な場所なんです。つまり、中国も事実上は中間線を認めているということ」

岩上「今、この中間線で落ち着けるいいチャンス。尖閣を実効支配しているのは日本だから、棚上げに戻せばいいのです。日本政府は『棚上げはない』と嘘を言い続けていたが、サッチャーの公文書が出てからは何も言わなくなりました」

南沙諸島問題の原点とは~1952年の日華平和条約の際に日本が領有権を放棄

岩上「南シナ海の領域問題ですが、これはフィリピン、ベトナムなども絡んで複雑です」

矢吹「南沙諸島(Spratly Islands)は環礁地帯で船は通れません。中国は全域とは主張していないのに、防衛省が『中国が全部取る』と煽っているのです」

岩上「中国がマラッカ海峡を封鎖して日本を通れなくする、と懸念する声もあります」

矢吹「マラッカ海峡を通る貨物の6割は中国が占めますが、国際海峡はコモンズ(国際公共財)なので一国が支配することはあり得ません」

岩上「それでも心配、というメールが来ています。あるブログ記事に『集団的自衛権の行使容認を急ぐのは、中国を牽制するため』と書いていた、と。はい、確かに急いでいますよ。でも、それはアメリカに急かされているからです。

 また、『南沙諸島では空港建設など中国の侵略が急ピッチ。東南アジアが助けを求めている。中国に実効支配されたら国家存立の危機になる』と。これ、南シナ海が北京の湖になるという、安倍首相のセキュリティ・ダイヤモンド構想ですね。

 さらに、『中国はマラッカ海峡も領海だと主張し始めた。安倍首相はホルムズ海峡の例を、マラッカ海峡の当て馬として挙げた。新華社は、安保法案の強行採決は戦後体制からの脱却と対中国の抑止力強化と主張』というもの。

 私は『基本的には外交で解決すべきこと。南シナ海の問題は当事国が話し合いを重ねています。また、平時での公海侵犯はあり得ない。中国=悪という刷り込みで妄想を膨らませた記事だと思います』と返信しました」

矢吹「まず、昭和13年(1938年)に近衛文麿首相が新南群島(南沙諸島)を日本の領土と決めます。防衛省の年表は1950年代のフランス撤退から始まっていますが、これはミスリーディングです。かつて日本の領土だったことを無視しています。

 ここはリン鉱石が採れるので、昭和13年より以前から日本が開発していました。ただ、日本は対外的に領土の宣言をしないから、1929年の世界恐慌で一時撤退した隙にフランスに横取りされ、その後に取り戻したという経緯があります。

 問題は、日本が台湾総督府の延長で南沙諸島を支配していたこと。1952年、台湾の蒋介石と日華平和条約を交わし、第2条で西沙群島、南沙群島を放棄した。その後、これらはどこに帰属したのか。

 日本が放棄しただけで、誰のものになるかは言わなかったが、中華民国(台湾)は自国に帰属したと理解し、井戸のある最大の太平島を押さえて、あとの無人島は放っておいた。その原点を踏まえないといけません。

 1938年の時点で、日本は13の島に命名。そこの海域が浅いため、船が座礁しないように注意を促すためだった。日本が放棄したあとは、太平島は台湾、残り12の島はフィリピンが6つ、ベトナムが6つ、実効支配しました。

 1974年1月、中国は崩壊寸前の南ベトナムと交戦、西沙諸島全体を実効支配しました。1971年のニクソン訪中は、北ベトナム支援をした毛沢東封じとされ、北ベトナムは中国が裏切ったと見て、1979年の中越戦争に発展しました。

 1982年に海洋法ができて、新領海基線と排他的経済水域が定められる。1985年、ユネスコ全球海面水位観測システムをスタート。中国は観測所5ヵ所を引き受け、西沙と南沙に設置。海軍を派遣し、ベトナムと銃撃戦になりました。

 中国はこれに勝利して、6ヵ所の岩礁を押さえ、のちに埋め立てて島にした。南沙諸島の中国の実効支配は7島に。そして1995年、フィリピンがミスチーフ礁に中国の建造物を発見し、1992年の南シナ海宣言に反すると抗議しました。

 中国は、軍事施設ではなく漁民保護の施設だと釈明しましたが、フィリピンは中国漁民を投獄しています。1999年までに、中国はミスチーフ礁に鉄筋コンクリートの建造物を4つ建設し、江湖級護衛艦で防衛しています。

 しかし、これが最後の中国の侵攻です。6つの島をベトナムから、1つをフィリピンから取りました。しかし、他にもたくさんある島は、フィリピン、ベトナムが持っていて、中国が全体支配をしているわけではありません」

南沙諸島における中国の狙いは海底資源

岩上「台湾は、なぜ、この諸島帰属の問題に関わってこなかったのですか? また、中国はなぜ、ここまで出てきたのでしょう。中国とベトナムの積年のいがみ合いのせいなのか、歴史的な理由からですか?」

矢吹「台湾はコミットしていない。台湾の漁民がそこまで行かないのは、利益がなかったからでしょう。中国は、フィリピンに対しては漁民保護のため、ベトナムへは気象観測施設との大義名分を掲げていますが、狙いは海底資源だと思います。

 それと、軍事目的でしょう。国連海洋法が1994年発効、領海の申請を要求し、ベトナムとマレーシアは2009年5月、両国の線引き提案を行なうが、中国は反論します。ベトナムとマレーシアは、その根拠の無効性を主張しました。

 今でも、国連で言い合っています。台湾国民政府と中国の主張する南沙海域の九段線(牛舌線)は海洋法ができる前の話。ベトナムとマレーシアは、それをこじつけだと否定する。中国も、今さら彼らを追い出せず困ってしまいました。それで、漁民のために共同使用を提案しているのです。ベトナムから取った岩礁の埋め立てをしていますが、海洋法に明記してあるように、これは島にはなりません。そういう弱みが中国にはあるので、これ以上、島を得ることは無理だとわかっています。

 いつか海洋法で線引きが決まると思いますが、それまでは建て前や本音を言い合って、駆け引きをしている。東シナ海も同じ。歴史も長く、海洋法の原則もあり、つまみ食いし合っている状態です。

 南沙諸島は水深が浅くて航路にはなりません。マレーシアでは水上コテージを作って観光地にしている。ベトナムも南威島を観光地化しました。

 1999年のアメリカの調査では、中国は7つの島を実効支配し、ヘリポートを建設しました。フィリピンは8つ支配し、1300メートルの滑走路がある。ベトナムは21、マレーシアも3つ支配して、それぞれ600メートル滑走路を持っています。台湾は1つの支配でヘリポートのみ。中国は、あとから来て埋立てをして嫌われています。

 1995年のミスチーフ礁の争奪は、米比相互防衛条約を解消し、1995年の合同演習後、米軍は撤退。その隙に中国は建造物を建設、フィリピンの抗議に中国は漁民保護と主張。1998~1999年、マニラで反対運動が起きます。

 2007年には生け簀養殖プロジェクトを開始。しかし、この岩礁は干潮時のみ出現。国連海洋法では満潮時に海面に露出しない岩礁には、領土や領海を設定できない。ただし、排他的経済水域に建造物建設はできます」

南沙諸島問題は、ニュートラルな立場の日本がイニシアティブをとって関係国の協議の場を作るべき

岩上「つまり、こういう出来事があるので、右派の主張する根拠にはなるのですね。逆に言うと、中国はつまらないことをやっていますね。こういうことをやめて撤退すれば、もっと信頼を得られると思うのですが」

矢吹「だが、将来、ここから石油やレアメタルが出てくると、どうなるか。海洋法にも、この点について細かい規則は書いていません。そういう可能性があるから、それぞれの国も既成事実を作る欲が働き、話がこじれるのです」

岩上「だからこそ、こういう事実を知らせるべきですよね。それが『中国がやって来る。恐ろしい。アメリカと集団的自衛権をやりましょう。そのために地球の裏側まで一緒に行く』なんて、まったく意味のない話です。日本が巡視艇を派遣するメリットはありますか?」

矢吹「それこそ、ポツダム宣言への侵犯だと国際的に言われたら、日本はやはり軍国主義が復活しているのかと思われます」

岩上「日本は、敵国条項で保護観察中の身ですから、指摘されますね。日本は軍事的関与ではなく、海洋法上、どのような法構築をすべきかを話し合うべきではないでしょうか」

矢吹「その通り。現在、ニュートラルな立場の日本がイニシアティブをとって、関係国の協議の場を作ればいいんです。

 中国は海底石油のために世界第3位の浚渫(しゅんせつ)船を持っています。ベトナム沖は掘り尽くしてしまったが、まだ南沙海域には海底資源があると言われています」

ランドパワーからシーパワーへの転換を図る中国

岩上「軍事基地を作るのでは、という話もありますね。誇張もありますが、この辺り一帯が戦場になった場合のシミュレーションもされています。実際、軍事的に有効なのでしょうか」

矢吹「中国の実効支配が相手に理解されていないから、軍を出して警備せざるを得ないのです。最初は漁民保護と言っていましたが、軍を1回出すと撤退できないし、中国本土から遠いこともあり、常に警備することになります。ベトナムも警戒していますから。防衛というより、実効支配の警備レベルだと思います」

岩上「中国の人民解放軍の海軍では、海洋戦略で著名なアルフレッド・セイヤー・マハンの本を読んでいると言います。マハンは海上輸送の重要性を説き、その護衛艦同士の交戦が勃発すると予見しました。

 中国もランドパワーからシーパワーにシフトしたくて、この辺り一帯を支配するのではないか。シーレーンが支配されてしまったら、われわれは中国のヘゲモニーの下でしか活動できなくなる、という心配も言われています」

矢吹「それはありえない。冷戦時には、それぞれの陣営が対峙し、そのブロック内だけで経済が動いていたが、今はモノも人も金も自由なグローバル経済です。中国が一番、モノを世界に買ってもらわなければなりません。

 中国の貿易依存度は25%。マラッカ海峡で日本と揉めて、困るのは中国の方です。中国は埋立てなどやりながらも、航海の妨害はしていないと常に言っている。実効支配が認められるまでは、実績を作りたいのが本音でしょう。

 今、中国は国益を守ることを猛烈に強調しています。ウクライナ問題でもロシアとEUの板挟みで、どっちつかずでやっています。南沙諸島も同じ話で、全方位外交で豊かにならなければいけないとしています。

 中国のようなデカい国が小さな無人島で騒ぐな、と言いたいところですが、当事者としては権益があることだし、出遅れた者が既成事実を確立したいという意図があります。しかし、海洋資源と軍艦派遣の抱き合わせは賢明ではありません」

岩上「確かに、日本も無人島の尖閣諸島で騒ぎ、安保法制でホルムズ海峡まで行くというのですから、みんな、冷静さを欠くんですね」

矢吹「そうです。ぶん取り合戦となると、頭に血が上ってしまうんです」

岩上「今、歴史家の中には、イギリスには第一次世界大戦をやる意味があったのか、という議論があります。それと同じように、将来、『中国と日本はマスコミと政府のミスリードで悲惨な結果になった』という見解が出るかもしれません」

矢吹「そうなるのではないでしょうか。調停能力もないのに、余計なことに口出ししては危ないでしょう」

岩上「安倍首相は、ハワイ、オーストラリア、インドと日本で中国を封じ込める、と先に言っている。非常に危険ですよね。その(仲間のはずの)インドもオーストラリアもAIIBに参加しました。さらに、インドとパキスタンは上海条約機構に参加する。これは軍事同盟でもあります。インドと中国の対立は過去のことなんですね」

岩上「2015年5月8日、国防総省による、中国の軍事及び安全保障の進展に関する年次報告では、2014年時点で中国は500エーカーを埋め立てたといいます。2015年3月31日、太平洋艦隊司令部は、中国の埋立てを『砂の万里の長城』と表現しました。

 2015年4月9日、中国外報部報道官は、拡張後の機能は軍事上の要求を満たすと発言。4月15日、フィリピン参謀長は軍事的緊張感を招くとし、軍事基地化の可能性を指摘。しかし、中国はミサイルを持ち、台湾には戦闘機を配備しています。ここを軍事基地化して何の利益があるのか。でも、国防総省は盛んに心配しています」

矢吹「これらは小さなもので、本当に軍事的なものは何もできません。台風の避難施設に使ったら、と提案しています」

岩上「AIIBで、海のシルクロードで儲けようという時、その入り口で揉めることはありえませんね。中国が愚かしくなければ、つばぜり合いは控えるでしょう」

矢吹「習近平には、2012年の就任当初からクーデターや暗殺計画がありました。最近、反対派を潰して安定しました。今の習近平は雇われマダムみたいなものですが、2017年の党大会で自前の執行部が作れます。中国には膨大な官僚がいて、習近平は中央レベルを手中にした段階。まだ、地方までは手が届きません。

 こんな状況だから、国内向けに南沙でも強気に出るしかないのでしょう。だから、衆愚政治、ポピュリズムのような、安倍政権のナショナリズムのようなことは、どこの国でも起こり得るんです」

大陸棚でレアメタルや石油が出始めて、状況が変わった

矢吹「海洋法の専門家で、ハーグの国際司法裁判所判事だった小田滋氏が『海における3海里、12海里、200海里の攻防』を説明しています。1930年の国際法法典編纂会議は、砲弾の着弾距離で揉めて会議は流れました。

 1952年に、ペルー海流の幅の200海里(360キロ)を主張したサンチャゴ宣言が出ました。途上国の海洋資源ナショナリズムですね。列強国は軍艦の自由航行を主張しました。そこで日本は3マイルを主張して、漁業帝国主義と揶揄されました。

 島の定義、というものがあります。自然に形成された陸地でないとダメで、人工物はいくら大きくても、領海でも、排他的経済水域でも認められません。つまり、埋立ては島にはならない。尖閣は島ですが、日本が戦争に負けてから人が住んでいません。

 第121条第3項で『人間の居住または、独自の経済的成果を維持できない岩は排他的経済水域も大陸棚も有しない』とあります。だから、うまく駆け引きをしたらいい。尖閣諸島は共同管理でいいじゃないですか」

岩上「日中関係は、米中関係の従属変数みたいなもので、米中関係が落ち着けば、うまく収まるのではないでしょうか。今は過渡期ですね」

矢吹「海洋法でいう『人工』も定義があいまいです。そして、資源が出た場合が問題なのです。資源開発のために常駐する人間が出始めた時に、どうするか。海洋法が作られた頃は、海洋資源は前提になかった。しかし、大陸棚でレアメタルや石油が出始めて、掘削技術も向上して状況が変わったんです」

尖閣諸島問題をめぐる民主党政権の責任とは

岩上「次は、『危機を煽る防衛白書の愚』です。先生は安倍流の安保法制は安全対策を取り違えている、と指摘されています。原発再稼働や金融システムへのサイバー攻撃の方が国民生活を脅かす、と。地震国日本の運命を直視せよ、とおっしゃっていますね。

 岸田外相は『日本は先制攻撃できる』と言い、安倍首相も集団的自衛権で可能だとしました。しかし、学習院大学の青井未帆教授は『米国は非常に傲慢。他国には国際法を守らせ、自分たちは予防的先制攻撃ができるとしている』と。アメリカは好戦的です。それと同じことをやる日本は、超好戦国家になる」

矢吹「安倍談話や反省、お詫びの言葉よりも先に、北朝鮮との国交正常化がなければ、戦後70年の日本の平和貢献にも説得性がありません」

岩上「今、北朝鮮の脅威があるということで、日本は米軍に依存していますが……」

矢吹「(北朝鮮は)核がなくなるとリビアのカダフィ大佐と同じ運命になるから、核にしがみついているだけ。何の脅威でもない。北風と太陽のたとえではありませんが、北朝鮮を認めて、市民権を与えれば済む話です。日本政府は、そういう外交努力もせず、防衛白書には危機を煽るようなことを書く。まともな人間の考えることではありません。

 日本は、米国には戦争で負けたが、中国に負けたつもりはないようです。尖閣問題は田中角栄と周恩来で話はついていたのです。小泉政権までは、自民党内でも申し送りができていた。それを、民主党政権が無視したんです」

岩上「民主党の前原氏は、『自分は独立主権論者だったが、アーミテージ氏と話して米国安保依存に考えが変わった』と言っていましたが、単純すぎます。今でも、長島昭久議員とともに、『安保通』として勢力を保っています。この点についてはいかがですか」

矢吹「ソ連崩壊で、石橋湛山構想の東アジア平和協定の条件が整いました。石橋は1957年に周恩来、1963年に毛沢東と会い、日中米ソで平和協定を結ぶことを画策しました。対立は止めて繁栄させようという思想です。日米安保はこの時に解消すればよかったのです」

「いざとなったら、アメリカは絶対に日本を助けない」

岩上「矢吹先生は、北朝鮮の核や、中国の軍拡や海洋進出を仮想敵にするのは筋違いと言われます。だが、アーミテージなどは、それを利用して、平和の配当で軍備が減るのを防ぎ、軍産複合体の利益を最優先するのです。また、先生は、安保法制で国内法体制の矛盾に議論を集中するのは間違いで、敵を作らない努力が基本だとも主張されていますね」

矢吹「国際情勢が変わったから安保法制が必要だと言うなら、どう変わったのでしょうか。何に対して守る安保なのか。先制攻撃を、どこに対してやるのか。それがわからない安保なんて、危なくて本末転倒。まず、外交努力、経済協力をやるのが道筋だ。衰えかけたアメリカと組んだら、日本は弾除けですよ。

 中国のミサイルは沖縄、台湾、横須賀、横田基地など、完璧に射程距離に収めています。3ヵ所から同時に撃てば、防衛も間に合いません。そういう被害も覚悟して、外務大臣が先制攻撃と言っているのか。何を血迷っているのか」

岩上「彼らはアメリカの言う通りにやろうとしている。文民統制もなくなり、自衛隊は米軍と同居。さらに、自衛隊の中央指揮所にアメリカの司令官が常駐することになります。まったくの従属国です。秘密保護法があり、言論の自由がなくなります。北朝鮮の脅威は国交正常化で消える。日中間はこれからどうなるのでしょうか?」

矢吹「戦わないことを確認し合う、ということです。まだ中国とは、残留孤児や慰安婦問題などの戦後処理が済んでいないんですよ。昔、日本は圧倒的に強かったが、今、中国には核兵器があり、国連常任理事国です。いざとなったら、アメリカは絶対に日本を助けない」

岩上「アメリカは米国本土には被害が及ばない、制限戦争しか考えていません」

矢吹「だから、日本が危ない。どうしてそんな単純な論理がわからないのでしょう。もし、戦争が始まったら沖縄と日本本土はミサイルで全滅します。それに原発は時限爆弾です。確実に日本は負ける。だから日中不再戦です」

岩上「たとえ相打ちになっても、日本は核3発で終わり。中国は広くて押さえきれない。ペンタゴンの戦略家たちは、中国での沿岸戦は考えていても、陸上戦では勝てないとしています。

 アメリカは)中国に花を持たせて、戦いを終結させることも考えている。大陸に入って行けば、核の撃ち合いになるので、絶対に侵してはいけない。その時、戦場になるのは日本と南西諸島です」

外務大臣が「先制攻撃」を口にすることの愚かしさ

岩上「防衛省が言う『南沙諸島の基地化における中国のプレゼンスの増大』について。港湾建設の場合は軍備可能。滑走路建設で制空権、防空圏の拡充。中国海空軍のプレゼンス増大の懸念。民間人入植で島の有効性の既成事実化」

矢吹「そんなこと、中国はやらない。やる必要がない。ミサイルが飛んでくるのに。こういう勢力拡大は根本的に間違いです」

岩上「かつて、日本が考えた第二次世界大戦の発想ですね。続いて、防空識別圏の問題に移ります」

矢吹「中国の防空識別圏のことでは大騒ぎしましたが、米韓と重ならないようにしました。先ほどの、海域で中間線を取る話と、防空識別圏も同じです。だから、早く協定を結ばないと危ないですね」

岩上「アメリカの核搭載可能な2機のB52が、この空域に入って意志表示をしましたが」

矢吹「習近平と安倍首相は、互いの通信周波数を合わせるなどの衝突回避の話し合いはしています。当然、飛行機も慎重に行動します。ただ、曖昧なままにしておくと、ものすごく危ない。先制攻撃はこういうところでやるから、相手が誤解するだけでも危険。だから、外務大臣が先制攻撃を口にするなんて、とんでもない。即刻、罷免すべきです」

岩上「布施哲氏の『米軍と人民解放軍』を読まれたそうですね」

矢吹「日中戦争とか台湾海峡危機など、発生の可能性の低い、しかし発生したら影響が大きい事態を想定する時、防衛力整備はどこまでやるべきか、と。そういう問いに、『あやふやな中国脅威論に便乗した無軌道な防衛予算の増加は最も忌避すべき。放漫財政で国債がクラッシュ、経済的に荒廃すれば防衛力整備も始まらない』と警鐘を鳴らしています」

岩上「安全保障は持続的でなければなりません。突然、戦争で高揚したあげく、財政破綻したら、その後、何世代にも禍根を引きずることになり、安全保障は成り立ちません。もう、本当に安倍政権は愚かしいですね」

矢吹「戦争は、どこで終わるかを考えなければ。日露戦争の時、伊藤博文は米英にそれを通達していました。どこで終わるかを考えているのがまともな政治家です」

岩上「誰が止めてくれるかを知って始めるのが、戦争なんですね」

「グローバル・コモンズ」~総合的安全保障とは何か

矢吹「A2/ADとは『接近阻止/領域拒否』の意味で、『台湾に近づくな』ということ。もし近づいたら、1兆円する米空母を、中国は安価なミサイルをたくさん使って迎え撃つ。だから、外へ出て戦うのは高くつく。専守防衛は安く済む。米国のポスト冷戦期の軍事革命(RMA)は、指揮、統制、通信、コンピュータ、情報、監視、偵察。この一連のプロセスで成り立ちます」

岩上「サイバー空間が重要になるんですね」

矢吹「致命的な点は、データリンクをやられたら終わりということです。人工衛星に何かされたらどうしようもない。そういう意味では、米中は互角です。米国は人工衛星が5分止まったらどうなるかと心配しています。

 日本は平和憲法が呪文みたいになり、軍事オンチになっています。軍事については防衛省などの専門家だけが秘密にして、議論にならない。国会で安全保障の議論もないのは、野党議員が何も知らないからです」

岩上「IT技術は、軍艦を動かす以前に、相手国の経済も通貨も破壊します」

矢吹「米国では、経済と安全保障を合わせた議論をしています。中国軍には上海にハッカー専門の61398部隊があって、2013年に米国を攻撃しました。中国は、米国も同じことをしていると言う。中国のファイアーウォール技術は米国から買っているし、米国の国防関係の下請けが中国系企業だったり。つまり、お互いに実力がわかっているので、金持ちケンカせずです」

岩上「イランは経済封鎖をされていましたが、中国、インドが支援していました。米中関係もインド抜きでは語れません。今、IBMはインド企業です。アメリカ人を10万人削減して、インドでの雇用は10万人を超えてしまいました」

矢吹「時間差を使うんですね。シリコンバレーが夜になるとインドは昼。24時間態勢で動くのです」

岩上「そのインドも上海条約機構という軍事同盟に入る。中国とロシア、インドが組む。アメリカは防ぎようもありません」

矢吹「今、安全保障の専門家が『グローバル・コモンズ』と言います。世界はすべてコンピュータでつながり、何かあれば年金も銀行も原発も大混乱になる。国民生活を守るというのは、そういう個々の安全対策を考えることです」

岩上「ですが、週刊現代のスクープによれば、安倍首相は大手メディアの記者との懇親会で、『安保法制は、南シナ海の中国が相手。やると言ったらやる』と発言した。南沙諸島まで出張って行くと。あまりにもバカ過ぎないでしょうか」

矢吹「防衛白書は『グローバル・コモンズ』については、まともな議論をしてますよ。昔の安全保障は狭い意味の軍事、今は総合的安全保障という概念で、軍事そのものより日常生活を守るため、何をするのかが政治家の課題だと。

 安倍首相の南シナ海うんぬんの発言に対して、中国では最近、空軍、海軍、ミサイル部隊などが模擬演習をしました。ミサイルに妨害電波が出されたらどうするかなど、細かく状況設定して武器性能の検証や対艦作戦をやっています。それから、米国は産業スパイの被害が1200億ドルとも言っています」

岩上「米国は、TPPやグローバル経済で中国に投資を進めるが、一方では知財が盗まれたと批判する。投資家の利益と国の安全保障がバラバラです」

米国の「オフショア・バランシング」戦略とは何か

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「東シナ海ガス田開発と南沙諸島埋め立て問題「日中間の摩擦は外交で解決すべし」――「中国脅威論」を煽り安保法制を進める安倍政権の狙いとは~岩上安身によるインタビュー 第564回 ゲスト 矢吹晋氏」への2件のフィードバック

  1. @55kurosukeさん(ツイッターのご意見) より:

    2015/07/29 岩上安身による矢吹晋・横浜市立大学名誉教授インタビュー(動画) http://iwj.co.jp/wj/open/archives/255325 … @iwakamiyasumi
    大手メディアでは知ることのできないに安倍政権にとって不都合な、東アジア情勢の「真実」が聞けます。聞き応えあり!
    https://twitter.com/55kurosuke/status/626872454808342528

  2. kobusi より:

     日本国民は今、どこに向かはされ、どんな結末を迎えなければならないのか。
     必見のインタビューだ。

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