「72時間は、時間が短すぎる。私自身、イスラム国に行く用意もある」――イスラム法学者・中田考氏、世界のメディアを前にアラビア語でイスラム国へメッセージを発信 2015.1.22

記事公開日:2015.1.22取材地: テキスト動画
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(取材:IWJ・薊一郎、記事:IWJ・原佑介)

特集 中東

 「日本政府に対し、イスラム国が考えていることを説明し、こちらから新たな提案を行いたいと思います。そのためには、72時間は、時間が短すぎます。もう少し待っていただきたい。もし交渉ができるようであれば、私自身、イスラム国に行く用意もございます」――。

 邦人殺害を予告し、72時間以内に2億ドルの身代金を支払うよう日本政府に要求しているイスラム組織「イスラム国」。その「イスラム国」と「パイプ」を持つ元同志社大学客員教授でイスラーム法学者・中田考氏が期限前日の1月22日、日本外国特派員協会で会見を開いた。

 中田氏はイスラム国に対し、多くの国内外メディアを使い、アラビア語で、72時間の猶予を延長するよう訴えた。

 以下、会見の模様を掲載する。

■ハイライト

イスラム国と中田氏のコネクション

会見に同席した秋田一恵弁護士「中田さんは昨年(2014年)9月、イスラム国司令官のウマル・グラバー氏から、『湯川遥菜の裁判をするのでイスラム法とアラビア語と日本語ができる人を紹介して欲しい』との依頼を受けました。『その裁判を報道するジャーナリストも連れてきて欲しい』とも言われました。

 そのときは『お金を払え』という話ではなく、『中田が来れば、司法の場の裁判を通して湯川を救出できる見込みだ』とウマル氏に言われ、シリアに入国しました。しかし米国の空爆が始まり、人質を預かっている人と連絡が取れなくなった、という経緯です。

 その後、中田さんは、イスラム国に行こうとする大学生の手助けをしたということで、『私戦予備陰謀罪』の被疑者になった。そのことでイスラム国へのコンタクトを控えていたところ、この事件が発生しました」

安倍政権の「中東外交」に対する中東の厳しい評価

中田考氏(以下、中田・敬称略)「説明にもありましたが、私は被疑者の立場なので、マスコミの質問も避け、イスラム国との連絡も取りませんでした。これは私にも問題だし、先方にも迷惑でしたが、今回は人命がかかっているので、皆さんの前で話すことにしました。

 今回、タイミング的に、安倍総理の中東歴訪に合わせて犯行の発表がありました。安倍総理は中東に行ったことが地域の和平に繋がると思っていたのでしょうが、残念ながら、非常にバランスが悪い。

 イスラエルにパレスチナ入植への反対を直言するなど、バランスの取れた外交をしているつもりでしょうが、中東ではそもそもイスラエルと国交を持っている国がほとんどない、ということを正確に実感していない。アラブ、イスラム世界では非常に偏った外交だと見られます。

 安倍総理は会見の中で、難民支援、人道支援を行っていると強調していました。シリアからの難民は300万人と言われ、うち半数はトルコにいます。トルコが外れたところで人道支援、難民支援をすると言っても、これは通じないと思います。

 訪問国がエジプト、イスラエル、パレスチナ、ヨルダン、すべてイスラエルに関係する国だけである時点で、米国とイスラエルの手先と認識されます。人道支援、難民支援として理解されない、というのは、中東を知るものとしては常識です。

 中東の安定に寄与する、というのは理解できる発言ですが、安定が失われているのはイスラム国出現前からの話です。なのに、わざわざイスラム国だけを取り上げ、『イスラム国と闘うため』と言って人道支援する、というのは通じない論理です」

安倍政権だけでなく、日本人が問われている

中田「人質が2人いることは、外務省も把握していました。その中でわざわざ『イスラム国と闘う』とは、非常に不用意だと言わざるをえない。テロリストの要求を飲む必要はないが、それと交渉するパイプを持たないのはまったく別の話です。

 たとえ無条件の解放を要求するにも、『実際に人質を解放するために安全を確保されるのか』『空爆を止めることができるのか』『誰が、どこで受け取りに行くのか』ということを正しい相手と正しく話すパイプがなければ、そもそも話になりません。

 イスラム国は安倍政権だけでなく、日本国民へも呼びかけていました。それに私たちは応えるべきだと思います。もちろん、日本は民主主義国なので、安倍総理に賛成する人、反対する人がいる。その中で、どういう対応を取るかが問われています」

イスラム国とどう対峙すべきか――中田氏の提言

中田「ここからは個人的提言になります。提言はイスラム教徒、イスラム学者として、そして日本国民として、日本の国民に受け止められるギリギリの線だと思います。

 安倍総理の言うとおり、『日本はイスラム国と闘う同盟国の側に援助をするが、あくまでも人道支援に限られる』というこの論理は、イスラム国に対しても同じように適用されるべきだと思います。

 これまでも人道援助、経済援助の名のもとに、アフガン、イラクに関しても日本や国際社会は援助を行ってきましたが、適切な人に届いてこなかった。特に、スンニ派のイスラム主義の人たちには扱いが悪かった。そういうことが今回の事件の根源です。

 現在のイスラム国の前身は、イラクのスンニ派のイスラム運動です。ですので、彼ら自身は、米国によってイラクが攻撃されたことを体験として覚えています。彼ら含め、サダム政権が倒れたときは、ほとんどのイラク人は米国を歓迎していました。

 それが数ヶ月で反米に変わったのは、空爆その他でたくさんの人、特に女、子どもが殺され、まったく補償もなされていないから。現在もそれが繰り返されており、イスラム国が支配している地域で多くの人びとが殺されています。

 『赤新月社』は、イスラム国の支配下でも人道活動を続けています。イスラム国の要求した金額は、日本政府の難民支援に対してと同額なので『人道支援に限る』ということで、赤新月社を通じ、トルコを仲介に条件化した上で、日本はあくまで難民支援を行う。

 イラク、シリアで犠牲になっている人たち、家族の支援を行う、という条件を課したうえで行う、というのが一番合理的であって、どちらの側にも受け入れられるギリギリの選択ではないかと私は考えています」

イスラム国へのメッセージ「72時間は、時間が短すぎる」

中田「これで最後になります。1月17日、イラクのヤジディー教徒350名を無償で、人道目的で開放しています。これもひとつのメッセージだと考えるべきだと私は思います。これから、私のイスラム国の友人たちに対してメッセージを伝えます。まず、日本語で読み上げます。

 日本政府に対し、イスラム国が考えていることを説明し、こちらから新たな提案を行いたいと思います。そのためには、72時間は、時間が短すぎます。もう少し待っていただきたい。

 もし交渉ができるようであれば、私自身、イスラム国に行く用意もございます。1月17日にヤジディー教徒350人が人道目的で解放されたことは、私も知っています。高く評価すべきだと思います。そのことで印象もよくなっていると思います。

 日本人を釈放することが、日本人のイスラム国をみるイメージを良くしますし、私もそれを望んでいます。また、日本にいるすべてのムスリムもそれを望んでいます。我々にとって72時間はあまりに短すぎます。時間をもう少しいただきたいと思います」

 中田氏はこの後、国内外の多くの報道カメラの前で、アラビア語でも同様のメッセージを読み上げた。

「イスラム国と今もコンタクトできることは確認している」

 続いて、質疑応答へ。

フリー田中龍作氏「事件後、日本政府から中田さんへ、何らかの接触はありましたか? また、中田さんはイスラム国とのパイプはまだ健在でしょうか」

中田「日本政府からの要請は、直接はありませんが、コンタクトがないわけではない。イスラム国とのパイプですが、私はこの間、できる限りコンタクトを取らないようにしてきましたが、今もコンタクトできることは確認しています」

海外記者「日本政府は中東全域で、どれくらいのコミュニケーション手段を持っているのでしょうか」

中田「もちろん私が応えられる立場ではないが、私自身、2年間サウジアラビアの大使館で、専門調査員という立場で働いたことがあります。日本には『アラビスト』というシステムがあって、100人以上のアラブの専門家が働いています。

 その意味ではアラブの知識がないわけではないが、アラビストは外務省の中で主流ではないし、イスラム主義、イスラム学の専門家へのコネクションは非常に弱いと言えます」

海外記者「私の友人は、『今回の人質事件とイスラムは関係ない。イスラム国は傭兵ばかりだし、社会の敗者の集まり。遠隔操縦されていて、人間的な価値がまったくない人たちだ』と言っていたが、このコメントについてはどう思いますか」

中田「あなたの友人がどういう人かは知りませんが、話の根拠もわからないのでコメントはしません。私のイスラム国の友人は、そういう人ではないです。本国での暮らしも、教養が高く、正直で信頼できる、という感想。知らない人間には私は何も言いようがありません」

「ここで私が話したことを全世界に伝えてほしい」

北海道新聞「日本が人道支援するなら赤新月社とトルコを通じて行うべきだと言いましたが、これが実際、難民にどのような形で届くようになるのかを教えて欲しい。そしてこれは、イスラム国のテロ防止に繋がるのでしょうか」

中田「難民には国内難民、国外難民があります。私の提案は、トルコ、赤新月社を通じ、あくまでイスラム国の支配地域の話なので、その意味では国内難民の話になります。イスラム国のレポートを読めばわかりますが、イスラム国の暮らしは苦しいものがあります。

 その場合の人道援助がどのようなものになるか、それがどう苦しみを減らすことに繋がるかは考えないのが人道援助の基本ですので、それについては直接の効果は必ずしも期待できないかもしれない。

 しかし、先程申しましたとおり、もともとイスラム国の前身が出現したこと自身が、イラク、特にシリア、米国の空爆によって難民化した人たちに対する補償がなかったことへの恨みを人道援助で間接的には減らすことにはなるかと思います。

 具体的には食料、医薬品、および暖房器具、毛布などの物資であれば人道支援以外には使えませんので、それらを配るのが具体的な方法としては思い浮かびます」

AFP「日本政府に提案すると声明では言っていましたが、どういうアプローチをするのでしょう」

中田「私自身、自由な身ではないが、ここで私が話したことを、(みなさんが)全世界に伝えてほしいと思います。それは日本政府にも届くはずです」

中田氏ラインで人質が救出できる確率

フリー記者「日本政府は交渉パイプがいないと言っています。先生はパイプになれると表明しましたが、政府がこれに反応しない場合、政府はこの人質を救出する気があると思いますか? 2ヶ月も後藤さんを放っておいたという経緯についてもどうでしょうか」

中田「(湯川氏救出のために)9月にイスラム国を訪問する時、間接的に事前に外務省にお知らせした際、協力するなら協力したいと伝えたが、外務省は『これは自己責任であって、行かないことをおすすめする、行く場合もご自由に』と、協力はいらない、ということでした。

 それで、もちろん、協力しなくても外交できるのであればそれでいいのですが、現在までの流れをみて、残念ながら怪しいのではないかと、思っています」

読売新聞「中田先生は、イスラム国のどのような立場の人とコネクションを持っていて、それを通じて交渉した場合、どの程度、人質解放の確率があるのでしょうか。そして72時間を過ぎた場合、2人の生命にどの程度の危険があるかを教えてください」

中田「第1に、オマル氏は、イスラム国の中で唯一、表に出ている人です。FBやTwitterを使っていて、今でもそこで発言している。本人自身を特定できる。今までも常岡さんたちがインタビューしていますし、そこに私も立ち会っています。

 イスラム国の中で、どこまで指導的地位にいるかははっきり言えないが、少なくともイスラム国の行政機関の中で働いていて、司令官という名前で呼ばれていました。今はイスラム国の広報担当。公式なイスラム国代表のスポークスマンではないが、つなぐことはできます。

 第2に、72時間という非常に短い時間が何を意味するか、わたしも掴みかねています。しかし、お金がどう振り込まれるかといった交渉もありますので、72時間以内に実際にお金が払われなければいけない、という話ではないと思います。

 まず、交渉の糸口をつかめるかどうかが72時間の対応にかかっていると思います。なので、ともかく交渉の糸口を掴むことに全力を上げたいと思います」

日本はなぜ「十字軍」とみなされるようになったのか

(…会員ページにつづく)

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