【IWJ追跡検証レポート】理研・笹井芳樹氏はなぜ自殺を選ばなければならなかったのか 安倍政権の「成長戦略」、インサイダー疑惑、NHK報道の影響…いくつかの論点を検証する 2014.8.15

記事公開日:2014.8.15 テキスト
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(IWJテキストスタッフ:富田充/IWJ:平山茂樹)

 日本列島に衝撃が走った――

 STAP細胞論文の共著者の一人である、理化学研究所発生・再生科学総合研究センター(CDB)の笹井芳樹副センター長が8月5日、CDBに隣接する先端医療センター内で首を吊っているのが発見された。近くの神戸市立医療センター中央病院に搬送されたが、同日午前11時3分に死亡が確認された。

▲自殺した笹井芳樹氏

 この事態を受け、理研広報室長の加賀屋悟氏が、同日14時より文部科学省内で記者会見を行い、笹井氏のそばに「遺書のようなもの」が3通、笹井氏の秘書の机の上に人事課長と総務課長に宛てた遺書が1通置かれていたことから、「自殺であるとみられる」と説明した。

”笹井ビル”の存在

 STAP細胞論文の共著者として、そして何より小保方晴子氏の指導者として、一躍STAP細胞問題の渦中の人となっていた笹井芳樹氏。メディア上での露出は、この問題が噴出して以降頻繁になったが、科学の世界では知らぬ人のいない、エリート中のエリートである。

 笹井氏は、36歳という異例の若さで京都大学再生医科学研究所の教授に就任して以降、再生医学研究の分野でトップランナーを走ってきた。2003年には研究の舞台を京都大学から理研に移し、2011年にはマウスのES細胞(胚性幹細胞)から立体的な脳や目の組織を作り、大きな話題を呼んだ。「論文執筆の天才」と称され、井上学術賞、武田医学賞、上原賞など国内で数多くの賞を受賞し、ノーベル賞に最も近い研究者とも言われた。

 笹井氏の才能は学術の分野だけにとどまらなかった。組織のマネジメントや予算の獲得においても、秀でた才能を発揮していたとされる。

 そのひとつが、理研が神戸市中央区のポートアイランドにこの春に着工した、「融合連携イノベーション推進棟」、通称”笹井ビル”の存在だ。このビルにはスーパーコンピューターをはじめとする最先端の設備や、理研の研究者と製薬企業、医療機器メーカーなどがチームを組んで入る予定で、日本における再生医療の一大拠点とする計画であるという。笹井氏が国に対して積極的に働きかけ、多額の予算を獲得したことから、いつしか”笹井ビル”と呼ばれるようになった。

「STAP現象は有力な仮説」と語っていたが…

 このように、研究においても、組織の運営においても、卓越した能力を発揮していた笹井氏だが、小保方晴子氏によるSTAP細胞論文に対する一連の疑惑が持ち上がると、一転して、批判の矢面に立たされることになった。

 STAP細胞に関する研究は、小保方氏の着想に対して、山梨大学教授の若山照彦氏と米ハーバード大学教授のチャールズ・バカンティ氏が実験と解析、図表の作成の段階で協力し、笹井氏は文章を仕上げ、論文の体裁を整えるという最後の段階で関わった。

 しかし理研の調査委員会は、4月1日に発表された最終報告において、笹井氏は画像の流用といった「捏造」には関与していないものの、「注意不足という過失により、このような不正を許すことになったと判断した。シニア研究者として、その責任は重大である」と結論づけた。

 笹井氏は、4月16日の記者会見で、一連の騒動に対して謝罪しつつも、「STAP現象は有望で合理的な仮説と考える」と語り、小保方氏を中心として進められた研究の方向性に間違いはなかったと強調した。

 厳しい批判にさらされながらも、STAP細胞の存在には確信を抱いていたと思われる笹井氏。では、彼はなぜ、自殺を選ばなければならなかったのだろうか。

STAP細胞はアベノミクスの「成長戦略」の一角に位置づけられていた

 経済学者で慶応義塾大学教授の金子勝氏は、今回の笹井氏の自殺をうけ、次のようにツイートした。

 金子氏が「そして、何より下村文科大臣、山本一太科学技術大臣の『特定研究法人』のためのキャンペーンであった」と記している通り、笹井氏が中心になって進めていたES細胞の研究は、アベノミクスの「三本の矢」の一つである「成長戦略」の柱となる科学技術イノベーションの一角を占めるものだった。

 政府は当初、多額の予算をつけて世界最高水準の研究を目指す「特定国立研究開発法人」に、理研を指定する案を提示。理研によるSTAP細胞の発表は、この案が国会に提出されるタイミングで出されたものだった。理研は、iPS細胞でノーベル賞を受賞した山中伸弥氏を擁する京都大学に対し、笹井氏のES細胞と小保方氏のSTAP細胞により、国に対してアピールを強めたかったのである。理研の野依良治理事長は、STAP細胞に関する一連の疑惑が噴出した後、下村博文文部科学大臣のもとへ、何度も説明に訪れている。

 つまり、STAP細胞に対する一連の疑惑は、純粋な科学の世界の話ではなく、予算の配分をめぐる極めて政治的な案件だったのである。もとより、組織マネジメントに手腕を発揮してきた笹井氏は、こういった事態の重要性を誰よりも深く認識し、心的ストレスを感じていたに違いない。

共著者の一人、大和雅之氏のインサイダー疑惑

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