「この判決は、原発反対運動をしてきた人々すべての共有財産」中嶌哲演氏講演 ~「原発銀座・若狭から」 2014.5.29

記事公開日:2014.5.29取材地: 動画
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(IWJテキストスタッフ・富山/奥松)

 「裁判長に、われわれの想いが伝わった。原告団や弁護団だけでなく、長年、原発問題を憂慮してきた人たち、3.11の後、原発の危険性に気づいて声を上げた人たちなど、すべての人々の想いの結晶化が、今回の判決である」──。

 2014年5月29日、岡山市で「原発からの解脱をめざす仏教者よ、集まれ!『第5回脱原発結集』」が行われた。第1部では、同市北区の蔭凉寺にて、福井県小浜市の明通寺住職、中嶌哲演氏を講師に招き、「いのちか原発か ~原発銀座・若狭から~」と題した学習会が開かれた。大飯原発3、4号機運転差し止め訴訟について、原告に加わっている中嶌氏が裁判の経過を報告し、5月に福井地裁が言い渡した運転差し止め判決について語った。

 また、中嶌氏は、反原発の民意がなかなか広がらない理由について、「広島と長崎に原爆を落とされたにもかかわらず、被曝や放射能について、国民が学んでいない。また、電力を享受する側の責任を問うマスコミ報道が、ほとんどないことも一因ではないか」と語った。

 学習会終了後、第2部として、参加者らが蔭凉寺から岡山駅前までデモ行進し、脱原発を訴えた。

■全編動画 1/8  第1部 学習会 「いのちか原発か~原発銀座・若狭から~」 中嶌哲演氏

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■全編動画 3/8  第2部 脱原発ウォーク&街頭アピール

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http://www.ustream.tv/recorded/48156254
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  • 第1部 学習会 「いのちか原発か~原発銀座・若狭から~」 中嶌哲演氏
  • 第2部 脱原発ウォーク&街頭アピール(蔭凉寺から岡山駅まで行進と駅前でスピーチやビラ配り)
  • 日時 2014年5月29日(木)14:00~
  • 場所 蔭凉寺(岡山県岡山市)
  • 主催 脱原発をめざす仏教者ネットワーク

すべての人々の想いの結晶化

 はじめに、40年にわたって、原発に反対する市民運動を続けてきた中嶌氏は、大飯原発差し止め訴訟について、原告として、2次提訴から加わった経緯を語った。

 この裁判で意見陳述をした人々は、防災避難計画が未完成である点、活断層の問題、大きな事故が発生した場合の琵琶湖汚染の危険性など、事実に基づいた研究を参照しながら、反原発の立場から、大飯原発再稼働の問題点を指摘したという。

 中嶌氏は「裁判長に、われわれの想いが伝わったと思った。また、弁護団の方たちが、勉強しながら、事実に基づいて弁論した結果が、今回の判決につながっている」と述べた。

 さらに、「原告団や弁護団だけに留まらず、長年、原発の問題を気にしていた人たち、福島第一原発事故後、原発の危険性に気づいて声を上げ、運動をしてきた人たちなど、すべての人々の想いの結晶化が、今回の判決にある。したがって、今回の判決は、原告団や弁護団だけの財産ではなく、市民の共有財産と言えると思う」と語った。

普遍的な意味合いを含む、福井地裁の判決

 続いて、自身が、どういう想いを抱いて意見陳述に臨んだかを語り、国策として、巨大な利害関係の下で推進されてきた原発政策、その旧態依然とした安全神話の復活を許さない姿勢で、「第2の福島」を若狭にもたらさないための最善策を、関西電力とも一緒に考えていこうとしていたことを説明した。

 また、今回の判決が、原発から256キロメートル圏内の住民の要請を認めた画期的なものである点を説明し、3.11以降の現実に立った裁判長が、原発の稼働によって、直接的に人々の人格権が侵害され、危険に曝される可能性がある観点から、差し止め請求に応えたことが、「日本全国の、全原発に共通する、普遍的な意味合いを持つ」とした。

豊かな生活を享受してきた、われわれにも責任がある

 次に、原子炉からの放射性物質の漏洩を防ぐために設けられた5重の壁や、大飯原発3、4号機が1年間稼働した場合に、広島原爆2000発分に相当する死の灰が生成される危険性を解説。否が応でも生み出される死の灰が、原発が根源的に抱える問題である点を指摘した。

 また、原発が過疎地域に押し付けられている実態と、原発の本質的な危険性について、あまりにも楽観的である電力会社や利害関係者の姿勢を問題視した。その上で、「地震は自然災害であるから止めることはできないが、原発は止めることができる。今回、『国富とは、豊かな国土とそこで暮らす国民のことであり、経済活動と、人間の生存は同列に語るべきではない』という判決が下された。われわれは、未来の世代に対して、責任ある対応をしていかなければいけない」と述べた。

「一切の生きとし生けるものは、幸福であれ」

 中嶌氏は原発の廃炉についても触れ、「経済至上主義を突き進み、豊かで便利な暮らしを享受してきた国民一人ひとりにも、原発の後始末に対する責任があるのではないだろうか」と問題提起した。そして、「一切の生きとし生けるものは、幸福であれ」と説く仏陀の言葉を引用して、講演を締めくくった。

 質疑応答の中で、「原発に反対する民意づくり」について尋ねられた中嶌氏は、反原発の民意がなかなか広がりにくい原因を、次のように語った。

 「広島と長崎に原爆を落とされ、世界唯一の被爆国にもかかわらず、被曝や放射能について国民が学んでいない。特に、放射能は世代を超えて遺伝子レベルで悪影響を及ぼすために、被曝者に対する偏見や差別を産んできた。このように被曝には陰湿な側面があり、すぐには理解しにくい。だから、政治家たちは『ただちに健康に影響はない。原発事故で死んだ人はいない』などと、破廉恥な暴言を吐くのだ」。

 そして、「若狭でも、原発への反対運動はあったが、金力、権力、国家暴力で分断された。電力を享受する99%の人たちが、過疎地の1%の人々に危険を押し付けてきたのだが、マスコミは交付金を受け取った原発立地の問題ばかりを報じて、99%の側の責任を問う報道はほとんどない。それも、民意が広がらない原因だと思う」と述べた.

 最後に中嶌氏は、「原発の問題に対しては、論理的に事実を積み重ねたアピールが必要な一方、歌や短歌、詩なども、人々の魂に訴えることができる」と話し、福島県葛尾村の詩人、小島力氏の詩集『わが涙滂々 原発にふるさとを追われて』から一編の詩を読み上げた。

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“「この判決は、原発反対運動をしてきた人々すべての共有財産」中嶌哲演氏講演 ~「原発銀座・若狭から」” への 1 件のフィードバック

  1. うみぼたる より:

    小浜市の明通寺住職・中嶌氏のお話を聞いて、インスピレーションが降りてきました。
    岩上さんがお仕事に見合ったお給料をちゃんと受け取れば、会員数がうなぎのぼりになる。

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