【IWJブログ・TPP特別寄稿vol.3】「中小零細企業と、それに依存する地域経済が崩壊する恐れ」 中小企業関連の団体はTPPにどう対処しているのか ~相田利雄 法政大学名誉教授 2013.6.27

記事公開日:2013.6.27 テキスト
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 IWJは、2010年に菅政権がTPPを突然持ち出した当初から、TPPにはらむ問題を追及し続けています。「TPP参加交渉からの即時脱退を求める大学教員の会」に賛同されている大学教員の方々は、800名を超えます。しかし、「大学教員の会」の2度にわたる記者会見を、IWJが中継した以外は、日本農業新聞が報じたのみで、同会の活動および賛同者の主張について、他のメディアではほとんど取り上げられていないのが現状です。IWJは、こうした知識人の方々の声を、少しでも多くの人に伝えたいと考え、寄稿をお寄せいただけるようお願いしております。

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◆◇中小企業関連の団体はTPPにどう対処しているのか◆◇
法政大学名誉教授 相田 利雄
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(本稿は、日本文化厚生農業協同組合連合会『文化連情報』№423、2013年6月号 より、編集部の許可を経て転載しました)

はじめに

 一昨年11月、野田・民主党政権による日本のTPP(環太平洋連携協定)への参加表明がなされてからTPP参加の是非をめぐる議論が繰り返されている。その際、例外なき関税撤廃は農林水産業に対して悪影響を及ぼすだけではなく、雇用や中小企業への悪影響が懸念され、地域経済にも大きな打撃を与えかねないという議論が展開されている。

 また、こうした中で、TPP参加によって外国人労働者が日本に大量流入することになれば、国内労働者の雇用先が縮小したり、彼らの雇用条件が悪化するという議論も高まってくる。

 筆者は、40年近く大学で「中小企業論」を担当し、中小企業経営者、零細業者とその団体、中小零細企業で働く労働者や労働組合と付き合ってきた。この過程で、時の政府の対アメリカ政策=例えば、IMF8条国移行・OECD加盟、日米繊維交渉、日米構造協議によって、中小企業が経営困難や倒産に追い込まれ、そこで働く労働者が解雇や労働条件の引き下げに苦しむという事態が繰り返し起こってきた。

 こうした過去の経験から見て、現政府がTPPに参加する意向を表明したときに、「また悪しき歴史は繰り返されるのか」と考えた。

 そこで、本稿では中小企業関連の団体がTPP問題に対して、どのような見方をし、どのような運動を行なっているのか、どういうオールタナティヴをとるべきかについてみてみたい。

 ただし、TPPには発効されてから4年間の秘密条項がある。対米従属の秘密主義自体がTPP参加に関する主要な問題点である。このために、TPPの中小企業への影響など、その全貌を明確にとらえることは容易ではない。 

中小企業者への影響と反応

 TPPとは、例外品目無しにすべての関税を撤廃する自由貿易協定であり、日本の市場を100%開放するものである。これは、アメリカ主導による多国籍企業の利益のための制度作りであり、それが日本の農業や中小零細企業に打撃を与えることになる。

 TPPは全部で24にものぼる分野が交渉の対象となっており、農業以外でも、雇用、人の移動、政府調達(公共事業の発注)などへの影響がある。しかも、関税撤廃は、日本を取り巻くすべての国を対象とするので、東南アジアの製品・サービスと競合するような日本の中小零細企業に大きな打撃を与える可能性が高い。

 TPP交渉参加に対して、中小零細企業とその団体では、賛成と反対の双方の考え方が存在している。

 規模で言うと零細企業・小規模企業で、地域でいうと大都市以外の地方の市町村で、「TPP加盟で、アメリカや東南アジアの製品・サービスとの競争が激化して、中小零細企業の経営に悪影響をもたらす」というTPP加盟反対の意見が多い。繊維製品、皮革・皮革製品、履物、銅板などの中小工業分野の業者にその傾向が強い。

 TPP参加によって日本の中小零細企業や地場産業は大きな問題をかかえる。国内取引、地元消費を基盤としている中小零細企業は、例えば、自治体の地場産業育成や地元優先発注が、海外から参入した企業によって「非関税障壁」として問題視された場合に、そこで働く経営者・従業員やその家族の生活が破壊され、同時に中小零細企業に依存する地域経済の崩壊をもたらす恐れが強い。

 中小製粉、乳業界をはじめとした農業関連の多くの中小業界がTPPへの参加によって、マイナスの影響を蒙る。さらに、中小企業が競争に負け、衰退していく地域に立地している地方銀行は相当な痛手をうける。

中小企業団体の動き

①条件付き賛成の全国中小企業団体中央会(中央会) 

 全国中央会として、今回は交渉に参加するという合意ができたが、「承認の段階では具体的な影響を最大限明確化を図り、影響を受ける事業者への対応が必要である」という意見も強い。

 中央会傘下の中小企業の中にTPP参加に強い反対論もあることを踏まえて、「TPP交渉参加による農業改革や地方経済への悪影響への懸念から、中小企業者においても、依然として、TPPへの根強い反対意見が現存している」として5項目の実施を要望した。TPPにより悪影響の生じる恐れがある業種・分野に対する振興施策、特に各地域の農商工連携等支援の拡充強化を求めた。

 また、2013年3月15日に、「交渉参加に際しては、わが国中小企業はじめ国益に最大限資する形で万全な交渉を行なっていただくとともに、デメリットを最小限化していただくための支援策の実施を望む」「また、TPP交渉の経過とその影響等について中小企業に分かりやすい情報を提供して頂きたい。とりわけ地域中小企業や農林水産畜産業等への想定される影響については、効果的な支援策を早期に実施して行くことが必要であると考える。全国中央会では、―――農商工連携をはじめとする中小企業の成長に向けた支援を実施し、国内雇用の拡大に全力で取り組んでいく所存である」とのコメントを発表した。

②TPP参加反対の全国商工団体連合会(全商連)

 全商連は零細企業を中心に組織されている。このためこの団体の加盟企業は、TPP参加が実施されれば東南アジア諸国の低価格製品・サービスと競合するケースが多いので、特に大きな悪影響をこうむる可能性が高い。そこで、全商連は加盟に反対の立場を明確に表明している。

 「TPPに参加すると、政府調達や公共事業に外資が参入、低価格競争が激化し、(これまでの政府による)中小企業支援政策が否定される。自治体が行なう、地元業者への公的支援や優遇政策はすべて外国企業に対する差別とみなされる。住宅リフォーム助成制度や小規模工事登録制度、政府調達の地元優先発注など仕事おこしの制度や、地元中小企業向け低利融資も『差別』とされる。もし違反があった場合には外国企業が国や自治体を提訴し、敗訴すれば罰金が課されることも想定される。

 TPPは、農林水産業に大打撃を与えるため、一次産業と結びついた中小業者の仕事も奪われる。地域に根差した中小業者の存続に危機に直面する。政府調達も自由競争にさらされる。政府や地方自治体が発注する物品やサービスに、海外企業や(海外)商品、人材が進出し、地元優先発注もできなくなり、公共事業などでは際限ない低単価競争が進む危険がある」。

 また、2013年3月15日に会長名で出した「TPP参加表明に断固抗議する」という声明で、「TPP参加は、農林水産など第1次産業でなりたつ地域経済の崩壊を招き、すでに40%弱に落ち込んだ食料自給率を際限なく下落させ、日本の食料を危うくする。官公需の奪い合いが外資を含め激化し、下請けに対する単価たたきも広がるに違いない。労働条件の悪化も進み、建設業など地域を支える産業にも大きな影響をもたらす。国民皆保険制度もなし崩し的崩壊をまねく。国民の安心・安全・いのちなども危うくし、国のかたち、くらしを根本から覆す。」と指摘している。

③小企業家同友会(中同協)の見解

 2012年6月に発表された『中同協(中小企業家同友会全国協議会)第44回定時総会議案』では、「TPPをどのように考えるか」という項目を起こして詳しく考え方を提示している。

 「第一に、TPPの『例外なき』関税・非関税障壁の撤廃」と条項を取り除くべきである。自由市場に参入することと、主権を守り重要品目を保護することは本来両立する。

 第二に、交渉内容は遅滞なく公表されることである。TPPでは交渉内容の非公開、交渉文書は協定発効後四年間秘匿するとしているがこれを無効にすべきである。

 第三に、ISDS(投資家対国家紛争仲裁)条項は入れない。この条項は投資家・企業が相手国に不平等な扱いを受けたとみなした時に相手国を国際仲裁所に訴えることができるという条項であるが、TPP参加表明国のオーストラリア政府は『社会、環境、経済分野にかかわる法規を定立するオーストラリア政府の権限を制限するような条項を支持しない』としたが、日本政府もこのような姿勢を確立すべきである」。

消費・医療・地域での運動

 TPP参加問題に対し、消費者団体、医療関係団体なども含めて広範な各界・各層から交渉参加に反対する動きが強まっている。それは地方議会にも波及し、44道府県議会が「反対」や「慎重」な対応を求める意見書を可決している。交渉に参加しないように明確に求める「反対」の意見書・決議を可決した議会は19、「国民合意」といった条件を満たすまで参加しないことなど、「慎重」な対応を求める意見書は25の議会が可決した(「産経ニュース」2013年3月15日)。

 北海道では、TPP 参加で2兆1000 億円(平成22年10月試算)の経済的損失があるといわれ、北海道経済連合会はTPPに反対を表明している。特に乳製品(プロセスチーズ等)を生産する大・中小零細企業が活発な運動を展開している。

 こうした動きは、山形県(「『TPP参加阻止』山形県民総決起集会実行委員会」)、宮城県、岩手県、東京都青梅市、沖縄県をはじめ全国各地で活発にすすめられている。また、多くの地方の報道機関も反対を表明している。

 こうした中で、2012年4月25日、全国各地でTPP参加反対の宣伝や集会が展開された。東京では、「ストップTPP! 4・25中央行動」が実施された。これまでにない広い団体、分野の人たちが参加して集会とデモが行われたのである。

 労働組合では、純中立労組、全労連、全労協に加え、TPPに賛成している連合の中で反対している労組も参加し、さまざまな運動潮流が交流した。さらに2013年には「TPP参加を止める! 5・25大集会」が開かれた。これらの運動の中心には、日本のTPP参加で大きなマイナスの影響を受ける可能性が高い中小零細企業者たちが存在している。

おわりに=オールタナティヴ

 日本経済はいまアベノミクスによって一時的な景気浮揚となっている。しかし、労働者の賃金は抑えられ、消費意欲が減退している。このような状態の中で日本がTPPに参加し、海外から安い商品・サービスが流入すると、デフレがますます加速し、倒産する中小零細企業が増加することになる。事業所の99%が中小企業であり、国内で働く人の7割が中小企業に働いているのでTPP参加は国民の営業と生活を脅かす。

 現政府のように充分な情報開示をしないままでTPP交渉に参加した場合、日本の社会システムが根幹から変わってしまう。こうした中で、上に述べたようにTPP反対運動が高まり、TPP参加への批判がさらに拡大している。こうした動きによって現政府のTPP推進姿勢を改めさせる可能性も十分にある。TPP参加反対運動の高揚によって、与党自民党内での反対論が根強く存在するからである。

 中小零細企業やそこで働く労働者は、日夜を分かたず、自らの経営を安定させ、地域の仲間とともに経営や生活の安定のために奮闘している。さらに、地域経済の明日に関して、グローバル競争に左右されない個性あふれる地域産業と地域社会の構築に努力している。TPP参加に対するオールタナティヴは、中小零細企業のそうした営みそのものの中に存在するということができる。

 また、国内に留まる中小企業が新事業分野への事業転換及び国内の生産設備の共同化・集約化・事業統合などの構造改善に向けた支援の強化、省エネルギー・新エネルギー・医療・介護サービス等高い付加価値が期待される成長分野への円滑な事業転換、及び構造改善に意欲的に取り組めるよう、政府の支援の強化が求められている。

参考文献

■中野剛志(2011)『TPP亡国論』集英社新書
■岡田知弘・伊藤亮司・にいがた自治体研究所編(2011)『TTPで暮らしと地域経済はどうなる』自治体研究社
■相田利雄(2012)「特集・TPPはだれのため?――中小企業に多大な悪影響」『月刊・労働組合』568号
■吉田敬一「大企業本位のグローバル化か、地域特性を生かしたグローカル化か」(2012)『農業協同組合新聞』2012年7月10日付

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