「原発輸出とは、差別構造の輸出である」 ~講演会「核被害の輸出を繰り返さないために― マレーシア、そしてベトナム 差別の視点から考える」 2013.5.18

記事公開日:2013.5.18取材地: テキスト動画
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(IWJテキストスタッフ・久保元)

 2013年5月18日(土)15時、大阪市淀川区の新大阪丸ビル本館において、「核被害の輸出を繰り返さないために― マレーシア、そしてベトナム 差別の視点から考える」と題した講演会が開かれた。市民団体「ノーニュークス・アジアフォーラム・ジャパン」が主催したもので、講師として和田喜彦氏(同志社大学経済学部教授)と吉井美知子氏(三重大学国際交流センター教授)を招いた。

 和田氏は、マレーシアのレアアース精錬工場が引き起こした放射能汚染の実態を紹介した。この工場は、三菱化成と現地企業との合弁企業で、もともと日本国内にあった精錬工程を、日本の法規制の強化によって、規制の緩い発展途上国に移転した点を、「日本による公害輸出の典型例」と批判したほか、2012年暮れに、オーストラリア企業がマレーシアで操業を開始したレアアース精錬工場に、日本政府や商社などが深く関わっていることを紹介。「レアアース市場が活気づく今だからこそ、過去の教訓から学ぶべきだ」と述べた。

 吉井氏は、ベトナムへの原発輸出の問題点を紹介した。ベトナムは、経済自由化政策によって急激な経済発展を遂げた一方で、汚職や環境汚染、貧富の格差拡大など、様々な社会問題が起きていることを説明した。また、原発建設によって、電力を大量消費する大都市と原発立地地域との対立や、多数民族と少数民族との対立など、様々な対立構造を生むこと、さらに、差別を受けるのはいつも経済的弱者や少数派である点を挙げ、「原発輸出とは、差別構造の輸出である」と批判した。

■全編動画

  • 和田喜彦氏(同志社大学経済学部 教授)「マレーシア・レアアース精錬工場の環境影響 ~ エイジアンレアアース事件とライナス社問題」
  • 吉井美知子氏(三重大学国際交流センター 教授)「ベトナムへの原発輸出と差別の視点」
  • 日時 2013年5月18日(土)15:00~
  • 場所 新大阪丸ビル本館(大阪府大阪市)
  • 主催 ノーニュークス・アジアフォーラム・ジャパン

和田氏による講演「マレーシア・レアアース精錬工場の環境影響~ エィジアン・レア・アース事件とライナス社問題」の要旨

 ハイテク産業に欠かせない存在のレアアース(希土類金属)は、陸上のレアアース鉱床のほとんどにトリウムやウランなどの放射性物質が含まれている。このため、採掘や精錬の過程で出る鉱滓(こうしょう)は、コンクリートや鉛で覆うなど、厳重かつ極めて長期間の管理が必要となる。

 マレーシアでは1970年から80年頃にかけて、トリウム232などによる深刻な放射能汚染が発生した。首都クアラルンプール北部のペナン州ブキメラ村において、レアアースの一つであるイットリウムを、モナザイトと呼ばれる鉱石から取り出す過程で発生した鉱滓の管理や、精錬工場で働く労働者に対する放射能防護措置が杜撰(ずさん)だったことなどにより、労働者の被曝や周辺住民から産まれた胎児の先天性異常などの被害が発生した。

 この放射能汚染を引き起こしたのが、三菱化成が現地企業と合弁で設立したエィジアン・レア・アース(ARE:Asian Rare Earth)社の工場である。日本では、1968年の原子炉等規制法の改正によって、放射性廃棄物の保管や投棄について、厳重な管理が必要となったことから、それまで日本国内で行っていたレアアース抽出工程を、規制の緩い発展途上国へ移転していった。

 この工場では、精錬過程で年平均400トンもの鉱滓が発生したが、工場は適切な保管施設を持たず、鉱滓を池に投棄し、工場裏の地面に野積みにした。その結果、周辺住民に様々な健康被害が発生した。異常出産はマレーシア平均の3倍、子どもの白血病やガンの罹患率は40倍にものぼった。また、環境調査によって、廃棄物投棄場の外周で自然放射線の50倍、投棄場所では730倍もの放射線量が検出された。その後、反対運動や裁判闘争を経て、レアアース工場は1994年に操業を休止し撤退した。この一連の「エィジアン・レア・アース事件」は「日本による公害輸出の典型例である」と和田氏は指摘した。

 マレーシアの国土を放射能で汚し、住民に健康被害をもたらした公害施設をようやく「退治」したのも束の間、放射能汚染が再び繰り返されるのではないかと懸念される工場が、再びマレーシアに建設された。オーストラリアのライナス(Lynas)社が、オーストラリアで採掘したレアアース鉱石を精錬するために、マレーシア東部のペハン州ゲベンに工場を建設し、2012年から操業を開始した。この工場は、ARE社の問題と同様、日本が深く関わっている。レアアース輸入を、世界シェア95%の中国に頼るリスクを軽減する観点から、日本政府はJOGMEC(石油天然ガス・金属鉱物資源機構)を通じ、ライナス社に対し200億円の融資を図ったほか、双日・JOGMEC・ライナス社との間で、日本に対して10年間のレアアース安定供給を行う契約も結んだ。

 この精錬工場の危険性を指摘する意見は根強い。工場は湿地帯に位置しており、汚染物質が漏洩した場合に地下水を通じた汚染拡散が懸念されるほか、操業開始直後の2012年暮れには、工場が洪水被害に見舞われている。工場側は、「廃棄物の放射能レベルはかなり低い。漏れてもバックグラウンド(環境放射線)以下の値だから心配ない」と主張している。しかし、ドイツの専門機関は、「廃棄物が環境に漏れ出た場合の汚染は、国際許容限度の1000倍に達する」と警告し、「ドイツ国内なら建設が許可されない設備である」と批判している。

 和田氏は、「レアアース市場が活気づく今こそ、日本政府もマレーシア政府も、国際社会も、過去の教訓から学ぶべきだ」と主張した。

吉井氏による講演「ベトナムへの原発輸出と差別の視点」の要旨

 ベトナム戦争終結後のベトナムは、社会主義国家となったが、1980年代中盤に「ドイモイ」と呼ばれる経済自由化政策を掲げ、目覚しい経済発展を遂げてきた。経済発展に伴い、富裕層が増えた一方で、汚職問題、環境問題、貧富格差拡大、麻薬やエイズの蔓延など、これまでなかったような社会問題が続々と社会問題化している。特に、ストリートチルドレン(貧困や孤児など、様々な事情で学校にも行けず、道端でうろうろしている少年)が急増しているが、ベトナムは共産党による一党独裁のため、政治的自由は少ない。NGO団体がケアをしようとしても、集会・結社の自由がないので、支援者が逮捕されたりもする。

 経済発展に伴い慢性化する電力不足を解消するという大義名分のもと、ベトナムの国会は2009年11月、国内2ヶ所の原発建設を承認した。2ヶ所のうち、「第1サイト」の2基をロシア、「第2サイト」の2基を日本に発注することを決定し、野田政権は2011年暮れにベトナムとの間で原子力協定を結んだ。最初の原発は2014年に着工、2020年の稼働予定となっており、ベトナム政府は2030年時点での原発14基体制を目指している。

 ベトナム国内では、原発建設に対する立ち位置が4パターンある。1つ目は、グエン・タン・ズン首相など、政府内部でも一握りしかいない推進派。2つ目は、グエン・クアン科学技術大臣など、政府内部の穏健反対派。3つ目は、都市の中間知識層や海外越僑(中国の華僑に相当する在外ベトナム人)、ベトナム中部の先住民族で原発立地地元となってしまうチャム族などの反対派。4番目は、何も知らされていない大多数の国民。国際放送ラジオ聴取やインターネットを使える人以外は、政府発表の情報しか知らない人が大半である。

 2012年5月、学者で著名ブロガーでもあるグエン・スアン・ジエン氏らが、野田首相および在ベトナム日本大使館に送った抗議文の内容をブログに掲載した。この中でジエン氏らは、551名の署名とともに、「ベトナムへの原発建設の支援は、無責任、非人道的、非道徳である」と主張した。ところが、後日、ジエン氏の職場に恐喝団が押し入り、抗議文をブログから削除するよう強要、抗議文を削除せざるを得なくなった。また、6月には情報局(公安当局)によってジエン氏は監査を受け、ブログの強制閉鎖に追い込まれたほか、情報局に同行した老婦人が暴行を受けて大怪我をする事態となった。一方、日本側においても、インターネットで抗議内容が書かれたブログを発見した研究者らが和訳し、ネット上に拡散するなどしたものの、日本のマスコミの大半が抗議文を無視した。

 吉井氏は、原発に関して、「電気を消費する大都市(ハノイ・ホーチミンなど)」対「危険な原発立地過疎地(ニントゥアン)」、「原発で儲ける企業や人々」対「被曝労働者」、「電気を享受する現世代」対「核廃棄物を受け継ぐ将来世代」、「多数民族(キン族)」対「少数民族(チャム族)」、「脱原発を進める先進国」対「原発を建設する途上国」など、様々な対立構造が発生することを説明した。そして、その対立構造によって不当に差別を受けるのは、いつも経済的弱者や少数派であるとし、「原発輸出とは、差別構造の輸出である」と批判した。

 今後の課題として、吉井氏は、「いかにして、原発建設の支援をキャンセルに持ち込ませるかがカギとなる」と述べた。ベトナム国内の反対派と日本の反原発市民団体との連携などを通じて、ベトナム国内の反対世論を盛り上げたい構えだが、ベトナムには表現の自由がないため、反対を唱えるベトナム人は政府当局から恐喝され、ブログ閉鎖や逮捕に追い込まれ、日本人であれば入国禁止や強制送還になりかねない点を懸念材料として挙げた。その上で、日本においては、「原発を売らない」「輸出支援をしない」運動を盛り上げていくことで、建設計画にプレッシャーを掛けていく方向性を示した。

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