2012年12月18日(火)18時30分、京都市上京区の同志社大学・今出川キャンパスにおいて、米国における反原発運動の第一人者であるポール・ガンター氏による講演が行われた。ガンター氏は、36年間にわたって原発の危険性を訴え続けており、現在はワシントンに拠点を置く反核NGO「ビヨンド・ニュークリア」に所属し活動している。ガンター氏は、「原子力規制委員会の手本-米国NRCの実態を暴く-」とのテーマで、NRC(米国原子力委員会)の抱える数々の問題点と、NRCを参考に組織したとされる日本の原子力規制委員会の問題点について、専門家の視点から見解を述べた。
- 日時 2012年12月18日(火)18時30分
- 場所 同志社大学・今出川キャンパス(京都府京都市)
歴史から何を学んだのか
冒頭、ガンター氏は、NRCのアリソン・マクファーランド委員長が「福島第一原発事故の影響を調べ、原子力規制をもっと強化していくことが、緊急に求められている」との主旨を語ったことについて、「『緊急に求められている』のは、以前から存在したことだ」と述べ、さらに、「私はこの36年間、スリーマイル事故後も、チェルノブイリ事故後も、福島事故後も、何度も『改革』というものを見てきた。大事故だけではなく、『ニアミス』も何度も起きているが、その都度、『原子力規制を改善しなければならない』と言われてきた」と語った上で、「状況は改善されなかった」と批判した。
また、ガンター氏は、英国の著名な劇作家であるジョージ・バーナードショーが述べた、「我々が歴史から学ぶことは、我々が歴史から何も学んでいないということだ」という名言を紹介し、「原子力にも当てはまる」とした。さらに、「福島原発事故の惨事から学ぶべきことを忘れている。学ぶべきことは『この事故は、人間によって、原子力産業によって、政府によって、規制当局によって作られた事故である』ということだが、それらをすでに忘れている」と批判した。
原子力産業に主導権が握られている
ガンター氏は、米国で1954年に制定された「アトミック・エナジー・アクト」(原子力法)について、「明らかに、公衆の安全よりも、原子力産業のビジネスを優先した内容である」と指摘。規制そのものが、元来、原子力産業寄りであり、原子力産業からの圧力によって、原子力産業の許容する範囲内でしか規制を実施できない、「原子力産業に主導権を握られている」実態があると指摘した。
また、原子力産業に主導権が握られていることを証明する出来事として、1998年に起きたある「事件」を紹介した。この中で、ガンター氏は、NRCが原発設備の設計ミスを発見し、検査を大幅に強化したことについて、原子力産業側のコンサルタントグループが米国議会に苦情を申し立て、「NRCの予算を9000万ドル削減すべき」「NRCの人員を700人カットすべき」といった内容のロビー活動を展開した結果、NRCが規制強化の姿勢を一変させ、「規制緩和に転じた」と説明し、NRCによる公的かつ法的な拘束力を持つ規制から、原子力産業側の都合に任せた「自主規制」に移行している実態を解説した。また、NRCの予算の90%が、原子力産業からの「認可料」に基づくものとなっている実態を紹介した。
NRCは「絡め取られている」
ガンター氏は、米国における規制当局の実態について、「原子力規制が機能していない」と指摘し、原子炉自体の問題、核廃棄物の問題、安全裕度(許容範囲)の問題、材質の問題、設計基準の問題などについて、「規制をどんどん緩和している状況が顕著に見られる」とした。また、米国の原子力産業が、二大政党(共和党・民主党)に政治資金を寄付しているとも述べた。
その上で、「NRCが原子力産業にどんどん絡め取られていっている」とし、さらに、本来は敵対関係にあるべきNRC委員や政府、原子力産業の間で、「回転ドア」のような交換人事が行われているとし、NRCの委員長だったデール・クライン氏が、東京電力が設置した原子力改革監視委員会の委員長に就任した実態を紹介した。
ガンター氏は、クライン氏の「問題行動」について、追加の言及を行った。9.11同時多発テロのあと、「米国の原発が旅客機に直撃されたらどうなるか」ということが憂慮されるようになったが、のちの調査の結果、アルカイダはもともと10機の旅客機をハイジャックし、そのうちの1機を米国の原発に直撃させる原発テロ計画を持っていたことが解明されていたと説明した。この原発テロ計画について、クライン氏が2007年に、「もともと原発は構造が頑丈なので、航空機を使った攻撃にも十分耐えられることがわかっている」と発言したことを紹介した。
その上で、ガンター氏は、シカゴのアルゴンヌ研究所が1982年に発表した、「米国内における全ての建設中の原発は、大型ジェット旅客機の墜落を考慮して格納容器を設計する必要がないことが確認された」との報告があることを知っていながら、「クライン氏は、そのことを国民に言わなかった」と述べた。
「故意的な無責任」の横行
ガンター氏は、「NRCが原子力産業に絡め取られてしまった」結果として起きている、「故意的な無責任の横行」についても具体的事例を示した。
米国には、福島第一原発の原子炉の炉型と同じ「マーク1」の原発が23基もある。マーク1の格納容器は、過酷事故が起こった際には、耐えられないということが福島第一原発事故でわかったにもかかわらず、「今年の6月に発行されたNRCの報告書では、その学ぶべき経験が生かされていない」ばかりか、「深刻な事故によって、燃料が損傷した際にやらなければいけないことを、『やらなくていい』というように推奨してしまっている」とガンター氏は批判した。
原発における火災事故の危険性についても言及し、何十年にもわたって危険性を改善するための工事がなされず、放置されている実態を紹介した。これによると、ある米国の原発で、1975年に電気配線を格納したダクトを焼く火災が発生し、消火設備につながる電気配線が燃え、メルトダウンが起きていてもおかしくない非常事態につながる重大事故とされた。この火災によって、防火に関する規制が1980年に施行されたが、火災を起こした当の原発は、依然としてその規制をクリアしていない、お粗末な実態であることを紹介した。
さらに、米国内の別の原発において、原子炉の容器頂上部から錆が漏れ出ている状態なのに、2000年にNRCが運転を認可した問題も紹介した。これは情報公開請求によって、運転認可の数年後に明らかになった問題で、ガンター氏は「NRCが規制を優先せず、電気を作る生産プロセスや、電力会社の都合を優先させたことを物語っている」と厳しく批判した。
その経緯について、ガンター氏は、原発プラントメーカーのパブコック&ウィルコックス社が設計した、米国の原発7基のうち6基に、制御棒を挿入する鞘(さや)にひびが入る問題をNRCのスタッフが認識し、NRC上層部に相談していたにもかかわらず、上層部は電力会社に「相談」をし、結果として電力会社側の都合を優先し、NRCが点検の前倒しを指示しなかった実態を説明した。
その結果として、検査が前倒しされることなく運転が継続され、2002年の定期点検の際に、ひびから発生したボロンの影響により、原子炉の容器頂上部に深い穴が開き、ステンレスが残り4ミリまで腐食するという危険な状態になっていたことが判明したとし、さらに、その後の追跡調査で、原子炉の破壊まで、残りわずか8週間だったことが判明したとも説明した。
NRCを参考にすることは問題
ガンター氏は、NRCが「絡め取られている」状況に加え、「故意的な無責任」が横行していることによって、「次の大事故は、アメリカで起こってしまうのではないか」と懸念を示した。また、「危険であるということが100%解明されていない場合、安全側の立場に立って、検査のために運転停止を前倒しする姿勢がないことが明らかになった」と指摘。さらに、「NRCは、米国民を守るのではなく、原子力産業が『安全』に対して高額な出費をしなくても済むように、原子力産業側を守ってしまっている」と批判した。
ガンター氏は、原子力産業に絡め取られているNRCの規制が、日本の原子力規制のモデルになったとされていることに憂慮の念を示し、「いまこそ、産業の利益よりも、公衆の安全が最優先されなければならない」と主張した。一方、日本に50基ある商業用原発のうち、稼働中の大飯原発3・4号機を除き、48基の運転が再開できていないことについて、ガンター氏は、「市民パワーの成果」を強調し、米国の反原発運動とも連帯し、原子力規制をさらに強化していくことに期待感を示した。
なお、ガンター氏による講演の終了後、イタリアの環境団体「レガンビエンテ」に所属する生物学者のモニカ・ゾッペ氏が緊急に登壇し、国民投票によって脱原発を決定したイタリアの実情を詳しく解説した。