「徴用工」「女子勤労挺身隊」訴訟に対する韓国最高裁判決に寄せて「元徴用工の韓国大法院判決に対する弁護士有志声明」呼びかけ人・弁護士 岩月浩二氏による特別寄稿! 2018.12.29

記事公開日:2018.12.29 テキスト
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(文:岩月浩二氏)

 2018年11月2日に行われた岩月浩二弁護士インタビューの中で、岩上安身は直近のニュースとして韓国の徴用工判決を取り上げた。

 太平洋戦争中に日本で強制労働をさせられた韓国人の元徴用工4人が、雇用者であった新日鐵住金に損害賠償を求めた訴訟で、2018年10月30日、韓国の最高裁にあたる大法院は原告の主張を認め、1人あたり1億ウォン(約1000万円)の賠償金支払いを命じた。

 これに対し、河野太郎外務大臣は韓国の駐日大使を呼び、「日韓の友好関係の法的基盤を覆すものだ」と抗議。安倍晋三総理は11月1日の国会で、「1965年の日韓請求権協定で解決済みの問題。国際法に照らせば、ありえない判断だ」と遺憾の意を表明した。日本の大手メディアも、ことごとく「終わった話を蒸し返す韓国の不当な判決」という論調を展開し、日本の社会には韓国を非難する空気が急速に広まっていった。

 こうした風潮に対抗する意味合いで、岩月氏に特別に寄稿をお願いしたところ、名古屋三菱・朝鮮女子勤労挺身隊訴訟での経験をも踏まえ、日韓請求権協定について論じる上で踏まえておかねばならない、条文の意味や、いくつかの重要な判例について、下記の記事をお寄せ下さった。時宜を得たものであるとともに、折りにふれて立ち返るべき指摘に富んでいる点に、本寄稿の価値があると考える(以上、IWJ編集部)。

記事目次

第1 はじめに
第2 日本訴訟
1 提訴
2 被害事実
(1)皇民化教育
(2)朝鮮少女の労務動員とその波紋
(3)欺罔と脅迫による勧誘
(4)強制労働
(5)解放後の人生被害
(6)重大な不法行為
3 日本訴訟の判決結果
第3 請求権協定に関する日本側の解釈について 個人請求権は消滅していない
1 政府見解
(1)「個人の請求権そのものを消滅させたものではない」
(2)救済を拒む論理
2 裁判所の解釈
(1)最高裁判決
(2)請求権の性質
3 小結
第4 韓国最高裁判決の概要
1 裁判官の意見分布
2 多数意見
第5 請求権協定による資金は賠償金・補償金ではない
1 「5億ドル問題」についての誤解
2 5億ドルの内容
3 開発援助としての請求権協定資金
4 経済協力資金による開発援助と個人請求権の関係
5 日中共同声明との相違
6 「韓国政府が責任を取るべきだ」論の誤り
第6 先延ばしの結末
1 判決遅延の経過
2 日本経済界・日本政府の動き
3 顛末
第7 解決への道
1 日本政府の対応の拙劣さ
2 日韓請求権協定による解決手続
3 解決の可能性
4 植民地主義の克服
(1)日本政府の対応、日本世論に現れた植民地主義
(2)入管法改正と植民地主義
(3)植民地下における重大な反人道的不法行為
5 アジアの国として日本

第1 はじめに

 元徴用工が新日鉄住金、三菱重工業に対して損害賠償(慰謝料)を求めた訴訟の韓国最高裁(大法院)判決が下され、大きな波紋を呼んでいる。「国際法上あり得ない判決」、「暴挙」など、いたずらに対立感情を煽る日本政府の言うことを真に受ける方は、IWJの視聴者の中には多くはないだろう。しかし、これほど社会の雰囲気が韓国政府非難一色になると、その影響を受けないでいることはかなり難しいだろうとも思う。

▲岩月浩二弁護士(2018年11月2日、IWJ撮影)

 日韓請求権協定(以下、「請求権協定」とする)の解釈という、優れて高度な法律問題について、一国の法律専門家の超エリート集団が、そうそう容易に論破されるような軽率な判決を下すはずがない。頭から間違っているとする、韓国最高裁判決に対する非難には、韓国を下に置く、近代日本に深く刻まれた朝鮮差別意識が透けて見える。

▲韓国大法院(最高裁)(Wikipediaより)

 詳細に検討すれば、ある意味で、日韓の裁判所の立場には、実践的な意味での開きは小さい。求められているのは日韓両国、両国国民が、厳然たる強制労働の被害に対して、どう向き合うかという人権に対する真摯な姿勢である。知恵を寄せた解決の模索が強く求められている。それは、まさに現在問題になっている外国人技能実習生に対する深刻な人権侵害、そして入管法改正による事実上の単純労働に従事する外国労働者の移入拡大に舵を切った安倍政権にどう向き合うか、という点にも通じる。

 まず、原告らが訴えている被害がどのようなものであったかを、私自身が弁護団事務局長を務めた名古屋三菱・朝鮮女子勤労挺身隊訴訟(2018年11月29日韓国最高裁は三菱重工の上告を斥け、原告の勝訴判決を確定させた)を通じて、紹介したい。全ては、被害事実を直視するところから始めるべきだからだ(「被害に始まり、被害に終わる」が公害訴訟を闘った我々弁護士の先達の教訓である)。

第2 日本訴訟

1 提訴
 それは、特別な光景だった。

 多くのテレビカメラが回る中、当時70歳近い原告らとともに裁判所の建物に向かう提訴行動のとき、60歳の弁護団長(内河惠一)は、突然、原告らの手を取り「お手々つないで」を歌い始めた。弁護団が当惑する中、原告らがそれに応えて唱和した。原告らにとって、その歌は身になじんだ歌だったからだ。

 1999年3月1日に名古屋地方裁判所に提訴された、名古屋三菱・朝鮮女子勤労挺身隊訴訟は、そうした不思議な明るさの中で始まったのだった。

2 被害事実
(1)皇民化教育
 原告らは、徴用工とも慰安婦とも認知されることのない、韓国社会では狭間に落ちた、女性の強制労働被害者だった。

 彼女たちは、朝鮮半島で皇民化教育が本格化した1937年前後に小学校(国民学校)に入学し、日本語での教育、宮城(皇居)遙拝、皇国臣民の誓詞の暗唱を求められ、天皇に対する尊崇の念を徹底して埋め込まれる教育を施された。

▲1940年1月1日の朝鮮日報(Wikipediaより)

 原告らは、70代になっても、日本語での日常会話に差し障りがなかった。皇国臣民の誓詞すら、ほぼ全員が暗唱していた。

「・私共は、大日本帝国の臣民であります。
 ・私共は、心を合わせて天皇陛下に忠義を尽します。
 ・私共は、忍苦鍛錬して立派な強い国民となります。」
 小学校入学と同時に皇民化教育を受けた彼女たちは、「皇民化教育の完成品」とも呼ばれ、宗主国日本に対する素朴な憧憬と畏敬の念を抱いていた。

(2)朝鮮少女の労務動員とその波紋
 戦時中、日本は成年男性を徴兵した結果、著しい労働力不足を生じた。不足した労働力を補うため、中国、朝鮮、台湾等から多くの労働者を動員した。大戦末期にはまだ幼い少女までを朝鮮から動員して、朝鮮女子勤労挺身隊として富山(不二越・約1100名)、名古屋(三菱重工・約300名)、沼津(東京麻糸・約300名)の軍需工場で働かせた。日本に連れ去られた若い女性の多くが慰安婦とされた中、相対的に少数の女子が労務動員された。

 挺身隊の動員は当時の朝鮮では「処女供出」と呼ばれ、恐れられた。未婚の女子を動員されることを恐れた朝鮮では保護者が娘を急ぎ結婚させた。現実に当時のソウル(京城)では婚姻年齢の顕著な早婚化が進んだ(京城府東大門警察署管内では19歳から21歳だった初婚年齢が1944年1月から5月頃にかけて15、16歳に低下した)。

(3)欺罔(ぎもう=人を欺くこと)と脅迫による勧誘
 彼女たちは、小学校の担任、校長らから「日本に行けば、女学校へ行ける」「働いてお金ももらえる」と騙されて日本に連れてこられた。当時の朝鮮では朝鮮人が女学校へ進学する道はほぼ閉ざされていた。皇民化教育によって天皇を崇拝し、日本に対する素朴な憧れを抱いていた少女たちにとって、日本で女学校に行けるという誘いは夢のような話だった。教師に対する絶対的な信頼を植え付けられた少女を騙すのは容易なことだった。いったん承諾した少女の親が日本に行くのを反対しても、「憲兵が親を逮捕する」等と脅迫して、彼女らは日本行きを強制された。

 要するに年端もいかない少女たちは、皇民化教育により親以上の信頼を寄せた教師らに容易に騙され、親が反対すれば、脅迫を加えられて、日本に連れてこられた。日本訴訟の名古屋高等裁判所判決(2007年5月31日)は、これを強制連行であったと認定している。

(4)強制労働
 こうして連れてこられた少女たちは、三菱重工名古屋航空機製作所道徳工場に配置された。軍用機を製造する工場で、幼い少女には過酷な労働を強いられることになった。女学校に行けるどころか、賃金も払われることはなかった。1944年12月6日、東海地方を襲った東南海地震では工場が全壊し、朝鮮女子勤労挺身隊員6名が死亡した。


▲1930年に採択されたILO第29号条約(強制労働撤廃条約)。赤は未批准国。日本は1932年に批准(Wikipediaより)

 前記した名古屋高等裁判所は、労働実態・労働環境を踏まえ、ILO29号条約に違反する強制労働であったと認定している。

(5)解放後の人生被害
 日本の敗戦によって、故国に帰った彼女たちを待っていたのは、思いもよらぬ偏見と差別だった。当時、「挺身隊」とは「慰安婦」の別名と考えられていた(※)。日本に連れ去られた若年女性の圧倒的部分は「慰安婦」とされ、相対的に少数の少女が労務動員された。「挺身」とは身を捧げることを意味する。連れ去られた朝鮮から見れば、日本に連れて行かれた若年女性は全て「慰安婦」であると誤解されたのである。ある時期までの日本も韓国も女性に対して、純潔であることを極端なまでに要求した。

※韓国では「挺身隊」がほぼ「慰安婦」の意味で使われており、日本での報道でもそうした用法が一般的であった。植村隆『真実――私は「捏造記者」ではない』(岩波書店、2016年)134-135、222―223頁を参照されたい。なお、特定の用語の混同を集中的に批難し、あたかも被害の事実まで否定しようとする歴史修正主義者の「包括否定」の主張は看過できない。こうした行為は、「正確さ」を持ち出しながら、かえって歴史の真実から目を背けるものであろう。この点は高橋哲哉『戦後責任論』(講談社、2005年)137-146ページで指摘されている。

▲挺身隊の京城隊・仁川隊が参拝した朝鮮神宮(京畿道京城府南山)(Wikipediaより)

 純潔を失った女性は「汚れた女性」と分類され、「遊ぶ相手」と見做されて、社会や家庭から排除され、婚姻生活に入ることは許されなかった。帰国後まもなくこれを知った原告らは、「挺身隊」に動員された過去に固く封印し、過去を知られることに怯える人生を送ることを余儀なくされた。固く封印しても秘密は漏れる。挺身隊の過去を知られた原告らは、離婚を強いられ、あるいは夫から虐待を受け、夫が家を出た。甚だしくは夫が、外で「汚れていない女性」ともうけた子どもを実子として育てることを強いられた原告もいた。提訴後に、初めて夫に「挺身隊」の過去を打ち明けた結果、離婚された原告もいた(こうした人生被害は「慰安婦」とされた女性も共通して被った人生被害である)。

 彼女たちの日本訴訟にかけた思いがひときわ深かったのも、被害者とみなされず、「汚れた女性」として社会や家庭から排除されるという、こうした人生被害のまさに、ただ中にいたからでもあっただろう。

(6)重大な不法行為
 上記名古屋高裁判決は、こうした事情を総じて、彼女たちに対して日本国と三菱重工が行った行為を「個人の尊厳を否定し、正義・公平に著しく反する不法行為」であったと断罪したのだ。

▲名古屋地方裁判所(Wikipediaより)

3 日本訴訟の判決結果
 2005年2月24日、名古屋地方裁判所判決は原告らの心情まで踏み込んだ異例の事実認定をして原告らの被害に寄り添いながらも、被告国と三菱重工の行為に対する法的判断を回避し、請求権協定を理由として、原告らの請求を棄却した。その論理は極めて特殊技巧的なものであり、後の最高裁判決(2007年4月27日)の論理を先取りしたものであった。この論理については、後に述べる。

 2007年5月31日、控訴審判決は、さらに踏み込んで、前記した国と三菱重工の行為は、「強制連行・強制労働」であり、「個人の尊厳を否定し、正義・公平に著しく反する不法行為」であると断罪したが、すでに出ていた最高裁判決(2007年4月27日)と同様の論理によって、請求権協定を理由として、原告らの請求を排斥した。

 2008年11月11日、上告を斥ける最高裁決定によって、原告らの日本訴訟は敗訴の結末を見た。

 以下では、原告らが敗訴を強いられた請求権協定に関する日本政府及び日本裁判所の解釈について検討する。

第3 請求権協定に関する日本側の解釈について 個人請求権は消滅していない

(…会員ページにつづく)

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  1. もぐらたたき より:

    奥が深いないようですね。
    歴史を見ると朝鮮も日本も考え方が似てますね。
    汚れた嫁・・・・外で作った子供を育てられる・なんか日本も女性の
    差別は酷いですからね。
    まだ私は勉強不足と感じた記事ですわ。

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