学校法人「森友学園」をめぐる問題に日本中の注目が集まるなか、2017年3月16日から衆院憲法審査会が議論をスタートさせた。
現在、議論の柱となっているのが「緊急事態条項」の創設だ。同条項には、大震災などの有事と選挙が重なった場合、国会議員の任期を延長する規定も含まれている。自民、公明、民進の3党は、いずれも国会議員の任期延長規定について「検討が必要」との見解を示している。
しかし、「緊急事態条項」の要は議員の任期延長規定ではない。自民党が用意する改憲草案の「緊急事態条項」の条文を一読すれば、その狙いがかつてナチス・ドイツの築いた「独裁体制」の確立にあると、誰にでも理解できるはずだ。
▲議場で全権委任法への賛成を求めるアドルフ・ヒトラー(ウィキペディアより)
緊急事態条項の本質は、戦争や大災害などの有事に国家を維持するため、一時的に法の秩序を停止することにある。自民党の掲げる緊急事態条項は、「緊急事態の宣言があった時、内閣は法律と同一の効力を有する政令を制定できる」とし、行政府のトップが立法府の権限をも一手に握ると定めている。文字通りの独裁である。
さらに、自民党改憲草案には、緊急事態宣言の確実な解除も設けられておらず、事実上、「戒厳令」が永続化してしまう可能性も否定できない。実際、仏パリでは2015年11月の同時多発テロで「非常事態宣言」が出されて以降、5度にわたって延長が繰り返され、今も解除されていない。その間には、治安当局の権限が徐々に強化されてきたといわれている。
「歴史的にも不当な目的や期間延長、過度の人権制限、司法の抑制など、多くの国で軍人や政治家に濫用されてきた。自民党の緊急事態条項は、ナチスの全権委任法にあたる独裁条項だ」──。
こう指摘するのは、日弁連災害復興支援委員会・前委員長の永井幸寿弁護士だ。災害現場をよく知る永井弁護士は2015年12月19日、IWJ代表・岩上安身のインタビューにこたえ、いかに緊急事態条項が日本にとって不要なものであるかを説いた。
▲阪神・淡路大震災による火災の様子(ウィキメディア・コモンズより)
★なお永井弁護士のインタビューは【岩上安身のIWJ特報!】から購入も可能です。 (こちらは「まぐまぐ!」にて別途ご登録が必要です) ※「まぐまぐ!」登録用ページ→こちらから ※永井弁護士の特集ページ→こちらから
2017年3月23日、衆院憲法審査会で「参政権の保障をめぐる諸問題」をテーマに参考人質疑が行われ、参考人として招かれた永井弁護士は緊急事態条項の危険性を論じ、「災害をダシにして憲法を変えてはいけない」と突きつけた。
「災害は事前の準備なくして対策できない」と永井弁護士は説き、「災害のあとに国家に権力を集中しても、泥棒を見て縄をなうようなもので、災害対策にはまったく役に立たない」と断言する。
政府・与党そして野党の一部(民進党の細野グループなど)が緊急事態条項を災害対策名目で導入を図ろうとするのは、多くの人の災害への苦しみ、不安につけこむ、「泥棒」的な魂胆があるからである。人の弱みにつけこみ、一挙に権力を奪いつくす。ヒトラー並みの、最悪のワルが考えつく「手口」である。災害がダシにされていることに、国民皆が気づかなくてはならない。
以下、永井弁護士の意見陳述を全文掲載する。
日本国憲法の考え方は「国家緊急権はあえて設けず、緊急事態は平常時から法律で備える」
▲衆院憲法審査会で意見陳述する永井幸寿弁護士
永井幸寿弁護士(以下、永井氏)「私は阪神・淡路大震災で事務所が全壊して以来、22年間、被災者支援に関わってきた者です。その立場でお話を致します。
第一に、災害を理由に『緊急事態条項』を憲法に設けるべきか、ということです。私は災害を理由とした緊急事態条項を憲法に創設することには反対です。
『緊急事態条項』とは、『国家緊急権』を憲法に創設する条項です。国家緊急権とは、戦争、内乱、大規模災害など、平時の統治機構では対処できない非常事態に、国家の存立を維持するために、人権保障と権力分立を停止する制度です。
日本国憲法は国家緊急権を置いていませんが、その趣旨は昭和21年7月15日、帝国憲法改正案委員会の議事録の中での政府の答弁(※)で、明確に明らかにされております。国家緊急権の乱用の危険から、あえて憲法には国家緊急権は設けないが、緊急事態には平常時から法律などで準備する、というものです」
※昭和21年7月15日、帝国憲法改正案委員会議事録で、金森徳次郎国務大臣が、「1. 民主主義。民主政治を徹底させて国民の権利を擁護するためには、非常事態に政府の一存で行う措置を防止する。2. 立憲主義。非常という口実に、政府の自由判断を大幅に残しておくと憲法が破壊される可能性がある。3. 憲法の制度。特殊な必要があれば臨時国会を招集。衆院解散中は参議院の緊急召集で対処できる。4. 法律などによる準備。特殊な事態に濫用されないよう、平時から政令制定で完備する」と答弁した記録が残っている。濫用防止のため、国家緊急権は憲法に制定せず、平常時から厳重な要件で、法律で整備すると明言している。
災害関連法は完備済み! 総理大臣に認められている「政令制定権」「首長への指示権」「自衛隊派遣要請」「警察統制権」
永井氏「では、災害関連の法規は整備されているのでしょうか。これは大変、よく整備されております。
例えば内閣は、災害緊急事態には国会のコントロールのもとで4つの項目に限り、罰則付きの政令制定権が認められております。また、内閣総理大臣は、関係指定行政機関の長、地方公共団体の長などに対する指示権が認められ、防衛大臣に対する、自衛隊の部隊派遣要請ができる。警察庁長官を直接指揮監督して、一時的に警察を統制するなど、権力が集中するシステムとなっております。
▲自衛隊航空隊による、陸前高田市での行方不明者捜索の様子(ウィキメディア・コモンズより)
また、人権の制限に関してみると、都道府県知事に、医療関係者に対する従事命令、財産権の管理・使用、物資の保管命令、収容の権限、職員の立入検査などが認められ、これらを罰則付きで強制しています。さらに市町村長に対しても、瓦礫の撤去などにつき、強制権が十分認められております。
では被災者にとって一番、重要な国のルールとは何でしょう。これは憲法ではなく、それよりも下位のルールである、法律、通知、条例などです。
例えば、仮設住宅に断熱材が入るのか、あるいは、復興住宅に入居するには連帯保証人が必要か。これらは被災者にとって大変重要な問題ではありますが、法の運用や条例の問題であって、憲法の問題ではありません。
災害対策の原則は何でしょう。
これは、医療の専門家、あるいは建築の専門家など、災害の専門家が口をそろえて言うのは、『準備していないことはできない』ということです」
東日本大震災の際の「不手際」は「安全神話」で事前準備を怠った結果!
永井氏「国家緊急権は、災害が発生した後、泥縄式に権力を集中する制度です。しかし、災害後にどのような権力を強力に集中しても、対処することはできません。東日本大震災で、国や自治体の不手際というものが言われましたが、その多くが、事前に準備していなかったことが原因です。
例えば原発事故で、原発から4.5kmの双葉病院では、寝たきりの高齢者が、避難の混乱で50人亡くなりました。これは、なぜこういうことが起きたのでしょう。
法律の制度では、国は防災基本計画、都道府県、市町村がこれに基づいて地域防災計画を策定する義務があり、そして、指定行政機関、自治体の長は、防災計画の実施に努め、防災訓練の実施義務が認められています。
しかし、国、自治体、事業者において、事実上、災害で原発事故は起こらないということになっていたんです。つまり、事前に県境を超えた避難者の避難経路、あるいは、渋滞のときのサブの経路、あるいは事前にドライバーや車両の確保、そして避難した後の、長期の生活の場の確保の計画、あるいはその訓練、これについての自治体の連携や、住民参画がなかったことが原因です。
法律の適正な運用による事前の準備がなかったことが原因であり、緊急事態条項を創設しても、対処することはできません」
被災市町村アンケートで「市町村が権限を持つべき、または市町村の権限を強化すべき」が計96%に!
永井氏「では、国と市町村の役割分担について、被災市町村はどう考えているのでしょうか。このグラフの資料をご覧いただきたいと思います。
私は平成27年7月から9月まで、被災3県、岩手、宮城、福島の市町村を訪問して、市長にヒアリングを行い、また、日本弁護士連合会は9月に、37市町村にアンケートを実施し、27市町村から回答を得ました。
アンケートでは、国と市町村の役割分担について、市町村の権限は強化すべきか、現状維持にすべきか、軽減すべきかと聞きました。『現状』とは、災害対策基本法による、『第一次的な災害対策の権限は市町村にあり、国はその後方支援を行う』ということです。
そのアンケートの結果は、『(市町村の)権限強化』というのが29%、『現状維持』が67%、『(市町村の)権限減少』が4%でした。つまり、これらを総合すると、市町村は第一次的権限を持つ、または権限を強化するというのが96%でした。
なぜこのような結果になるのでしょう?
関東大震災では、死者の80%が焼死したということです。阪神・淡路大震災では、死者の80%が圧死しました。自宅に押し潰されたんです。東日本大震災では、死者の80%以上が溺死しました。津波に流されたんです。
このように、同じ災害というのはふたつとしてありません。そして、ひとつの災害でも、時間の経過によって、命を救う72時間以内、避難所、仮設住宅の設置、あるいは復興住宅の設置などの過程でニーズは刻々と変わってきます。
このニーズに関する情報がただちに入り、これに対し、もっとも効果的な対処ができるのは、国ではありません。被災者に一番近い、市町村です。逆に、国がこれを対処すると、情報が入らず、また、公平性や確実性が求められてしまい、妥当性を欠く対応をしてしまうことになります」
震災時のドタバタ劇!東日本大震災で官庁が送った「通知」は一自治体につき1000通!?
永井氏「では国の役割は何か。これは『後方支援』です。『人、物、金』を出すことです。
『人』について言えば、マンパワーや専門性の補完のための職員の派遣です。『物』は、被災地の求めに応じて、物資を送ることです。そして『金』、これが一番重要です。市町村を信用して、予算の裁量を認めるということです。
問題なのは、市町村に予算や災害対応の裁量を認めないことです。国の許認可権など、法制度運用が平常時対応であり、縦割り行政であることです。そこで、市長は国との折衝に膨大な時間と労力を費やしてしまい、この時間が、被災者の時間に費やしたいというのが、市長の願いです。
福島県の浪江町長は、被災者のために、一時的な医療施設を作ろうとしました。しかし、これは医療法、建築基準法、消防法、景観法に違反するということで反対されました。
災害対策はこのような災害時に、包括的な適用除外法令を作ることによって、対処すべきものです。また、東日本大震災では、多くの官庁が法律の弾力的運用について、通知を送りました。しかし、その数は一自治体に1000通送られたんです。これによって被災自治体は、対応することは到底できませんでした。
これらは、平常時から過去の災害を調査、検討して、災害時の適用除外の法律や、法律の特例について、恒久的な法律を制定すべきことです。そしてこれは、皆さんがいらっしゃる国会が行うべきことです。
▲福島県双葉郡浪江町(IWJ取材)
また、自治体はいつ起こるかわからない災害のために、費用や時間をかけて準備するのは、現実には困難な面があります。そこで、災害時には自治体は何をどうしていいかわからない、ということがあります。で、このノウハウを持っているのは、過去の被災経験のある自治体であり、国ではありません。
東日本大震災でも、神戸市や新潟県など、被災経験のある自治体の職員が派遣され、適正な対応が初動期から実施することができました。これをシステム化したのが、関西広域連合であり、また、災害対策基本法30条2項の職員派遣の調整の制度であります。
国が行うべきことは、職員派遣について、予算面で後方支援することであります」
被災市町村で「災害時に憲法が障害にならなかった」が96%!残る4%も「法律を知らなかった」
永井氏「東日本大震災では、災害対策について『憲法が障害になることが明らかになった』という意見が繰り返し述べられたことがありました。