10月26日、宮崎県と北海道の二カ所でTPP協定に関する地方公聴会が行われた。28日には衆議院で承認案が強行採決されると危惧されたが、採決は一旦見送られた。だが政府与党は、今国会会期中での協定承認と関連法成立を狙っており、予断を許さない状況だ。
IWJは、地方公聴会が行われた翌日27日、宮崎県西都市で和牛繁殖業を営む橋口秀一氏にインタビューを行い、繁殖農家の現状やTPP協定で予想される畜産業への影響等について、話を聞いた。
以下、インタビューの一部を掲載する。
(取材・文:安道幹)
特集 TPP問題
10月26日、宮崎県と北海道の二カ所でTPP協定に関する地方公聴会が行われた。28日には衆議院で承認案が強行採決されると危惧されたが、採決は一旦見送られた。だが政府与党は、今国会会期中での協定承認と関連法成立を狙っており、予断を許さない状況だ。
IWJは、地方公聴会が行われた翌日27日、宮崎県西都市で和牛繁殖業を営む橋口秀一氏にインタビューを行い、繁殖農家の現状やTPP協定で予想される畜産業への影響等について、話を聞いた。
以下、インタビューの一部を掲載する。
記事目次
■ハイライト
——こちらには、牛が何頭いるんですか?
橋口氏「親牛が25頭、子牛が20頭くらいです」
——宮崎は2010年に口蹄疫の問題がありました。こちらではどういった被害が出ましたか?
橋口氏「全頭、感染を止めるためにワクチン接種してから、殺処分となりました。その時も25頭ほどいました」
——ということは、またゼロからやり直されたんですね。
橋口氏「一応、補助とかはあったんですけど、口蹄疫を止めてくれということで、牛のない状態にしてから。当時は、インターネットを始めたところで、いろんな方に励まされました」
——牛は、だいたいどれくらい育てるんですか?
橋口氏「うちは黒毛和牛。雌牛の親に種をつけてから、子牛を産ませる。その子牛を10ヶ月ほど育てて、市場に出荷し、肥育農家に買ってもらいます。
雄はだいたい280日。雌で300日。子牛はだいたい3ヶ月で、離乳させます。次は11月10日が競りです」
——さきほど高千穂の農協さんに行きましたが、競りは二ヶ月に一回と言っておられました。
橋口氏「ですね。ちょうど口蹄疫の前に、一競りの子牛が多くなって、年8回だったのを、10回に増やそうということになったんですが、増やすという目前に口蹄疫があって……。一気に減ってしまって、今は年に6回です。毎月じゃないので、子牛を280日とか300日とか、なかなか2ヶ月では……」
——タイミングが合わないですよね。その場合どうするんですか?
橋口氏「早めに出したり、遅らせるかですね。子牛の育ちを見ながら。口蹄疫のあとに、親牛を一気に入れたんで、今、生まれる時期が重なって多いですね。子牛がゴロゴロいます」
——母牛も、ある段階で出荷するんですか?
橋口氏「そうですね。だいたい8産、10産くらいで。あとやっぱり種つきの悪い牛とか見合わないものは、やっぱり早めに出荷することになりますね」
——母牛は、枝肉用として出すんですか?
橋口氏「母牛専用の市があって、肥育農家の方が買っていかれます」
——橋口さんは専業でされてるんですか?
橋口氏「牛以外はやってないですね」
——このあたりは、繁殖農家さんはどれくらいあるんですか?
橋口氏「あと6、7軒くらいですかね。昔はみんな、役牛が各家にいたみたいですけどね」
——黒毛和牛ということで、高級品ですね。やはり国内流通が多いんですか?
橋口氏「今のところはそうですね。こちらの和牛子牛は、松坂さんとか、向こうが肥育農家さんなんですけど。そちらで、松阪牛とか神戸ビーフとか。買われた先でまた変わるんですけど」
——ここで育てられた子牛が「松阪牛」になったりするんですか?
橋口氏「そうですね。肥育元牛という位置づけですね。地元の宮崎が買えば、宮崎牛になりますし」
——子牛の卸しは、今、ご商売として順調なんでしょうか?
橋口氏「どうしてもこの業種は3K業種なので、危険ということもあって、高齢の方がすごくやめていて、需要に追いつかない状況です。子牛は今までにないくらいの高値にはなっています。
やっぱり口蹄疫の時にも思い知ったんですけど、いちから始めると、子牛が生まれて、収入になるまで3年かかるので。小屋などの機材も、ものすごくいります。
自分も親がやっているからやりましたけど、いちからとなると、やはり思い切りがいると思いますね。よほどの補助や手当てがない限りは、個人では無理だと思います」
——宮崎は畜産が盛んですが、TPPでは38%の関税が16年かけて9%になるとのことです。これについてはいかがですか?
橋口氏「政府が発表しているのもどうか……。いろいろ見ていたら、最終的に無関税になるとかも聞いてるんで。おまけに、テレビを見ている人には、畜産農家だけがものすごくダメージを受けるようなイメージがあるけど、他の業種もダメージを受けるので。
なんか、目くらましに使われてるような気がせんでもないんですけど。最初は農業、農業といわれて、本丸は他のところにあるような気がします」
——黒毛和牛は高級品として差別化されているということですが、38%が9%になれば、実際、ご自身の仕事についてどういう影響が出ると思いますか?
橋口氏「かなり、そうですね。とにかく入ってもらいたくないの一言に尽きます。差別化しているといっても、これも牛肉やオレンジ自由化の時にも差別化をはかるということで、あれで結局、だいぶみかん農家もつぶれたという話はあったみたいです」
橋口氏「今、子牛が高くなったから増やそうとか、ばんばん規模を拡大という前に、TPPで思いっきりブレーキをかけられるというか」
——ブレーキというふうに感じますか?
橋口氏「もう、読めないですもんね。国会で黒塗りのやつとか出されても」
——昨日の地方公聴会では、特に自民党の議員は「TPPをチャンスにして外に輸出していくんだ」と、「攻めの農家」ということを言っていました。それについてどう考えますか?
橋口氏「神戸牛さんとか。自分たちは、肥育農家さんたちがやっぱり頑張るしか、あちらに買ってもらうのが直接の収入なので。なので、肥育さんがどう動くか。今は、自分たちは子牛も高くて喜んでいますけど、肥育農家さんは、最近は枝肉も少しは上がってきてるみたいですけど、やっぱりきついと」
——TPP協定で、先に直接影響を受けるのが肥育農家。枝肉を売るところが、もろに競合してしまうということですね。
橋口氏「一心同体ですね。肥育農家さんが倒れると、自分たちまでもろに影響がきます。肥育農家さんに頑張ってもらうと言えば、なんか、全て丸投げになってはいけないんですけど・・・。
とにかく自分たちは、肥育農家が損をしないように、お互いウィンウィンみたいな感じでいきたいんですけど、TPPでもろ影響を受けられると、こっちにも価格の影響が来ますので」
——そのへんを見越して、今のうちに何か対策はしていますか?
橋口氏「さらに生き残りをかけて、種牛によっては、脂肪交(霜降やサシ)を出すとかで変わってくるので。そっちの、いい種をつけてから、直接のお客さんである肥育農家さんにも貢献できるような感じで、いろいろ試しているんですけど。なかなか、まだ技術が……。
うちとしては、いい牛を作ること、最終的にはそれくらいしかないんじゃないかと」
——和牛の繁殖農家さんとして、とにかくいい牛をつくるしかないと。
橋口氏「あと、細かいところでは一年一産といって、分娩間隔ってあるんですけど。2年に一頭しか出さない牛と、毎年ぼんぼん産んでくれる牛は儲かるみたいに、そういう技術の努力とか。分娩間隔短縮の技術とかはあります。そっちでバンバン回転率をあげていくのはあるんですけど……」
橋口氏「それと、補助だとか、対策は出てくると思うんですけど。TPPが一番怖いのは、やっぱりISD条項で、非関税障壁じゃないかと訴えられれて日本が負けたら、その対策もやめますとなるのが、もう目に見えてる。しかもラチェット条項で、締結内容の後戻りはできないと」
——肥育農家と「一心同体」というのは、そうだなと思いました。先ほど、品種改良というか、回転率を上げるためのいろんな工夫をするという話がありましたが、それは、度を超せば倫理的な問題になりませんか?経済競争主義を優先させて。
橋口氏「やっぱりその辺は、農家でもありますね。牛をモノとして扱うのか、生き物として扱うのか。なかには知り合いで、牛が魔物だという方もいらっしゃって。やっぱり可愛いことは可愛いんですよね、牛って。つぶらな瞳で、みんな二重まぶたで、まつ毛は長いしで(笑)。撫でれば擦り寄ってくるし。
今、残ってる畜産農家さんというのは、口蹄疫とか、牛肉の自由化とかあって、それでも牛が好きか、牛しかできない人が残ってると思うんですね。かなり職人のような、ふるいにかけられて減ってきて、少数精鋭とまで言わないんですが」
——和牛繁殖農家さんの間で、どこまで牛を生き物として扱うか、あるいはもっと技術的に回転率を上げて、商品として扱うか、話し合いはあるんですか?
橋口氏「そのまま言っちゃえば、農家はお互い仲がよいのと、同時にライバル関係でもあって。仲のいい農家は、うちうちでどうすればいいとか話はしてるんですけど。やっぱり職人気質の方が多いとは思います」
——TPPが発効されれば、日本の牛のブランド志向で、どこまで対応できるでしょうか?
橋口氏「そうですね。国内も需要がこれから減る一方ですから。今、うちの親でさえ、年取ってるんで、豚肉の方がいいとか。やっぱり牛肉は若者の食い物という感じがありますから。
海外に打って出る、打って出ると言ってるんですけど、結局、外需頼みになるということは、貿易摩擦が起きて、日本の牛を買わんとなれば一気に落ちる感じもしなくもないです」
——「俺達はべつに海外へ売るために育てているわけじゃないんだ」と、そのあたりの思いはありますか?いや、どんどんチャンスなんだから、外に出していこうよという人もいると思いますし。
橋口氏「そうですね、根性でできるわけじゃないですし。もうちょっと情報収集ですね。やっぱり肥育農家さんが、店舗での消費者のニーズを把握されるし、そこを肥育農家からフィードバックしてもらって。
海外では宗教によって、牛と一緒に飼ってはいけない動物がいたり、そういうのを宮崎でもやり始めてるみたいですけど。ああいったことでも、こちらは合わせていかないといけないと思いますね」
——TPPによって肥育農家さんからの要求がさらに細かく、高いものになってくる可能性があるということですか?
橋口氏「あると思います。なんというか、もう、とにかく(輸入牛は)これから入ってほしくないの一心なんですけど。もうちょっと緊密に連携して」
——今は肥育農家さんとの密なやりとりは、そこまでないんですか?
橋口氏「そこまではないです。今は特に繁殖農家の肥育元牛が高いので、やっぱり値段のところで、子牛の生産農家は笑ってるけど、肥育農家さんはちょっときつくて。本当はもうちょっと情報のやり取りをしたいんですけど、お互い腹の探り合いみたいなところもあって」
——この近辺では他にも繁殖農家さんがいらっしゃいますが、TPPが発効されれば、例えば次の10年、商売がどうなっていくだろうと予想されますか?
橋口氏「自分は40代ですが、ほとんど高齢の方が多くて、(肥育元牛の価格が)今高値なので、売ればもう退職金だという感じで。これまでずっと苦労されてきた方々で、やめるなら今という方が多いです。たぶん10年経ったら、自分ともう1軒くらいしかないかなと。
牛って、園芸農家とは違って、その年に植えた種がその年にお金になるわけじゃないですし、やめようと思って、ぱっとやめられるものでもない。早め、早めの動きをしないといけない。やめたらもう今後は、できないと思います」
——ご商売としては、子牛価格が高止まりして、悪い状況ではないのかもしれませんね。
橋口氏「ですが、子牛の需要は減らないので、値段は崩れないかもしれないけど、一軒の肥育農家さんたちが今アップアップで誰が沈むかを見ている状態らしいので、そのつぶれたところを、大きいところが吸収していって、一軒が大きくなっていきます。
それで、肥育農家が繁殖農家を担って、一貫経営するようになります。一貫経営を始めると、肥育農家は市場に子牛を出すことはないので、競り場に子牛が出なくなって、地区連の統廃合が起こると思います。
知り合いの話では、残った繁殖農家と肥育農家で、相対取引になっていくんじゃないかと。それか下請けになっていくかですよね。国も統廃合させていこうという動きに見えるんですけどね」
——その肥育農家の中でも、生き残りがあると思うんですが、TPP発効後どうなっていくでしょうね。高級志向、差別化しか生き残っていく道がないということでしょうか?
橋口氏「お金持ちは中間層よりも、やっぱり需要は少ないので。いくら高級化、ブランド化しても、消費がないと。一億総中流化みたいな感じでいけば、需要の層が増えるんですけど、高級肉ばかりやってても、ほんの一握りですから。
いい肉ってそんなにどか食いできるものじゃないので。今、中国は中間層が増えてますけど、そこが潰れてしまったら結局……。日本でも内需が強いと言われてましたけど、今は格差がついて、その中で子供も増えていかないので。肉を食べるのは、子どもがいるところですから。肥育農家さんも、消費先を見つけて、そちらにシフトせざるを得ないと思います」
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