原子力規制委員会は2015年5月20日、愛媛県にある四国電力伊方原子力発電所3号機の安全対策が「新規制基準を満たしている」と結論付けた「審査書案」を取りまとめた。報道各社は「事実上の審査合格」などと一斉に報じた。規制委は翌21日から30日間、意見を一般公募したうえで、審査書を完成させる。

　審査書案がまとまったのは、九州電力川内原発1、2号機（鹿児島県）、関西電力高浜原発3、4号機（福井県）に次いで3例目となる。残る審査や、設備検査に必要な日程を考慮すると、再稼働の時期は早くても今年の冬以降になると見られているが、愛媛県民の69.3%が再稼働に否定的（愛媛新聞2015年03月11日世論調査）であり、今後、地元の合意は困難を極めることが予想される。

払拭されない大地震のリスク

　今回の審査では、原発の北約8キロを東西に走る国内最大級の活断層「中央構造線断層帯」による大地震の影響が争点となっている。

　四国電力は、申請時に断層の長さを54kmとしたが、規制委の指摘を受けて最長480kmにも及ぶ中央構造線断層帯との連動もふまえて再計算した。その結果、最大級の揺れの想定「基準地震動」を570ガルから650ガルに引き上げたが、これで十分な安全性が確保できるのか、甚だ疑問が残る。

▲赤線が中央構造線/黄色い星印が伊方原発の位置（出典：wikimedia commons）

　東日本大震では実測値で2933ガルを記録し、福島第一原発をはじめとする複数の原発は、「想定外（と主張する）」の揺れと津波が直撃したことで甚大な被害を受けた。伊方原発がある瀬戸内海でも、阪神淡路大震災で実測値818ガルを記録しており、650ガルを「最大級」とする想定は甘すぎるとしか言いようがない。

　2014年3月14日には、愛媛県西予市で最大震度5強を観測する地震が発生し、震源地から伊方原発までは僅か約44kmの距離だった。南海トラフ地震を含め、大地震に見舞われるリスクが高い地域であることは間違いない。

• 【特別寄稿】伊予灘地震：震源地は上関原発から16km・伊方原発から44kmだった（IWJ中継市民・こうのみなと） 2014.3.21

万が一、事故が起これば水産業をはじめ甚大な経済損失

　今回、審査書案が了承された伊方原発3号機は、ウランとプルトニウムの混合酸化物（ＭＯＸ）燃料を使う「プルサーマル発電」の原子炉である。

　もし、この原子炉で大事故が発生すれば、最も危険な元素とされるプルトニウムが、豊かな水産物の宝庫である瀬戸内海や豊後水道を汚染し、甚大な人的・経済的損失をもたらすことは容易に想定できる。

　海面漁業・養殖業の生産額（2013年度農水省統計）は、愛媛県849億円、大分県372億円、山口県160億円、福岡県293億円、高知県489億円などとなっており、もし、伊方原発で大事故が発生した場合は、周辺５県だけでも年間2165億円規模の水産業が壊滅する危険性をはらんでいる。

注目される地元判断

　今回、原子力規制委員会の審査に事実上合格した伊方原発にとって、今後は「地元の同意」が最大の焦点となる。とりわけ注目されるのは地元首長と議会の判断だ。

　中村時広・愛媛県知事は、「今後、規制委が最終判断に至った場合、その根拠などを含めて国から説明を受け、安全性を確認したい」との談話を発表した。同じく、伊方町の山下和彦町長も、「再稼働に対する地元同意については、安全審査の正式決定を経て国から要請があったのち、町議会などの意見を集約して判断する。現時点で新たに申し上げる事項はない」とのコメントを発表している。2人の首長ともに、再稼働の是非については明言を避け、慎重な姿勢を崩していない。

　冒頭にも述べた通り、愛媛県民の69.3%が再稼働に否定的（愛媛新聞2015年03月11日世論調査）であり、肯定的な30.8%を大きく引き離している。地元の首長や議員は、この民意を簡単には無視することのできない状況におかれている。

　また、このまま原発再稼働ができなければ、経営破綻が現実味を帯びてきている、北海道電力、関西電力、九州電力の３社とは違い、四国電力は2015年度3月決算で黒字を確保するなど経営が安定している。このまま伊方原発を再稼働しなくとも、四国電力が経営破綻しないことが担保され続ければ、地元経済界からの再稼働に対する圧力は、そこまで高まらないと予想される。ここが、川内原発の再稼働に前のめりとなっている隣の九州電力とは、大きく事情が異なる点である。

　伊方原発に限らず、原発問題は、地元の雇用に直結する問題であり、原発を停止させ続けておく為には、地元住民と電力会社の利害関係を考慮した現実的な駆け引きを行う必要がある。