9月5日の停戦合意後も火種がくすぶりつづけるウクライナ危機。東部ドネツクでは11月9日、激しい砲撃の応酬があった。11日には欧州安保協力機構(OSCE)が、「さらなるエスカレーションのリスクがある」と警告を発した。OSCEの監視団は8日と9日、所属不明の軍用車両が親露派の支配領域から前線へ移動するのを確認していた。
今月はじめに北京で開催されたAPEC(アジア太平洋経済協力会議)において、米国のオバマ大統領とロシアのプーチン大統領が複数回接触。両国間で応酬が続く経済制裁の原因となっているウクライナ情勢について、協議を重ねている。
旧ソビエトの書記長をつとめたミハイル・ゴルバチョフ氏は11月8日、ウクライナをめぐる米国とロシアとの緊張関係により、世界が新しい冷戦の淵にあると警告している。
- 世界は新たな冷戦の瀬戸際にある=ゴルバチョフ氏(ウォールストリートジャーナル、2014年11月9日)
停戦合意直後の9月15日、岩上安身はベルリンのドイツ左翼党本部を突撃取材。国際関係を担当するオリバー・シュレーダー氏にインタビューした。アポイントなしの突然の訪問に対し、シュレーダー氏は快く対応していただいた。
ウクライナ危機をめぐる話題の中でシュレーダー氏は、米国、EU、NATO、ドイツ政府の姿勢を批判。また、ロシアのやり方も「支持しない」との立場を明確にし、「ウクライナ紛争の平和的解決」を訴えた。
左翼党は、2013年の連邦議会議員選挙で全630議席のうち、64議席を獲得。ドイツキリスト教民主同盟(CDU)とキリスト教社会同盟(CSU)の統一会派の311議席、ドイツ社会民主党(SPD)の193議席に次ぐ第3番目の勢力となっている。現在はドイツキリスト教民主同盟/キリスト教社会同盟とドイツ社会民主党が連立を組むため、議会で左翼党は野党第一党の位置にある。
ウクライナ紛争の平和的解決を求める左翼党の姿勢は一貫している。ロシアによるクリミア編入直前の2014年3月14日、左翼党連邦議会議員団長のグレゴール・ギジ氏は連邦議会で演説し、ロシアの行動を軍事的なものとして批判。またNATOやEUの拡張主義が、ロシアの過剰な反応を招く原因となっていると指摘した。
さらに左翼党は、ウクライナ東部が内戦状態におちいろうとする5月、NATO、ドイツ連邦政府、EU、米オバマ政権、そしてロシア政府といった紛争関係者に対し、事態の収拾を呼びかける。そのウェブサイトでは、エスカレーションの終結、ロシアに対する制裁への反対、武器輸出の停止などを主張する運動を展開した。
平和の追及とならんで、左翼党の党是には社会正義の実現も重要な柱としてある。シュレーダー氏は、貧困状態にあるワーキングプアや年金生活者、貧困の連鎖という形で、ドイツが格差社会化している現状を指摘。「富の配分方法」を変えていく必要があると語った。
- 日時 2014年9月15日(月)現地時間 16:00ごろ〜(日本時間 23:00頃〜)
- 場所 ベルリン市内(ドイツ)
ウクライナ危機:西側の一方的なロシア叩き、しかしロシアのやり方も支持できない
岩上「東ベルリンの政党左翼党(左翼党)本部におじゃましています。ドイツに来てつくづく分かったのは、ウクライナ危機について非常に単純な『すべてはプーチンが悪い』というプロパガンダが広められています。この複雑な問題を読み解こうとする人やメディア、情報も少ないということが分かりました。
そんな中、この『左翼党』は問題の複雑さを読み解こうとしているそうです。ご紹介するのは、左翼党本部で国際関係を担当するオリバー・シュレーダーさんです」
シュレーダー氏「ウクライナでの出来事は、ドイツや欧州の人間にとって非常に大きな関心事です。欧州に戦争の危機がおとずれるのは、ユーゴスラビア・コソボ紛争以来の初めてで、非常に悲しむべきことです。
左翼党は、この紛争に関与するいずれの陣営の政策も最善のものとは見ていません。ご質問は、この紛争におけるロシア連邦の役割が、一面的なイメージで語られていることについてですね。それには私たちも同感です。あまりにも一方的に、すべての責任がプーチン大統領に転嫁されていると思うからです。
しかし、ここではっきり申し上げておかねばならないのは、私たちはウクライナ紛争におけるプーチン大統領やロシアの立場を支持していないということです。ウクライナでのあの強引なやり方は、断じて左の政治ではありません。
これは一方では安全保障の問題であり、他方ではパワー・ポリティクスの問題でもあります。例えばクリミア編入は、歴史的な背景や、ロシア国内事情を考えれば理解はできるものの、これを合法と認めることも正当化することもできません。よって私たちは、これを厳しく批判します」
EUはウクライナの胸元に「ピストルを突きつ」け、自由貿易圏へと誘う
シュレーダー氏「ただ、しかし、私たちはドイツにおける野党として、この問題を当然追及していきます。EU、米国、そしてとくにドイツ政府もこの問題に関する私たちの意見を拒否しています。ウクライナに選択を迫るなど、彼らのウクライナ政策はあまりに無神経でした。
私たちはこの国が1991年にできたばかりの、まだ非常に若い国だということを忘れてはなりません。ウクライナの国内は東と西との間、いくつものオリガルヒの部隊の間で引き裂かれています。ウクライナの人びとは裏切られてきました。はじめは多額の賠償金が入りましたが、歴史の見直しはされてきませんでした。
たとえば第二次世界大戦時、一部のウクライナ人は赤軍として共に戦い、ヒトラーを打ち破るという歴史的貢献をしました。反赤軍、反ドイツ軍の人もいれば、ドイツ軍と共に戦った人びともいました。それらはすべてウクライナで起こったことなのです。これについて一度も話し合われることがないまま、今日になってこうした状況で再び紛争が噴出しています。
それゆえ、ウクライナに自由貿易圏に加わるよう呼びかけるEUの提案は、まるで胸元にピストルを突きつけるようなものでした。非常に無神経です。EUはこの問題を扱う際にもっと配慮が必要でした」
欧州で戦争を起こしてはならない
シュレーダー氏「同様に、東方に拡大しつつあるNATOも、もっと配慮すべきでした。旧ソ連のバッファ・ゾーンだったブルガリア、ルーマニア、バルト三国がすでにNATOに加盟し、今度はウクライナまでもがこれに加わる計画でした。少し歴史を知っていれば、ロシアがそれを容認するはずがないとわかるはずです。ロシアの国益が絡む領域に、さらに深く侵入することになるからです。良くも悪くも、それが現実です。
欧州の統一は、ベルリンの壁の崩壊から15年を経た今なお完成していません。つまり、いずれの陣営も過ちを犯したということです。何よりもまずお互いに話し合う必要があると思います。
交渉において欧州安保協力機構(OSCE)が主導的な役割を果たしているのは良いことです。いまウクライナに武器を供与するのは間違っています。黒海沿岸でNATOの軍事演習を行うのも間違っています。事態がエスカレートするのを防ぐために、今はあらゆる手だてを尽くさなければなりません。なぜなら、ヨーロッパで戦争を起こしてはならないことは明らかだからです。
そのために私たちは議会でも街頭でも、ウクライナ紛争の平和的解決を呼びかけています。それをできるのは本来ウクライナ人自身だけです。ウクライナに住む人々こそ、お互いに話し合うべきなのです。
しかし、政府は難しい役割を果たしています。ここで事件のことはひとまずおいて、ヤヌコヴィッチ政権の崩壊に話を移しましょう。現在の政権は、大統領選挙によって合法的に承認されていますが、その行動は非常に偏ったものです。
左翼党はキエフ政権のメンバー内にファシストが含まれていることを一貫して批判している唯一の政党です。政権内にファシストがいたら、その運営はいったいどうなるでしょう? これが私たちからメルケル首相への質問です。
ウクライナに関するドイツの外交政策は、方向性として間違っています。この問題へのスタンスは政治家によって違います。たとえば外相は、ドイツ大統領よりも建設的な役割を果たしています。大統領は政府内には属していませんが、ウクライナ情勢におけるドイツの対応には、光よりも影の方が多い」
続く米国の一極支配
岩上「この摩擦は本来はウクライナ国内の問題だったはずです。ところが、今のキエフの政権、あるいはその前の暫定政権を米国がバックアップし、対立をあおるようなことをしています。
ジョン・マケインのような人が来てアジテーションをしたり、ビクトリア・ヌーランドのような人が直接的に組閣に口出しするようなことをしている。そして停戦合意をしたのにNATOが武器を供給するようなことをしている。背後で米国が対立をあおっているように思います。この米国の動きについて、どう考えますか?」
シュレーダー氏「オバマ大統領は一般教書演説の中で、今度アジア・太平洋を重視すると述べました。しかしそれは、米国が欧州の政治に影響力を及ぼすことを断念するという意味ではありません。
NSAの盗聴問題を見ればわかります。密接な同盟国であるドイツ首相個人の電話が盗聴されたのです。これはもちろん情報と支配力への意志の表れです。アメリカは建設的な役割を果たしているとは言えません。
私たちはオバマ大統領が冷戦時代の論理を克服したと期待していたのですが、米国はいまだにそれにとらわれているようです。米国は唯一無二の超大国、世界を支配する国です。世界中のいたるところで、もはや介入はしませんが、影響力を持ち続けようとしています。米国はその責任を上手く果たしているでしょうか。私はそうは思いません。
ウクライナ危機に関して言えば、西側寄りのオリガルヒたちに支援を行っていることは明らかです。これは批判すべきことです。
ドイツも基本的に同じことをしています。ウクライナの政治に影響力を及ぼそうとしているのです。現在のキエフ市長である元ボクシング世界チャンピオンのクリチコ氏がいます。彼の『ウダル党』はコンラート・アデナウアー財団から、つまりメルケル首相率いるCDU(ドイツキリスト教民主同盟)から多額の資金援助を受けています。
これはやり過ぎです。もちろん支援はすべきですし、知識を伝えることは必要ですが、自国の政治のコピーを他国で作ろうとすべきではありません。それは介入となります。
ウクライナの人びとは、これまで何度も自国の政治システムに失望してきました。彼らには新たなスタートが必要です。今の政党はどれもひどいと思います。お金重視、外国の利益重視で動いているからです。東部のオリガルヒたちはモスクワと手を結んでいますが、彼らの方がより良くやるとも思えません。ウクライナの下からの運動が出てくるのが一番だと思います」
ドイツではウクライナ危機に対する関心は高い