警察裏金問題などを告発し続けてきたことで知られる、元警察官ジャーナリストの黒木昭雄氏が遺体で発見されたのは、2010年11月のこと。「俺が死んだら警察に殺されたと思ってくれ」が彼の口癖だっただけに、享年52歳という若すぎる死には、「他殺説」も流れた。
遺書も発見されていることから、少なくとも外形的には自殺だった。ただそこには、黒木氏が晩年、ジャーナリストとして真相究明に多大な精力を注ぎ込んでいた「岩手17歳女性殺人事件」が絡んでいることは間違いない。ほぼすべてのメディアがこの事件を軽視する中で、孤軍奮闘していた黒木氏は、精神面のみならず財政の面でも多大なストレスを強いた、ということだ。
死の約8ヵ月前、岩上安身は東京都内で黒木氏にインタビューした。「あえて予習はしてこなかった」という岩上安身の質問に、ひとつひとつ丁寧に応じる黒木氏。やがて、この事件の複雑なバックボーンが明らかになり、容疑者として指名手配中の男性の「冤罪の可能性」が浮かび上がってくるのだった――。
インタビューで話題の中心になる「岩手17歳女性殺人事件」の概要をさらっておこう。
2008年6月28日午後9時ごろ、宮城県栗原市に住んでいた佐藤梢さん(当時17歳)は、知人の小原勝幸容疑者から携帯電話で呼び出され、それから3日後の7月1日午後4時半ごろ、栗原市から約200キロ離れた岩手県川井村の沢で、遺体で発見される。司法解剖の結果、死因は手で首を絞められたことによる窒息死だった――。
当時の新聞・テレビによるこうした報道に接すれば、誰もが、佐藤さんに復縁を迫った小原容疑者が、断られたことに腹を立て殺害に及んだもの、などと納得するはず。だが黒木氏は、事件の実相はそんなに単純なものではないと主張する。
黒木氏は独自のリサーチで、次のような事実があったことを、すでに週刊誌などに発表している。
まず、この事件には同姓同名の2人の佐藤梢さん(高校時代は同級生で仲が良かった)が登場する。2007年2月ごろ、小原容疑者は友人と2人で両佐藤さんをショッピングセンターでナンパ。それを機に、小原容疑者はそのうちの1人(佐藤さんA)と交際を始める。
小原容疑者はナンパの数ヵ月前に、Z氏という知人の紹介で大工仕事に就くも、キツいからと1週間足らずで逃げ出してしまう。2007年5月、そのことで面子が潰されたと怒ったZ氏は、小原容疑者に日本刀をくわえさせるなどして、毎月10万円、計120万円の迷惑料の支払いを迫っている。
その際にZ氏は「保証人を立てろ」と要求。小原容疑者はそれに従い、佐藤さんAの名前と携帯電話の番号を記してしまう(ただし、Z氏は佐藤さんAには会っていない)。
黒木氏の見立ては、くだんの殺人事件には、このZ氏による「恐喝事件」が深く関係しているというものだ。
いくつもの疑問点
「私の取材に対し、佐藤さんAは『梢ちゃん(佐藤さんB)は、私の身代わりに殺されたのかもしれない』と言った」。
黒木氏はインタビューの序盤で、こう強調した。
「この事件のルポルタージュを、昨年、『週刊朝日』で連載している。その際、佐藤さんAからは実名記載の承諾を得ている。彼女は『事件の解決のためには、しょうがない』と話した」と続けた黒木氏は、この事件の不可解な点を挙げていく。
まず、警察庁が2007年11月1日に、小原勝幸容疑者に捜査特別報奨金として100万円の懸賞金をかけたことを指摘。「当時、1500人ほどの指名手配者がいる中で、懸賞金がかけられたのは5件ほどだった」とし、費用がかかる懸賞手配は、そう簡単には行われないと説明した。「さらに言えば、事件発生からわずか4ヵ月後に懸賞金をかけるのは異例中の異例。1500人の指名手配者の中には時効目前のケースもあるはずで、それを差し置いて、小原容疑者に懸賞金をかけるというのは何とも不自然だった」。
そして、「小原容疑者が佐藤さんBを呼び出したことは、携帯の履歴からすぐにバレる。当人が本当に佐藤さんBを殺したのなら、佐藤さんBの遺体を、工事作業員の目に留まるような、簡単に発見される場所には遺棄しないはずだ」と指摘。「当時、小原容疑者は右手を負傷しており、橋から遺体を、4~5メートル先にまで放り捨てることは、まず無理だ」とも語った。
Z氏による恐喝事件について黒木氏は、「警察は、佐藤さんBの殺人事件は恐喝事件とつながっている、と見立てるのが筋だ」と力を込めた上で、「しかしながら警察は(黒木氏の取材に対し)、小原容疑者が2008年6月3日に恐喝事件の被害届を出した事実さえ認めていない」と述べた。
そして、「銃刀法違反で捕まっていいZ氏には、私は実際に何度か会っているが、今なお大手を振って暮らしている」と強調し、警察のZ氏への捜査が明らかに不十分だと訴えた。 黒木氏は「Z氏が小原氏を脅した現場には、小原氏の弟がいた」と補足し、恐喝事件には証人がいることを指摘した。
遺族とメディアを分断するためのリーク
黒木氏は「小原容疑者は、もう、この世にいない可能性がある」と話す。「警察はそれを承知の上で、『死人に口なし』に乗じて懸賞金をかけて、小原容疑者を手配し続けているのだとすれば、隠したい真実があるに違いない」とした。「小原容疑者の父親が、警察犬を使った捜査を要請しても、岩手県警の捜査1課は『分単位でコストがかかるから』と断っている」。
さらに黒木氏は、「死んだ佐藤さんBの遺体にはタトゥーがあったことがリークされ、それが地元紙によって報じられたとたん、佐藤さんBの死に対する近所の人たちの受け止め方が大きく変わった」と述べ、「遺族に対し、メディアへの嫌悪感を抱かせるために(=メディアの取材を受けないようにするために)、意図的にタトゥーのことをリークしたとさえ思えてしまう」との認識を示した。
この事件に関する黒木氏の「推理」は、こうだ。Z氏は、何らかの経緯で小原容疑者から被害届が出されていることを知り、同容疑者に被害届を取り下げるまで保証人の佐藤さんAを人質にすると迫った。だが、佐藤さんAは人質になることを拒絶したため、佐藤さんBが替え玉として誘い出された――。
黒木氏は「これ以上のことは、この場では話すべきではない」としつつも、「どこから見ても小原容疑者に、佐藤さんBを殺す理由はない」と語った。
2010年6月30日、小原容疑者の父親は、国や県に対して指名手配の差し止めと、損害賠償を求める訴訟を起こしている。しかし、岩手県警は2014年8月現在も、ホームページで指名手配中の小原容疑者に関する情報提供を呼びかけている。
被害者の心の痛みがわかるか
黒木氏は、この事件の真相を明らかにするために、「調査委員会」の開設を岩手県の達増拓也知事に求めようと、小原容疑者の出身地である岩手県下閉伊郡田野畑村の村民から署名を募る活動も行っている。「車に寝泊まりして、村民の50パーセント余りから約2200筆を集めた」。集まった署名は2010年4月、岩手県副知事の宮舘寿喜氏に手渡された。
知れば知るほど、事件の解明を求める気持ちで一杯です。
10年の月日が経とうとも、辛さや悲しみはご家族や関係者の心から消えることはないでしょう。佐藤梢さん、黒木昭雄さんのご冥福を心から、お祈りするとともに、小原勝幸さんの必死な訴えが叶わなかった辛さ、どう解釈すれば良いのか、更には、冤罪としか考えられない背景に、胸が痛くてたまりません。どうか諦める事なく、真相究明をお願いしたいです。この状況から黒木さんは、自殺なんかしない‼︎人の心理ってそうでしょう。目標がある中で、「ごめんなさい。後はよろしく。」とはならない‼︎無念でならないはず‼︎