ネット右翼のヒーロー「テキサス親父」
能川「『テキサス親父』というネットユーザーをご存知ですか。名前の通り、テキサス在住のアメリカ人ですが、彼はYoutubeに動画をアップし、ネット右翼の目に止まりました。その動画は、ネット右翼的言動から日本で人気が出た。目を付けた日本の右派が『テキサス親父日本事務局』を作り、慰安婦問題否認論や捕鯨擁護論などを英語で喋らせて、コンテンツを作っている。
最近、テキサス親父が『すごい資料を発見した』と言い出した。米国の公文書館に問合せ、資料のコピーを送ってもらったと言い、その資料に『慰安婦はただの売春婦』と書いてある、と主張している。これを真に受け、『ほら、こんな証拠が出てきた』と言うネット右翼がいっぱいいる。
しかし、彼が自慢げに言っている内容は、1992年に出た資料集で、すでに紹介されていた。つまり、全然、新発見ではない。20年以上前からずっと知られていた資料だった」
岩上「連合国による調査報告。占領直後のものですよね?」
能川「いや、実はこれ、戦時中のものです。1944年、ビルマで日本軍に置き去りにされた慰安婦を、アメリカ軍が尋問した記録なのです」
岩上「日本軍が後退し、米軍が進駐、日本人を叩き出した。そして、アメリカ軍の占領下で、置き去りになった人たちを調査したわけですね」
能川「慰安婦問題に関心があれば当然知っている、非常に有名な資料です。中身は『20名の朝鮮人慰安婦と2名の日本人の民間人に対する尋問から得た情報に基づくもの』。慰安婦の方と、売春施設の業者への尋問記録です。
立場の異なる人々から話を聞き、レポートにまとめたもの。この時点でアメリカ軍は、これを犯罪として追及するつもりはなく、『占領したら、不審な民間人がいるから、とりあえず事情を聞いた』というだけで、別に深い追及をしているわけでもない。
決定的な資料ではないが、問題は『慰安婦は将兵のために日本軍に所属している売春婦。つまり従軍売春婦に他ならない』などと書かれていることです。『慰安婦』という用語は日本軍特有のものだから、『慰安婦』はマッサージをするだけでなく売春をしている、という但し書きが必要になる」
岩上「慰安という言葉は『慰める』、そのままでは『売春』とは受け取られないから。その文脈を無視して、『売春婦と書いてある証拠資料』と騒いでいるわけですね」
既出の調査レポートを「発見」と大騒ぎ
能川「そうです。彼らは、都合の悪い記述はすべて無視する。おそらく、ネット右翼の大部分は、自分でこれを読んだことがないと思う。たとえば、その慰安婦の募集に関しては、次のように書いてある。
『日本の業者たちが、日本軍によって新たに征服された東南アジア諸地域における慰安役務につく朝鮮人女性を徴収するため、朝鮮に到着した。この役務の性格は、明示されなかったが』、つまり、何の仕事か明らかにされなかったが、『それは病院による負傷兵を見舞い、包帯を巻いてやり、そして一般的にいえば、将兵を喜ばせることにかかわる仕事であると考えられていた』と。
で、『業者が用いる誘いの言葉には、多額の金銭と家族の負債を返済する好機。それに楽な仕事と新天地における新生活という将来性であった』と。要するに『騙して集めた』ということが書いてある。テキサス親父やネット右翼らは、こういう部分はすべて無視する。
ほかにも、次のような記述もある。『これは慰安婦がふつうの月で1500円程度の稼ぎを得ていたことを意味する』。当時のお金で1500円はすごい。これをもって、ネット右翼らは『慰安婦は高額所得者だった』と言うわけです。
ところが、その次に、こう書いてあります。『多くの労主(業者)は、食糧その他の物品の代金として、慰安婦たちに多額の請求をしたため、彼女たちは生活困難に陥った』。高額所得者どころか、ピンハネとインフレで生活困難。1500円といっても、日本円で払ってくれるわけではない。ビルマで日本軍が使ってた『軍票』で支払う。軍票というのは、地域によってはどんどんインフレを起こす」
岩上「日本が負けたせいで、軍票はお金に換金できない。軍票の価値がどんどん下がる」
能川「それを無視して、しかも、20年前からある資料を『発見した』と喜んでいる。人々の無知につけ込んだ悪質な詐欺です」
岩上「これで、金銭などを取るようなことだったら、詐欺ですね」
西村慎吾氏と桜井誠氏の共通項
能川「昨年、西村慎吾という維新の会の議員が除名されました。『韓国人の売春婦は、まだウヨウヨおる。大阪で『お前、韓国人慰安婦だ』と言ってやったらいい』という発言をして、さすがに除名された。
これと非常によく似たことを言ってるのが、在日特権を許さない市民の会(在特会)の会長、桜井誠氏です。彼らは東京の鶯谷で、『現代朝鮮人慰安婦5万人の即時追放』と題したデモをしました。出発前の集会で、桜井氏は『今、日本にいる朝鮮人売春婦5万人をなんとかしないと、また強制連行されたとか、日本人を責めはじめるぞ』と言った。で、即時追放しろと。
『朝鮮人売春婦』という言葉は、在特会に限らず、保守の街宣を聞いてると、よく出てくる。現在の日本で、売春をさせられている韓国人女性を引き合いに出せば、韓国政府に対して、何か言い返したことになると思っているようです」
岩上「なるほど。『韓国人は売春する』というレイシズムですね」
能川「それとセクシズム」
岩上「レイシズムとセクシズムによって、過去、強制的に慰安婦にさせられた女性の叫びや訴えが、無効化できると思っているのですね」
根底にある売春観「売るほうだけが悪い」
能川「性暴力の問題に関して、よく言われてきたことですが、彼らのロジックは典型的。売買春において『売る側だけを問題視して、買う側は問題視しない』というもの」
岩上「不思議でしょうがないのですが、こう主張する人は、確かにいる」
能川「仮に、人身売買で、日本で売春させられている韓国人女性がいたとします。ネット右翼らは『それは韓国政府の責任だ』として、韓国政府に反論した気でいる。しかし、『日本は目的地国であって責任がない』という理屈は、国際社会では通用しない。彼らはそれに気づかない」
岩上「売る女の問題であり、買う男は免罪されるというセクシズム、性差別ですね」
能川「すると、彼らが、なぜ、あそこまで強制連行にこだわるのかが見えてくる。彼らは、売春婦というのは『堕落した存在』だと考えている。『売春婦でない女性に、売春させることは悪い』とは、彼らも思うわけです。だからこそ、問題にするのは『女性が売春婦になった経緯』だけ。まさに、焦点化されている『強制連行だったか、どうか』という部分です。そして、いったん売春婦になったら、彼らのロジックでは、もう関心の対象外になる。どんな目に遭おうが『すでに堕落した女だから』と」
岩上「ネトウヨだけでなく、安倍総理もそうですよね。強制連行だけにこだわっている」
能川「慰安所で、どういう生活だったのか、ということには関心がない」
岩上「そこで悲惨な暴力があったり、時に、死に至らしめることもあったのに、そんなこと自体にはまったく見向きもしない」
能川「気の毒であったとは思えても、その気の毒な事態を招いた責任が、日本軍にあることを、彼らは理解できない。日本軍が売春婦にしたわけではなく、『日本軍のところにきた時、すでに売春婦だった』というのが、彼らの発想。彼らの論法では『騙したのは朝鮮人の業者だ』となる。『クライアント』が日本軍であったことは、彼らにとっては問題ではない。なぜなら、売春は売る側が問題であって、買う側は問題ではないから、と」
レイシズム×セクシズム×歴史修正主義の三位一体
能川「この在特会の演説や、西村議員の発言はあまりにも下品なので、河野談話見直し派の中には、『私はそうではない』という人もいるかもしれない。しかし、強制連行だけを焦点化して考えるという発想自体が、結局、繋がっていく。慰安婦問題というのは、レイシズムとセクシズムと歴史修正主義が、三位一体になっているような問題だと思います」
岩上「民族憎悪、極端に言えば戦争になりかねないぐらいの憎悪を、今、煽っているわけですね」
能川「『韓国人は嘘つきだ。慰安婦問題を捏造しているからだ』と、歴史修正主義がレイシズムの口実にされている。裏を返せば、『慰安婦の証言なんか信じられない。韓国人は嘘つきだからだ』と、レイシズムが歴史修正主義の根拠になる。そうやって、相互に強化し合いながら、被害者意識まで強めている。捏造された問題で責められている、という悪循環です」
岩上「逆に、そうやって分析していくと面白いのが、先ほどのテキサス親父の例ですね。テキサス親父という味方を見つけたと喜んでいるが、これがおっさんで、白人で、テキサス…つまりアメリカ。アメリカでも、とても保守的な地域。アメリカの保守層の男が、俺たちの味方だぜ、と」
能川「ある意味、象徴的ですね」
岩上「背景にうっすら見えるのは日米同盟だし。『こういう頼もしい味方がいて、俺たちの後押しをしてくれるんだから、俺たちも心細い思いをせず、言いたいだけ言ってもいいんだ』という、援軍を得たような気持ちになっているのでしょう」
能川「しかも、非常に示唆的なのは、動画の字幕で『日本人の基準に照らしても、白人の基準に照らしても、(慰安婦の顔は)きれいじゃない』と書いてある。実際、近い記述は尋問調書の中にある。これを引き合いに出すあたり、まさにセクシズムとレイシズムです。慰安婦問題を論じる上で、容貌は全然関係ないのに、彼らはこれを言わずにいられない。朝鮮人が不細工というのが、嬉しくてたまらない。
ちなみに、テキサス親父は日本人と一緒に、米カリフォルニア州グレンデール市に設置された慰安婦像のところまで行き、像に嫌がらせをしています。動画もある」
石原慎太郎氏のレイシズムを許容した社会
岩上「石原慎太郎さんも、1990年の米国『プレイボーイ』誌のインタビューで、『日本人が南京で大虐殺を行なったと言われるが、事実ではない。中国人が作り上げたお話であり、嘘だ』と全否定した」
能川「レイシズムは、あたかも新しい現象であるかのように語られる。もちろん、今の日本のレイシズムに新しい装いはあります。そこに注目することも重要ですが、これは昨日今日に始まった問題ではなく、非常に長く続いていることです」
岩上「石原氏のこの発言は、四半世紀前ですよね」
能川「日本のレイシズムを語る上で、絶対に無視できないのが(石原氏の)『三国人発言』。公人が公然と在日外国人を敵視し、まるで関東大震災のあとの、朝鮮人虐殺を連想せざるを得ないような発言をした。しかも、それによって、彼が何か責任を取らされたかというと、そんなことはない。4回も東京都知事に当選している。つまり、日本国民や有権者は、彼のそういう発言を許容してきた」
岩上「石原さんは2005年11月3日、ワシントン市内の講演で、『もっとも数多く殺したのは、国民党の蒋介石の軍。当時の日本の装備で、6週間に40万人殺せるわけがない』と、また、人数のことを言っている」
能川「『はずがない論法』ですね。資料に基づいて、事実がどうだったかを議論せず、何々できる『はずがない』。百田氏の『日本人の民族性からいって、こんなことができるはずがない』というのも同じ。事実は問題にせず、ある観念を出発点に『~はずがない』と否定する。
当時の日本の装備で『6週間に40万人殺せるわけがない』と、勝手に40万人にハードルを上げるのも問題だが、たとえば、ルワンダ虐殺。あれは、必ずしも、高性能な自動小銃で重武装して殺したわけではない。それこそ、銃剣ひとつで人は殺せる。これを『殺せるわけがない』と言うことに、実証的な根拠があるのかというと、まったくない。なのに、ある種のわかりやすさがあるがゆえに、頻繁に繰り返される論法のひとつになっている」
ヘイトスピーチや歴史修正主義を、哲学で読み解く
岩上「日本人ひとりひとりの心の中に、自己肯定化の歪んだ心の動きみたいなものがある。そういう分析に、能川さんは大変詳しい。もともとは歴史学ではなく、哲学をやっている。どういうことをされているのですか」
能川「教科書に載っている言葉でいえば、現象学という、哲学の一部門の研究から出発しました。個人的な関心があったのは『身体性』。身体を持っていることが、われわれの心に、あるいは人間という存在に、どういう関わりがあるのか。人間の本質が理性にあるとすれば、理性も心の機能、働きですから、身体というのは、人間の存在にとって二義的である、というような、プラトンなんかにも鮮明に表れている思想です。歴史学とは、直接関係なさそうですが。
最初、インターネットで、ヘイトスピーチや歴史修正主義を見聞きした時には、一市民としての関心しかなかった。しかし、徐々に、これはひょっとして、自分の研究の延長線上で扱えるのではないか、と思ったのです。
簡単に言うと、『なんで、こんな荒唐無稽なことを信じてしまえるのだろう』というのがひとつ。もうひとつが、ヘイトスピーチにしても、彼らは『自分たちこそが、道徳的に正しいことをしている』と思っていること。伝統的な哲学でいえば『認識論』、さらに倫理学や道徳哲学にかかわる問題で、哲学の守備範囲になるわけです」
声に出して読み聞かせたい記事です。