消費者問題への取り組み
岩上安身「現在、IWJは、都知事選の取材に取り組んでいます。争点となるのは『脱原発』だけではないかという指摘もありますが、原発以外にも、都政には様々な課題があります。その一つが、国家戦略特区とカジノ構想です。これらの背後には、自民党や財界の強い要望があります。さらに、カジノを入り口にして、ギャンブルや多重債務の問題があります。今日はこの問題について取り組んでいらっしゃる新里宏二弁護士にお話をうかがいます。
若年層の貧困が問題となっています。有利子奨学金、要するに学生ローンの問題があります。就職活動を行っている学生に対するアンケート調査では、2割の学生が『自殺したい』と答えたといいます。今の学生はとにかく借金漬けにされてしまっているのです」
新里宏二氏(以下、敬称略)「学生の奨学金は、住宅ローンや自動車ローンに続く、第3のローン市場になりつつあります。『学校に行かなければいいじゃないか』という議論もありますが、高校を出て就職先があるでしょうか。東北では、今一番いい就職先は自衛隊だと言われています。
昔は奨学金を借りても返済を免除されましたが、今はそうではありません。私は債務整理の仕事をしてきました。借金をした方というのは、本当に返したいと思っているのです。しかし、返済することができません。だから、自殺に追い込まれてしまうのです」
岩上「高利で貸付を行い、債務者に『腎臓売れ、肝臓売れ、目ん玉売って支払え』と返済を迫った日栄・商工ファンドの対策弁護団副団長をお務めになったそうですね」
新里「いま都知事選に立候補されている宇都宮健児さんも弁護団のメンバーでした。宇都宮さんとはもう30年以上のつきあいです。戦友のような感じです」
岩上「日弁連の消費者問題対策委員長だった秋田の津谷裕貴弁護士が刺殺された事件について、新里さんは声明を出されていますね。『このような暴力的手段による弁護士業務の妨害に対し、一致団結して毅然と対処』する、と。これは大変勇気のいることだったのではないでしょうか」
新里「津谷弁護士は私の同期で、消費者問題や先物取引の問題に取り組んできた方でした。津谷さんが襲われたとき、犯人の拳銃を取り上げました。その場に駆けつけた警察は、拳銃を持っていた津谷さんを取り押さえてしまった。それで津谷さんは殺害されました。犯人は捕まりましたけど、警察が正しい情報を出しているか分かりません」
※秋田弁護士会所属弁護士の殺害事件に関する会長声明(仙台弁護士会、2010年11月4日)
新里「ヤミ金と戦っていると、事務所に消防車を呼ばれるなど、妨害されることがあります。しかし、そこでひるんでしまうと被害者を助けることはできません。そういう戦いをしている中で、宇都宮さんと出会いました」
岩上「新里さんは、ブラック企業対策弁護団副代表、反貧困みやぎネットワーク代表なども務めていらっしゃいますね」
新里「雇用や貧困の問題と消費者問題はつながっています。生活保護がもらえると知っていれば、借金する必要もないわけですからね。
リーマン・ショックの後、仙台でも路上生活者が非常に増えました。生活保護を申請するにも、役所が開くのを待たなければいけないので、シェルターが必要です。弁護士の仲間で寄付を集めて、民間のアパートを借り上げるなどの取り組みをしました」
進められるカジノ構想
岩上「都政の重要課題であるカジノ構想についておうかがいします。東京都と政府、自民党、財界の一部が、前のめりでこの計画を進めています」
新里「カジノ構想が具体化してきたのは、ここ数年です。昨年の臨時国会で、カジノ法案が議員立法で出され、今の国会で審議中です。
東京オリンピックをカジノでおもてなししようという話になっています。カジノが作られる場所はお台場のフジテレビの目の前だと言われています。また、安倍総理は、昨年3月に、カジノが経済成長に資するという発言をしています。猪瀬さんもカジノ推進でした。
国家戦略特区のワーキング・グループでも、カジノ構想が出されています。日本では賭博に対して刑事罰がありますので、特区を作ることによって、刑事法を解除しようという狙いがあります。これが規制緩和の内実です。
東京は、カジノをやってまで経済効果を出さなければいけないというわけではありません。競馬や競艇やパチンコなど、日本はギャンブル大国です。男性の9.6人に1人はギャンブル依存症だという調査結果があります。そのような中でカジノをやっていいのでしょうか。
日本のパチンコ業界は、約18兆円の経済規模です。ラスベガスは7000億円程度だと言われますから、規模が全然違うんです。サラ金のCMが減り、パチンコのCMが増えました。依存症になり、家庭が崩壊していくというケースも増えています」
岩上「特区を推進しているのはどのような方なのでしょうか」
新里「フジテレビ、三井不動産、鹿島建設、日本財団です。国家戦略特区を進める提言書を出しています。名目上は『エンターテイメント・リゾート』となっていますが、そこにカジノが組み込まれます」
岩上「特区をコントロールする国家戦略特区諮問会議には、竹中平蔵さんが入っていますね。小泉さんと安倍さんの手法は非常に似ています。毎日新聞が取ったアンケートによると、カジノに賛成なのは田母神さんです。宇都宮さん、舛添さんは反対で、細川さんは無回答となっています」
- えらぼーと:都知事選 候補者は設問にこう答えた(毎日新聞、2014年2月4日)※該当記事リンク切れ
※カジノに関する考え方について、細川氏は1月28日の外国人特派員協会での記者会見で「カジノは公序良俗に反するという観点から、私は反対の立場です」と明言している。
新里「田母神さんは分かりやすいですね。舛添さんについては疑問符です。カジノを作るというのはアベノミクスの一つなのです。自民党から推薦を受けた舛添さんが、本当にカジノに反対できるのでしょうか? 舛添さんは厚労相の時、ホワイトカラーエグゼンプションを推進しようとしました」
ブラック企業の実態
岩上「企業が活動しやすいことをアピールするということは、賃金を安くするということです」
新里「東京五輪のために、外国人労働者を入れようとしています。日本がデフレなのは、企業の内部留保が労働者に流れないからです。ブラック企業を規制し、労働者にきちっと賃金が支払われる仕組みを作る必要があります。
特区でやろうとしているのは、これと逆のことです。ブラック企業については、労働問題に取り組むNPO法人POSSEの今野晴貴さんが活動しています。東京都発でこの問題に取り組むことが重要です」
岩上「ブラック企業の実態について教えてください」
新里「仙台で集団提訴をした事件がありました。専門学校生に求人を出していたのですが、その求人票で提示していた給与が残業込みだったのです。しかも、社員を辞めさせませんでした。サービス残業もパワハラも横行していました。
新卒者が使い潰されています。1年で半分が辞めてしまうなど、非常に離職率が高くなっています。社員は労働強化で鬱などの精神疾患になってしまう。残業するのは、無能の証拠だとされてしまい、サービス残業が横行しています。
経営する側は、100人採用して90人辞めたとしても、自分の意に沿う人材が10人残ればいいと思っているのではないでしょうか。このようにして労働力の使い潰しが広がっています。ブラック企業の被害者を救済する仕組みが必要です」
サラ金業者と銀行の貸し込み
新里「1983年に、サラ金規制法(賃金業法)ができました。この法律で、刑罰金利が73%に下がりました。業者が貸し込むなかで、2005年には経済苦による自殺者が7000人にまでなりました。しかし、法改正の効果で自殺者は減っていきました。
2006年、出資法の上限金利を20%にまで下げるなど、法律の大改正が行われました。5社以上借りている多重債務者が230万人いました。これを聞いた自民党の部会では、大きなどよめきが起きました。それで法改正の流れにつながっていったのです。
法改正には、小泉政権下で、与謝野馨さんと金融庁政務官の後藤田正純さんが頑張ってくれました。自民党だからどうだ、共産党だからどうだ、ということではないと思います。ロビイングをすると、きちっと事実に向き合う議員の方はいらっしゃいます」
岩上「サラ金についておうかがいします。なぜ武富士だけが権力につぶされるようなかたちで倒産し、アイフルやアコムなどは大手銀行の傘下に入ることができたのでしょうか」
新里「私は、2002年に、武富士被害対策会議を作り、その代表を務めました。武富士は初代ブラック企業です。ノルマを達成しない社員を怒鳴り散らすようなことをやっていました。2003年に『武富士の闇を暴く』という本を出したとき、武富士側から訴えられましたね。
リーマン・ショックの影響で、武富士自体は潰れてしまいました。かたや、アコムやプロミスは大手銀行の傘下に入り、資金調達ができるようになりました。
今後心配なのは、子会社としてのサラ金と本体の銀行の両方が貸し込んでいったとき、総量規制がかからない銀行の側が貸し込んでいく可能性があるということです。
例えば、まず、三井住友銀行に借りに行く。そこで断られてモビットに行き、プロミスに行く。プロミスに行ったら総量規制で借りれなくて、今度は三井住友に行く。このような循環になる可能性があるのです」
奨学金の問題
新里「奨学金の問題は、国としてのポリシーの問題です。学生を、民間金融機関のビジネスの対象にして借金漬けにするのがいいのか、それとも、国がお金を出すのか。私は、奨学金は給付型で無利子であるべきだと思います。そこに税金を投入すべきです。
奨学金で辛いのは、借りる時点で未成年だということです。教師も、奨学金が持つリスクを理解していないケースが多い。返済計画についても、4年後に返すと言われても、やはりピンと来ない人が多いのです。
最終手段として自己破産のアドバイスをするのですが、保証人との問題で自己破産できないケースもあります。今後は、保証人がいなくても大丈夫な制度にしなければならない。国会でも、良心的な議員は、この奨学金の問題を考えています。
各地の弁護士会に相談窓口があります。住宅ローンで困ってサラ金から借りる人がいますが、これでは泥沼にはまってしまいます。弁護士会には長年蓄積したノウハウがありますから、困ったら相談に来てください。各地に法律相談センターを作っています」
国民の10人に1人がギャンブル依存症
新里「公務員の方が鬱でギャンブル依存症になり、多額の借金を抱えてしまったという件で相談を受けました。ギャンブル依存症は病気ですので、治療が必要です。同じ境遇を持った方が語り合うことが一番の治療です。
このようなギャンブル依存症の人は、国民の10人に1人います。驚くべき数字です。依存症は、ビギナーズラックの方がなりやすいと言われています。このような状況で、カジノを作ってよいものでしょうか。
カジノは、マカオ、シンガポール、韓国といった国々と競争になります。となると、どんどん規制は緩和されていくでしょう。現状できちっとした対策が出されていないのに、カジノをやる。しかも五輪とセットでやろうとする。これでいいのでしょうか。
カジノは超党派の推進議連ができています。安倍総理、麻生さん、それから小沢一郎さんも入っています」
岩上「IWJが生活の党の記者会見で、小沢さんにカジノ議連の件を聞いたとき、『まあ、おつきあいで』という答えでした」
新里「今のカジノ構想は、国家戦略特区構想と合わせて、国の経済政策に位置づけようとする戦略です。これまで日本は、賭博を禁止してきました。国が大々的に旗を振ってやろうというものではありませんでした」
岩上「自民党にも心ある議員の方もいると思います。パチンコ依存症の方が10人に1人という現状を知れば、カジノ構想にもブレーキがかかるのではないでしょうか。都知事選も同じです。舛添さんは本当に反対なのか怪しいので、支持者の方は働きかけてほしいですね」
「貧困化が進むと一気に軍事化の方に」
新里「私たちがよく言っているのが、仮にTPPに入っていたとしたら、貸金業法の改正もできなかっただろうということです。例えば、武富士には外資の資本が入っていたわけですから、外資に都合の悪い規制の強化はできなかったと思います」
岩上「日本は米国の後を追って、経済徴兵制が進んでいるように見えます」
新里「今、例えば、岩手で高卒の人が就ける正規の仕事は、自衛隊しかないそうです。もう、米国のような経済徴兵制は始まっているのです。貧困化が進むと一気に軍事化の方に進んでいきます。
日本にはお金があります。しかし、分配がうまくいっていないので、お金を持っている人と持っていない人とに分かれています。日本の貧困は、意図的に作られているとも言えます。労働者にお金が分配される仕組みを作ることが大切です」
岩上「弁護士としての宇都宮健児さんは、どういう方なのでしょうか」
新里「金にならない仕事ばかり体を張ってやる方だなあと思います。相手がデカければ、それほどファイトを燃やす方ですね。山口組の上のほう、五菱会と戦ってきた方ですから。
震災後、宇都宮さんは、日弁連会長として、大船渡と釜石に行かれました。現地で記者会見をやられて、『平成の徳政令をやらないといけない』とおっしゃった。それがニュースになり、実際に国政を動かしていくことになったのです。これは大変な才能だと思います」