「新国立競技場という巨大な怪物は、最後の恐竜のようなもの」
世界的な建築家で、昨年9・11同時多発テロで崩壊した世界貿易センタービル跡地「グラウンド・ゼロ」に建てられたビルの設計も手がけた、槇(まき)文彦氏による記者会見が、2月4日、日本外国特派員協会で行われた。会見は、すべて英語で行われた。
槇氏は、2020年開催の東京オリンピックに向けて建設予定の「新国立競技場」案を、「巨大過ぎる」「費用がかかり過ぎる」「安全性に疑問」として、批判している。槇氏の批判は、東京新聞や産経新聞などでも大きく報じられた。
競技場案は、2012年11月に行われた国際コンペにおいて、イラク出身でイギリス在住の女性建築家ザハ・ハディッド氏の案が最優秀案に選ばれた。槇氏は、この案のどこが問題なのか、どのようにしたら改善できるのかについて、会見で明らかにした。
競技場案を批判すれば、開催国に選ばれなくなる
槇氏は、オリンピックの開催国に日本が選ばれる前から、競技場案に懸念を表明しており、開催国が決まる前から競技場案が決定しているというやり方には問題があると指摘していたという。会見で槇氏は、建築界には「競技場案を批判すれば、開催国に選ばれなくなる」という、暗黙の圧力があったことを明らかにした。
前回、東京がオリンピック誘致に失敗した際、メインスタジアムが中心から遠く離れていることを指摘されたのを受けて、今回は東京の中心地への設置を提案したのだろうと、槇氏は推測する。そのうえで、「東京の重要な景観地域である明治神宮外苑に、巨大な競技場を建設することは、大きな疑問だ」と、批判を展開した。
「おもてなし」用のスペースが敷地面積の10%!?
景観や安全の面から、巨大な建造物には、広い公共スペースが伴わなければならない。2008年北京オリンピックのメインスタジアムは、全体で25.8ヘクタールの敷地面積を有したが、同様の大きさや高さを持つ新国立競技場は11ヘクタールと、半分以下の敷地面積しかない。
このような狭い敷地に巨大な建造物を建てることによって、「人間と建物の関係に問題が生じるのは、明らかだ」と、槇氏は主張した。
また、メインスタジアム自体にも問題があるとし、約290,000平方メートルの場所に、「おもてなし」用のスペースが25,000平方メートル、関連博物館施設が21,000平方メートルなど、およそ競技とは関係のない部分に相当なスペースが割かれていることを指摘した。
槇氏は、「この機会にとにかく何でもかんでも建設しよう」という、政治家やオリンピック関係者からの圧力があるのではないかと指摘した。
新競技場は建築ではなく、ただの「土木計画」
競技場案は「空中から見たデザインの良さ」が選好のポイントとなったが、「寿司を見た目で判断するのは良いが、建築物はそういうものではない」と、人間の視線から見て良いデザインの競技場でなければならないとし、巨大な建物は日本のつつましい文化にもそぐわないと主張した。
槇氏は、「ビルと周辺の間に『共感』がもたらされるものが建築」と語り、「新国立競技場は、ビルでも何でもなく、ただの巨大な『土木計画』だ」と強調。建築家の目から見て、「とても建築物とはいえない」と断じた。
競技場の維持コストは誰が払うのか
今後の計画変更の可能性について、槇氏は「建設場所については変更ができないかもしれないが、プログラム自体を変えることはできる」と説明。予算を削減する、競技に関係のない部分を縮小する、計画の80000席を50000席にして、残りは外苑でパブリックビューのような形にするなど、人口が減少する日本では、コンパクトにする工夫をすべきだと主張した。
建設予算については、槇氏は「建設費用も問題だが、この巨大な設備を維持するメンテナンスコストを誰が負担するのか、何も決まっていないことが大きな問題」と語る。
政府は新競技場の各施設から得られる収益を公表しているが、「ビルに多くの施設を入れると、メンテナンスコストも跳ね上がることは考えていない」と説明。「(新国立競技場という)巨大な怪物が、最後の恐竜のようになるかもしれない」と述べた。
莫大な維持コストを、東京都民の税金で負担することになる可能性も十分に考えられる。2月9日に投開票が迫る都知事選では、この現行案への各候補のスタンスも問われることになる。
都知事選での各候補のスタンスは…
槇氏が懸念するように、新競技場案の「無駄」や「問題点」を指摘し、現行案に「非」を唱えているのは、宇都宮健児氏と細川護熙氏だ。
宇都宮氏は政策で、「コンパクトで、シンプルで、エコロジー重視の大会をめざします。都民の税金を無駄に使わず、自然・生態系を損なわず、大型開発を行わないようにします」と掲げたうえで、「新国立競技場については、規模・経費・安全・景観の観点から、新設案を見直し、現競技場の改築案も検討するよう要請します」と具体的に言及している。さらに、懸念される新競技場の莫大な維持費などについても、「オリンピックの財政は透明にし、都民に情報を公開します」としている。
さらに、2月1日に行われたネット討論会では、「葛西臨海公園をカヌー競技場を作るために、3分の1を掘り返して人口の川を作ろうとしてますけど、葛西臨海公園の豊かな自然体系を破壊するような会場作りは見直すべきだと考えております」と語っている。
細川氏も政策で、「派手な施設を誇示するオリンピックではなく、水と緑に囲まれ、日本らしい簡素で優美なオリンピックを目指します」「オリンピックの遺産を使い続けられるよう、過大な施設計画は見直します」と、現行案の「無駄」を指摘し「見直し」を掲げている。
一方、現行案に「是」を唱えているのが、舛添要一氏と田母神俊雄氏である。
舛添氏は、「史上最高のオリンピックに都民の力を結集してやりたい」と政策や街頭演説の場で、何度も強調している。政策では「バリアフリーを進める」「公共交通機関の利便性の向上」「羽田空港・成田空港からのアクセスの向上」など、現行案を前提としたうえでの、多種多様なインフラ整備を嬉々として語っている。
槇氏や宇都宮氏が指摘するような、新競技場案の「無駄」や「問題点」については、一切触れられていない。唯一「コンパクト、クリーンで心のこもった大会の実現」という表現があるのみで、この「コンパクト」が何を意味するのかは不明だ。
田母神氏に至っては、2月2日に放送されたフジテレビ「新報道2001」での公開討論で、「オリンピックはできるだけ盛大にやって、スタジアムなんかも後々、震災の避難所として活用できるとか、選手村も、これも後々、三世代共同で住めるようなことに活用できるとか、そういうことを考えて、できるだけ金をかけて盛大にやったらいいと思います」と言い切っている。
また新競技場に関して田母神氏は、ネット討論会で「スタジアムが過大であるという意見もありますけれども、私はこういうものはやっぱり日本が世界に冠たる国として、オリンピックをやった時に、あまり恥ずかしくないものを整備しなきゃいけないし、きちんとしたものを整備をして、そのあとこれを利活用することを考えた作り方にすればいいと思うんです」と語り、「無駄」や「問題点」が指摘されていることを認識しながら、現行案に推進の立場を示している。