【文化】「医療費無料化は、医者が国民を搾取するシステム」 東大・安冨教授が医療費無料化に反対 2013.11.13

記事公開日:2013.11.13取材地: テキスト動画
このエントリーをはてなブックマークに追加

(IWJ 石川優/阿部玲/奥松)

 医療費無料化案は「医者が国民を搾取するシステムに加担することになる」──。2013年11月13日(水)に東京大学駒場キャンパスにて行われた授業で、安冨歩教授はこう述べ、医療費無料化案に反対した。

 安冨教授は「医療システムが充実することで、医者に体調管理を丸投げする傾向が強くなり、自分の身体の管理に気を配らなくなる」と指摘した。医者の役割とは、あくまで、「病気にならないようにする手助け」だと言う。

 安冨教授の授業は、学生から安冨教授に質問をぶつけて、ディスカッションする方式。受講している学生からは「再確認する作業が大事。本来はこうあってほしい」と授業のネット配信を評価する声も上がった。

■全編動画

 本講義は第3回目となるが、第1回目から参加したという学生は、「生きるために意味のある行為に価値が生まれる、と安冨先生は言ったが、現実には価値と価格の乖離が起きている」という問題点について、質問した。

 安冨教授はまず、「価格は納得で決まる。価値がなくても納得したり、価値があっても納得しない場合あり、それが生じれば生じるほど、世の中の運営は難しくなる。また、コミュニケーションは、どこか狭い所を通る性質を持っており、そこを押さえている人に大きな利益をもたらすのは不可避。これを打ち倒そうとすると、もっと、ろくでもないものが生じるというのは、人類の20世紀の苦悩によって証明されている」と解説し、「価値のないものを追い求めるという愚行は、制度の改革などでは無理。生き物としての感覚、考え、思い、といったものだ」と私見を述べた。

 さらに難しい問題として、コミュニケーションの問題があるという。「コミュニケーションは受け手が行うもの。伝えた、聞いただけではなく、受け取った人が『そうか』と思うことで成立するので、それは10年後ということもあり得る。そして、『価値とは何か』を抽象化し始めると、今度はそのことによって足を取られ始める。価値(=創発)とは、計ることも、数えることもできない」と、あくまで受け手次第であることを強調した。

イノベーションの本質は、創造

 次の学生は「生きて行く上で『折り合い』をつけるには、ある種の制度が必要だと思っている。個人的には医療費無償化と5万円のベーシックインカムが良いのではないかと思うが、先生の考えは?」と質問した。

 安冨教授は、オーストリアの経営学者、ピーター・ドラッカーの「利益は企業の目的には成り得ない。それは条件だから」という言葉を引用し、「利益だけを追い求めていると、何をしたらよいのかわからなくなり、意味のあることをしようと考える。イノベーションの本質は妥協ではなく、創造。しかし、意味のあることをやっていると、お金が回らなくなってくる。その『折り合い』に挑むのが経営者。マーケティング・イノベーションとは、自分がやっていることの影響をつぶさにを観察して、それに基づいて自分自身の在り方を変えるということ」と、話し始めた。

 「しかし、不安と恐怖にかられた人間は、それができない。それを取り除かないといけない」と指摘し、まだ規模の小さい頃からナチスを取材していたという、ピーターの話を続けた。「彼は、人々がなぜ、ファシズムに傾いてしまうのかをずっと考えていたが、それは『仕事がうまくいかないから』だという結論になった。うまくいかなくなった理由は『組織が大きくなったから』。人間は、元々それほど大きな組織で働いたことがなく、うまくいかなくなると、『誰か、なんとかしてくれ』とパニックになる。そこに『私がなんとかしますよ』と現れ、不安につけ込み、不安でコントロールするのが全体主義」と、わかりやすい言葉で解説した。

社会主義の本質は全体主義

 さらに、「恐怖と不安で駆動されたシステムは、資本主義としては、本来、機能しない。しかし、『ちゃんと働かないと食えない』など、資本主義も不安が動力になっていると勘違いしている人が大勢いる。一方、社会主義の本質は、全体主義。マルクスは『市場は混沌として計算ができないので、計算を1ヵ所に集めよう』と計画経済を説いた。それは、すなわち全体主義。人間には理性があると、いう信頼に基づいたものだったが、残念ながら、それはなかった」と続けた。

 5万円のベーシックインカムについては、「1ヵ月以内になくなるのならいいが、必ず、貯める者が現れる。現段階では、バラまくだけだと何か変なことが起きる恐れがある」と、賛成しなかった。

手厚い医療システムで、逆に病気が増える

 医療費無償化については、安冨教授は「医者が、国民を搾取するシステムに加担することになる」と明確に反対し、「病気が治るのは医者のおかげという、ふざけた考えが、暗黙のうちに主たるムードとなっている」と持論を述べた。

 そして、「手厚い医療システムの問題は2つあり、ひとつは病気が増えていくこと。病気と名付けられ、細分化されることによって、患者も勘違いし、どんどん病院が増えていく。これは『関所』が増えているだけ。もうひとつは、医者に体調管理を丸投げする傾向が強くなり、自分の身体の管理に気を配らなくなること」と指摘した。たとえば、「暴飲暴食をしたら、その後は休めばいいのに、薬で症状を抑えて仕事に出かけ、さらに暴飲暴食をする」と矛盾点を挙げ、医者の役割とは、「あくまで、病気にならないようにする手助け」だと述べた。

都会では「猿的安心感」が得られない

 最後に安冨教授は、『猿』というキーワードを用いて、現代人の生活を解説した。「安心とは『拡げる』という行為によって生み出される。知識を増やす、友だちを作る、など。『病気になったら医者に行く』という行為は、自分で対応できる範囲を、専門家に頼ることによって『狭く』してしまう。人間はもともと猿なので、お金がいくら増えても、安心は増えない」

 「たとえば、10年前に訪れた中国の農村では、ほとんど年収1万円で、町には病院がなく、仮に病院があっても行く金もないのだが、みんな楽しそうだった。農業をして、自分で食べ物を確保しているという状態が、安心を生んでいる。『自分で家を作る』『飯を作る』というのが『猿的安心感』だ」。

 「都会では、人が作った家を、お金で買って住んでいる。PCの前でキーボードを叩いたり、会議をしたりしながら、いくら口座にお金を振り込まれても、それでは『猿』は安心できない。都会で働くというのは、そういうこと」。

 このように話す安冨教授は、「だから、意味のあることをするのが必要となってくる。そうしないとどんどん不安になり、どんなに制度的にサポートしても、創造的に折り合いをつけるのが難しくなり、何かに、誰かに頼ろうとする。それが、全体主義を生み出す。そういう人間を、生み出してしまうのだ」と警鐘を鳴らした。

■安冨歩教授の授業~後期

■安冨歩教授の授業~前期

■安冨歩教授 × 岩上安身

IWJの取材活動は、皆さまのご支援により直接支えられています。ぜひ会員にご登録ください。

新規会員登録 カンパでご支援

関連記事


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です