新型コロナウイルスワクチンをめぐる裁判で、画期的な判決が出た。
これまで、ファイザー社などとの間で締結された新型コロナワクチン購入契約書は、厚労省によって「不開示」とされてきた。
福島雅典教授とLHS研究所は、情報公開法にもとづき、2023年1月31日付で厚生労働大臣に対して新型コロナワクチン購入契約書の開示請求した。
しかし、厚生労働大臣は「新型コロナウイルスワクチン購入契約書」は全面不開示と決定した。福島雅典教授とLHS研究所は、この不開示決定を取り消すよう求め、同年6月13日訴訟を起こした。
東京地方裁判所は、2025年10月9日付で判決言い渡し文をLHS研究所に送付、10月15日に判決を言い渡した。判決の主文は以下の通りである。
「主文
1 厚生労働大臣が原告に対して令和5年3月3日付けでした行政文書不開示決定(厚生労働省発健0303第3号)を取り消す。
2 訴訟費用は被告(※国)の負担とする」
福島雅典教授とLHS研究所の全面的な勝訴である。
主たる争点は、以下の3点だ。
1)契約書が「法人等の権利・競争上の地位を害する情報」(情報公開法5条2号イ)に該当するか。
被告(国)側は、同契約書には「情報公開法5条2号イ」所定の不開示情報が記録されていると判断し、同契約書全部を不開示とする決定をした。
「情報公開法5条2号イ」とは、「公にすることにより、当該法人等又は当該個人の権利、競争上の地位その他正当な利益を害するおそれがあるもの」は、情報開示請求があっても、開示対象から除外されるとする条項である。
被告(国)側は、同契約書の開示によって、厚生労働省が契約した「ファイザー株式会社、モデルナ株式会社、武田製薬株式会社(ノババックス)、アストラゼネカ株式会社等(以下ファイザー等と略す)」が、他国との取引条件の交渉の際に不利な立場に置かれることになる、ファイザー社等の競争上の優位性が失われる可能性がある、正当な利益を害するおそれがある、などと主張した。
原告側は(LHS研究所)は、「ファイザー社等は、既にワクチンの特許を取得しており、市場を独占する状態にある」、「他国とファイザー社等との間のワクチンの供給に係る合意内容を記載した契約書が公表されている」と指摘し、「ノウハウが流出し競争上の優位性が失われる可能性は、解消されている」と反論した。
また、原告側は(LHS研究所)は、情報開示の利益を6つあげ、開示を訴えた。
・ファイザー社等が、医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律、製造物責任法並びに民法にもとづく罰則又は責任を逃れる条項がないかを確認できること。
・他国の契約と比較して、適切な条件・価格の契約なのか判断できること。
・日本国民に不利益な条項がないか確認できること。
・次回の契約の際に、適切な条件・価格で契約を締結することができること。
・第三者によるワクチンの有効性・安全性の検証試験を行う際に阻害する条項がないか確認できること。
・ワクチン接種後の健康被害救済の訴訟を行う際に、誰に何を請求すべきか確認できること。
いずれも、日本国民にとって、重要な利益である。原告側は「多くの日本国民にとって、本件文書の不開示により保護される利益よりも開示により保護される利益の方が大きいことは明らか」だと指摘している。
厚生労働省は、ファイザー社等の利益を守ることばかり考えているようだが、まずは日本国民の利益を考えるべきではないか。
2)契約書が「国の契約交渉上の利益を害する情報」(情報公開法5条6号ロ)に該当するか。
「情報公開法5条6号口」とは、「契約、交渉又は争訟に係る事務に関し、国、独立行政法人等、地方公共団体又は地方独立行政法人の財産上の利益又は当事者としての地位を不当に害するおそれ」があるものは、不開示にしてよいとする条項である。
被告(国)側は、「本件文書を開示した場合、被告は、ワクチンの供給契約に関し、今後、より有利な取引条件で契約交渉をすることが困難になる」「(開示が密保持義務に抵触し)ファイザー社等やその他の製薬会社とワクチン等の供給に関する交渉を行うことが非常に困難になる」ため、「交渉に係る事務に関し、被告の当事者としての地位を不当に害するおそれがある」などと主張していた。
これに対し、原告側は(LHS研究所)は、「機密保持義務が定められているとしても、情報公開法所定の手続に従って開示される限り、契約違反の問題が生ずることは通常想定し難い」「内容のごく一部であっても機密保持義務に抵触するというような機密保持契約は、強行法規(当事者の意思にかかわらず強制的に適用される、公の秩序に関する法規)に違反して無効というべき」だと反論した。
ワクチンの購入契約に、国民に開示できないような「機密」が含まれていること自体、異常なことである。誰のためのワクチンだったのか、と思わずにはいられない。
3)部分開示(同法6条)を行わなかったことは適法か。
情報公開法の第6条には、「不開示情報が記録されている部分を容易に区分して除くことができるときは、開示請求者に対し、当該部分を除いた部分につき開示しなければならない」という件がある。つまり、不開示にすべき内容が部分的にあったとしても、その他の部分は開示しなければならないという条項だ。
被告(国)側は、「本文部分の各条項は、他の条項との間で有機的に結合し、又は連動し、複雑なネットワークを形成している」ため、不可分一体であり、部分的な開示・不開示の区別は困難だとし、「部分開示の要件に該当しない」と主張した。
さらに、被告(国)側は、「契約当事者の手の内を広く公開することになって、契約当事者の将来の契約交渉に著しい悪影響を及ぼすことになる」「本件文書の内容をごく一部であっても開示することは、機密保持義務に抵触する」「特定の条項の一部のみを取り出して部分開示したりすることは、無意味であるだけでなく、各条項について誤った理解がされる弊害が生じることになる」などと主張している。
これに対し、原告側は(LHS研究所)は、「通常、契約書は、各条項に明確に区分・特定されており、契約書全体を一体として検討することによって初めて特定されるものではない」「本件文書は、それぞれが独立した意味を持つ情報が複数記録されたものであり、情報単位は文、段落等とされるべきである」と、国の主張を否定した。
原告側は(LHS研究所)は、他国とファイザー社等との契約書から、本件契約書に含まれる事項を推測した。
・契約名称
・契約日
・ファイザー社等が収受する金額(ワクチンの単価と供給量、前払金額)
・ワクチンを供給する際の具体的方法(供給までの間に保存する温度や期間などの環境や条件)
・ワクチンの所有権の取扱い(ワクチンを所有する契約当事者、目的外使用・再販売・返品の禁止等)
・公表されていない開発状況を踏まえた対応(ファイザー社等が一切の責任を負わないこと、注文の取消権を与えられないこと、他国固有の要件の免除、例外及び権利放棄の承認又はファイザー社等に代わる取得等)
・免責事項(主権免除の放棄、補償・費用負担義務、ファイザー社等が一切の責任を負わないこと等)
・機密保持契約
・紛争解決時の準拠法・裁判所
原告側は(LHS研究所)は、「これらの事項は、それぞれが他の事項とは明確に区別できる」と主張した。全面的な不開示は違法だという主張である。
東京地裁は、上記の3つの争点を考慮し、本件契約書には、少なくとも一部には不開示に相当する情報が含まれていることは認めたものの、契約書は条項ごとに区分されており、不可分一体ではなく、被告(国)は、部分開示の可否を判断すべきであった、と述べている。
東京地裁は、厚生労働省の不開示決定は、部分開示の可能性を検討せずに全体を非開示とした点で違法であるとして、不開示決定は取消しとの判決を下した。
「不開示決定取消し」の判決によって、ようやく、新型コロナウイルスワクチン購入契約において、日本国民にとって不利益な内容がないか、適正な金額や条件で行われたのか、製薬企業の責任や免責事項はどうなっているのか、ワクチン接種後の健康被害救済を誰に求めたらいいのか、国なのか、製薬会社なのか、といった問題解明への第一歩が開かれたことになる。
以下に、判決言い渡し文の全文を添付する。
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令和7年10月9日判決言渡 同日原本領収 裁判所書記官
令和5年(行ウ)第255号 行政処分取消請求事件
口頭弁論終結日 令和7年6月17日
判 決
名古屋市中村区名駅南 1丁目16番21号 名古屋三井物産ビル8階
原告 一般財団法人LHS研究所
同代表者代表理事 福島 雅典
同訴訟代理人弁護士 藤井 成俊
堤 由江
藤 井裕子
東京都千代田区霞が関 1丁目1番1号
被 告 国
同代表者法務大臣 鈴木 馨祐
処分行政庁 厚生労働大臣
福岡資麿
同指定代理人 高橋 渚
萩原智治
増田風雅
佐藤雅巳
伊藤芳樹
主 文
1 厚生労働大臣が原告に対して令和5年3月3日付けでした行政文書不開示決定(厚生労働省発健0303第3号)を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求
主文1項と同旨
第2 事案の概要
本件は、原告が、行政機関の保有する情報の公開に関する法律(以下「情報公開法」という。)に基づき、厚生労働大臣に対し、新型コロナウイルスワクチン購入契約書の開示を請求したところ、同大臣から、同契約書には情報公開法5条2号イ所定の不開示情報が記録されているとして、その全部を不開示とする旨の決定を受けたため、同決定の取消しを求める事案である。
1 情報公開法の定め
(1)1条(目的 )
この法律は、国民主権の理念にのっとり、行政文書の開示を請求する権利につき定めること等により、行政機関の保有する情報の一層の公開を図り、もって政府の有するその諸活動を国民に説明する責務が全うされるようにするとともに、国民の的確な理解と批判の下にある公正で民主的な行政の推進に資することを目的とする。
(2)3条(開示請求権)
何人も、この法律の定めるところにより、行政機関の長…に対し、当該行政機関の保有する行政文書の開示を請求することができる。
(3)5条(行政文書の開示義務)
行政機関の長は、開示請求があったときは、開示請求に係る行政文書に次の各号に掲げる情報(以下「不開示情報」という。)のいずれかが記録されている場合を除き、開示請求者に対し、当該行政文書を開示しなければならない。
1号、1号の2 略
2号 法人その他の団体(国、独立行政法人等、地方公共団体及び地方独立 行政法人を除く。以下「法人等」という。)に関する情報又は事業を営む個人の当該事業に関する情報であって、次に掲げるもの。ただし、人の生命、健康、生活又は財産を保護するため、 公にすることが必要であると認められる情報を除く。
イ 公にすることにより、当該法人等又は当該個人の権利、競争上の地位その他正当な利益を害するおそれがあるもの
ロ 略
3号~5号 略
6号 国の機関、独立行政法人等、地方公共団体又は地方独立行政法人が行う事務又は事業に関する情報であって、公にすることにより、次に掲げるおそれその他当該事務又は事業の性質上、当該事務又は事業の適正な遂行に支障を及ぼすおそれがあるもの
イ 略
ロ 契約、交渉又は争訟に係る事務に関し、国、独立行政法人等、地方公共団体又は地方独立行政法人の財産上の利益又は当事者としての地位を不当に害するおそれ
ハ~ホ 略
(4) 6条(部分開示)1項
行政機関の長は、開示請求に係る行政文書の一部に不開示情報が記録されている場合において、不開示情報が記録されている部分を容易に区分して除くことができるときは、開示請求者に対し、当該部分を除いた部分につき開示しなければならない。ただし、当該部分を除いた部分に有意の情報が記録されていないと認められるときは、この限りでない。
2 前提事実(当事者間に争いがない事実及び当裁判所に顕著な事実)
(1)原告は、 令和5年1月31日付けで、 厚生労働大臣に対し、 開示を請求する行政文書の名称等として「新型コロナワクチン購入契約書」「厚生労働省が契約したファイザー株式会社、モデルナ株式会社、武田製薬株式会社(ノババックス)、アストラゼネカ株式会社等との新型コロナワクチン購入(もしくは供給に係る)契約の開示をお願いいたします」と記載した開示請求書を提出し、行政文書の開示請求(以下「本件開示請求」という。)をした。
(2)厚生労働大臣は、本件開示請求が対象とする行政文書を、ファイザー株式会社、モデルナ株式会社、武田薬品工業株式会社(ノババックス)及びアストラゼネカ株式会社(以下「ファイザー社等」と総称する。)との間でそれぞれ締結した新型コロナウイルスワクチンの供給に関する契約書(以下「本件文書」と総称する。)として特定した上で、令和5年3月3日付けで、本件開示請求について、法人等に関する情報であって、公にすることにより、当該法人等の権利、競争上の地位その他正当な利益を害するおそれがあるものであり、情報公開法5条2号イに該当するとして、その全部を不開示とする旨の決定(厚生労働省発健0303第3号。以下「本件不開示決定」という。)をした。
(3)原告は、令和5年6月13日、本件訴えを提起した(当裁判所に顕著な事実)。
3 争点
(1)本件文書に記録された情報の情報公開法5条2号イ所定の不開示情報該当性等(争点1)
(2)本件文書に記録された情報の情報公開法5条6号口所定の不開示情報該当性等(争点2)
(3)情報公開法6条に基づく部分開示を行わなかったことの適法性(争点3)
4 争点に対する当事者の主張
(1)争点1(本件文書に記録された情報の情報公開法5条2号イ所定の不開示情報該当性等)
(被告の主張)
ア 情報公開法5条2号イに該当すること
本件文書には、ファイザー社等との間で締結した、ファイザー社等が製造する新型コロナウイルスワクチン(以下「ワクチン」という。)の供給を受けるために必要な取引条件(ファイザー社等が収受する金額、ワクチン供給の際の具体的方法、ワクチンの所有権の取扱い、公表されていない開発状況を踏まえた対応等。それ以外の項目については、これを明らかにすることによって、該当部分を開示した場合と同様の結果となってしまうおそれがあるため、明らかにすることはできない。)及び同取引条件に関する機密保持義務に関する事項が記録されているところ、これらは情報公開法5条2号イが掲げる法人等に関する情報に該当する。
ファイザー社等は、米国やEU諸国を始めとして世界各国にワクチンを供給しているため、本件文書が開示された場合には、他国において、本件文書に記録された取引条件を把握した上でファイザー社等との交渉に臨むことが当然に予想される。その結果、ファイザー社等は、他国から、本件文書に記録された取引条件と少なくとも同条件で契約を締結するよう迫られる可能性があり、本件文書が開示されることにより、他国との取引条件の交渉の際に不利な立場に置かれることになる。
このほか、本件文書には、ファイザー社等が迅速かつ安定的にワクチンを製造し、かつ、これを供給するためのノウハウに該当する可能性のある情報が記録されており、本件文書を開示することで、ファイザー社等のみが有しているノウハウが流出し、ファイザー社等の競争上の優位性が失われる可能性がある。
本件文書の内容が機密保持義務の対象とされているのも、本件文書が開示された場合にファイザ 社等の競争上の地位が害されるおそれがあるからであるし、被告は、国会において本件文書の開示を求められた際にも、ファイザー社等の競争上の地位を保護するため、本件文書の開示を差し控えた。
以上のとおり、本件文書は、これを開示することにより、ファイザー社等の権利、 競争上の地位その他正当な利益を害するおそれがある。
イ 情報公開法5条2号ただし書所定の情報には該当しないこと
本件文書の内容によってワクチンの有効性及び安全性が左右されるものではないし、医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律(令和4年法律第4 7号による改正前のもの。以下同じ。)に基づく罰則を伴う責任を単なる私法上の契約により免除又は軽減することはできない。
したがって、 本件文書に記録された情報は、 情報公開法5条2号ただし書所定の情報には該当しない。
ウ 原告の主張に対する反論
原告は、他国においてワクチン購入契約書が公表されていることをもって、ファイザー社等が他国と取引条件の交渉をする際に不利な立場に置かれることにはならない旨主張する。
しかし、そもそも、原告が他国とファイザー社等との間の契約書であると主張する文書が、当該他国とファイザー社等との間の真正な契約書であるのか不明である。
また、仮にそれらが真正な契約書であったとしても、本件文書が開示されると、ファイザー社等のワクチン供給に係る取引条件が、これまでに公になっているものに加えて明らかになるのであり、本件文書に記録された取引条件と少なくとも同条件で契約を締結するよう迫られる可能性や、ノウハウが流出し競争上の優位性が失われる可能性は、解消されていない。
しかも、原告が他国とファイザー社等との間の契約書であると主張する文書を見比べても、契約の名称すら異なる上、対価、免責の条件、機密保持の期間や例外、準拠法や仲裁地等、各情報項目の根本的な部分において、実質的に内容が異なっているから、これらの文書から本件文書の内容を推認することはできない。
よって、原告の主張は理由がない。
(原告の主張)
ア 情報公開法5条2号イに該当しないこと
ファイザー社等は、既にワクチンの特許を取得しており、市場を独占する状態にある。
また、他国とファイザー社等との間のワクチンの供給に係る合意内容を記載した契約書が公表されているから、取引条件は既に公になっているのであり、本件文書を開示しても、ファイザー社等が本件文書に記録された取引条件と少なくとも同条件で契約を締結するよう迫られる可能性や、ノウハウが流出し競争上の優位性が失われる可能性は、解消されている。
よって、本件文書が開示されても、ファイザー社等の競争上の地位等が害されることはない。
イ 情報公開法5条2号ただし書所定の情報に該当すること
本件文書を開示した場合、①ファイザー社等が、医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律、製造物責任法並びに民法に基づく罰則又は責任を逃れる条項がないかを確認できること、②他国の契約と比較して、適切な条件・価格の契約なのか判断できること、③日本国民に不利益な条項がないか確認できること、④次回の契約の際に、適切な条件・価格で契約を締結することができること、⑤第三者によるワクチンの有効性・安全性の検証試験を行う際に阻害する条項がないか確認できること、⑥ワクチン接種後の健康被害救済の訴訟を行う際に、誰に何を請求すべきか確認できることという利益がある。
他方、本件文書を開示した場合には、①ファイザー社等の秘密情報・ノウハウ等が流出し、競争上の優位性が失われる可能性があること、②該当する製薬会社との次回の契約の際に、供給量の確約等が得られない可能性があること、③日本に不利益な条件や価格が知られた場合、日本政府及びファイザー社等の信用が損なわれること、④各国での購入価格の比較の結果、次回の購入契約で適正な価格交渉が行われ、ファイザー社等の利益が減少する可能性があることという不利益が生じ得る。
以上を比較衡量すると、多くの日本国民にとって、本件文書の不開示により保護される利益よりも開示により保護される利益の方が大きいことは明らかである。また、本件文書を開示することにより生ずる不利益をファイザー社等に受忍させてもやむを得ないほどに、開示により人の生命、健康、生活又は財産等の保護に資することが、相当程度具体的に認められる。
(2)争点2 (本件文書に記録された情報の情報公開法5条6号口所定の不開示情報該当性等)
(被告の主張)
ア 被告が情報公開法5条6号口所定の不開示情報該当性を主張することができること
被告は、本件不開示決定の際は、情報公開法5条6号口に該当することを理由として提示していなかったが、本件訴訟においてこれを主張することは許容される。
イ 交渉に係る事務に関し、被告の財産上の利益及び当事者としての地位を不当に害するおそれがあること
(ア)本件文書は、ワクチンの供給に関わる契約書であるところ、仮に本件文書を開示した場合、被告が今後行うべきワクチン等の確保に係る契約交渉において、相手方は、本件文書に記録された取引条件を把握した上で交渉に臨むことが予想される。その結果、被告が、上記の契約交渉において、本件文書に記録された取引条件よりも有利な取引条件で契約しようとした場合に交渉が難航することはもちろん、相手方としても、最終的に、本件文書の取引条件よりも被告に有利な取引条件を契約内容として受け入れることを拒否する可能性が高い。この点は、被告自身が過去にどのような取引をしていたかの問題であるから、仮に、他国とファイザー社等との間のワクチンの供給に係る真正な契約書が公表されていたとしても、左右されない。
したがって、本件文書を開示した場合、被告は、ワクチンの供給契約に関し、今後、より有利な取引条件で契約交渉をすることが困難になることにより、交渉に係る事務に関し、被告の財産上の利益及び当事者と しての地位を不当に害するおそれがある。
(イ)本件文書には、機密保持義務に関する事項が記録されているところ、その対象は広範な事項にわたっており、その内容も厳格であって、本件文書の構成を含め、その内容をごく一部であっても開示することは、機密保持義務に抵触する。
被告としては、新型コロナウイルス感染症の流行が始まり、ワクチンの獲得競争が世界中で激化する中で、ワクチンの確実な確保を最優先に企業との交渉を行う必要があり、このような広範かつ厳格な機密保持義務を負うことは、真に必要かつやむを得なかったところである。
そして、仮に被告が本件文書の一部でも明らかにして機密保持義務に抵触した場合には、被告は、契約所定の法的効果に服することとなるほか、今後、被告との間で本件文書と同様の秘匿性の高い取引に係る契約を締結する可能性のある者は、当該取引条件が開示されることを恐れ、被告との間で取引に係る交渉や契約締結を行うことを避けること、又は被告に対して相対的に不利な契約条件を提示したりすることが予想される。
したがって、本件文書を開示した場合、被告は、ファイザー社等やその他の製薬会社とワクチン等の供給に関する交渉を行うことが非常に困難になることから、交渉に係る事務に関し、被告の当事者としての地位を不当に害するおそれがある。
(原告の主張)
ア 被告が情報公開法5条6号口所定の不開示情報該当性を主張することはできないこと
厚生労働大臣は、本件不開示決定に当たり、情報公開法5条6号口に該当しないと判断したことから、不開示とする理由に含めなかったのであり、本件訴訟において、これに該当する情報が含まれていると主張することは許されない。
イ 本件文書に記録された情報は、情報公開法5条6号口所定の不開示情報に該当しないこと
他国とファイザー社等との間のワクチンの供給に係る真正な契約書が公表されていることから、本件文書を開示しても、被告は、ワクチン等の供給契約に関し、より有利な取引条件で契約交渉をすることが困難になることにはならない。
機密保持義務が定められているとしても、情報公開法所定の手続に従って開示される限り、契約違反の問題が生ずることは通常想定し難い。また、内容のごく一部であっても機密保持義務に抵触するというような機密保持契約は、強行法規に違反して無効というべきである。
よって、交渉に係る事務に関し、被告の財産上の利益及び当事者としての地位を不当に害するおそれはない。
(3)争点3(情報公開法6条に基づく部分開示を行わなかったことの適法性)
(被告の主張)
ア 本件文書に記録された情報は不可分一体のものであること
(ア)本件文書には、上記(1)(被告の主張)アのとおり、ワクチンの供給を受けるために必要な取引条件が記録されているが、これらの事項は、特定の条項のみに記録されているものではなく、複数の条項に分散する形で規定され、他の条項を引用したり、他の条項の前提条件とされていたりするものもある。また、本件文書には別紙が付属しているが、 別紙には、本文部分での参照文言を受ける形で、それぞれ対応するワクチンの供給等に関連する具体的数値及び技術的事項等が記録されている。このように、本文部分の各条項は、他の条項との間で有機的に結合し、又は連動し、複雑なネットワー クを形成しているし、別紙部分は、本文部分の条項と一体となって、これを補充する役割を果たしている。
(イ)本件文書に係る契約交渉では、全ての条項を同時に交渉の俎上に載せつつ、ある事項についての一方当事者の意向を優先する代わりに、他の事項についての他方当事者の意向を優先する等の複雑な交渉を行い、かかる議論の結果を本件文書として取りまとめたものである。そのため、本件文書は、一部のみが独立した意味を持つ情報ではなく、他の箇所との兼ね合いないし関係の中でのみ意味を有する情報である。
(ウ)以上によれば、本件文書に記録された情報は不可分一体のものというべきである。そうすると、不開示情報が記録されている箇所は「一部」にとどまるものではないから、「開示請求に係る行政文書の一部に不開示情報が記録されている場合」という部分開示の要件に該当しない。
イ 本件文書に複数の情報が記録されているとしても、その全てが不開示情報であること
(ア)上記ア(イ)のとおり、本件文書に係る契約は、複数の条項又は論点を横断した交渉の結果であるところ、このような交渉で多く用いられる戦術又は条項若しくは論点の組合せが存在し、契約実務に精通した者から見れば、契約の一部の開示であっても、別の部分においていかなる合意がなされたかをかなりの精度で推認することが可能な場合がある。特に、本件文書については、その内容の特殊性に鑑み、条項数も含めた構成自体から推知できる情報が数多く存在する。
そのため、いかなる部分であっても本件文書の条項の一部分を開示することは、開示された当該条項に表れた合意から、将来の契約交渉における相手方当事者が他の条項における譲歩を引き出すための交渉方法を発案することを助けることになり、契約当事者の手の内を広く公開することになって、契約当事者の将来の契約交渉に著しい悪影響を及ぼすことになる。
(イ)上記(2)(被告の主張)イ(イ)のとおり、本件文書の内容をごく一部であっても開示することは、機密保持義務に抵触する。
(ウ)以上によれば、本件文書に複数の情報が記録されているとしても、当該複数の情報は、それぞれが不開示情報に該当する。
そうすると、不開示情報が記録されている箇所は「一部」にとどまるものではないから、「開示請求に係る行政文書の一部に不開示情報が記録されている場合」という部分開示の要件に該当しない。
ウ「不開示情報が記録されている部分を容易に区分して除くことができるとき」に該当しないこと
仮に本件文書のうちに不開示情報に該当しない部分が存在するとしても、本件文書全体が密接不可分な一体の情報であることからすれば、不開示情報が記録されている部分と不開示情報に該当しない部分とを区分することは不可能である。また、ある特定の条項のみを殊更に取り出したり、更に細分化してある特定の条項の一部のみを取り出して部分開示したりすることは、無意味であるだけでなく、各条項について誤った理解がされる弊害が生じることになる。
(原告の主張)
ア 本件文書には複数の情報が記録されていること
本文部分の各条項が他の条項との間で有機的に結合し又は連動し複雑なネットワークを形成していること、別紙部分が本文部分の条項と一体となってこれを補充する役割を果たしていることは否認する。
通常、契約書は、各条項に明確に区分・特定されており、契約書全体を一体として検討することによって初めて特定されるものではない。また、開示された条項に表れた合意から、将来の契約交渉における相手方当事者が、他の条項における譲歩を引き出すための交渉方法を発案することを助けることになったり、契約交渉の過程を推認させ、契約当事者の手の内を広く公開することになったりするかは、各条項の関連性によるものであり、全ての条項に該当するものではない。
よって、本件文書は、それぞれが独立した意味を持つ情報が複数記録されたものであり、情報単位は文、段落等とされるべきである。
イ 各情報が不開示情報に該当しないこと
他国とファイザー社等との契約書を踏まえると、本件文書には、契約名称、契約日、ファイザー社等が収受する金額(ワクチンの単価と供給量、前払金額)、ワクチンを供給する際の具体的方法(供給までの間に保存する温度や期間などの環境や条件)、ワクチンの所有権の取扱い(ワクチンを所有する契約当事者、目的外使用・再販売・返品の禁止等)、公表されていない開発状況を踏まえた対応(ファイザー社等が一切の責任を負わないこと、
注文の取消権を与えられないこと、他国固有の要件の免除、例外及び権利放棄の承認又はファイザー社等に代わる取得等)、免責事項(主権免除の放棄、補償・費用負担義務、ファイザー社等が一切の責任を負わないこと等)、機密保持契約、 紛争解決時の準拠法・裁判所が記録されている。
これらの事項は、それぞれが他の事項とは明確に区別できる。また、本件文書に係る契約当時の情報である上、他国とファイザー社等との契約書が公開されていることも踏まえれば、不開示情報に該当しない。
第3 当裁判所の判断
1 争点(3)(情報公開法6条に基づく部分開示を行わなかったことの適法性)について
(1)部分開示を行わなかった本件決定が適法となる要件
ア 前提(本件文書に不開示情報が含まれている可能性)
弁論の全趣旨によれば、本件文書には、ワクチン供給に関してファイザ一社等が収受する金額、ワクチン供給の際の具体的方法、ワクチンの所有権の取扱い、公表されていない開発状況を踏まえた対応等の取引条件及び同取引条件に関する機密保持義務に関する事項が記録されていると認められる。
このうち、公表されていない開発状況を踏まえた対応についてみると、証拠(甲15)によれば、米国とモデルナとの間の契約書では、「G.6 成果に基づく支払」、「H.15 基本およびオプション1 デリバリアクセラレーション」、「H.16 納入スケジュール(2021年2月11日改訂、修正P00004より)」「添付資料0008 パフォーマンス・ベースト・ペイメント(PBP)マイルストン・請求プラン」等において、具体的な製品開発計画が記載されていることがうかがわれることからすると、本件文書においても同趣旨の事項が記録されている可能性がある。そして、このような情報が本件決定の時点でも公表されていないものであるとすれば、情報公開法5条2号イ所定の不開示情報に該当し得る。
よって、以下では、本件文書には不開示情報が含まれている、すなわち本件文書の少なくとも一部には不開示情報が記録されているという前提で、部分開示を行わなかったことの適法性について検討することとする。
イ 本件決定が適法となる要件
開示請求に係る行政文書の一部に不開示情報が記録されている場合において、不開示情報が記録されている部分を容易に区分して除くことができるときは、開示請求者に対し、当該部分を除いた部分につき開示しなければならない(「情報公開法6条1項本文)。
そうすると、上記アのとおり本件文書の少なくとも一部に不開示情報が記録されているという前提に立つとしても、部分開示を行わなかった本件決定が適法となるためには、①不開示情報が記録されているのが本件文書 の一部ではない場合(すなわち、本件文書の全部に不開示情報が記録され ている場合)か、②不開示情報が記録されている部分を容易に区分して除くことができない場合のいずれかに当たる必要がある。
そして、被告は、①について、(ア)本件文書に記録された情報は不可分ー体のものである(すなわち、本件文書を区切ることなく全体を1個の情報とみることが合理的である。上記第2の4(3)(被告の主張)ア)、(イ)本件文書に複数の情報が記録されているとしても、 その全てが不開示情報である(すなわち、合理的に区切られた各範囲に不開示情報が記録されている。上記第2 の4(3)(被告の主張)イ)と主張し、②について、不開示情報が記録されている部分を容易に区分して除くことができない場合に当たる (上記第2の4(3)(被告の主張)ウ)と主張するので、以下検討する。
(2)本件文書を区切ることなく全体を1個の情報とみることが合理的といえるか
ア 判断枠組み
開示請求に係る行政文書は、不開示情報が記録されている場合を除き開示しなければならず(情報公開法5条)、その一部に不開示情報が記録されている場合であっても、不開示情報が記録されている部分を容易に区分して除くことができるときは、当該部分を除いた部分につき開示しなければならないものとされている(同法6条1項)。このように、情報公開法において、開示請求に係る行政文書に記録された情報は原則として公開されるべきものとされていることに照らせば、合理的に区切られた範囲ごとに、不開示情報該当性についての判断をする必要がある(最高裁令和5年(行ヒ)第335号同7年6月3日第三小法廷判決・裁判所ウェブサイト参照)。
そして、開示請求に係る行政文書についての上記の範囲の区切り方が合理的なものといえるかについては、情報公開法の上記趣旨を踏まえ、できる限り細かく区切ることを原則とし、その範囲が過度に広くならないよう留意しつつ、対象文書の体裁や行政文書としての性質等に加え、不開示情報を定めた情報公開法5条各号の趣旨や不開示部分に記録された情報の一般的・類型的な内容に照らして、客観的に検証していくべきである。
イ 本件文書を区切らないことの合理性
(ア)弁論の全趣旨によれば、本件文書は、本文部分と別紙部分に分かれており、本文部分は複数の条文から構成され、それぞれの条文には更に複数の項が設けられているものと認められる。契約書においては、条や項には「第1条」のように番号が付されるとともに、条や項を改めるときは段落を改行することが一般的であり、本件文書も同様であると推認される。本件文書の別紙部分については、別紙の数も不明であるが、被告によれば、本文部分での参照文言を受ける形で、それぞれ対応するワクチンの供給等に関連する具体的数値及び技術的事項等が記録されているとのことであるところ、そうであるとすれば、本文部分から参照される事項ごとに別個の別紙としているか、又は1個の別紙中に複数の項を設けているものと推認される。
なお、米国とファイザーとの間の契約書(甲3(枝番をいずれも含む。以下枝番のあるものについて同じ。))、米国とモデルナとの間の契約書(甲13~15) 、ブラジルとファイザーとの間の契約書(甲24)、イスラエルとファイザーとの間の契約書(甲25)、アルバニアとファイザーとの間の契約書(甲26)及びEUとファイザーとの間の契約書 (甲27)は、それぞれの体裁、記載内容及び取得方法に照らし、いずれも真正な契約書であると認めるのが相当であるところ、これらの契約書も、上記した契約書の般的な構成と同様の構成である。
(イ)本件文書は契約書であるところ、 契約書は、 当該契約の当事者間で合意に達した内容を記載し、今後の紛争を予防するとともに、紛争が生じた場合には合意内容を示す証拠とするため、なるべく明確な文言を用い、誤解や多義的な解釈を招かないよう作成する必要がある。そのため、本件文書においても、内容の理解を容易にするとともに、 内容の重複による多義的な解釈を避けるため、基本的に、一定の内容ごとに条や項に区分しているものと推認される。上記(ア)の他国の各契約書でも、一定の内容ごとに段落を分け、番号を付している。
(ウ)被告は、本件文書には、情報公開法5条2号イ及び同条6号口の不開示情報が記録されている旨を主張する。
このうち、同条2号イについては、取引条件を把握されることでファイザー社等が他国との交渉に当たって不利益を受けるおそれ、ノウハウが流出して競争上の優位が失われるおそれを理由とするものであるが、ファイザー社等が不利益を受けたり競争上の優位を喪失したりするおそれの有無や程度は、本件文書に記録されている事項ごとに異なり得る。そして、本件文書に記録されている事項として現時点で認められるのは、「ワクチン供給に関してファイザー社等が収受する金額」のように抽象度の高いものであるが、これは、単価、総額、支払時期、支払方法等に更に細分化できる可能性があり、その場合には、それぞれで不開示情報該当性が異なり得る。
また、同条6号口については、取引条件を把握されることで被告(国)が製薬会社との交渉に当たって不利益を受けるおそれ、機密保持契約に反することで契約に係る事務に支障を生ずるおそれを理由とするものである。しかし、取引条件を把握されることにより不利益を受けるおそれの有無や程度は、本件文書に記録されている事項ごとに異なり得るし、機密保持契約に反することによる不利益については、後記(4)イで説示するとおり、そのような不利益が生じるとは認め難い。
(エ)以上のとおり、本件文書の本文部分は条項ごとに番号が付されて段落が分けられており、当該条項は基本的に内容ごとに設けられていると推認され、別紙部分も本文部分から参照される事項ごとに区分されていると推認される上、不開示情報該当性についても、事項ごとに判断が異なる可能性がある。
そうすると、上記アの判断枠組みにおいて示した観点に照らせば、本件文書の合理的な区切り方としては、条項ごとに区切る場合があり得るほか、複数の条項をまとめて区切る場合も、1つの条項を更に細分化して区切る場合もあり得るが、少なくとも、本件文書を区切ることなく全体を1個の情報とみることは、形式的にも内容的にも他から区分される不開示情報を含まない部分をも不開示とすることになりかねず、情報公開法の趣旨に照らし、その範囲が過度に広いというべきであるから、合理的なものとはいえない。
ウ 被告の主張について
被告は、①本件文書においては、ある事項が特定の条項のみに記録されているものではなく、複数の条項に分散する形で規定され、他の条項を引用したり、他の条項の前提条件とされていたりして、有機的に結合し、又は連動し、複雑なネットワークを形成している、②本件文書は、複雑な交渉の結果を取りまとめたものであるため、一部のみが独立した意味を持つ情報ではなく、他の箇所との兼ね合いないし関係の中でのみ意味を有する情報であるとして、本件文書に記録された情報は不可分一体のものであると主張する。
しかし、①について、ある条項が他の条項を引用したり、他の条項の前提条件とされていたりする場合があるとしても、本件文書に記録された全ての条項が有機的に結合し、又は連動して複雑なネットワークを形成していると認めるに足る証拠はない。また、複数の条項が引用・被引用の関係にあるなどの関連性を有するとしても、これらを一体の情報として範囲を区切ることが合理的であるかは、上記アの判断枠組みで示した観点から検討されるべきであって、 単に関連性を有することのみをもって、これらを一体の情報として範囲を区切ることが合理的であるということはできない。
②については、契約締結に至るまでに複雑な交渉を行うことがあるとしても、そうして出来上がった本件文書は、上記イ(イ)のとおり、基本的に内容ごとに条項が設けられているのであり、 各条項が独立した意味を持たない情報であるということはできない。例えば、本件文書には準拠法や仲裁地、国際裁判管轄に関する各条項が存在する可能性が高いところ、それらはそれぞれ独立した意味を持つものであるし、ファイザー社等が収受する 金額についても、 その総額のみが記録された条項が存在するとすれば、当該条項のみではワクチンの数量等は不明であり、どのような給付を行うことの対価として収受する金額であるのかが完全には明らかにならないものの、総額がいくらであるのか自体が有意の情報というべきであって、それが不開示情報に該当しないのであれば開示されるべきことになる。
よって、本件文書に記録された情報が不可分一体のものである旨の被告の主張は、採用することができない。
(3)合理的に区切られた各範囲に不開示情報が記録されているといえるか
ア 被告は、本件文書の内容について、取引条件(ファイザー社等が収受する金額、ワクチン供給の際の具体的方法、ワクチンの所有権の取扱い、公表されていない開発状況を踏まえた対応等)及び同取引条件に関する機密保持義務に関する事項として抽象的に主張するにとどめ、また、取引条件に関するそれ以外の項目については、これを明らかにすることによって、該当部分を開示した場合と同様の結果となってしまうおそれがあるため、明らかにすることはできないとして、内容を明らかにしていない。
そうすると、本件文書を合理的に区切ったときに、各範囲にいかなる情報が記録されているのかは不明ということにならざるを得ないから、各範囲に不開示情報が記録されていると認めることはできない。
イ 被告は、①複数の条項又は論点を横断した契約交渉において、多く用いられる戦術又は条項若しくは論点の組合せが存在し、契約実務に精通した者から見れば、契約の一部の開示であっても、別の部分においていかなる合意がなされたかをかなりの精度で推認することが可能な場合がある上、本件文書の内容の特殊性に鑑みると、条項数も含めた構成自体から推知できる情報が数多く存在するため、いかなる部分であっても部分開示を行ったり、本件文書の構成を詳細に明らかにしたりした場合には、本件文書を開示したに等しい結果となるおそれがある、②仮に被告が本件文書の一部でも明らかにして機密保持義務に抵触した場合には、被告は、契約所定の法的効果に服することとなるほか、今後、被告との間で本件文書と同様の秘匿性の高い取引に係る契約を締結する可能性のある者が、当該取引条件が開示されることを恐れ、被告との間で取引に係る交渉や契約締結を行うことを避けること、又は被告に対して相対的に不利な契約条件を提示したりすることが予想されると主張する。
しかし、①については、本件文書の一部が開示された場合、それがどの部分であったとしても、そこから被告又はファイザー社等の利益を害するほどの情報が推測されてしまうとは、およそ考え難いところである。まして、条項数から推知できる程度の情報により、ファイザー社等の利益を害する具体的蓋然性があるとは認められない。
②については、そもそも我が国においてば情報公開法が制定されており、たとえ機密保持義務が定められていても、被告が一定の場合に本件文書の内容を開示することになることは、ファイザー社等も承知の上で本件文書に係る契約を締結していると推認されるし、他の多くの国においても、国が一定の場合に開示義務を負うことは同様であると解される。そのため、本件文書が開示されたとしても、ファイザー社等や本件文書の契約当事者以外の者が、今後、被告との取引に係る交渉や契約締結を行うことを避けたり、被告に対して相対的に不利な契約条件を提示したりするおそれは、抽象的なものにとどまるというべきである。また、被告(国)のする契約において機密保持を合意する場合、法令又は裁判所等により開示が命じられたときは、一定の条件・範囲の下で開示を可能とする旨の条項(以下「例外条項」という。)を設けることが多いものと考えられ、ワクチン確保における厚生労働省の担当者及びファイザー社等の担当者の各陳述書(乙4、10~13)にも、本件文書において、例外条項すらなく開示が絶対的に禁止されているとは記載されていない。また、本件文書に係る各契約は、世界的なワクチン獲得競争の中で締結されたものであるから、ワクチンの供給者であるファイザー社等の方が交渉上優位な立場にあった可能性があるものの、証拠(甲3、13~15 、24~27)によれば、同じくワクチン獲得競争下にあった他国と製薬会社との契約書でも例外条項が設けられていることが認められるのであり、被告の立場がこれらの他国より弱かったと認めるに足る証拠はない。そうすると、本件文書には例外条項が設けられているものと推認される。そうであるとすれば、被告が例外条項の定めに従って本件文書の内容を開示したからといって、被告に不利益な法的効果に服することとなるとは考え難い。
よって、被告の上記主張はいずれも採用することができず、そのほかに、本件文書を合理的に区切ったときに、各範囲に不開示情報が記録されていると認めるに足る証拠はない。
(4) 不開示情報が記録されている部分を容易に区分して除くことができないといえるか
本件文書は契約書であり、条項ごとに区切る場合はもとより、より細分化することが必要であるとしても、 合理的な範囲ごとに区分することは容易であると考えられる。
被告は、①本件文書全体が密接不可分な一体の情報であることからすれば、不開示情報が記録されている部分と不開示情報に該当しない部分とを区分することは不可能である、②ある特定の条項のみを殊更に取り出したり、更に細分化してある特定の条項の一部のみを取り出して部分開示したりすることは、無意味であるだけでなく、各条項について誤った理解がされる弊害が生じることになると主張する。
しかし、①については、合理的に区切られた範囲ごとに不開示情報が記録されている部分があるかを検討し、不開示情報が記録されているのであれば当該範囲全体が不開示となり、不開示情報に該当しないのであれば当該範囲を開示することになるだけであって、これを区分することが不可能であるとはいえない。②については、分散して規定された各条項から有意の情報を理解することができることは上記(2)ウのとおりであって、特定の条項のみを開示することが無意味であるとは認められないし、 合理的に区切られた一部を開示することで、誤った理解がされる弊害が生じることになると認めるに足る証拠はない。
よって、被告の上記主張は、いずれも採用することができない。
(5) 小括
以上によれば、本件文書の部に不開示情報が記録されているとしても、①不開示情報が記録されているのが本件文書の部ではない場合(すなわち、本件文書の全部に不開示情報が記録されている場合)にも、②不開示情報が記録されている部分を容易に区分して除くことができない場合にも当たらないから、 本件決定は、 部分開示を行わなかった点において違法である。
そして、上記(3)のとおり、被告が本件文書の内容について明らかにしていない以上、本件文書の一部に不開示情報が記録されているとしても、当裁判所において、不開示情報と不開示情報に該当しない情報を特定して区分することはできず、本件決定の一部を取り消すこともできない。
よって、本件決定を全部取り消すこととする。
厚生労働大臣は、本件文書を合理的な範囲に区切った上で、その範囲ごとに不開示情報該当性の判断をすべきである。
2. 結論
以上によれば、本件決定は、その余の点について判断するまでもなく、その全部を取り消すべきものであるから、原告の請求を認容することとして、主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第2部
裁判長裁判官 品田幸男
裁判官 石神有吾
裁判官 邉見育子






























