「そういう答弁をしていて、恥ずかしくないんですか」。2015年11月5日に公表された英語のTPP協定暫定案全文をめぐり、民主党の福島伸享議員が語気を強めた。TPPの「大筋合意」を受けて、民主党が関係省庁に毎週、ヒアリングを行っている「経済連携調査会」の第5回会合(11月19日)での一幕だ。
全文の日本語訳を早く出すよう求めた福島議員に対し、内閣官房TPP政府対策本部担当者は、「いかんせん日本語というのは欧米言語ではございませんので、まだかなり時間がかかると思います」と言ってのけた。これに福島議員が怒ったのだ。
- 日時 2015年11月19日(木) 14:00〜
- 場所 衆議院第二議員会館(東京都千代田区)
- 主催 民主党
TPPの正文で日本語が「除外」という驚くべき事態!なんと政府は「TPP正文に日本語を」と要求すらしなかった!
英語に対する言葉の壁がない国々ではすでに、「大筋合意」を受けた議論が始まっている。他の交渉参加国同様、国会での承認手続きが迫る日本でも、全国民を巻き込んだ本格的な議論が急務のはずだ。
福島議員がたたみかける。
「そもそも(TPP協定の)正文が日本語でないという段階でけしからないもの。正文が日本語でないような交渉をしながら、なおかつ日本語の翻訳ができないということはあり得ない。仮訳でかまわないので、年内にきちんと出し、かつ公開すると約束していただきたい」。
TPP協定は交渉参加国のGDP合計の85%以上(の国々)が「承認手続きが完了すること」を発効要件としている。交渉参加国中、日本はGDPでは米国に次いで2番目であり、協定発効には日米の手続き完了が不可欠だ。それにも関わらず、なんとTPP協定の公式言語(正文)は、英語、フランス語、スペイン語の3ヵ国語のみで、日本語は入っていないのだ。
11月11日に行われた前回(第4回)のヒアリングでも、玉木雄一郎議員や篠原孝議員から、日本語訳の年内完了さえも確約しない政府に対し、「実質的には日米FTAと言われているのに、なぜ日本語を正文にすることぐらいできないのか」と、厳しい追及があった。
その時の外務省の答弁は、「日本が交渉に参加した段階で、正文はすでに決まっていたため、覆すのは難しかった」というものだった。
篠原議員は今回のヒアリングで、この外務省答弁の矛盾を指摘した。
「この前、しらっと『日本は後から交渉に参加したから(日本語が正文になっていない)』と答えたが、カナダも後から参加した。しかも(フランス語が使用されているのは)カナダのごく一部の州だけなのに。本当にまじめに要求したのか。要求して蹴られたのか。何も言っていないんじゃないか」
この質問に対し、外務省担当者が口にした事実は、驚くべきものだった。
「私が承知している限り、日本が交渉の中で日本語を正文にしろということで提起したということはないと聞いております」。
なんと、TPP交渉国内で絶大な影響力を誇るはずの日本が、「日本語を正文にして欲しい」という当然の権利すら、主張していなかったというのだ。
「日本語除外」で不利な立場に置かれる日本、なぜ主張すらしなかったのか?
確かにTPPは、交渉においてどんどんルールが決まっていくなかで、後から参加した国々が、一旦決まったルールを覆すのが非常に困難である、という実状がある。しかし、それを承知のうえで「バスに乗り遅れるな」のかけ声のもと、それでも「守るべきは守り、攻めるべきは攻める」と国民に約束して、安倍政権は米国に高い「入場料」を払ってまで、途中乗車したはずだ。
それにも関わらす、「日本語も正文に加える」ことすら、獲得できなかった——それどころか要求すらしなかった。一体、どういうことなのか。
篠原議員の指摘の通り、後から参加したカナダはフランス語を勝ち得ている。日本も要求をすれば通ったはずである。TPP協定の公式言語に日本語が入ることで、日本人の多くにTPPの実態が知れわたるのを避けたいと考える人間が、安倍政権や官僚のなかに少なからずいるということなのだろうか。もしくは、日本語が通用しないことで、米国やその他参加国にとって、日本が不利な立場に置かれることを望むんでいるということなのか。疑問は尽きない。
この期に及んで、影響試算すら開示しない政府に、民主党議員が怒り「役人の矩(のり)を越えている!」
今回のヒアリングでは、さらに緊迫する場面があった。
「ちょっとね、君ね、役人の矩(のり)を越えていますよ!」
予定の1時間を過ぎ、会もそろそろ終わろうかという頃、司会を務める同調査会事務局長、岸本周平衆議院議員が農水省大臣官房参事官に対し、語気を荒げたのだ。
前回(第4回)のヒアリングでは、篠原孝議員らが長野県における農産物への影響額を東京大学大学院の鈴木宣弘教授が392億円と試算していることや、北海道、和歌山なども影響を分析していることに言及し、「都道府県などが独自に行った農林水産分野の影響試算を整理した資料」の提出が宿題となっていた。
ところが、この日、農水省が用意していたのは、和歌山県による試算資料1枚のみだった。