「誰も年間100ミリシーベルト以下では、がんが出ない、とは言っていない。日本中の医学部がおかしくなっている。日本の医療行政は、データを精査せず、勘と度胸でやっている」──。
岡山大学の津田敏秀氏は「今、アウトブレイクが十分に予想されるデータしかない。対策を立案し、実行するのが行政の責任だ」と述べた。
2014年1月18日、岡山市北区の福武ジョリービルで「新医協岡山支部2014年第1回例会~津田敏秀先生の福島報告会~」が行われた。前年12月21日に、環境省・福島県の専門家意見交換会に出席した津田敏秀氏が、放射線被曝による甲状腺がんの発生に対する自身の見解を述べた。「100ミリシーベルト以下では、放射線被曝によるがんは出ない」という言い方は明確な誤りであるとし、さらに、福島県における甲状腺がん多発に対する分析結果を解説した。
- 講演 津田敏秀氏(岡山大学大学院環境生命科学研究科教授)
- 日時 2014年1月18日(土)15:30〜17:30
- 場所 福武ジョリービル(岡山県岡山市)
- 主催 新医協岡山支部
データを精査せず。勘と度胸の医療行政
主催者の簡単な挨拶に続き、津田氏による「放射線による発がん影響 ~甲状腺がんおよびその他のがん~」の講演がはじまった。
津田氏は「現在、福島で相当数の甲状腺がんが発生しているにもかかわらず、マスコミの話題にならない。なぜなら、年間100ミリシーベルト(以下mSv)より下の被曝量では、がんにならないと信じられているからだ。放射線の発がん影響には、しきい値がないとされているので、それはまったくの嘘」と話す。
そして、経済産業省が2013年3月に公表した年間20mSv基準や、国連特別報告者アナンダ・グローバー氏の報告書は誤りだと糾(ただ)した、日本政府の「100mSv以下は影響はない」という修正提案、原子力規制委員会の「帰還に向けた安全・安心対策に関する検討チーム」の見解などを列挙した。
「年間100mSvは影響ないと、政府・行政が言い始めた原因は、ICRPの2007年勧告の読み違いにある」と、津田氏は、その根拠を解説した。その上で、「誰も、年間100mSv以下では、がんが出ないとは言っていない。日本中の医学部がおかしくなっている。日本の医療行政は、データを精査せず、勘と度胸でやっている」と断じた。
100mSv以下でも、発がんの有意性は認められている
次に、放射線医学総合研究所の、100mSvまでは発がんの影響はない(2011年4月に公表)と主張したイラストを示し、その無責任ぶりを批判した。また、電力会社の学者丸抱えの体質に言及。統計の正しい読み方を解説しながら、原発を擁護する論文の狡猾なトリックを暴いてみせた。
「広島・長崎のデータは、もはや世界一ではない。医療用放射線、自然放射線によるビックデータは、20年以上前から集まっている。100万人の子どもたちを対象にした、CTスキャン(5~50mSv)による発がん影響を追った研究がある」と述べて、広島・長崎と福島の被曝グループでの追跡調査、CTスキャンによる発がん率の研究結果(オーストラリア)、自然放射線ガンマ線による白血病とがんの影響(イギリス)などを挙げた。「100mSv以下でも、国際的に、発がんの有意性は認められている」。
「ところが、日本では、うわさ話のように、発がんを否定する論調になってしまった。皆、データを参照しないで、なあなあで、やってしまっている」と津田氏は憤る。
アウトブレイク疫学の重要性とは
次に、津田氏は、アウトブレイク疫学の話に移った。アウトブレイクとは、特定の地域、集団、期間に、通常の数を超える症例が発生することを指す。「がんにもアウトブレイクがある。第二次世界大戦後の肺がんに見られた。日本では、食中毒、感染症などに適用している」。
「福島県は、メディア対応で大きな間違いを犯している。アウトブレイク疫学を適用すれば、アウトブレイク時の情報混乱の削減、住民の信頼を得て、人的被害、経済的損害を最小限に押さえることができる」。
さらに、「原因と結果はわかっていても、因果関係は、直接観察できない。だからこそ、直感で判断してはいけない」と言い、「因果関係を発生率比で推定。データが増えれば、さらに正確さが増す」と、因果関係を見えるようにするための方法を説明した。
福島はチェルノブイリと同じ発症パターン
津田氏は、昨今の科学史の流れを述べた上で、「日本の医学研究は、動物実験、遺伝子実験で行なうものだと、いまだに信じ込んでいる。だから、人間の臨床データを扱うことができず、製薬会社にそれを丸投げしてしまうのだ」と警鐘を鳴らし、統計学と疫学の目的を語った。
津田氏は、ベラルーシの14歳以下の甲状腺がんの発症数のグラフで、明らかなアウトブレイク現象を指し示し、福島のデータと比較した。「一番空間線量が高い、福島の中通りは62倍。明らかに、放射線と甲状腺がんの因果関係が見てとれる」と指摘。「チェルノブイリと同じ発症パターンだ」と付け加えた。
行政は早い判断と対策を
「発災から32ヵ月たって、18歳以下の甲状腺がんは増加している。中通りでは、原発からの距離、被曝量に比例する傾向だ。被曝が続いている以上、できるだけ早い判断が必要だ」と訴えた。
そして、山下俊一氏がアメリカで発表した、福島の甲状腺がんのプレゼン素材を紹介。「スクリーニング効果でごまかそうとしたものだ」として間違いを指摘し、スクリーニング効果では説明できない理由を解説した。
最後に、「今、アウトブレイクが十分に予想されるデータしかない。対策を立案し、実行するのが行政の責任だ」と述べて、講演を終えた。
1〜2年後、がんの多発が顕在化する
質疑応答に移り、会場の母親から「どういう注意をしたらいいのか」と尋ねられた津田氏は、「小児甲状腺がんは、とても珍しいがんだ。また、触診で発見できる」と述べて、余計な心配はしないよう、アドバイスをした。
ある医師から「ヨウ素ではなく、空間線量率でも甲状腺がんとの因果関係があるのか」と問われると、「甲状腺は、どんな放射線にも敏感で、がんとの影響はある」と答えた。
また、津田氏は「IOC総会で安倍首相は、原発事故による健康被害はない、と言い切った。だから、すぐには行政は動かない。しかし、チェルノブイリのパターンだと、1〜2年後には多発がはっきり出てくる。情勢は変わってくるだろう」と指摘。「日本人は飽きやすいから、今、がんばってもエネルギーの無駄。その時のために、パワーを温存しておいた方がいい」と続けた。
成人の心筋梗塞への影響についての質問には、「放射線は、がんの次に、循環器疾患の形で影響が出ることは明らかだ。広島、長崎でも確認されている」と答えた。