自主避難者の「住宅無償提供」が2017年3月で打ち切りに!~路上生活も覚悟!? 『ルポ 母子避難』の著者・吉田千亜氏が岩上安身のインタビューで消されゆく原発事故被害者の実態を語る 2017.2.16

記事公開日:2017.2.16取材地: テキスト動画独自
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※3月11日の実況ツィートを並べて掲載しています。

 2017年2月16日(木)、東京都港区のIWJ事務所にて、『ルポ 母子避難――消されゆく原発事故被害者』著者の吉田千亜氏に岩上安身がインタビューを行った。

■イントロ

  • 日時 2017年2月16日(木) 13:00頃~
  • 場所 IWJ事務所(東京都港区)

岩上安身「『3月末で原発事故の被害者である区域外避難者が住居から追い出される』とありますが、吉田さんは区域外避難者という言葉を使っていますね」。吉田千亜氏「『自主』という言葉が、『勝手に避難した人』と捉えられがちなので」

岩上「『自主』が『自己責任』と結びついてしまっている。そうした方々への住宅支援が終了し、3月末で追い出されてしまう」。吉田氏「打ち切りの発表自体は2015年6月。発表直後は毎日のように『打ち切り撤回』の集会が行われていた」

吉田氏「2016年10月時点で福島県が発表した自主避難者の数は2万6601人。これはあくまでも借り上げ住宅供用の数で、例えば実家に避難した人の数は含まれていない。最初から自分で家賃を払って避難している人もいる」

吉田氏「岡山県で交流会を開催した時、10人中9人が避難登録をしておらず、そういう方たちは統計にすら入ってない」。岩上「しかも(借り上げ住宅は)『住み替え』を認めない。引っ越しもできない。一度、入居したら出られない」

岩上「避難者数を小さく見積もろうとする動きが行政側にある」。吉田「避難者の人数は被害の大きさと直結するので、矮小化したいのでしょう。原発事故から今に至るまで、正確な人数は分かっていない」

岩上「そして、2016年11月現在で、1万8620人が、4月以降の住まいが決まっていないと」。吉田氏「福島県に問い合わせたら2月10日時点で、3桁の世帯がまだ決まってないと言っていた」。岩上「中には生活保護、路上生活を覚悟している人もいると」

岩上「そもそも『区域外避難者』の定義とは」。吉田氏「国は年間20ミリシーベルトで避難指示区域を設定した。文科省が校庭の使用許可を3.8マイクロシーベルト/毎時までOKに。原発事故前のおよそ127倍にあたる線量です」

吉田氏「それはちょっと子供には許容できないという方が避難したと言える。原発が次々と爆発する中で、テレビでは『ただちに影響はない』と言い、ラジオでは『雨合羽を着なさい、マスクをしなさい』と」

吉田氏「原発から自宅の距離を測り、チェルノブイリ事故について調べるなど、ちょっと様子を見ようという緊急的避難が多い。文科省の20ミリシーベルト発表を見て避難した人もいて動機はさまざま」

岩上「避難区域の基準について説明していただけますか」。吉田氏「2011年4月に『警戒区域』を設定して、その後、2012年4月に『帰宅困難区域』『居住制限区域』『避難指示解除区域』に再編した」

吉田氏「今は『居住制限区域』までを解除すると政府は言っている。先日、浪江町の避難解除懇談会に行きましたが、(全域避難の)富岡町も(帰宅困難区域を除く地域は)4月1日の解除が決まっている」

岩上「富岡あたりはまだ線量は高いのではないですか」。吉田氏「高いです。全体的に線量が高いという状況ではないが、この6年で溜まっている所には溜まっている。除染の済んだ地表は低い。センサーを上にして測定する方が高い。それは山や木から来ている」

吉田氏「どうにもならない線原があるという前提で考えなければいけない」。岩上「支援していくことが財政的に厳しいという行政上の理由があるのだろうが、無視していいのか。そもそも20ミリシーベルトの問題。これが基準を緩和してしまったきっかけ」

吉田氏「一応、年間1ミリシーベルトを目指すとしているが、結局この20ミリシーベルトが諸悪の根源。避難の指示、被害の有無、避難指示解除も20ミリシーベルトが基準。罪深い数字」。岩上「そもそも法律では1ミリシーベルト以上は放射線管理区域だったのに」

岩上「国も行政も、もう日常に戻そうと言っている。解除されたら20ミリから1ミリに戻らないといけないのに、政府は緊急時の基準を使いながら人々を日常に戻そうとしている。もっと問題にされなければいけない」

岩上「自主避難者(区域外避難者)はどういう人たちなのか、説明を」。吉田氏「政府の避難指示がなかった人たち。誤解されやすいが定期的な賠償はもらっていない。最初に2回だけ、本当にごく僅かだけで、避難の費用を賄うほどのものではない」

吉田氏「唯一の支援は、住宅が提供されたことだが、これも全員ではない。多くは子供を守るために避難をしている。小さい子供を抱えている人が多く、就労がままならない」。岩上「貧困に陥る場合もある。避難住宅があるからぎりぎりやっていけてる人たちもいる」

吉田氏「無償住宅は“命綱”だったと思うんですよね」。岩上「そして、夫を福島に残し、母子で避難しているというケース。ここには数々の悲しみとドラマがある。悲劇にいたってしまった人と、絆を確かめあい支え合っているケースも」

吉田氏「介護が必要なお母さんを福島県に残して、行き来している方もいる。自分自身が精神的に病んでしまったケースも。母子避難しているお母さんの中には、鬱や突発性難聴、円形脱毛症。不眠の方は多かった。子供もチックや爪噛み、瞬きや夜叫症、夜尿症も」

岩上「ストレスが大きいから帰ってきた方がいいという話にもなる」。吉田氏「避難の一番のピークは2012年4月」。岩上「今も避難を考えている人はいる?」

吉田氏「2015年11月に白河市に行ったとき、原発事故当時は独身だったお母さんが生まれたばかりの子供を抱えて、ここで育てていいのかなと初めて考えましたと。きちんと支援があれば、子供が小さいうちだけは離れていたいという思いの方は実際いる」

岩上「『鼻血はない』というプロパガンダもあった」。吉田氏「どうして事実を否定していのか意味が分からない。鼻血の原因や影響は科学的に研究すればいいが、事実を否定する必要はない。子供の鼻血が出たという話はたくさん聞いている」

岩上「自主避難者の立場の方は、避難の正当性や合理性、科学的根拠を立証する責任を今にいたるまで課せられている、と。1ミリシーベルトだったものを20ミリシーベルトに変えて、それに合わない人は自分で『立証しなさい』と。いじめですね」

吉田氏「早稲田大学の辻内琢也先生は『社会的虐待』という言葉を使った。避難者は、本を読んだり調べたりしてずっとやってきた。色々な学者が色々なことを言い、色々な見方がある。分からないのなら取り敢えず避けようという判断がどうして認めてもらえないのか」

岩上「あとから『危なかったんです』と言われても取り返しがつかない」。吉田氏「確率で話をされても自分の子供に何かが起きたら確率は関係ない」。岩上「吉田さんの『ルポ 母子避難』の本の中には色々なヒューマン・ドラマが書かれて引き込まれる」

岩上「中山奈津子さんの話は典型なのかもしれませんがお話いただけますか」。吉田氏「中山さんは心理的にも不安定で自身も難聴になった時期があった。広島に避難するが、福島の夫が行き来できる距離ということで東京に移った。次第に夫の様子がおかしくなり、浮気と」

岩上「ショックだったのは、母子避難の取材を受けた中山さんが新聞に登場し、ご主人もお姑さんも『良かったね』と応対してくれていたのに、ふと実家にあった新聞を見たらペンで『ふざけるな』と書いてあったと」。吉田氏「同居している姑たちの圧力」

吉田氏「母子避難していた家族に会いに行く途中で、ある父親が交通事故で亡くなったという新聞の切り抜きを机の上において『読め』と。中山さんは普段、本当に明るくて、周りも明るくしてくれる女性。『子供を殺して死のうかと思った』と言ったのは忘れられない」

岩上「それぞれの事情があるのだから“情”のある行政をしてほしい。特段の事情には緩和するとか」。吉田氏「避難の形は多様化してしまっているので、個々に対応しないと救われない人がいる。命の問題」

吉田氏「6年経ってまだ自立していないのか、と言う人もいる。生活再建を目指さなかった人なんて一人もいない。何とかしようと、でも、できない壁があって、経済的な負担が増えても何とかやってきた。やっとこれからという人もいて、そこで家賃が切られる」

吉田氏「そもそもが国の責任。国と東電の被害者という前提がある」。岩上「原発の先には核兵器の保有があって、そのために国民は死んでもらって結構という感じにしか思えない」。吉田氏「中山さんも事故がなければ離婚しなかったかもしれない」

岩上「そして別の女性、河合さん。ちょっと大変な思いをされている」。吉田氏「彼女は事故直後の周りの無理解で辛い言葉を投げかけられてしまい、完全に人を信じるのが怖くなった人。避難先で、避難指示区域の男性から『帰る場所があるやつは帰れ』と」。

岩上「避難先でイライラが募るとギスギスする。帰れない人は取り残された気分に。避難する人の中でもジェラシーや寂しさ、一律ではないことへの苛立ち」。吉田氏「その時に河合さんは『私は避難していい人間ではないんだ』と感じ、そこから誰にも頼れなくなった」

岩上「福島に残った夫からも『避難費用は自分で何とかしてほしい』と」。吉田氏「もともと生活は豊かではなかったにしろ、夫も避難してくれるだろうと信じていたが、待ち疲れた」。岩上「孤独に子育てをしてお酒に逃げて、とうとう生活保護の申請をする」

吉田氏「子供と一緒に生きるためにはそうするしかない。河合さんは生活保護を選んでくれてよかった。頼って全然いいと皆さんに言いたい。住まいを追われるというのは6年間、積み上げてきた暮らしを一度ゼロにするというのと同じ」

岩上「自主避難者の支援に関して、国と県の間でどういう議論がなされてきたのか。2011年11月末というかなり早い段階で厚労省は『福島県外への人口流出を防ぐために、借上住宅の新規受け入れを打ち切れ』 と指示していたと」

岩上「しかし、福島県は『年度替わりに自主避難する人も多い』と反論していたんですね」。吉田氏「福島県には言いたいことはいっぱいあるが、最終的に一番ひどいのは国」

岩上「裏で指示しているのは国であり、厚労省や復興庁」

岩上「2011年、2012年と情報は錯綜していたが、徐々に明らかになっていく放射線量に不安を感じるようになった人の中には、『これから避難したい』という人がいた。借上住宅の新規受け入れの打ち切りは避難のあきらめにつながった、と」

岩上「そして2012年6月21日、与野党全会一致で『子ども・被災者支援法』が成立」。吉田氏「居住、避難、帰還、それぞれの選択を尊重するという素晴らしい理念があった」。岩上「しかし、なんと国は具体的な施策を示さず、法律は放置され続けた」

吉田氏「情報開示請求や電話で分かったことだが、(住宅支援に関して)厚労省は『災害救助法じゃなく、子ども・被災者支援法で検討すべき』と言い、復興庁は『支援法の実現には時間がかかるから東電に損害賠償を』と言っていた」

吉田氏「そして東電の監督官庁である経産省は、『自主避難者の家賃負担を東電は払わない』と。では福島県はというと、『国がやるので県はできない』と。県内の市町村は『県がやればいい』と言い、避難先の自治体は『福島県が決めること』と言うんですね」

吉田氏「たらい回しですよ。原発事故だからこそ、避難先が広域になり避難が長期化する。土砂崩れだったら復旧したら戻れるが、放射能汚染の場合はいつになるか分からない。それを、自然災害のための災害救助法で対応するには無理が出る」

岩上「2015年7月10日、復興庁は支援法の基本方針改定を発表。『放射線量は被災時と比べ大幅に低減、あらたに避難する状況にない』と明記。当時の竹下亘復興大臣は『福島県は悩んだ末に帰還しようと決断した。それができるよう最大の努力をする』と述べた」

吉田氏「放射線量については事故前と比べてほしい。何を根拠に避難する状況にないというのか。帰れと直接的に言うのではなく、(住宅支援の打ち切りで)住まいを奪うという形の圧力です」

吉田氏「原発事故は避難をした人、しなかった人ともに被害を受ける。汚染の問題に対する葛藤や不安。避難をした人は避難先で精神的、経済的な負担を強いられる。孤独、離婚問題、いじめ、経済困窮」。岩上「横浜で150万円のいじめ、恐喝事件もありました」

岩上「今、現在、自主避難者は『強制的な帰還』か『避難の継続による生活困窮』の選択を強要されているということですね」。吉田氏「そもそも6年間積み上げてきた生活がある。もう一回ゼロからやり直しを迫られるというのは、一つの被害ですよね」

岩上「福島県は支援策を出したが中身がしょぼい。移転費用の補助はするが福島県内に移転する世帯のみ。この民間賃貸住宅家賃への補助とは?」。吉田氏「収入が21万4千円以下の人は初年度に上限3万円、2年目に2万円、その後は打ち切りというもの」

岩上「収入要件21万4千円を超えたら何もないの?」。吉田氏「そうです。ちょっと超えただけでも家賃補助なし。突然6万円などの家賃負担が生じる。3月は引越し費用も2倍、3倍で、敷金・礼金が払えないという人もいますね」

吉田氏「避難者を受け入れてきた各都道府県は、避難者が何を求めているか分かっている。困窮しているから財源をつける必要があるが、地域格差が出るので国が統一的にやったほうがいいという要望書を福島県に出していたのに、県はそれを国にあげなかった」

吉田氏「住宅支援が打ち切られた後が大事。どういう暮らしぶりになっていくのかをちゃんと見ていかないといけない」。岩上「原発難民と言ってもいい」。吉田氏「自治体は就学援助、就労援助など色々なサポート体制を作っていってほしい」

岩上「戻る先の福島県はどうなのかという話ですが」。吉田氏「これは2016年の11月、たまたま見つけた郡山市のスーパーの駐車場。5.049マイクロシーベルト/毎時(事故前の約133倍)。水の溜まりやすい地表にセンサーをかなり近づけて測ったもの」

吉田氏「そしてこれは、避難指示解除地域の南相馬市で2016年11月に測定したもの。フレコンバッグが畑に沢山あった生活空間で1.247マイクロシーベルト/毎時(事故前の約33倍)」。岩上「戻るということはこういう状況がずっと続くということ」

岩上「避難者受け入れ先の自治体について」。吉田氏「新潟や山形は自主避難者の数が多く積極的に原発ADR(紛争解決センター)に取り組んでいた。鳥取は平成31年まで住宅の供与無償を独自でやる。神奈川は独自に家賃補助を1万円支援してくれる」

岩上「そして2020年のオリンピック」。吉田氏「『復興』という言葉は好まれる。しかし、大変な話を聞くと解決したと思えることはそんなにない。その中で語られる希望は、被害を隠しているだけ。問題は解決していかなければいけないと思います」

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  1. @55kurosukeさん(ツイッターのご意見) より:

    『ルポ 母子避難』の著者・吉田千亜氏に岩上さんがインタビュー http://iwj.co.jp/wj/open/archives/363650 … @iwakamiyasumi
    次の原発事故が迫りつつある今こそ、吉田氏の話を聞いてほしい。次の「避難者」はあなたかもしれないのだ。
    https://twitter.com/55kurosuke/status/832750510415306752

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