「権力者を疑う、憲法制定権力としての国民我々自身を疑う。それが立憲政治だ!」~憲法学者の石川健治東大教授が基調講演――市民連合シンポジウム「衆院選挙をどう戦うか~立憲政治の再生を~」 2016.12.21

記事公開日:2017.1.12取材地: テキスト動画
このエントリーをはてなブックマークに追加

(取材・文:阿部洋地)

※1月14日、テキストを追加しました

 2016年12月21日、東京都北区の北とぴあで、「安保法制の廃止と立憲主義の回復を求める市民連合」発足1周年を記念して、シンポジウム「衆院選挙をどう戦うか〜立憲政治の再生を〜」が開催された。

 「安保法制の廃止と立憲主義の回復を求める市民連合」は2015年12月20日に結成を発表した。

 シンポジウムでは石川健治氏(東京大学教授/憲法学)が基調講演し、山田厚史氏(ジャーナリスト)、大沢真理氏(東京大学教授/経済学)、山口二郎氏(法政大学教授/政治学)、諏訪原健氏(筑波大学大学院生/教育社会学)の4名でパネルディスカッションが行われた。

記事目次

■ハイライト

  • 基調講演 石川健治氏(東京大学教授・憲法学)
  • パネルディスカッション 山田厚史氏(ジャーナリスト)、大沢真理氏(東京大学教授・経済学)、山口二郎氏(法政大学教授・政治学)、諏訪原健さん(筑波大学大学院生・教育社会学)

『猜疑の政治』としての立憲政治が押され、独裁と極右の土壌となる「信頼の政治」と「信仰の政治」が主流に!? 石川健治氏が警告

 石川健治氏は立憲政治について講演。「立憲政治をめぐる大きな議論になったのは、明治末年から大正元年にかけて、大正政変につながっていく憲政擁護運動が大きな曲がり角になった」と述べ、日本で議論が高まった頃の「立憲政治」を、以下のように説明した。

 「立憲政治というのは、基本的には権力者に対して疑いをもつというところからはじまる。権力に対して執拗に疑いを持つ、『猜疑の政治』が立憲政治なのだと言われた」

 さらに石川氏によると、「猜疑の政治」は1930年代から批判されるようになり、以降、2つの道筋が浮上したという。

 「1つは、政治家を信頼し全てを預けてしまう『信頼の政治』で、具体的にはヒトラー総統の独裁主義を念頭に置いたものであり、もう1つは天皇を念頭に置いた『信仰の政治』」

 この時生まれた「猜疑の政治」と「信頼の政治」と「信仰の政治」の三つ巴の状況は、今日において「あまり変わっていない」という。

 「『信仰の政治』を担った人々の末裔が、日本会議といわれている人たちの周辺の人々だと思われ、『信頼の政治』とは、とにかく指導者を信頼して全て任せてしまう独裁主義であるわけで、現在進行しているように思われる。それに対して、『猜疑の政治』としての立憲政治という状況になっている」

 石川氏は、「その意味で、立憲政治を考える場合に、猜疑・疑いの局面を考えていただきたい」として、次のように語った。

 「権力者を疑う、そして憲法制定権力としての国民我々自身を疑う。そういった距離感のある政治のあり方、それが立憲政治なのだと考えていただきたい。そして(立憲政治が)三つ巴の構造の中でやや押しまくられている状況になってきている」

▲石川健治氏(東京大学教授/憲法学)

▲石川健治氏(東京大学教授/憲法学)

 石川氏が立憲デモクラシー講座で講演した下記の記事もあわせてご覧いただきたい。

(…会員ページにつづく)

アーカイブの全編は、下記会員ページまたは単品購入よりご覧になれます。

一般・サポート 新規会員登録単品購入 300円 (会員以外)

関連記事


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です